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本日のイタリア語

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カテゴリ:映画 イタリア( 52 )

TUTTA LA VITA DAVANTI 見わたすかぎり人生

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ローマ大学哲学科を最優秀の成績で卒業したマルタ。
そのまま大学に残れるかと思いきや、ポストの空きはなく職探しに奔走することになります。
何社からも断られ続け、やっと雇ってくれたのは母親と二人暮らしの子どもラーラでした。
つまり、住み込みのベビーシッター。
ラーラの母親ソニアは、コールセンターのパートタイムの仕事も紹介してくれました。

さっそくベビーシッター件テレホンオペレーターとして働きはじめたマルタ。
電話して売り込むのは、本当に効果があるのかどうかわからない浄水器。これだけでも憂鬱になろうかというものなのに、朝は女性上司からの叱咤激励メールで起こされ、会社につけばついたで、全員揃って奇妙な歌をうたいながら踊らされる。休憩時間もトイレの時間も制限され、毎日仕事終わりには、その日のアポイント件数を発表されお尻を叩かれる。
会社の異様なハイテンションぶりに、マルタは今ひとつついていけずにいます。
しかし、そこは優等生のマルタ。仕事にも遺憾なく才能を発揮し、みるみるうちにトップオペレーターに上りつめます。

そんなある日、非正規雇用者の労働組合を作った組合活動員クラウディオと出会います。
営業成績の悪い社員にはくだらない罰が与えられることや、半ば脅迫めいた台詞で訪問販売のアポイントを取らせられることなど、マルタはクラウディオに告発します。
このことが引き金となり、会社は大変な事態に……。

これが大まかなあらすじ。
最初から最後まで、驚きと笑いの連続でした。
でもよくよく考えれば、とても悲しい話なんです。
たとえ大学を優秀な成績で卒業しても正社員の仕事を見つけるのは至難の業。よく聞く話ではありますが、それがイタリアの現実。今や、迷わず外国で職を探す大学卒業生も少なくないといいます。
でもこんなばかげた仕事でも無いよりはまし。
その気持ちも、わからなくはありません。

悲しいため息が出てしまうストーリーなのですが、きちんと救いが残されています。
マルタが初めて見る世界、初めて接するタイプの女の子たち。
彼女はテレフォンオペレーターの仕事と、同僚の彼女たちが夢中になっているテレビ番組をハイデッガーの哲学と結びつけて、こつこつと論文を書いていきます。
この論文がイギリスの学術誌に認められ、掲載されることに!
一歩明るい未来に近づいたことを予感させる結末です。

いやさらに、最後の最後があります。
ベビーシッターのお相手ラーラが、将来の夢を聞かれ「哲学者になるわ」と答えて映画は終わるのですが、これも嬉しいエピソードです。
マルタが子どもにもわかるように哲学者と哲学の話をくり返し聞かせていた結果、哲学の何とやらばかりか、そのおもしろさがほんの5歳くらいの女の子に伝わったということ!
マルタは嬉しくてたまらなかったに違いありません。

イタリアの映画評サイト『My movies』のなかにこう書かれていました。
「(前略)トスカーナ出身のヴィルツィ監督は、悲喜劇的かつグロテスクなブラックコメディーの側面を強調しながら、ぞっとするような、大人の生き生きとしたミュージカル仕立ての作品に仕上げている。モニチェッリのほろ苦い喜劇の素晴しき伝統を再評価した作品といえるだろう(後略)」
モニチェッリがイタリア映画に残した軌跡は、今も脈々と受け継がれているのですね。

マルタを演じているのはIsabella Ragonese(イザベッラ・ラゴネーゼ)。
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今期待の若手女優のひとりだそうです。
とってもかわいいのですが、いつも上の写真のような格好(ミニのワンピースにショートブーツ)で、思いきりがに股に歩いている!
これも生真面目な女の子という設定の、演出のひとつ?
次に出会う時には(もちろん映画の中で)、もっと美しい歩き方をしていますように。

監督はPaolo Virzi(パオロ・ヴィルツィ)。
La prima cosa bellaNCaterina va in cittàも良かったけれど、この映画も負けず劣らず気に入りました。

ただひとつ邦題の「見わたすかぎり」が、どうも気に入らない。
原題のdavantiは「前に」です。
Caterina va in cittàの中の、カテリーナの台詞にもあったように
ヴィルツィ監督のメッセージは「前を、前に」ということだと思うのです(カテリーナの台詞はavantiが使われています。これはdavantiと同様の副詞「前へ、前に」の意味)。
つまり「人生はまだまだ前に続いている」「人生これからさ」という意味だと思うのです。
「見わたす」を広辞苑で引いてみると「遠く広く望み見る」とあります。わたしのイメージでは、周囲全体という感じ。
そりゃあ、後ろにも今まで歩んできた人生はあるんだけどね。
いやいや、もっと前だけを強調してほしかったなあ。
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by arinko-s | 2011-11-24 18:19 | 映画 イタリア

I soliti ignoti いつもの見知らぬ男たち

昨年亡くなったマリオ・モニチェッリ監督の追悼・作品上映会に行ってきました。
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1958年の作品。ヴィットリオ・ガスマン、マルチェッロ・マストロヤンニ、トト(イタリアの喜劇スター)など、そうそうたる出演者の顔ぶれです。

