ブログトップ

本日のイタリア語

cucu2.exblog.jp

善き人のためのソナタ

旧東ドイツのシュタージ(国家保安省)職員ヴィースラー大尉は、
劇作家ドライマンを監視する任務を与えられる。
国に忠実なヴィースラーはさっそくドライマンの自宅に盗聴器をしかけ、
24時間態勢で、彼を監視し始める。

ある日、盗聴器から聞こえてきた“善き人のためのソナタ”というピアノ曲。
「この曲を本気で聴いたものは、悪人にはなれない」という
ドライマンの言葉が胸にささった。

その日を境に、ヴィースラーは嘘の報告を書き始める。
ドライマンが、東の自殺者の実態を暴く記事を西の雑誌に掲載しようと
模索していることを知っても、黙認し続けた。

そして、ドライマンの記事が匿名で西の雑誌に掲載されると、
その筆者探しが国家によって始まる。
ヴィースラーは、証拠品のタイプライターをドライマンの自宅から
持ち出し、証拠隠滅まで計るのだった。

結果、閑職に追いやられたヴィースラーだったが、数年後にベルリンの壁は崩壊。
それから数年して、ドライマンは当時自分を庇護してくれていたシュタージがいること知る。
そのシュタージへ捧げるために、一冊の本『善き人のためのソナタ』を書き上げるのだった。

心に静かな余韻を残してくれる映画でした。
ヴィースラーの気持ちの変化は、どこから来たのか?
誇りを持っていたはずの自分の職ですが、ドライマンの人間的な生活を盗聴するうちに、
バカらしくなったのかもしれません。
人間としてあたり前のことが許されない日常が、いかに心を貧しくするものかを、
芸術家であるドライマンから改めて教えられたのかもしれません。

東ドイツというと、いつも思い出すことがあります。
イタリアに渡ってまず通った語学学校からあてがわれた部屋を出る前日、
東ドイツ出身の女の子二人がやってきました。
もちろん、その時にはドイツは統一されていましたが。

まだ私のイタリア語は片言で、もちろんあちらも片言。
英語は、といえば彼女たちは英語教育を受けていない。
当時はロシア語が必修だったのですね。
私はロシア語を知りません。

もう、じれったいのだけれど、聞きたいことがたくさんあって、
片言ながら、辞書を駆使して東ドイツの話をあれこれ聞かせてもらいました。

ベルリンの壁が崩れた時、彼女たちはまだ子どもで、
「これでロシアの海がなくなる、と思った」そうです。
東ベルリンはロシアの海に囲まれた町、と呼ばれていたのだとか。
「壁の向こう側に渡って、本当にバナナを食べた?」
ニュースの映像が鮮烈に頭に残っていた私は、思わず聞いてみました。
「もちろん!」
バナナって、とても高価で手の届かない果物だったそうです。
たった一晩だけの彼女たちとの交流が、すごく懐かしく思い出されるのです。

この映画で、ドイツ政府はシュタージの記録を公開していることを知りました。
第二次世界大戦のこともそうだけれど、
ドイツ政府のこういう対応って、すごいなあと感心してしまいます。
やったことは汚点も隠さずさらけ出し、過去を反省するというか。
なかなかできることではないと、自国の政府を見て思います。
[PR]
by arinko-s | 2009-04-19 16:56 | 映画 ヨーロッパ
<< Addio Esquire! ben fatta なんて言わ... >>