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本日のイタリア語

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カテゴリ:映画 イタリア( 52 )

Bertolucci×Ammaniti IO E TE

ベルトルッチの『Novecento』を見たばかりですが、
そのベルトルッチがAmmanitiの『IO E TE』を映画化したと知り、キャ〜〜と悲鳴を上げそうになりました。
カンヌ映画祭で特別上映されるそうです。

『IO E TE』は、とても共感できる小説でした。
でも、既に版権がとられていて涙。
あ〜〜、わたしが訳したかった(訳させてもらえる版元を見つけられるかは別にして)。

こうなったら、ひたすら映画を楽しみにしていようと思います。
ベルトルッチなら、きっと美しく映像化してくれるにちがいありません。
早く観たい!!
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by arinko-s | 2012-04-20 23:50 | 映画 イタリア

NOVECENTO(1900) 20世紀

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I部、II部併せて5時間の超大作。長い!
ということで、2日に分けて鑑賞。

1901年1月27日、同じ日に、同じ場所で、2人の男の子が生まれます。
ひとりは、大農園の所有者の孫、アルフレード。
もうひとりは、その農園で働く農民の息子、オルモです。
オルモの母親は未亡人。父親はわかりません。

異なる環境に生まれた2人ですが、それでも仲良く育っていきます。
とりわけアルフレードは、オルモの大胆さ、勇敢さにホレボレしながら、影響を受けて大きくなっていきました。

ある年の夏祭りの日、農民たちがダンスをして楽しんでいる様子を見た地主のベルリンギエリ(アルフレードの祖父)は、自分の老いを実感し、牛小屋で首をつって自殺してしまいます。
父親の死を悲しむどころか、遺言状を書き換え、土地を自分のものにしようとするジョヴァンニ(アルフレードの父)。それを目撃したアルフレードは、ショックを受け、父親に嫌悪感を抱くようになります。

2人は青年になり、第一次世界大戦が始まります。オルモは戦線に立つことになりますが、無事に帰郷。
農園には、管理人としてやってきたアッティラがいました。アッティラは、農民たちを蔑み、強引な手法で農園を管理しています。
オルモは、そんなアッティラと対立。同じくアッティラに反感を抱いていた、女性教師アニタと意気投合し、2人は恋に落ちます。

一方、遊び暮らしているアルフレードは、伯父さんの家で出会ったアダにひと目惚れ。
1922年、父の死後、アルフレードはやっとアダと結婚できます。

オルモとアニタの間にも娘が生まれますが、アニタは出産が原因で死去。
オルモは娘に、アニタと名付けました。

その間、黒シャツ隊の一員となったアッティラは、農園でしたい放題、横暴に振る舞い続けていました。
自分の罪を人に押しつけ、素知らぬ顔をするアッティラ。
そのことに気づいたアダは、夫のアルフレードに訴えますが、アルフレードは何も言えずに沈黙し続けます。
アダはそんな夫に失望し、家を出て行ってしまいました。

さらに数年が過ぎたある日、アッティラに反逆したオルモは、そのまま農園から逃げ去ります。
月日が流れ、オルモは亡くなったものだと、皆が考えるようになっていました。
そして迎えた1945年4月25日の解放の日、アッティラとその妻は農民たちに捕まえられ、リンチにされます。
アルフレードは、農民の子どもに捕らえられ、農民たちに囲まれます。
そこに帰ってきた、オルモ。アルフレードを人民裁判にかけることになりました。

判決を下すオルモは、アルフレードに「仮死刑」を伝えますが、これは農民たちのリンチを避けさせるためのものでした。

時は過ぎ、互いに老人になった2人が映し出されます。
2人は幼かった頃のように、ふざけ合いながらの田園風景の中を歩いています。
子どもの時、度胸試しと称して線路に横たえ、通り過ぎる電車の下でじっとしていた2人。
アルフレードは、その時のように線路に横たわりました。

映画はここで終わります。
でも体が大きくなった今、電車が上を通っても無傷でいられるわけがありません。
しかも線路に対して垂直に横たわるアルフレード。
アルフレードの自殺を暗示しているのでしょうね。

アルフレードを演じているのは、若かりし日のロバート・デ・ニーロ!
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(写真左。右はオルモ役のジェラール・ドパルデュー。2人とも信じられないくらいに若い!)
映画の冒頭、アルフレードが農民の子に捕らえられるシーンがありますが、最初デ・ニーロだとはわかりませんでした。
実際に年をとった姿よりも、かなり細身の老人姿。
現実を見ているからか、結びつきませんでした。

