ブログトップ

本日のイタリア語

cucu2.exblog.jp

ben fatta なんて言われてみたい。

パヴェーゼ『丘の上の家』、三回めの授業が終わりました。

コッラード教授はトリノの町から丘の上の家へ帰る途中、
谷間から上ってくる騒ぎ声を聞きます。
酔っぱらった声も聞こえれば子どもの声も聞こえる。
歌声さえ聞こえます。

興味を引かれ、声に導かれるまま谷を下りてみると、
そこにはやはりトリノから避難している人たちがたくさんいました。
暗闇の中、彼らと共に過ごしていると、
なんと近くに座った女性は、かつての恋人カーテでした。

というのが昨日読んだ部分。
昨日は私の持ち回りが回ってきたのですが、
それは、コッラード先生と元恋人との再会の場面でした。
空襲警報が鳴り響く夜のことですから、皆真っ暗闇の中で夜が明けるのを待っています。
コッラード先生にも彼女の顔は見えません。
ただ、手で抱えた膝や、肩のラインがはっきりと浮き上がって見えました。
その時の感想が「彼女はひょっとしたら ben fatta なのかもしれない」とあります。

辞書によれば「体格が良い」となっています。
私は、てっきりこの女性の体格の良さが浮き彫りになっていたのかと思ったのですが、
「きれいなラインの体」に使う表現なのだとか。
つまり、男性に対してben fatto(男性形)といえば、体格が良い、
という褒め言葉がぴったりきますが、
女性に対して使う時には「グラマラスな」という意味なんですね。
そんな褒め言葉いわれたことないから、知りませんでした〜。

それはそうと、この小説、非人称で書かれた箇所が多い!
英語でいうところのThey are~, It is~です。
人々は〜している、していた、するだろうecc.
それもこれも、コッラード教授が、自分と他人の間に境界線を
引いているからに他ならないと思うのですが、
非人称構文がこんなにややこしいものだとは、忘れていました。

si sarebbe giunti~
という文章がありました。
〜以下のことがやってくるだろう、という意味ですが、
ここで疑問。
〜以下には幾つも並列してやってくるだろうことが述べられています。
だったら、どうして動詞は三人称単数のsarebbe? 三人称複数のsarebberoじゃないの???
それとも動詞が三人称単数ならば過去分詞も単数系のgiuntoじゃないの???

まず非人称系の複合時制は、助動詞にessereしか用いない、ということ。
二つめに、普通の複合時制で助動詞にavereを用いる動詞は、過去分詞の語尾はo
しかし、(これが三つめ)普通の複合時制で助動詞にessereを用いる動詞は、
過去分詞の語尾が iになる。

帰ってきて文法書をひっくり返してみたら、きちんと書かれていました。
おまけに赤線まで引いてある!

ホント、文法の細かいこと忘れています。
もう一度文法書を読み直さなくちゃです。
[PR]
by arinko-s | 2009-04-17 18:44 | 本日のイタリア語
<< 善き人のためのソナタ IL PIANETA DEGL... >>