ペッペ(ヴィットリオ・ガスマン)、マリオ、コジモ、カパンネッレ、フェッリボッテ(鉄樽の意)、ティベリオ(マルチェッロ・マストロヤンニ)の5人は、簡単にお金を稼ぐための方法をあれこれ試行錯誤する日々。
つまり泥棒です。
ある時、刑務所から出てきたばかりのペッペは、ひとつの計画を思いつきました。
まずあるアパートの共有炭置き場(通りに面して金網の扉がある)を通ってそのアパートの中庭に入り、壁をよじ登って空き部屋の窓へ。
その空き部屋に窓から侵入したら、壁を壊して隣の質屋にもぐり込み、金庫を奪うというものでした。

ペッペたちはまず、泥棒の師匠ダンテ・クルチャーニ(トト)に指南を仰ぐことにしました。
クルチャーニは、今や本業ではなく「その方法」を教えて稼いでる元泥棒です。
クルチャーニの教え通りアパートに忍びこみ、どうにか壁を壊すことに成功した彼ら。ところが……

というあらすじです。
モニチェッリは喜劇映画の巨匠です。
もう笑いどころ満載。もちろん最後の、壁をやっとのこと崩したシーンは一番の大爆笑でした。
想像通り泥棒は失敗に終わるのですが、その後とっとと逃げもせずに、台所に作り置きしてあった「パスタと豆」をみんなで食べてくつろいじゃったりして。
まったく緊張感のない泥棒たちというのが、なんともイタリア的です。
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イタリア国内はもちろんのこと、アメリカでも大成功したこの映画は、ハリウッドでリメークされているそうです。それも何度も。
1984年にはション・ペーンが主演した『クラッカーズ』。
2000年のウッディ・アレンの『おいしい生活(Small Time Crooks)』も、一部この映画にインスパイアされているそうです。
2002年にはジョージ・クルーニーらが演じた『ウエルカム・トゥ・コリンウッド』が撮られています。

それほどまでにハリウッドにも影響を与えたモニチェッリ。
今観ても、笑いのツボは全く色あせておらず、日本で紹介されてこなかったのが不思議なくらいです。

実は映画上映の前に、塩野七生さんの「モニッチェッリの喜劇」についての講演会がありました。
映画に負けず劣らず、この講演会を楽しみに足を運んだのですが……
何せ「えっと」「あれっ」「なんだったかしら」が多く、正直何が言いたいのか良くわかりませんでした。
「えっと、えっと」のあと間を置いて、違う話にいってしまう!

でもその中でわかったことは
モニチェッリはイタリア人を笑い飛ばし続けた」ということ。
そして、彼の映画はどれも大ヒットしている。つまりイタリア人は自分たちを笑い飛ばすことを厭わない。
自分自身を笑い飛ばすことは、とても勇気のいること。
自分だけが正しいと思わないバランス感覚に優れている。それは自己批判能力に優れているということでもあるということ。

確かに、確かに、と頷いちゃいました。
「イタリア人てまったく!」とステレオタイプにバカにされるところを、あえて映像にしてしまったモニチェッリ。
それを観てむっとするどころか、「あはは! そうそうイタリア人てこうだよね、まったく」って笑ってしまうイタリア人たち。
素晴しい! 
自分のダメなところを笑い飛ばせるようになることって、人生を楽しむひとつの秘訣かも知れません。

それにしても、こんな講演会でも原稿作って来ないんだなあ、塩野さんは。ってそっちの方に感心することしきりの夜でした。
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by arinko-s | 2011-11-20 19:50 | 映画 イタリア

LEZIONI DI VOLO フライトレッスン

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高校卒業試験に落第してしまった“Pollo(ポッローチキンのこと)”と親友の“Curry"。
ポッロはユダヤ人、カリーは幼い時にインドから養子にもらわれてイタリアにやってきた少年です。
いつも一緒にいる二人は、皆からポッロとカリーと呼ばれているのでした。

二人はカリーの故郷、インドへ旅することを決めました。
もちろん旅費は親持ち。贅沢なホテルで快適な時間を過ごすものの、一歩外に出ればそこはカオス。
雑多な町に辟易した二人は、「宮殿を見に行って、プールで泳げるホテルに移ろう」なんて決めたものの、荷物を全て持っていかれて、路上に放り出されてしまいます。
ホテルに助けを求めようとしたものの、外見の違いからカリーはホテルにも入れてもらえず。
二人は離ればなれになってしまいました。

不運は重なり、下痢と吐き気に襲われるポッロ。
そんな彼を助け、二人を引き合わせてくれたのが、産婦人科医のキアーラ(Giovanna Mezzogiorno ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)でした。
キアーラはNPO団体のメンバーとして、医療活動に携わっています。
今まで何に対しても興味を持てずにいたポッロは、彼女と過ごすうちに次第にキアーラに惹かれていくのですが、実はキアーラには夫がいました。

一方、カリーはこの土地で自分のアイデンティティーを見つけていきます。
最初はその気もありませんでしたが、自分の育った施設を訪ねることを決意。
産みの母親に会ってみようと決めました。
ところが、その母親は既に他界してしまっていました。

