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本日のイタリア語

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CATERINA VA IN CITTA'

自粛ムードが漂うなか、いつも通りにブログを更新するのは不謹慎だ、という指摘も多いと聞きました。
でも、そうなのかな?
大きな被害に遭わなかったわたしたちまで、いつまでも下向いていてもしかたありません。
わたしたちが平静を保つことこそ、復興への第一歩という気がしています。

大人があまりに過敏に反応しすぎると、子どもたちにその気持ちが伝播するのは明らか。
まずはわたしたちが平静を取りもどさなくては、という思いになっています。

ということで、震災時に意味のない情報ですが、最近たくさん笑わせてもらった映画をひとつ紹介します。
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原題を直訳すると「カテリーナ、町に行く」。監督は「N IO E NAPOLEONE」や、「La prima cosa bella」と同じく、パオロ・ヴィルツィ。2003年の作品です。

ラツィオ州(ローマが州都)の海辺の小さな町で暮らす中学3年生のカテリーナ。
父方の祖父母が暮らしていたローマの家に、引っ越すことになりました。

転校した先は、父親が30年前に通っていた中学校。
新しいクラスは、右派と左派(そう、政治的思想です!)でまっぷたつ。
転校生のカテリーナは、このふたつのグループの取り合いの的になってしまいます。

まずカテリーナに手を伸ばしてきたのは、大学教授と作家の両親を持つ(つまり文化人の両親に育てられた)左側代表のマルゲリータ。
文学、音楽、詩に詳しく、冷めた視線で大人の世界を眺めるマルゲリータに、最初カテリーナはたじたじでした。
けれども自分の知らなかった世界を教えてくれるマルゲリータ。あっという間に引き寄せられていきます。
そして、アルコールを覚え、腕にタトゥーを入れてしまう。

ひとり娘を溺愛する父親のセルジョは、この事実を知り怒り心頭。
事実上、娘の交遊を制限します。

次にカテリーナに近づいてきたのは、国会議員の父親(ベルルスコーニ内閣の大臣でもあります)を持つ右側代表のダニエラ。
金持ちの特権をとことん振りかざし、派手に遊ぶダニエラは、いつも取り巻きに囲まれ、したい放題です。
底抜けに明るく、嫌みのないのはお嬢様の証し。カテリーナは、ダニエラの世界にもたじたじでした。
けれども、やっぱり未知の世界は魅力的。ダニエラに引きつれられて、おしゃれをしたりパーティに出たり。忙しい毎日でした。

しかしある日、トイレのなかでダニエラとその取り巻きたちの会話を聞いてしまったカテリーナ。
それはカテリーナを見下し、ばかにしたものでした。

クラスの派閥争いに疲れたカテリーナ。
カテリーナと同様、自分の居場所を見つけることができずに、疲れ果てていったのは、父親のジャンカルロです。
自分にはもっと才能があるに違いない、自分はこんなところにいるような人間ではない、といつも上を見あげ、下を見下していたジャンカルロ。
妻のアガタに対しても、その態度は同じ。いつも横柄な態度をとる夫に愛想が尽きたのか、アガタはジャンカルロの幼なじみ、ファビエットと親しくなってしまいます。
その事実を知ったジャンカルロは、誰にもなにも告げずに、アパートを出て行ってしまいました。

中学校卒業試験を終えたカテリーナは、見事音楽学校に入学。大好きなコーラスを本格的に学びはじめました。

というのがストーリーです。
タイトルにある、カテリーナが行った町とは、ローマのことでした。

カテリーナが大都会ローマにきてまず驚いたことは3つ。
・歩道でクロスワードパズルをする女性
・タバコを吸う修道女
・交響楽団の演奏かと思ってしまうような、クラクションの嵐

そして、アパートについてみれば、そこは外国人もたくさん住むインターナショナルな世界。
どこを歩いても、誰も自分の存在に気を留めない。まるで自分が空気になってしまったかのように感じます。

