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本日のイタリア語

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Un filo d'olio   ひとすじのオイル

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著者、シモネッタ・アニェッロ・ホーンビイが、幼い頃、毎夏過ごしたモゼー(アグリージェント近郊の村)での思い出が綴られたエッセーです。

時は1950年代。5月の終わりになると、アグリージェントの自宅からモゼーの別荘に引っ越しをするのが、アニェッロ家の毎年の大行事でした。
夏の間、別荘で過ごすのです。
幼いシモネッタとキアーラの姉妹、両親、家政婦、料理人、仕立て屋、子守り……
お抱えの使用人もみんな一緒に大移動。ひと騒動です。

冬の間モゼーの家には、農園管理人のヴィンチェンツォとロザリアの夫妻、その子ども9人を初め、農家の三家族が暮らしています。
ここは小麦、オリーブ、ブドウ、ピスタッチオ、アーモンドなどを育てている大農園なのです。
敷地内には礼拝堂まであるのだからすごい!

アニェッロ家がモゼーに滞在している間、おばさん、おじさん、いとこ、知人が次から次へとヴァカンスを過ごしにやってきます。
彼らの思い出と共に、モゼーの食の記憶、食卓に運ばれる味と香りの断片が綴られています。

人の思い出は、少し切なくほろ苦く。それでいてユーモラス。
モゼーでは、シモネッタ姉妹も使用人の子どもたちと一緒に遊び回り、畑の収穫を手伝います。
そして大人の会話を立ち聞きしては、大人の世界を考察するシモネッタ。
少しずつ大人の世界に足を踏み入れていく様子は、くすくす笑ってしまうところ満載でした。

そしてもうひとつの柱は、食の記憶。
どこまでも美味しそうで、思わず鼻をくんくんしてしまうほです。
けっして贅沢な食卓ではありません。
父親のアニェッロ氏は、モゼーにいる間、食料品を買うことを禁じます。
だから食卓に上るのは、基本農園で収穫したものだけ。あとは週に数度のお肉。鮮魚は食べることができません。
当然、シモネッタたちは魚を恋しがりますが(アグリージェントは海沿いの街)、父は「田舎にいる時には田舎の食事を」と厳格です。

もちろん戦後の貧しい時代ということもあると思いますが、本当に質素。
それでも、オリーブオイルやローズマリー、バジリコの香りが本の中から漂い、思わず「あ〜、美味しそう」ともらしてしまう。

例えば……
(前略)
「モゼーだけの習慣があった。羊の乳が絞られるためにできる夢のような朝食だ。寒い土地では、その日の仕事と向き合うためにも、朝一番の食事には温かい料理が欠かせない。けれども当時シチリアでは、朝食は重視されていなかった。ーー今も多くのシチリア人にとってはそんなものかもしれないがーーパンひと切れとコーヒーで、朝食をすませる人も少なくなかった。わが家も例外ではなかった。父と母はベッドでコーヒーを飲み、キアラ(妹)とわたしは〈プラズモン社〉のビスコッティか固くなったパンを食べ、カフェラテを飲むだけだった。カトラリーなどが用意されることもなく、それどころか立ったままほおばることもあった。

けれどもモゼーでは、朝食はきちんとした立派な食事だった。豪勢なほどだ。テーブルにはカトラリーが並べられた。新鮮なカード(凝乳)を食べるのだ。それはたった今中庭で作られたばかりのほやほやのカード。ミルクプリンのように輝き、すべすべとしたそのカードの上に、砂糖と粉末にしたシナモンをかけるのだ。

あるいは、まだ生温かいホエー(乳清)がじわっと出てくるリコッタチーズを鉢まるごと食べさせてもらえることもあった。甘くふわふわのリコッタチーズとホエーの組み合わせは完璧で(*リコッタチーズはチーズを作る際に出てくるホエーを利用して作られるチーズ)、わたしたちは固くなったパンをこのホエーに浸してむさぼるように食べるのだった。パン、リコッタチーズ、そしてホエー。わたしの美味三兄弟である。」

作り立てのリコッタ! 食べてみたい〜〜!