というのが、簡単なあらすじです。
タイトルの『フライトレッスン』というのは、大人になるための、つまり巣立ちのためのレッスンということでしょうね。

英語でチキンといえば、臆病者のことですよね。
イタリア語でもポッロと人を呼んだら、それはいい意味ではありません。
お人好し、世間知らず、の蔑称です。
この映画のポッロくん、まさにそんなタイプを見事に演じています。
裕福な家に生まれて何ひとつ不自由のない生活をし、だからなのか、自分は何をすべきなのか何をしたらいいのかさっぱり見えない。見つける意思さえない。
いつも責任を人になすりつけて、うじうじ。
あ〜〜もう! ってじれったくなるようなタイプです。
その彼が、16歳も年上のキアーラと出会い、いろいろなことを自覚していく。
人のためにきびきびと働く彼女を見て、自分の情けなさを感じたんでしょうねぇ。
キアーラはカリーにも、厳しい言葉をびしびし浴びせます。
間違いなく彼らにフライトレッスンをしてあげたひとりは、キアーラです。

この映画のテーマのひとつでもある養子縁組ですが、実はイタリアは養子縁組大国。
それも国内の子どもを養子にするのは、手続きがより困難であることから、その多くは外国の子どもだそうです。
東欧の子が大半を占めるようですが、南米、アジア、アフリカからの子どもも少なくないとか。
もちろんイタリアでも人種差別はあると思いますが、養子に対する偏見は、日本とは比べ物にならないくらい少ないのは確かです。

おまけに、イタリアの出生率は徐々に上昇しているようですが、その上昇は移民のカップルによるというデータもあります。
生粋のイタリア人て、どんどん減っているのかもしれません。
それも時代の流れですね。

この映画は2006年の映画、監督はFrancesca Archibugi(フランチェスカ・アルギブージ)。
女性監督です。
強い女性の描き方とか、やっぱりどこか女性監督っぽい、と思いました。

それにしても、インドのシーンの後にローマが映ると、あの(!)ローマが整然として見えるから不思議です。
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by arinko-s | 2011-10-23 16:16 | 映画 イタリア

L'uomo che verrà やがて来る者

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2009年のローマ国際映画祭で審査員賞と観客賞を受賞した映画です。
監督はGiorgio Diritti(ジョルジョ・ディリッティ)。
ボローニャ近郊の村で起こったナチスによる虐殺を、主人公の8歳の少女、マルティーナの目を通して描いています。

題材となっているのは「マルツァボットの虐殺」という、実際に起こったできごとだそうです。
1944年9月29日から10月5日にかけて、マルツァボット村というエミリア・ロマーニャ州の、人口7千人弱の小さな村で起こったこの事件。
連合軍がシチリア島に上陸し、ムッソリーニが逮捕された後のこと。
ドイツ軍がイタリア半島を占領し、その一方でパルチザン蜂起が活発になり……。
連合軍が徐々に北上し各都市を解放していくものの、ドイツ軍は抵抗を続けていた、そのころのできごとです。

映画の中でも、ナチスは村人たちに容赦なく銃を向けます。
子どもにも、女性にも、老人にも。
教会に逃げ込み、必死で祈りを捧げる村人たちも撃たれます。
神父も撃たれます。
実際、この虐殺で771人(内216人が子ども)の村人と7人のパルチザン兵が亡くなったそうです。

映画のなか、マルティーナは奇跡的に生き残ります。
周りにいた人たちの血で服はどす黒く染まり、あごや腕に傷を作りながらも、マルティーナはひとり虐殺の場となった建物を逃げ出しました。
生まれたばかりの弟を助けに走ったのです。

実は、この弟の前に生まれた弟が生後すぐに亡くなってしまってから、マルティーナは口をきかなくなってしまいます。
そのマルティーナが、小さな弟をかごに入れ、あやしながら子守唄を歌ってあげるシーンで、映画は終わります。
こんな悲しすぎるできごとで、声を取り戻したマルティーナに涙涙。

このマルティーナを演じた少女、Greta Zuccheri Montanari(グレタ・ズッケリ・モンタナーリ、写真の女の子)ちゃんのかわいいこと、かわいいこと。
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じっと見つめる鋭い視線。どんなことでもお見通しだと思わせる視線です。

Ogni tanto vengono i soldati tedeschi, e io non so perché sono venuti fino a qui e non sono rimasti a casa loro con i loro bambini.
E poi ci sono ribelli che rifanno la guerra, perché dicono che se ne devono andare.
Eccola cosa che ho capito che molti vogliono ammazzare qualcuno altro.
Ma non capisco perché.