余談ですが、パリに行った時、カフェでお茶していたら、隣の席にデ・ニーロがやってきたことがあります!
かなり隣の席との空間が狭いカフェで、まさにすぐ横に。
いや〜〜、あんなこと、もう二度とないだろうなあ。
それ以来、デ・ニーロを見ると、親近感倍増です。

話はそれましたが……

解放の日、農民たちはこっそりと縫っていた赤い大きな旗を持って行進します。
赤い布(もちろん使い古したボロ布)を何枚も何枚も継ぎ合わせて作った、大きな大きな旗です。
ファシストから解放された日は、奴隷のように働かされる日々から解放される日でもあったのですね。
5時間という長い時間の中、この旗の赤が一番印象に残っています。

これは1976年の映画。製作に3年を費やしているそうです。監督のベルトルッチは、何と36歳!
撮影中にデ・ニーロは『ゴッドファーザーPARTII』で、オスカーを受賞。
1976年のカンヌ映画祭では、『タクシードライバー』がグランプリを獲得しているのですから、この映画は、デ・ニーロがスターダムを駆け上っているまさにその最中の一本なんですね。
もちろん、イタリアでは大ヒットを記録したそうです。
「イタリア近代史を知りたいなら、この映画は観なくちゃ」と伊語の恩師、ダニエレにいわれた一本。
今も、イタリアでは語り継がれる一本なんですね。

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(少年時代のオルモ役の子がかわいかったです)
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by arinko-s | 2012-04-19 13:57 | 映画 イタリア

Benvenuti al Sud  南イタリアへようこそ!

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ミラノ北部の小さな街で、郵便局長を務めるアルベルト。
奥さんの強い要望に応え、ミラノの郵便局へ転勤願いを出しています。
けれども願いは叶わず……
最後の手段と、障害者枠でポストを得ようとしますが、嘘がばれ……
その結果、カンパーニャ州、サレルノ近郊の小さな街へ左遷されてしまいました。

北の人間にとって、南で暮らすことは悪夢!
毎日暑く、道はゴミであふれ、カモッラ(ナポリマフィア)がうようよしている危険な場所です。
奥さんはもちろん、同行することを拒否。
アルベルトは単身赴任することになります。

出発の朝、アルベルトは、防弾チョッキを着て出発。
なんたってどこでカモッラと出くわし、撃たれるかしれません。
もちろん指輪や時計の貴金属類は、置いていくことにしました。

気乗りしない長旅です。高速道路をのろのろ走るアルベルト。
交通渋滞の原因を作ったとして、路肩に入るよう警察官に指示されてしまいます。
けれども「南に転勤することになって……」と聞いたその婦警さんは、「コソボ行きを命じられた、軍にいる弟を思いだす」と涙をこぼしながら、アルベルトを見逃すことにしました。

夜もとっぷり更けたころ、ようやく目的地に到着したアルベルト。
おまけにいつから降り出したのか、土砂降りの雨。
前任者の暮らしていた家には、なにひとつ家具がなく、その夜は部下となるマッティアの自宅に泊めてもらうことになりました。
けれども、まったく安心できません。
泥棒に入られるかもしれないし、襲われる可能性も捨てきれない。
不安の一夜を過ごします。

そして新しい職場での初日。
アルベルトは、南の人たちの労働ペースにイライラしっぱなし。
けれども、同僚も街の人たちも、皆とても温かく……
気づいてみれば、アルベルトはすっかりこの小さな街での暮らしが気に入っていました。

* * * * *
2010年に大ヒットした映画です。
監督はLuca Miniero(ルーカ・ミ二エーロ)。
フランス映画『Bienvenue chez les Ch'tis』のリメイク版だそうです。 
アルベルトを演じているのは、Si può fareのクラウディオ・ビーショです。

いやあ、もう最初から最後まで大爆笑でした!
そういえば、ナポリに旅行するとミラノの友人たちに伝えた時、みんな本気で心配してくれて、どれほど恐怖心を煽られたことか。
「時計なんかしていっちゃだめ」って、言われました、わたしも!
それから、「お財布を持って出歩いてはいけない」、「ホテルのセーフティボックスに貴重品を預けてはいけない」、「地下鉄にひとりで乗ってはいけない」などなど。

でも、ひとりで地下鉄にも乗っちゃいました。
昼間だというのに、切符売り場で少年(本当に小さな子)がタバコを加えたまま手を出してきて(金くれのしぐさ)、ひえ〜〜〜、って震えあがったけど。

でも、この映画を観て、やっぱり次に暮らす時は(そんなことがあればの話ですが)、やっぱり南だ! って思いました。
ナポリはさすがに勇気ないけれど、この映画の舞台になったCASTELLABATE(カステッラバーテ)のような小さな街だったら、大丈夫。
5億円当たったら、即刻南に向かうんだけどなあ〜〜〜。