あるいは、トマトソースのパスタについて。
(前略)
「毎日食卓に上るのは、トマトソースのパスタだった。大した違いはないものの、その作り方は数限りなくあった。そしてどれが最高のトマトソースか、皆の意見が一致することは決してなかった。

たっぷり30分熱湯につけたトマトの皮を湯むきし、種を取りながら果肉を絞って、加熱を始める。けれども「基本的」なソースの作り方にも二通りあった。

アグリージェントのソースは、もっぱらにんにくが使われる。丸ごと、あるいは大きめに切ったにんにくをきつね色に炒め、トマトソースに加える。けれども、パスタとソースを和える前に、にんにくは取り出すものだという人もいれば、みじん切りにしてソースを煮込み溶かしてしまえばいい、という意見もあった。

それに対し、パレルモのソースには玉ねぎが使われるのだが、そもそも玉ねぎの種類からして、議論の火種だった。小玉ねぎに決まっているという意見もあれば、白くて甘い玉ねぎが良いという意見もあり、コクのある赤玉ねぎを使うべきだという意見もあった。次に問題になるのは、玉ねぎをいつソースに加えるのか、だった。先にオイルできつね色に炒めるのか、それともトマトを濾したものとオイルと一緒に鍋に入れるのか。時には、みじん切りのにんじんとセロリが加えられることもあった。これは少しお金のかかる贅沢なソースだ。

ともかくひとたび玉ねぎ入りのソースが作られることになれば、次は玉ねぎの切り方で意見が別れた。弱火でグツグツソースを煮込む間に玉ねぎが溶けてしまうことを好む人は、細かい細かいみじん切りにしろと言う。けれども口の中に玉ねぎの食感が残ることを好む人もいるのだ。

それだけではない。皮を湯むきしたトマトを使うのはもちろんだったが、種はその時々。全部取ってしまうこともあるが、玉ねぎやにんにく丸ごと加えたソースには、種を少し残すのだ。

わたしの一番好きなのは、トマトを生のまま使うソースだった。熟したトマトを細かく刻み、種は半分残す。にんにく、オリーブオイル、塩・こしょうと共にテラコッタのソースパンに入れたら、少なくとも3時間日光の下、あるいは日陰にーー味の好みとその日の暑さによって決めるーー置いて作るソースだ。

トマトといえば、バジリコが欠かせない。ソースを煮込む間、バジリコひと茎まるごと加え、パスタと和える時に取り出されることもあれば、葉だけをソースに加えて煮込み、そのまま食べることもあった。けれどもトマトソースとパスタをあえてからバジリコを載せたいという人もいたし、パスタと和える直前、ソースの火を消した直後にバジリコは加えるべきという人もいるのだった。」

う〜ん、奥が深い。わたしも生のトマトのパスタは大好きですが、日光に3時間もさらすなんて初めて聞きました。
にんにくは必ず入れます。アグリージェント派ですね。
バジリコはたっぷり。火を消してから加えることが多いかもしれないなあ。というかどのタイミングで入れるかなんて、あまり考えたことがなかったも。

これだけでは、シチリアの美味しそうな香りは届けられませんが、少しは伝わるかな?
ともかく全編この調子で、美味しいものの話が次から次へと出てきます。
この大所帯全員のパンを女性全員で焼く話、畑の収穫の話、母と伯母が作るデザートの話、シモネッタ自身が料理を任されたときの話……
あ〜、シチリアに行きたい!! って何度も叫びながら読んだ一冊。読んでいる間、ホント至福の時でした。

著者のシモネッタ・アニェッロ・ホーンビイは、ロンドンに暮らす国際弁護士でもあります。
作家デビュー作の「LA MENNULARA」以来、出す作品、すべて話題になる作家。
インタビューをYouTubeで見ましたが、とってもさばさばした感じの素敵な女性でした。
ロンドンで暮らしていたら、さぞかしシチリアの太陽と美味しさが恋しくなるだろうなあ。
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by arinko-s | 2011-08-07 15:48 | 読書 イタリア語
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