時々、ドイツ兵がやってきます。どうして彼らがこんなところまでくるのか、どうして自分の子どもたちと家で過ごさないのか、私にはわかりません。
それから、再び戦争をしようとしている反乱軍の人たち(パルチザン)がいます。戦わなくてはならない、と彼らは言います。
私にわかったことは、多くの人たちが誰か別の人を殺したがっているということです。
どうしてかはわかりません。

これはマルティーナの書いた作文です。
マルティーナは、何もかも理解していたような気がします。

タイトルの L'uomo che verrà を直訳すると「やってくるだろう人」ということですが、この「人」が誰を指しているのか、はっきりとは描かれていません。
でも、わたしはナチスのことだと思いました。

物語の中、農民たち数家族が肩を寄せあって暮らすマルティーナの家に、お腹をすかせたドイツ兵たちがやってきます。
マルティーナの家族は卵や鶏をわけてやり、ドイツ兵たちは食事をし談笑して去っていきます。
でもこの時きっと、マルティーナは、後々ナチスたちがその形相を変えてやってくることを予感していたような気がしてなりません。
このタイトルはマルティーナの言葉のように思えるのです。

もちろん解釈は人それぞれ。
こんなことがあっても、あと少しで連合軍の人がやってくる、ということかもしれません。


とにもかくにも、マルティーナと弟が手をとりあって強く生きていってくれますように、と祈らずにはいられない映画でした。

(追記)
ひとつ大切なことを書き忘れていました。
この映画、ストーリーはとても悲しいものですが、とにかく映像が美しい!
まったく知りませんでしたが、昨日(10/23)から岩波ホールで上映が始まったそう。
重たいテーマですが、あの素晴しい景色は見てほしいなあ。
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by arinko-s | 2011-10-19 21:48 | 映画 イタリア

RESPIRO 呼吸

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読みたいものも読まず、観たいものも観ず、ひたすら我慢の日々を過ごしているうちにすっかり秋。
やっと解放され、まず手にした映画です。
というのもこの映画の監督、Emanuele Crialese(エマヌエレ・クリアレーゼ)の新作『Terraferma』が、今年度のアカデミー賞外国映画賞にノミネートされたと知り、俄然、この監督の作品が観たくなったというわけです。

1960年代のランペドゥーザ(シチリア島の南西にある小さな島)。
グラツィア(Valeria Golino ヴァレリア・ゴリーノ)は、漁師の夫ピエトロ(Vincenzo Amato ヴィンチェンツォ・アマート)と、3人の子どもと暮らしています。
自由奔放なグラツィアは、感情の起伏も激しく、時に興奮して気持ちを抑えられなくなるほど。
小さな漁師町で、浮いた存在でした。
気持ちのコントロールをできない彼女を心配する人々は、ピエトロに彼女をミラノの病院に入れるように勧めていました。
そんな母を支えているのが、13歳の長男のパスクワーレ(Francesco Casisa フランチェスコ・カシーサ)です。
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ある日、夫に愛犬を捨てられたことに腹を立てたグラツィアは、村で騒動を起こしてしまいます。
ピエトロはついに、グラツィアをミラノの病院にやることを決めました。
けれどもグラツィアが素直に頷くわけもなく、翌朝、早朝に家を出ていってしまいました。
この時も、母の力になったのは、長男のパスクワーレ。
母を秘密の洞窟に案内し、食糧を運んでやります。
そして、家を出る時に来ていたワンピースを着替えさせ、そのワンピースを海岸に捨てます。

必死でグラツィアを探すピエトロや村の人々。
ついにグラツィアの服を海岸に見つけると、グラツィアの死を覚悟しました。
そして8月24日、サン・バルトロメオのお祭りの日、洞窟を抜けだして泳ぐグラツィアをピエトロは見つけます。
これこそ、まさにバルトロメオの起こした奇跡! 
村の人々総出で海に入り、グラツィアを海岸に運ぶのでした。

というのが、あらすじ。
全編シチリア弁、厳密にはランペドゥーザ弁だそうです。
もちろん、なに言っているのやらさっぱり。イタリア語字幕で観ました。

時代が違うとはいえ、ランペドゥーザの少年たちのたくましいこと!
パスクワーレたち少年は、罠をしかけて雀をつかまえ、それを火で焼いて食べちゃうし、
また別の日には海にもぐってウニを山のように獲っては、それをおやつにしようとする。
ビニール袋にウニを入れているところで、対立グループのragazzi(少年たち)がやってきて、なんとそのビニール袋にパスクワーレをぐりぐり押しつけるというすご技。
パスクワーレの背中にはウニのトゲが刺さり、パスクワーレは七転八倒!
ウニを食べられたかどうかは謎のままですが、こんなふうに一歩間違えたら大怪我に繋がりそうな遊びが、彼らの日常。
やっぱりミラノやローマの都会っ子とは、違うね〜〜。
もちろん毎日海にドボン、ドボンと崖から飛び込んで潜って泳いで。
それも普通のパンツ一丁! 水着なんか着ないんです。

母親役のヴァレリア・ゴリーノは、あまりにもかわいくて、最初パスクワーレのお姉さんかと思っちゃいました。
こんなかわいいお母さんがいたら、そりゃ息子も優しくしちゃいますねぇ。なんたってマザコンの国、イタリアだし。
きっとパスクワーレは、洞窟に母親を連れて行って、独り占めしたかったんだろうなあ。

ランペドゥーザは、アフリカからの移民船が漂着する島として、連日ニュースでその名前を目にします。
映画に出演している子どもたちは、パスクワーレ役のフランチェスコ・カシーサを抜かして、皆地元の少年少女たち。
そのランペドゥーザの少年たちのインタビューが特典映像に入っていましたが、それを観て、ランペドゥーザにもこうしてイタリア人の日常があることに、ほっとするような。当たり前のことだけれど、ニュースからは地元の人たちの暮らしが何も見えて来ず、移民の島というイメージがすっかり定着してしまっているので。

それから、海の青さ、美しさはもちろんのこと、乾いた空気、魚の生臭さ、暑さ、海のひんやりとした水の冷たさ…そういったものが画面からひしひしと伝わってきて、五感で楽しめました。

これは2002年の映画ですが、その年の映画賞を総なめしています。
挿入歌の「La Bambola」は、「L'onore e il rispetto」にも出てくる1968年の大ヒット曲。
一度聞くと頭から離れなくなる曲です。
お時間のある時に、聞いてください。 → ●
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by arinko-s | 2011-10-04 21:21 | 映画 イタリア

Si può fare 人生、ここにあり!