今年に入り、同じくアルベルトとマッティア(Alessandro Siani アレッサンドロ・シャーニ)のコンビで『Benbenuti al Nord 北イタリアへようこそ』という逆バージョンが公開されています。
早く観たい! 
今度はどんな偏見で笑わせてくれるのかな。楽しみです。
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by arinko-s | 2012-02-20 17:08 | 映画 イタリア

SALÒ ソドムの市 ②

パゾリーニ監督の『ソドムの市』の続きです。

タイトルには、le 120 giornate di Sodoma ソドムの120日という副題がついています。
SALÒというのは、北イタリア・ガルダ湖の近くにある町の名前です。

原作はマルキ・ド・サドの『ソドム120日あるいは淫蕩学校』。
原作が18世紀初頭のスイスを舞台にしているのに対し、映画の方は1945年のサロが舞台です。

『L'Espresso』誌に掲載されたパゾリーニのインタビューから、この映画に関して語っている部分(全部は長いので)を以下に記します。

会場にいらしているみなさん、パゾリーニ氏は今日、撮り終えたばかりの新作映画のために、ストックホルムにいらっしゃいました。ソドムを題材にした映画です……

自分のアイデアでない映画を撮ったのは、これが初めてです。今までわたしが脚本を手伝ってきた、セルジョ・チッティに最初オファーがあったのです。けれども話を進めていくうちに、チッティはこの映画への興味をどんどん失い、それとは逆に、わたしはどんどんこの映画に対する意欲が沸いてきました。とりわけ、舞台を'45年、サロ共和国の最後の数ヶ月にしたらどうだろうかというアイデアを思いついた瞬間、わたしはとてもこの映画を撮りたくなりました。それにチッティは別の題材を考えていたこともあって、この映画のプロジェクトから完全に手を引いたのです。そこで、夢中になっていたわたしが撮ることになリ、撮り終えたというわけです。

サドの小説を題材にしたこの映画は、性描写を中心としています。わたしが、人生の三部作と呼んでいるわたし自身の3本の映画、つまりボッカッチョ(編集部注:デカメロン)、カンタベリー物語、アラビアン・ナイトの3本と比べ、この映画の性描写の意味合いはまったく異なります。この映画の中では、セックスは寓意、権力の行使による買春の隠喩に他なりません。暴力的かつ誘導的な性の消費主義こそ、まさしくナチズムだと思うのです。わたしの映画は、ナチズムと消費主義の忌まわしい一致を現しているのです。そのことが観客の方々に伝わるかどうかはわかりません。暗に現しているからです。神聖(sacro)な表現といっても良いくらいです。ただし、sacroという言葉は、ラテン語では、忌まわしい(呪われた)という意味もあるのです。

なぜ1945年に舞台を移したのでしょうか?

栄華の最中ではなく、終焉の世界を描きたかったからです。詩的な理由からです。‘38年、‘39年、あるいは‘37年を舞台に撮ることもできたでしょう。けれどもそれでは、詩的な雰囲気は薄れてしまったに違いありません。

その時代、どんな詩的なことがあったのでしょう?

退廃、衰退は、それ自身が詩的です。もしナチズムの絶頂期を舞台にしたら、フィルムはがまんならないものになっていたでしょう。これはすべて最後の数日間のできごと、終わりゆくできごとだと知ることで、観客は安心を得ることができるのです。要するに、この映画は真の無秩序、つまり権力の無秩序を描いた映画なのです。

* * * * *
恐らく、このインタビューのあと、映画が上映されたのではないかと推測するのですが、その時のスウェーデンでの反応はどんなものだったのか。
気になります。
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1975年11月22日にフランスの映画祭、
1976年1月30日に西ドイツ(当時)、
1976年3月29日にスウェーデン、
1977年10月3日にアメリカで公開。
日本でも1976年に公開されているようですが、その時代にどんなふうに受け取られたのか……。

イタリアでは1975年12月23日にミラノの映画館で上映が始まったものの、3週間後にミラノ検察局に差し押さえられ、検察局はプロデューサーに対して訴訟手続きを開始。
結局、この映画が再び日の目を見たのは1991年になってからのことだそうです。
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by arinko-s | 2012-02-17 18:00 | 映画 イタリア

SALÒ ソドムの市

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ピエル・パオロ・パゾリーニの遺作です。

作家であり、詩人であり、ジャーナリストであり、映画の脚本家。
そして映画監督としても、成功したパゾリーニです。
ローマ近郊の海岸で礫死体で発見されるという、あまりにもセンセーショナルな死を遂げたこともあって、その死後36年が過ぎたというのに、彼の話題は未だに尽きることがありません。
彼の死後、部屋から消えてしまったとされる彼のノートの中身と行方も、あれこれささやかれ続けています。