つまり、田舎から出てきたカテリーナが見た大都会の生活、カテリーナのとまどいながら成長していく姿を描いた作品です。

イタリアの中学生、すっごく興味深かったです。
日本の中学生と比べて、とにかく大人っぽい。見た目はもちろん、言うことがすごい!
何しろ、クラスが政治的思想によって分裂しているのです。
日本の中学生に、左翼、右翼、ファシスト、それぞれの見解の違いを述べられるでしょうか??
いや、大人にだって無理かも。
そもそも、日本人は自分が右か左か、自ら明かしたがらないですよね。いや、右も左も支持していないのが日本人。右も左も区別がなくなっているのが、日本の政党。
こんなに自分の意見をずばずばいうなんて、わたしもあのクラスに入ったらたじたじになっちゃいます、絶対。

それから、あの美しさ。あんなきれいな中学生って、すごい。
それもひとりや二人じゃありません。みんな自分の主張をファッションに取り入れ、おしゃれしている感じがびんびん伝わってきます。
この辺りも、右向け右で、みんなと同じ格好をしたがる日本人と正反対です。

もちろん、田舎の小さな町からやってきたカテリーナにとって、ファッションなんて今まで興味を持ったこともないもの。
いや持っていても、おしゃれとは遠い世界にあるものだったのだと思います。
結局、このファッションについて、クラスメートからばかにされていることを知ってショックを受けてしまうのですが、そりゃ都会っ子、しかもお金の自由になる子たちと、センスに差がついてもしかたのないというものです。

この映画を見ながら考えたことは、大きくふたつあります。
ひとつめは、自分の中学、高校時代を思いだして苦笑い。
埼玉という中途半端なところで育ったわたしですが、やっぱりませてくると雑誌に載っている都会にいってみたくてたまらなくなるわけです。
当時の中学・高校生の憧れの町といえば、原宿。渋谷ではありませんでした。
ファッションの教科書『OLIVE』を、端から端まで読みあさり、そこに載っているブランドものと同じ服は買えないから、似たようなデザインの服を買ってもらい、それを着て、友だちと足を運んだものです。

竹下通りを歩いてクレープを食べたり、ラフォーレを覗いてため息をついたり、う〜ん、懐かしい。
でも強烈に覚えているのは、東京の女子高生を見ては、ひるんでいたこと。
やっぱり都会の子は違うなあ、って感心していました。
なんでなんだかその理由は覚えていませんが、醸しだす雰囲気ですかね〜。
そう、やっぱり東京の女子高生はとっても大人っぽく見えました。同じ年ごろだというのにね。
カテリーナの気持ち、痛いほど身にしみます。

ふたつめは、イタリアの中学校に息子を入れたらどうなるか、ということ。
こんなふうに意見をいいあえる環境、いいなあ、って思います。
それに自由! のびのび! 

でもその反面、日本の中学生の親だったらしなくてもいいような心配も多いはず。
そもそも夜中のパーティなんて、日本の中学生は行きません。
アルコールやタバコの心配はもちろん、ドラッグ、セックス…
イタリアの思春期の子どもを持つ親の心配といったら半端じゃないと聞きます。

いやあ、そんなことを考えたら、やっぱりこっちの中学校のほうがいいかなあ、なんて思ってしまう。あんまり早く大人になられても、寂しいですからね。

イタリア語の恩師、ロンゴ先生は、今度イタリアで暮らすことがあればローマで暮らしてみたい、といいます。
この映画を見て、わたしもちょっとローマで暮らしてみたくなりました。
カテリーナのようにたじろぎうろたえながら、都会の雑踏に飲まれたい、っていう感じ。
今、原宿に行ってもひるむことがなくなっちゃったから、ローマであの頃の気持ちを思いだしたいってことかもな。
いや要するに、中学生のころのまっすぐな気持ちがぶつかりあうなかに、身を置いてみたいってだけかも。こればかりは叶わぬ願いですが。
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by arinko-s | 2011-03-18 20:40 | 映画 イタリア
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