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舞台は1983年、ミラノ。
労働組合で働く熱血男ネッロ(Claudio Biscio クラウディオ・ビーショ)が左遷され、“協同組合180”にやってきました。
ここは元精神病院付属の施設。組合とは名ばかりの組織でした。

組合員たちは、「精神病院に閉じこめられている患者を地域に戻そう」という「バザリア法」に基づき、閉鎖された病院の元患者たち。
自由の身になったものの、引き取り手もなく行く当てもない元患者たちが生活する組合だったのです。

病室に閉じこめられてはいないというものの、組合員たちは未だに薬漬け。
「自由による治療を」という法の主旨とは、ほど遠い現実でした。
やる気もなく、目的もない組合員たちを見て、熱血漢のネッロが黙っているわけありません。
組合員たちに、きちんとお金を稼げる仕事をしたくないか? と持ちかけます。
そして、「床の木組み」を、組合の仕事に掲げました。

もちろん、そう簡単に事は進みません。
精神病疾患者への偏見も強いし、彼らもなかなか上手く仕事をこなせない。
ネッロは、ポケットマネーで資材を購入したり、自宅の改装を彼らにさせたり、あの手この手で組合員たちのモチベーションを高めていきます。
ある時、資材が足りなくなってしまった現場で、組合員は知恵を絞り、廃材を使って見事な星を床に描きました。
これがクライアントの気に入り、彼ら組合の評判は一気に広まります。
そして……

という実話を元にした映画です。
監督はGIulio Manfredonia(ジュリオ・マンフレドニア)。
2008年の映画です。
イタリアでは54週ものロングランヒットを記録したそうです。

日本だったら、もっとジメッとした映画になってもおかしくないようなテーマ。
でもマンフレドニア監督は、見事なコメディタッチの映画に仕上げています。
もう、こっちの映画も(明日のパスタはアルデンテと共に)大爆笑の連続でした。
途中、涙が出ちゃうような悲しい展開もあるんですけどね。

タイトルの Si può fare は「やればできるさ」の意味。
邦題の「人生、ここにあり!」よりも、原題そのままのほうが良かったのでは? って思っちゃいます。
やればできるぞ、ってことこそネッロが組合員たちに教えたかったことだと思うから。
良い言葉です、Si può fare!
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by arinko-s | 2011-09-15 21:43 | 映画 イタリア

Mine Vaganti  明日のパスタはアルデンテ

シネスイッチ銀座で公開中の「明日のパスタはアルデンテ」と「人生、ここにあり!」。
久しぶりに映画のはしご。まずは「明日のパスタはアルデンテ」から。
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舞台はレッチェ(イタリア南部 プーリア州の街)。
一族でパスタ会社を経営するカントーネ家の次男、トンマーゾ(Riccardo Scamarcio リッカルド・スカマルチョ)が、久しぶりに実家に帰省するところから、物語は始まります(いえいえ、本当は謎めいたシーンから始まるんですが)。

トンマーゾには、3つの秘密がありました。
経営学部ではなく文学部を卒業したこと。家業を手伝う気はなく、作家を目指していること。
そしてゲイだということ。

トンマーゾは、家族にそのことを告白しようと決意していました。
保守的な父親は、きっと自分を勘当するはず。そうすれば正真正銘自由の身になれる、という計算でした。
いざ告白する前に、トンマーゾは、兄のアントニオ(Alessandro Preziosi アレッサンドロ・プレツィオージ)にその事実を打ち明け、皆の前でカミングアウトすることを宣言。
そして会社を継ぐ兄のお祝いを兼ねた夕食の席で、トンマーゾは「ちょっといいかな」と話を切り出しました。
しかし話をさえぎったのは、アントニオ。
アントニオは、トンマーゾを出しぬいて「ぼくはゲイなんだ」と告白したのです!

