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本日のイタリア語

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sono negatoって…

ずっとバタバタしていて更新できないうちに、
パヴェーゼの8回目、9回目の授業が終わってしまいました。

コッラード先生は、かつての恋人カーテと再会した居酒屋を
再び訪ねます。
今夜はカーテは丘には上ってきていないのだろう、
と帰りかけたその時、
一人の少年が飛び出してきました。
この少年はカーテの息子ディーノでした。

息子につづいて庭に出てきたカーテ。
息子がいる前ではコッラード先生に敬語でしゃべっていたカーテですが、
息子が家に入ると、昔のように話してくれました。

といっても、コッラード先生のひどい言葉によって別れた二人。
カーテは、再び目の前に現れ、その後の自分について
あれこれ聞いてくるコッラード先生がうっとうしそうです。
二人の共通の友人が話題に出たあと、やっとカーテの緊張がほどけ、
二人が別れてからの生活についてポツポツと語り始めました。

その後夏休みに入り、
トリノの学校へ通う必要のなくなったコッラード先生は、
毎日のようにカーテの避難している
居酒屋へ足を運ぶようになりました。
そこへ避難している他の人たちとも親しくなり、
様々な議論をするようになります。
彼らはアンティファシスト、この戦争をどう終わらせるか、
あれこれ論じているのでした。
おまけにコッラード先生は、
居酒屋の裏手に耕された菜園やブドウ畑で
畑仕事まで楽しむようにもなりました。

というのが、2回の授業で読んだ箇所。

時は1943年6月から7月にかけて。
アメリカ軍がシチリア島に上陸していますが、
まだムッソリーニは失脚していない。
明るい未来が見えかけているけれど
まだ予断は許さないというような、そんな時期です。

そう、イタリアのこの辺りの歴史を知らないと、
難解な台詞がますます難解になります。
会話文を読むのに一苦労。

で、昨日の箇所に
アンティファシストとしてあなただったらどう戦うか、と聞かれたコッラード先生が
「Ci sono negato」と答える場面がありました。
直訳すると、「私は拒否された」という意味です。
???なのですが、
「その素質がない」ことを意味するのだそうです。
つまり、だれに拒否されたかというと天から拒否されたわけです。
この場合ならば「ぼくにはそんなことは向いていないよ」
あるいは「ぼくにそんな力はない」となるそうです。

「〜はできない」にあたる「non so ~ 」や
「non posso〜」よりも重たいです。
努力してもできないこと、この年になるとたくさんあります。
いやぁ、でもこの表現はなんだか言い訳になっちゃいそうで、
使いたくないなぁ。
それに、天から拒否されているなんて、悲しすぎます。

あと、改めてなるほどって思ったこと二つ。
「奴ら(ファシスト)は、la testa をかえる気はないさ」という台詞。
la testaは頭です。
考えを変える気がない、ということかと思いきや
「ムッソリーニをすげ替えることはない」の意味だそうです。
こういう場合 capo(やっぱり頭)を使うものだとばっかり思っていました。

そして、「continuare la guerra in casa」という文。
「家の中で戦争を続ける」という意味ですが、家の中〜????
と思いきや、
自陣の「ホーム」のことだそうです。
じゃあ敵陣は? 
調べてみたら、こちらは campo nemico
「敵地」そのまんまでした。
英語のaway に当たる単語はないんですね。
なんとなくがっかり。
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by arinko-s | 2009-06-05 18:27 | 本日のイタリア語
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