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本日のイタリア語

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ほろにがい色の器展

昨年末から、たてつづけに幾つもマグカップを欠いてしまうという悲劇にあい(自分で起こした悲劇ですが)、ずっとカップを探しつづけていました。

パソコンとにらめっこしている間、いつも傍らには紅茶かカフェオレ、時々ココア。
一日に何杯飲むか、わかりません。
いちいちカップを洗うのはめんどうなので、夕方流しのなかには、カップが幾つもがたまっています。
だからカップはいくつあっても困りません。

条件はたっぷり入ること。
これがなかなか。小さめのカップで、素敵なのはみつかるんですけどねえ。
それから、もちろん自分の好みであること。
器にはちょっとうるさいです。

今、会期中の「ほろ苦い色の器」展。
ひょっとしたら好みのカップと出会えるかもと期待して、立川にあるH.WORKSさんへ行ってきました。

素敵な器はもちろんたくさんあったのですが、残念ながらお目当てのカップが……。
ひとつもありません。

でもあきらめきれず、しつこくオーナーの園部さんに聞いてみると、常設のカップを、奥からいくつか出してくださりました。
その中のひとつがこれ。
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石田誠さんのカップ。
ころんとした丸っこいフォルムに一目惚れです。
おいしそうなクリーム色も気に入りました。
帰宅して、さっそくカフェオレ入れて飲みました。
明日から活躍してくれそうです。

ちなみに石田誠さんの器を使うのは初めて。
以前からこのクリーム色の器がとても気になっていたので、嬉しいです。
3月19日から、H.WORKSさんで個展も行われるそうです。
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by arinko-s | 2011-02-09 22:02

イタリアンライフのイコンといえば

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ヌテッラの製造元フェッレーロ社を、アメリカ人の4歳の男の子の母親が訴えたそうです。
理由は「ヌテッラのせいで、息子が肥満児になってしまったじゃないの。『ヌテッラがあれば、理想の朝食』っていう広告は嘘!!」ということらしいです。

これに対し「今までにも、何度もそんないちゃもんをつけられていますから」と、フェッレーロ社側は、まったく意に介さない様子。
「ヌテッラをぬったパンを一切れ、それに牛乳とフルーツをプラスすれば、バランスのとれた理想的な朝食」というのが、ヌテッラのCMのコピーですが、これはプロの栄養士さんのお墨つきだそうです。
「もうずっと前から食品市場に君臨するイタリアンライフのイコン、この世界で一番知られたチョコレートスプレッドの名に傷をつけたいだけでしょうね」と、動じる様子はみじんもありません。

イタリアンライフのイコン! そうかもしれません。
映画やドラマ、本の中にもしばしば「ヌテッラ」は登場します。
ほ〜んと、よく出てきます。

実は『赤ちゃんは魔女』のなかにも「ヌテッラ」が出てきました。
7人姉妹の5番目と6番目のマルゲリータとジャミーラが、3番目と4番目のお姉さんイングリッドとイリングワースの読書をじゃまする場面。
「横から、ヌテッラのついた指で本をさわってくる」という部分があるのです。

ヌテッラといわれても、ピンと来る日本の子は少ないと思います。
だから訳では、ただの「チョコレート」としました。
こういうのって、とっても残念。ほんとうなら「ヌテッラ」は、イタリア文化の一面だから、すっごく伝えたいことのひとつでもあるのだけれど、いたし方ありません。

ヌテッラを指につけているなんて、直接なめてる? 
それとも、パンにたっぷり過ぎるくらいぬってる? 
おまけに、読書をする時間(つまり午後)に、ヌテッラを指につけているなんて、この子たちはよっぽどの食いしん坊、とそこまでイメージするはずです。

そう、大人も子どもも大好き、ヌテッラ! もちろん、わたしも大好きです。
でも、食べ過ぎにはご注意。食べる量さえ間違えなければ、この男の子のように肥満になることはありません。
ちなみに、日本で売られているヌテッラは、なぜだかオーストラリア製じゃないですか〜?

(Corriere della Sera 2月4日付けの記事より。写真はフェッレーロ社のHPより)
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by arinko-s | 2011-02-04 21:50

ノルウェーの森

絶対見にいこうと決めていたのに、気づいたら上映修了間近。
仕事放り出して、見に行ってきました。

結論からいうと、がっくりでした。
トラン・アン・ユン監督だし、「小説の世界を見事に表現」なんていう映画評も読んでいたし、すっごく期待していたのに。期待しすぎたのかも。

村上作品を尊重して、小説中の台詞を忠実に再現、と聞いていましたが、これがまた安っぽい。
もちろん、あの長編小説を2時間ちょいに収めるわけだから、すべてをなぞるわけにはいかないのはわかりますが、台詞がそのままだから余計に、エピソードをところどころ抜粋しました、っていう感じがしてたまりませんでした。