父親は、アントニオに勘当を言い渡し(トンマーゾの予想通り)、心筋梗塞の発作を起こして倒れてしまいます。
トンマーゾは病床の父親から「会社を頼む」とせがまれ、ローマの恋人(もちろん彼氏)のところへ戻れなくなってしまいました。
さあ、どうするトンマーゾ、そしてカントーネ家のパスタ会社の運命は……

といった内容です。

映画館でゲラゲラ大爆笑したのは、すごい久しぶり。
文句なしにおもしろかったです。イタリアでの評判を聞いていたけれど、その期待を裏切りませんでした。

南部イタリアの閉塞感、イタリアの大家族、ブルジョアの生活……
どれもこれも上手く描かれています。
どの登場人物も印象的でしたが、中でもトンマーゾのおばあちゃん(Ilaria Occhini イラリーア・オッキーニ)が、わたしは好きだったなあ。

あれこれ迷うトンマーゾの内心を察してか、おばあちゃんはトンマーゾにあれこれ人生指南をします。
おばあちゃんにも秘められた過去があるから、その言葉はずっしり。胸に響きます。
例えば……
Gli amori impossibili non finiscono mai. Sono quelli che durano per sempre.
叶わぬ恋は終わらないの。一生続く愛は、実らなかった恋だけよ。

Non farti mai dire dagli altri chi devi amare , e chi devi odiare.
他人に言われたからって、その人を愛したり憎んだりしちゃだめよ。

なぜおばあちゃんが、こんなことを言ったのかは、映画を見ればわかります。

ちなみに、原題のMine Vaganti は、浮遊機雷のこと。
ゲイというキーワードばかりか、カントーネ家にはふわふわ漂う爆弾がいっぱい。いつどこで爆発するかわからない、ってことなのでしょう。
でも爆発しながらも、やっぱり強い絆で結ばれているのが家族なのかな。

監督はFerzan Ozpetek (フェルザン・オズペテク)。
亡くなった夫は実はバイ・セクシュアルで、ゲイの恋人がいた、というストーリーの「Le fate ignoranti(無知な妖精たち)」も撮っています。
この映画は、イタリアで初めてゲイを取りあげた映画だとか。
こっちは、ちょっと奥さんがかわいそ過ぎたし、重たい雰囲気でした。
それよりも、あちこちで爆弾を爆発させながらもからっと笑いに変えてしまう「Mine Vaganti」の方に一票。
お勧めです。
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by arinko-s | 2011-09-12 22:03 | 映画 イタリア

Boccaccio '70

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今ローマで撮影中の、ウッディ・アレンの新作は『Bop Decameron』というタイトルだそうです。
もちろん、ボッカチオの小説『デカメロン』にヒントを得た作品であることは間違いありません。
そして、'62年の映画『ボッカチオ'70』と同じ、オムニバスになるのでは、とのこと。
さっそく、予習の意味も含めて『ボッカチオ'70』を鑑賞。

こちらは、4本のオムニバス。そのキャストがすごい!
監督はフェデリコ・フェリーニ、ルキーノ・ヴィスコンティ、ヴィットリオ・デシーカ、マリオ・モニチェッリの4人。
イタリア映画の黄金時代を築いた大御所ばかりです。
しかも、モニチェッリ監督の『レンツォとルチャーノ』の脚本には、イタロ・カルヴィーノが参加している! 

その他3本のタイトルはそれぞれ『アントニオ博士の欲望』(フェリーニ)、『仕事』(ヴィスコンティ)、『宝くじ』(デ・シーカ)。
俳優陣も豪華で、アニタ・エクバーグやソフィア・ローレンといったお馴染みの顔も。
フェリーニ作品のアントニオ博士を演じているのは、イタリアの喜劇役者の第一人者であるトトとコンビを組んで人気を博したペッピーノ・デ・フィリッポ。

それぞれ楽しめましたが、中でも一番おもしろかったのはフェリーニの作品でした。

「近ごろ世の中が乱れている」と、町のモラルを取り締まるのに必死のアントニオ博士。
公園でキスをするカップルに茶々を入れて離れさせたり、子どもたちにお説教したり。
そんな博士の自宅アパートの正面にある空き地に、ある日大きな広告看板が建てられます。
そこに現れたのは、胸の大きく開いたドレスを着て横たわる女性(アニタ・エクバーグ)の写真。
グラスに注がれた牛乳を手にし、にっこりと微笑んでいます。
「もっと牛乳を飲みましょう」という広告でした。

もちろん博士はびっくり仰天! 
「けしからん! こんなもの今すぐ撤去しろ!」と鼻息あらく、誰彼構わずどなりつけますが、誰も相手にしてくれません。
男たちは、その胸元と脚線美にくぎ付け。これこそ博士の恐れていることではありませんか!
博士は警察に出向きます。警察が動いてくれないとわかると、次は地区の教会へ。神父さんにも何とかしてほしいと懇願します。

けれども事態は好転しません。
しびれを切らした博士は、看板に黒インクを入れたビニールを投げつけ、看板を汚す作戦に出ます。
博士の主張が認められ、ようやく看板は紙で覆われました。

ところが、博士は安心するどころか幻影を見始めます。
看板の中の女性が、ポーズを変えたり、はたまた自宅にまで現れる始末。
そして、ついに女性は看板から飛び出し、看板の中と同じ大きさのまま、つまり博士の何倍もの大きさで、博士をからかいます。
最初のうちは怒りをあらわにしていた博士でしたが、なんてことはない、女性が自分の胸に小さな博士を押しつけるとうっとり。もう逆らえない!
そして最後は、看板の上(厚さ数センチ)で看板にしがみついて寝ぼけているところを救助される、というお話。

邦訳は『アントニオ博士の誘惑』となっていましたが、誘惑しているのはエクバーグ演じる女性のほうで、これは博士の欲望を現した映画でしょう(原題のイタリア語tentazioneは、欲望、誘惑、どちらの意味もあり)、と思うのだけれどな。