これまでパゾリーニの功績は、もうあちこちから聞かされてきましたが、でも恐ろしくて手を伸ばすことができずにいました。
かじり聞きする彼のイメージは、グロテスク一色だからです。
いや確か、イタリアの語学学校で、何の映画だったか今となっては覚えていないのですが、何かを観させられ、その衝撃がすごかったのだと思います。
どんなに彼がすごい人物だと聞かされても、その後再び、この目で確かめることができずにいました。

でも実は、ローマのパゾリーニ財団にも行ったことがあります。
当時、イタリアでお世話になっていた四方田犬彦さんに連れていってもらったのです。
その時も、四方田さんにパゾリーニの素晴しさを熱く語ってもらいました。
でも印象に残っているのは、そこにいた太ったおばさまが、ラウラ・ベッティという名女優だったということと、窓からプロテスタントの教会が見えたこと。
カトリックのお膝元なのに、プロテスタントの教会があるんだぁ、なんて変なことに感心して、肝心のパゾリーニについては、何も学んでこなかったというまぬけな記憶です。

それが『L'Espresso』誌 2011年の12月21日号に掲載された、パゾリーニの未公開インタビューを読んで、一度きちんとパゾリーニを観てみようではないか、という気になったのです。
インタビューが行われたのは、1975年の10月30日、ストックホルム。
『ソドムの市』の撮影が終わった直後です。
そしてこの二日後に、パゾリーニは誰かに殺されてしまったというわけです。

このインタビューを読むと、パゾリーニがまだまだ映画を撮る気満々だったということが伝わってきます。
そして、どれほど映画に情熱を注いでいたかもわかりました。

インタビューが『ソドムの市』を撮った直後に行われていることもあって、自然『ソドムの市』を借りてきてしまったのですが……
でも、これが大失敗!
グロすぎる! 
本当に吐きそうになり、一度は最後まで観るのをあきらめかけたほど。
それでも、がんばって観続けたのですが、最後は恐ろしくて目を開けていられませんでした。

天才と奇人変人は紙一重、という時、日本ではアインシュタインが例に挙げられることが多いと思いますが、イタリア人はきっとパゾリーニを思い浮かべるに違いありません。
こんな映画を撮るなんて、変人としか思えない!

でもひとつわかったことは、パゾリーニのすごさだけは何となく伝わってきて、一度彼の映画を観た人は、怖いもの見たさというのか、「今度こそ!」みたいな気持ちで、彼の魅力を探りたくなっていくのです、きっと。
わたしも、そのドツボにはまりそうで怖いぞ。

でも次は、もう少しおとなしめのものを借りてみます。
パゾリーニの魅力を語れるようになるまでには、道のりは遠そうですが、がんばってみようかな。
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by arinko-s | 2012-02-14 22:19 | 映画 イタリア

LE QUATTRO VOLTE  四つのいのち

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カラブリア(イタリア南部)の山間部で暮らす、山羊飼いの老人。
山羊を放牧しながら、いつも咳き込んでいて、とても具合が悪そうです。
そして間もなく、おじいさんは亡くなってしまいます。

お葬式の翌日、おじいさんのヤギが子どもを産みます。
その子ヤギは、放牧に出されると、あっという間に群れからはぐれてしまいます。
子ヤギは必死で仲間を探しますが、しまいに疲れ果て、モミの木の根本で寝てしまいました。

そのモミの大木は、村の祭りのために切り倒されます(子ヤギがどうなったのかは、わかりません)。
祭りが終わると、モミの木は細かく切られ、藁を積み粘度で固めた塚で焼かれ、炭に生まれ変わります。
そして村人たちに配られます。おそらく村人たちは、この炭を使って暖をとるのでしょう。

ただそれだけの、物語です。
特別なことは、何も描かれていません。
村人たちの日常です。

イタリア映画ですが、台詞はほぼゼロ。
効果音もBGMもありません。
聞こえるのは自然の音と、人間が生活の中で立てる音だけです。

もちろん、この映画に込められているのは、命は繋がっている、というメッセージなのでしょう。
そんなに素晴しいメッセージの込められた映画なのに、わたしにはこの映画の良さがよくわかりませんでした。

印象に残ったのは、咳に苦しむおじいさんが、教会のホコリを薬にしていることとか(もちろん、げっ! って思ってしまいました)
おじいさんの家の質素な様子とか、
昔ながらの炭焼きの製法とか、
できた炭を放った時に、他の炭とぶつかる、カランという美しい音とか、
犬を追い払う子どものかしこさとか、そんなことばかり。