でもその割に大切なエピソードは、ことごとく抜かされています。
大切な、というのはわたしにとって、という意味ですが、
例えば、飛行機の中でワタナベくんが頭痛で苦しんでいると、ビートルズの『ノルウェーの森』がかかることとか(だから、これは『ノルウェーの森』なんだし)、
ワタナベくんと寮のルームメイトだった突撃隊がいつもラジオ体操をして、ワタナベくんを起こしてしまうこととか、
突撃隊の話をすることで、直子の気持ちが解けていくこととか、
緑に初めて話しかけられたとき、ワタナベくんは緑のポロシャツを着ていたこととか、
そのとき、緑はベリーベリーショートだったこととか、
ワタナベくんが緑の家に招かれたとき、ベランダで火事を見ながら緑がギターを弾いて歌ったこととか、
ワタナベくんと永沢くんが『グレート・ギャッツビー』の話をすることとか、
直子を療養施設に訪ねたとき、どこにあるのか誰にもわからない井戸の話をすることとか、
レイコさんが、自分の境遇をワタナベくんに告白することとか…

もう数え上げたらきりがないくらい、私の記憶の中に鮮やかなイメージとしてこびりついているシーンはことごとく映像化されていませんでした。
これだけ飛ばされていると、小説読んだことのない人には、あまりにも不親切。唐突なシーンがたくさんあったように思います。
これって小説ファンに向けての映画なのか、小説を読んだことのない人に向けて村上作品の魅力を伝える映画なのか、まったく不明。
こんなの『ノルウェーの森』の魅力、いや村上作品の魅力を半分も伝えてないじゃん、とだんだん腹がたってきて、終いには眠さも吹き飛んでしまいました。

と、映画の話はさておき、
イタリアで『ノルウェーの森』が出版されたのは、わたしがイタリアで生活しはじめて少し経ったころのことでした。
もちろん、村上春樹の大ファンのわたしは、すぐさま購入。
これならイタリア語で読めるかも、と考えたのです。
その本が、これ。
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タイトルは『TOKYO BLUES』です!!
よほど、頭をひねってつけたタイトルではないかと思います。
でも、小説の哀愁漂う雰囲気をうまく捉えたタイトルかもしれません。
このタイトルのせいかはわかりませんが、
「ほんとうに日本の大学生は、あんなに簡単に自殺しちゃうの?」
「日本の若者は、そんなに傷つきやすいのか?」
と、当時何度か聞かれました。
ちなみに、現在は『Norwegian wood』というタイトルに変えられています。

そうそう、当時日本のマスコミにはめったに姿を出さないことで知られていた村上春樹ですが、イタリアではこんな大サービスも。
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もちろんこちらも、発売直後に即買いしています。
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by arinko-s | 2011-01-21 22:13

サブウェイ123

仕事に行き詰まり、あ〜もう! って、すべてを振り払って映画館に行っちゃいました。
とにかく、手っ取り早く気分転換したかったのです。
だって、気づいたら、今日はレディースデイじゃないですか。

いや〜〜、怖かったです。
久しぶりに、ハラハラドキドキものを見ました。
私もあんなふうに人質に取られたら、きっとあっという間に気絶しちゃうな。
気絶しなきゃ、ぎゃーぎゃー泣き叫んじゃうかも。
人質の皆さんが解放された時、思わず「お疲れさま」って声かけたくなっちゃいました。

にしても、トラボルタって役によって変幻自在。
前知識なしで見たから、しばらく気づきませんでした。

で、帰って仕事、って思っていたけれど、
ドキドキしすぎて、何だかぐったり疲れちゃいました。
この息抜き法は失敗だったかも。
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by arinko-s | 2009-09-09 21:06

チェーザレ・パヴェーゼ

イタリア語の春期講習が始まりました。
冬の間、事情があってお休みしていたのですが、
今度は講座を変えて再開です。

前の授業は翻訳コースでした。
雑誌の記事や新聞記事を読むのがメイン。
でも、私の知りたいのは、もっと文学よりのこと。
こんな場合どこまで意訳しても良いのか、
こんな時、このtu(二人称)はどう訳せば良いのか、などなど。
で、今回はチェーザレ・パヴェーゼの講読コースに入ることに。

チェーザレ・パヴェーゼはイタリアの20世紀を代表する作家であり詩人。
その名前とトリノで自殺したという事実は知っているけれど、
実は読んだことがありません。
いつか読もうと思って、本棚の中で眠ったままです。

これじゃいかんなぁ、という思いもあって、いきなり原書で挑戦です。
今回は自伝的小説『丘の上の家』がテキスト。

パヴェーゼは詩人でもあったので、その文体、選ぶ単語もとても詩的だそうです。
読み慣れないと、かなり難しい、とか。

例えば今日読んだところ。
Si diceva la collina come avremmo detto il mare o la boscaglia.
直訳すると、「かつて海や森のことを話していたように、丘のことを言うようになった」なのですが、
「かつて海へ、森へと話していたように、丘へ行こうと言うようになった」
となるそうです。
「〜へ」にあたる前置詞「a」が省略されているというわけです。
これも、パヴェーゼのこだわりから。
イタリア語の響きを大切にしてのことだそうです。

う〜ん、難しい。
一人で読んでいたら、絶対そんなこと気づきませんから。

何より驚いたことに、
授業が早い!
初日は自己紹介から? とたかをくっていたら、いきなりテキストを読み始め、
あっという間にビュ〜ンと進みました。
しかも、メンバーで予習してきたメモを見ているようなのって私一人?
みんな即興で訳してる。
必死で、自分の訳と担当者の訳を付き合わせているのって、どうみても私一人でした。
ひや〜、私だったら即興はしどろもどろになってしまう。
がんばらねば。
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by arinko-s | 2009-04-03 18:29