この4人の巨匠の中、モニチェッリは日本では馴染みが薄いかもしれません。
イタリアのコメディ映画の全盛期を築いた映画監督で、イタリアでは誰もが知っている名監督です。
この『Boccaccio'70』撮影後、プロデューサーのカルロ・ポンティとモニチェッリの間に意見の食い違いがあったのか、ポンティはモニチェッリの作品を外して、この映画を世に送り出しました。
これに抗議して、残りの3人の監督はカンヌ映画祭をボイコット、という曰く付きの一本です。
つまりそれほど、モニチェッリは他の3人からの信望も厚かったのでしょう。
モニチェッリの作品が日の目を見たのは、日本語版のDVDが初めてだそうです。
昨年11月、モニチェッリは入院先のローマの病院から飛び降りて自殺するという、悲しい最期を遂げています。
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by arinko-s | 2011-09-03 22:08 | 映画 イタリア

LA TIGRE E LA NEVE

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2005年に公開されたベニーニの映画です。

ローマに暮らす詩人で大学教授のアッティリオ(ベニーニ)。
アッティリオには、別れた妻との間にふたりの娘がいます。
思春期の娘に、恋愛指南を語る一方で、実はアッティリオ自身が猛烈な片思いをしています。
お相手は、作家のヴィットリア(ニコレッタ・ブラスキ)。
毎晩、彼女と結婚式をあげる夢を見るほど、その思いは募るばかり。
けれどもヴィットリアに結婚を申し込むと、ヴィットリアは「ローマに雪が降って、そこに虎がいたら、考えてもいいわ」とつれない返事。

イラク人の有名な詩人、フアド(ジャン・レノ)は、そんなふたりの共通の知人でした。
フアドは長いことパリで亡命生活を送っていましたが、イラク戦争の始まった祖国を憂慮し、帰国することを決意します。
フアドの伝記を執筆中だったヴィットリアは、フアドを追ってバクダッドに入りました。

そんなある夜のこと、アッティリオの元に一本の電話があります。
ヴィットリアが爆撃に巻き込まれ、意識不明の重体、命が危ないという、フアドからの悲しい知らせでした。
アッティリオはすぐさま、バクダッド行きを決意しますが、もちろんバクダッドの空港は閉鎖中。
医師になりすましたアッティリオは、赤十字のトラックに乗りこみ、どうにかバクダッドに入ります。
そして、薬も何もなく、ただ寝かせておく他打つ手もない病院で、アッティリオはあきらめずに東西奔走。
自ら薬を調合するなど、必死で看病を続けます。

そのかいあって、意識を取り戻したヴィットリア。
しかし時同じくして、アッティリオはゲリラ兵と間違えられ、アメリカ軍に捕まってしまう。
結局ふたりはすれ違ったまま、別々にローマに戻ってきます。
そして……

原題は『虎と雪』。これはアッティリオを一躍有名にした、彼の詩集のタイトルです。
ヴィットリアは、アッティリオのプロポーズを、このシュールなタイトルを用いて皮肉たっぷりに断ったというわけですが、このタイトルにはもうひとつ伏線があります。

ローマにふたりがそれぞれ戻ってきてからのこと。
サーカスの動物たちが檻から逃げ出してしまうという事件が起こります。
町を車で行くヴィットリアの前に現れたのは、一頭の虎。
折しも季節は春で、町中ポプラの綿毛がふわふわと舞っています。
まさしくそれは「雪が降る中、突如現れた一頭の虎」といった風景。
ヴィットリアの心に浮かんだのは、きっとアッティリオのプロポーズだったに違いありません。

邦題は『人生は、奇跡の詩』だそうです。
けれども『虎と雪』は大切なキーワード。
タイトルは『虎と雪』のままで良かったのでは? 
確かに劇中、奇跡の連続なんですけど。

綿毛はイタリアの春の風物詩です。
この綿毛が舞うシーンは、フェリーニの『アマルコルド』を彷彿とさせます。
きっと、ベニーニのフェリーニに対するオマージュなんじゃないかな、と思いました。
ちなみにアッティリオという名前は、イタリアの有名な詩人、アッティリオ・ベルトルッチへのオマージュだそうです。

Sai perché ci sono le guerre? Perché il mondo è iniziato senza l'uomo , e senza l'uomo finirà.
(どうして戦争がなくならないかわかるかい? 地球の歴史は人間のいないところで始まった。そして人間がいなくなって終わるんだ)
というフアドの台詞があります。
人間は自ら地球の終焉に向かっているんだ、ともとれるような台詞! 
表向きには、反戦を大きく打ち出しているわけではありませんが、不条理な戦争に振り回されているイラク市民の姿とか、ただ消えていく命を見守るしかない医師の悲痛な思いとか、そんなものが随所に見え隠れします。

そのせいかどうかはわかりませんが、この映画、アメリカでは大不評だったらしいです。
「2006年、ワーストワン」(サン・フランシスコ クロニクル)
「ベニーニは戦争の無意味さ、愛の力、楽天主義の強さを描きたかったのだろうが、かつて彼が人を惹き付けた力は、既に賞味期限切れだ」(デイリーニュース)
「イタリア人、イラク人、そして世界中の映画人を、ひどく辱めした一本」(ニューヨーク タイムズ)
「自分に甘く鼻持ちならない主人公。恥ずかしいほどくだらない映画のためにフィルムを消費したものだ」(ロサンジェルス タイムズ)