ああでも、そんなにたくさん印象に残った場面があるということは、それなりに良かったということかもしれません。
でもでも正直、時間が止まってしまったかのような生活の、その静けさは、退屈なほど。
途中、何度も挫折しそうになりながらも、負けてはならぬ、と我慢比べのように見終えました。

監督はMichelangelo Frammartino(ミケランジェロ・フランマルティーノ)。
2010年の映画です。
寝不足の時に観るのは、賢明ではないかも。
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by arinko-s | 2012-02-09 18:21 | 映画 イタリア

Nessuno mi può giudicare

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2011年の『Nastri d'Argento』(銀のリボン賞 イタリア映画のための映画賞)、コメディー映画部門を受賞した作品です。
タイトルを直訳すると「誰もわたしを評価できない」ですが、「自分の価値基準でわたしを判断しないでね」ってことだと思います。

主人公のアリーチェ(Paola Cortellesi パオラ・コルテッレージ 写真右)はローマ北部のお屋敷で暮らすマダム。
会社を経営する夫と9歳になる息子と、華やかな生活を送っていました。
ところが夫婦の結婚記念日を祝うパーティーの当日、夫が交通事故で亡くなってしまいました。
残されたのは、莫大な借金。
期限までに返済しなくては、息子の養育もできないとみなされ、息子は施設に引きとられることになってしまいます。

屋敷も売り払い、使用人たちにも別れを告げざるを得なくなったアリーチェ。
行き場のなくなったアリーチェ親子を助けてくれたのは、元使用人のアジズでした。
彼の暮らすアパートの、屋上にある小屋に、わずかばかりの荷物を持って落ちついたアリーチェ。
そこは移民だらけの庶民が暮らす町。元の家とは比べ物にはならない、じめじめとしたおんぼろ小屋で暮らすはめになったのですから、ため息も出ようというもの。

しかし、しょげてばかりはいられません。
アリーチェはさっそく、借金返済のため、そして生活のため、仕事を探しはじめました。
けれども世の中、甘くない。
短期間で稼ぐ手段などそうそうあるわけもなく……
アリーチェは、一大決心をしました。
コールガールになったのです!

仕事が軌道に乗りはじめた一方で、アリーチェは近所のインターネットポイントを経営するジュリオ(Raoul Bova ラオウル・ボーヴァ 写真中)を好きになっていきます。
もちろんコールガールをしていることは内緒でした。
借金返済のめども立ち、コールガールは卒業、ジュリオと大手を振って付き合える、と思った矢先。
コールガールをしていることがジュリオにばれてしまい……

というお話です。
移民の使用人を鼻であしらい、貧しい人たちを小ばかにしていたアリーチェが、その移民や貧しい人たちに助けられ、おまけに軽べつしていたコールガールという職業に救われ、偏見をなくしていくという物語。
コールガールをしている女性にも、せざるを得ない理由があるのだと、身を持って知ったわけですね(もちろん好きでしている人もいるかもしれませんが)。
世の中その立場にならなくてはわからないことばかりですが、でもせめて想像力で人の立場をおもんばかることはできるはず。
それができないようだと、それほど痛いものはない、と物語冒頭の傲慢なアリーチェを見てつくづく。

イタリア語でコールガールは「escort エスコート」と英語を使います。
この言葉を頻繁に聞くようになったのはここ2〜3年のこと。
ベルルスコーニ前首相がエスコートの女性を自宅に呼んで、未成年を買春したのではないか、という疑惑がもたれるようになってからのことだと思います。
最初「エスコート」「エスコート」と聞くたびに、?? だったのですが、今やこの言葉を聞くとベルルスコーニのにやける顔が浮かんでしまう。

写真左の男性は、アリーチェの引っ越し先の門番をしている男性。
移民だらけのこの界隈にうんざりしている、超razzista(人種差別主義者)です。もちろん、自分では「オレは人種差別なんかしないよ」って否定しているんですけどね。
でもアリーチェがイタリア人だと確認すると、それだけで「Brava!(ブラーヴァ!)」と褒める。
その彼の台詞が印象的でした。
「あいつらアフリカ人はアメリカに行って、奴隷になるしかなかったけど、オレたちイタリア人は違うぜ」と。

Invece noi italiani, quando siamo andati in America, subito abbiamo creato la Mafia, lo vedi che proprio un'altro livello di organizzazione di creatività è il Made in Italy!

オレたちイタリア人は、アメリカに行ってすぐにマフィアを生んだじゃないか。
もうひとつの創造力のたまものは、メイド・イン・イタリーさ、違うか?