散々な言われ方です!
ここまでひどいとは思いませんが、『ライフ・イズ・ビューティフル』の成功が頭から離れなかったんだろうなあ、という感想は確かに拭えません。
ただベニーニならではのユーモアは、やっぱり他の誰にも真似できない!
次は別のテーマで、抱腹絶倒させてもらいたいなあ。
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by arinko-s | 2011-08-25 15:20 | 映画 イタリア

LA VITA È BELLA

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日本でも大ヒットした『LIFE IS BEAUTIFUL』。
先日、渋谷のツタヤで安売りしているのを発見! 迷わず購入して帰りました。

舞台は、戦争の色が濃くなりつつある1939年。
ユダヤ系イタリア人、グイド(ロベルト・ベニーニ)は、書店を開くために、トスカーナの小さな町アレッツォにやってきます。
そしてドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)と出会い、恋に落ちます。
グイドの必死のアプローチにより、ふたりは身分の違いを乗りこえ結婚。
そしてひとり息子のジョズエが生まれました。

ジョズエの5歳の誕生日のことです。
グイド、ジョズエ、グイドの伯父の3人が強制収容所へと連れていかれてしまいました。
それを知ったドーラは、彼らの後を追い、自ら収容所へと向かう列車に乗りこみます。

なぜこんなところへ連れてこられたのか、さっぱり理解できないジョズエをなだめるために、グイドはジョズエに嘘をつきます。
これは遊びなんだ、点数を千点ためれば優勝、賞品は本物の戦車なんだよ! と。
そしてグイドは必死でジョズエを守り抜き……

というあらすじです。
最初に見たのは1997年、公開当時のミラノでした。
公開当初から「この映画はすごい!」とイタリアでは大絶賛で、さっそく映画館に足を運んだことを覚えています。
もちろん、映画館で涙ホロホロ。
今回、久しぶりにDVDを見て、またもやホロホロしてしまいました。

グイドたちが収容所へ連れていかれてすぐ、ドイツ兵がここでの規則について説明しに来る場面があります。
「ドイツ語がわかる者!」と聞かれ、手を挙げたグイド。
ジョズエを安心させるために、めちゃくちゃな通訳をします。

このシーンのドイツ語部分、日本語字幕がはしょられていて、なにを言っているのかわからない!
わからなくても構わない部分ではありますが、すっごく気になります。
グイドがドイツ兵とまったく違うことを言っているってことがはっきりするって意味でも、訳が必要だと思うのだけれど。
なんで訳されていないの?? 
(この部分が気になってしかたないので調べてみたら、イタリアのサイトに載っていたので解決)

もうひとつ謎として残ったのは、アレッツォのグランドホテルでグイドが給仕をしていた時に知り合ったドクターが、軍医として収容所に配置されているのですが、その軍医がグイドに出したなぞなぞ。
「デブで醜く、黄色。どこにいるのかと聞けば『ここ、ここ(伊:qua qua qua)』と答え、歩きながらうんちをする。これなんだ」というのですが、
まったくわからない。

イタリアの掲示板などで、このなぞなぞについての質問や答えがあれこれ書かれていました。
このシーン、なぞなぞを聞きながらグイドがとても悲しそうな顔をするのですが、
わたしはこの表情を、力になってもらえると思っていたドクターの“とても大切な話”というのが、こんな意味の分からないなぞなぞだと知ったグイドの、絶望感の現れだと思っていました。
でもここにはもうひとつの絶望が込められていたようです。

このなぞなぞの答えは、どうやら「ユダヤ人」(はっきりと語られているわけではありません)。
答えを察したグイドは、ドクターに助けを求めても無駄だと現実を突きつけられ、落胆していたようです。

たしかに楽天的なグイドは、強制収容所に連れてこられるまで、そして連れてこられてからも、現実が見えていなかった節がたくさんあります。
このなぞなぞのあと、霧に包まれた収容所で迷い、山積みになった白骨を目の当たりにしたシーンもそのひとつ。
グイドは初めて恐怖に震えるのです。

それはそうとこの映画の、ひたすら子どもを守ろうと明るく努めたグイドの態度を、あまりにも自分勝手な行動と不快に感じる人もいると知って、ちょっと驚き。
まあ、そうかもしれません。
感想は人それぞれですね。

わたしは久しぶりに、息子ジョズエのかわいらしさにノックアウトされました。
シャワーなんて絶対いや! と地団駄を踏むシーンも
Buon giorno Principessa! (ボンジョルノ お姫さま!)と両手を大きく広げてみせるシーンも
目の前に連合軍の戦車が止まると目を見ひらいて「うわ! 本当だったんだ!」と驚くシーンも
ただただ、かわいい!のひとこと。
お父さんがついてくれた嘘のおかげで、恐怖は半減したに違いありません。

このジョズエ役のジョルジョ・カンタリーニ(Giorgio Cantarini)は、今も俳優を続けているそうです。
大人になった彼の映画も見てみたいなあ。
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by arinko-s | 2011-07-23 13:57 | 映画 イタリア