マフィアとメイド・イン・イタリー! 確かに現代イタリア人の二大産物かもね。
今や世界中が、メイド・イン・チャイナとファストファッションブランドに席巻されていますが……。

でも、このおじさんも最後は黒人の彼女を作ってイチャイチャ。
偏見を捨てることが幸福への近道、ってことですね。

アリーチェ役のパオラ・コルテッレージは『C'è chi dice no』で、イルマを演じた女優さん。
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監督はMassimiliano Bruno(マッシミリアーノ・ブルーノ)です。
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by arinko-s | 2012-01-06 17:00 | 映画 イタリア

C'è chi dice no ノーという人だっているんだ

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今春に公開された映画。監督はGiambattista Avellino(ジャンバッティスタ・アヴェッリーノ)です。

新聞社で働くマックス(LucaArgentero ルーカ・アルジェンテーロ、写真中央)、医者のイルマ(Paola Cortellesi パオラ・コルテッレージ、写真左)、大学助手のサムエーレ(Paolo Ruffini パオロ・ルッフィーニ、写真右)の3人は、高校時代のクラスメート。
それぞれ、臨時職員として働き、いよいよ本採用も間近と(サムエーレは論文コンクール受賞を)期待していたその矢先。
マックスは有名作家の娘に、イルマは医長の恋人に、サムエーレは教授の娘婿に、それぞれそのポストを奪われてしまいます。
強力なコネを使った3人が、マックスたち3人の夢を打ち砕いたというわけです。

腹わた煮えくり返るマックスたち3人は同盟を組み、自分たちがつくはずだったポストにちゃっかり収まったコネ組3人に嫌がらせをして、そのポストからどかしてしまおうという作戦に出ました。
もちろん、自分を邪魔した相手を攻撃して、すぐに誰の仕業かばれてしまっては元も子もありません。
それぞれ、仲間の相手に嫌がらせをすることにしたのです。
それも徹底的に。

イルマの代わりに医局に正採用された医長の恋人は、その執拗な嫌がらせを「マフィアのしわざにちがいない」と恐れをなして逃げていきました。
マックスの代わりに正社員として採用された作家の娘は、嫌がらせとは関係なくマックスに恋をし、父親に「彼のことも編集長に推薦してちょうだい」とねだります。
そして推薦を受けたマックスは、願い通りに正記者の座を射止めました。
うん?? コネ社会を憎んでいたはずの本人がコネを使って職を射止めるとは!

イルマとサムエーレにこのことがばれて、3人の関係がぎくしゃくしだしたものの、マックスは自分の地位を利用して、サムエーレの大学のコネにまみれた実情を暴くことに。
そして3人は大学の講演会で、大学がコネだらけで機能しているという絶対的な証拠を観客に見せ、「こんなコネ社会に、わたしたちは断固ノーという! 仕事だけじゃなく、若者の夢まで奪うコネなんかくそくらえ!」と大暴れ。

その結果、3人は警官に逮捕され、ゼロからの再出発を余儀なくされます。
せっかくつかんだ職も失ってしまったけれど、でもはっきり抗議の意思を示したことに3人は大満足でした。

というのがあらすじです。
イタリアがコネ社会だという話は、よく聞きますが、本当にこんなにひどい?
少なくとも医者という職業は、コネがなくとも仕事場を見つけるのはそう難しいことではないと思っていました。

ところが、イタリアでは医者の資格を持っていようとも、就職困難。
コネがなければ医者と言えども、「今の時代、就職できない」というのです。
え〜〜〜、都会が難しくても医療僻地に行くという手もあるでしょ、と思うのだけれどなあ。
もし本当に、努力して、しかもかなりの努力をして資格を取った人たちまでも、コネがなければどうにもならない世の中だとしたら、悲しすぎます。
そりゃ、最初から先が見えていたら、努力するのやめちゃうよなあ、って思います。

日本だってかなりのコネ社会。
だとわたしは、思っています。
コネがないところに飛び込むのは、かなり勇気がいります。
小さなつてでもあるのとないのとでは大違いだし、コネは大事にしろ、とはよくいわれること。

でも、コネを使った人こそ、実力がなくてはすぐにまずいことになってしまう気がします。
コネなんてスタートラインに立つ時に役立つだけのものかと思っていましたが、そこがイタリアとの大きな違いらしい。
もちろんコネがなくてはスタートラインにさえ立たせてもらえないというのは、本当にひどい話だと思うのだけれど、
その上、コネで職を得た人たちは、たとえ実力がなくとも安穏とその職に居つづけることができるというのです!
そりゃ、ますますひどい。
日本だったら、実力無くしてはすぐに窓際に追いやられてしまうのでは。
それどころか、本人も肩身が狭くて、自ら身を引いてしまいそうなものです。
確かに映画の中でも、コネで新聞社に入社した作家の娘は、空気を読めずに周囲にうんざりされていましたが、まったく意に介しない様子でした(余談ですが、この娘役のMyriam Catania ミリアム・カターニャは、マックス役のルーカ・アルジェンテーロの実の奥さん)。

う〜〜ん、コネのないイタリア人は辛いなあ、ってある意味同情するのですが、でも、この3人のしていることにはまったく共感できない!
もちろん、わたしだって思います。いいよなあ、コネのある人は、って。
でもだからって、その人に嫌がらせするのって筋違いでしょ。
え〜〜、え〜〜〜、ってずっと首傾げたまま、映画が終わってしまった。

そんなことをしても、コネ第一の社会が変わるわけないと思うけどな。
知性派のお三方、もっと知恵を絞って社会を変えてくれ!
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by arinko-s | 2011-12-26 22:42 | 映画 イタリア

La meglio gioventù 輝ける青春

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2003年の映画。Marco Tullio Giordana(マルコ・トゥッリオ・ジョルダーナ)監督の作品です。

1966年の夏から2003年の春まで、ニコラ(Luigi Lo Cascio ルイージ・ロ・カーショ)とマッテオ(Alessio Boni アレッシオ・ボーニ)の兄弟を軸に描かれたある家族の物語。
それぞれ大学生活を謳歌し、お互いを尊重しあいながら行動を共にしていた2人の兄弟でしたが、マッテオが精神病院のボランティアでジョルジア(Jasmine Trinca ジャスミン・トリンカ 写真上)という少女に出会ったことで、2人の進む道が大きく変わっていきます。

病院でジョルジアが不当な扱いを受けていることに気づいたマッテオは、ジョルジアを病院から連れ出し、ニコラと共にジョルジアの父親の元に送り届けようとするのですが、これが失敗に終わってしまいます。
ジョルジアは警察官に捕まり、強制的に病院に戻されることになってしまったのです。
このことが、2人の心にそれぞれ深く陰を落とすようになるのです。

元々医学部に通っていたニコラは、故郷ローマを離れトリノ大学へ編入。精神科医を目指します。
一方マッテオは、大学を中退して入隊。兵役を終えた後は警察官になることを希望します。
ニコラは大学時代に人生のパートナーを見つけ娘を授かるものの、幸せは長くは続きません。妻はテロ組織に入り、その活動にのめり込んでいくのです。

一方、自分の意志を殺し組織に組み込まれることを望んだマッテオは、社会の闇の部分を目の当たりにし、いっそう絶望感を深めて行きます。一個人の力の限界を感じ、もがき苦しみます。
けれどもローマ市警に配属になり故郷に戻ったマッテオは、かつてシチリアのパレルモ勤務時代に出会ったミレッラ(Maya sansa マヤ・サンサ)と再会し笑顔を取り戻します。
ミレッラの押しの強さにマッテオの気持ちも傾いたかのように見えますが、なぜだかマッテオは深入りすることを避けるように。
そしてミレッラと大げんかした末に、マッテオは自らの死を選んでしまいました。

突然のマッテオの死に戸惑い悲しむ家族。
現実を受け入れられずにいたニコラでしたが、ある日マッテオの突き刺すような瞳と再会します。
かつてシチリアでミレッラが写したマッテオの写真です。
この写真が出展された写真展のポスターでした。

ニコラの病院に入院していたジョルジアは、その写真を撮ったカメラマンに会いに行くようニコラに強く迫ります。
ニコラはその言葉に背中を押され、シチリアへミレッラを訪ねます。
するとそこには……。

66年のフィレンツェの大洪水、68年の学生運動、70年代の「赤い旅団」、シチリアマフィアの台頭、92年のファルコーネ暗殺などなど、史実を交えながら進むストーリーは、まさにその時代のイタリアに身を置いていたような錯覚を抱かせてくれます。
その多くは、イタリアで出会った友人、知人が当時の様子を教えてくれたできごとです。
それが映像として写しだされ、まるで自分もその場にいたかのような、少なくともタイムリーにその事実に衝撃を受けてきたかのような、そんな気分になりました。
登場人物に共感して笑ったり、ほろっとしたり。と同時にイタリア現代史にもハラハラしたり興奮したりしちゃうわけです。
それぞれのできごとをテーマにして描かれたわけでなく、たまたまこの家族の物語の背景にそんなできごとがあったという描かれ方だからこそ、リアリティが感じられるのかもしれません。

実は「まだ観ていないの???」と驚かれ、慌てて手にした一本でした。
366分という長さに気後れしていたのです。
これを観るならばこの三連休しかないと一念発起。素直に観て良かったです。

長い歳月を追ったストーリーなので、もちろん谷あり山あり。切なくやるせないシーンも幾つもありました。
そんなこと言うなよ〜〜、と思わず口にしてしまったのは、大学の試験で優秀な成績を収めたニコラに、教授が「イタリアを捨ててよその国へ行きなさい」と助言するシーン。

L’Italia è un paese da distruggere.
Un posto bello, inutile, destinato morire.
イタリアは滅びゆく国だ。
美しい国だが、無益で、やがて絶える運命にあるんだ。

もちろんこの言葉の裏に、そのイタリアという国を愛する気持ちが秘められていることは充分伝わってくる映画なのですが、時期が時期だけに重たすぎる。ズシーンとのしかかってくるような台詞でした。

「イタリアは既に多くの偉人を輩出してしまったから、もう偉人を生む余力はないんだ」というイタリア人の友人の言葉を思いだしました。
いやいや、こんなに美しく人々を魅了してやまない国は多くありません。
滅びないようにがんばってくれ〜〜〜!!

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ニコラ(右)とマッテオ(左)
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さばさばと、そして強く生きるミレッラに共感。
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by arinko-s | 2011-12-24 19:42 | 映画 イタリア

Giulia non esce la sera  ジュリアは夜外出しない

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作家のグイードは最新作がベストセラーになり、権威ある文学賞にもノミネートされます。
けれども実は、その仕事にやりがいを見つけられずにいました。
新作を書こうとしてもなかなか筆が進まず、途中まで書きかけても上手くまとめることができません。

グイードにはひとり娘のコスタンツァがいます。
ある日コスタンツァはいやいや通っていたスイミングスクールを「もうやめたい」と父親に告げます。
既に年間費を払っていたため、グイードは娘の代わりに自分が泳ぎを教えてもらいにプールに通い始めます。

そこで出会った先生がジュリア。ぶっきらぼうな若い女性です。
グイードは次第に彼女に惹かれていき、思いきって夕食に誘いました。
けれどもジュリアはグイードに「夜は外出できない」といいます。
実は、彼女は受刑者でした。昼間、仕事の名目で刑務所を出ることが認められているものの、夜は刑務所に戻らなくてはならなかったのです。

ジュリアには夫と娘がいました。
けれども愛人ができ、全てを捨ててその男と駆け落ちしたのでした。
しかしその男との仲はあっけなく終わり、別れを告げられると、思わずその男を殺してしまったのでした。

そんな告白をされても、グイードの気持ちは変わりませんでした。
そればかりか、娘を恋しがるジュリアの名で手紙を代筆し、二人が再会できるよう計らったのです。
けれどもそれが、ジュリアを絶望のどん底に突き落とすことになってしまうのです。
緊張するジュリアの前に現れた娘は、ジュリアにただ冷たい言葉を浴びせて帰っていきました。
改めて知った現実。
自分が引きおこしたその現実に耐えることができずに、ジュリアは刑務所の中で自殺してしまったのでした。

遺品を引きとりにくる家族もいないジュリア。それらの品はグイードに引き渡されました。
グイードはその中に日記を見つけます。
二人の出会い、グイードの泳ぎの進歩、そして修復したくてもできない娘との関係、ジュリアの絶望感。
グイードは、ジュリアの日記を読んで初めてジュリアの心の奥深くを知ったのでした。

監督はGiuseppe Piccioni(ジュゼッペ・ピッチョー二)、2009年の映画です。
悲しすぎる映画でした。
自分の犯した罪の重さを自覚し反省し償っているのに、もう取り戻すことのできない家族の愛。
でも「ひょっとしたら」って、ジュリアは思っていたに違いありません。
それはただの幻想に過ぎないと再認識して、それまで保っていた心の均衡が、一気にへなへなと崩れてしまう。
程度の差はあれ、経験あります。ああ、やっぱりそうだよね、ってがっかりすること。
でもその現実を娘に突きつけられるとは! 辛すぎる。

グイードを演じているのはValerio Mastandrea (ヴァレリオ・マスタンドレア)。
La prima cosa bellaのさえない息子ブルーノや、Tutta la vita davantiの熱血組合員を演じています。
おそらく今乗りに乗っている俳優のひとり。

ジュリアを演じているのはValeria Golino(ヴァレリア・ゴリーノ)。
RESPIROで、とってもかわいいお母さんを演じていました。
アメリカでの女優としてのキャリアも長く、『レインマン』にも出演しているそう。
どんな役だか全く覚えていませんが……。見直してみます。
Wikipediaによると、『プリティ・ウーマン』のオーディションで、ジュリア・ロバーツと共に最終選考に残っていた女優さんだそうです。
ホント、かわいいです。
でもって、Mine Vaganti で、父親の会社経営に否応なしに巻き込まれていく次男を演じていたRiccardo Scamarcio(リッカルド・スカマルチョ)の恋人だそうです。
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by arinko-s | 2011-11-28 20:19 | 映画 イタリア