ブログトップ

本日のイタリア語

cucu2.exblog.jp

カテゴリ:映画 イタリア( 52 )

La prima cosa bella

b0171200_1871381.jpg

イタリア語の先生、ダニエーレが「去年発表されたイタリア映画のなかで、まちがいなく一番素晴しい一本」と大絶賛。
イタリアのアカデミー賞といわれる〈デヴィッド・ディ・ドナテッロ賞〉や、イタリア映画記者組合が選出する〈銀のリボン賞〉で、各部門にノミネートされた映画です。
〈銀のリボン賞〉では、監督のパオロ・ヴィルツィが最優秀監督賞を受賞しています。

ミラノで高校教師をしているブルーノ(写真右の少年が大人になってから)は、仕事もプライベートも、イマイチさえない毎日。
ある日、故郷リヴォルノから妹ヴァレリアが迎えにやってきます。
二人の母アンナは、がんの末期症状で、いよいよ最期も近いとわかってのことでした。
けれどもブルーノは、どうにか逃げようとする始末。
その理由は、回想シーンで徐々に明かされていきます。

ことの発端は、1971年。夏のお祭りで「ミス・マンマ」のコンテストに、アンナがかり出されたことに始まります。
アンナは、見事優勝。しかし、それを手放しで喜ぶのは、妹のヴァレリアだけでした。
よその男性にちやほやされる妻に嫉妬した夫は、アンナに手をあげ、アンナは子ども二人を抱えて家を出て行きます。

運良く、映画の関係者と出会い、映画のちょい役をもらったアンナでしたが、子ども二人は夫に連れていかれてしまいます。
しばらく経って、どうにか子どもたちを取りもどしたものの、彼女の天真爛漫さがあだになり、思春期を迎えた息子のブルーノは次第に心を閉ざし、母親から離れていってしまったのでした。

久しぶりに会ったアンナは、死期が迫っているがん患者とは思えないほど、ただひたすら明るく毎日を過ごしています。
そして、この数十年間ずっと自分を思いつづけてくれていた階下に住むロレダーノと結婚することにした、とブルーノに明かします。
病院のホスピスを出て、自宅に戻り、家族たちに見守られるなか、自宅のベッドに寝たまま結婚式を挙げたアンナ。
けれども、その同じ日、帰らぬ人となってしまいました。

若かりし日のアンナを演じているMicaela Ramazzotti(ミカエラ・ラマッツォッティ、写真中央、監督のパオロ・ヴィルツィの妻でもあります)は、この映画で〈ドナテッロ賞〉、〈銀のリボン賞〉共に最優秀女優賞を受賞しています。

でも、わたしは断然年をとってからのアンナを演じているStefania Sandrelli(ステファニア・サンドレッリ)の方が好きでした。
b0171200_18142020.jpg

むすっとしているいい年した息子に甘えるしぐさも、自分のことをずっと好きでいてくれた夫をからかうしぐさも、う〜ん、かわいい! 
アンナの明るさは、この女優さんの素顔なんじゃないかと思えるほど。
こんなふうに年を重ねられたら、こんなふうに強く明るく毎日を過ごせたら、とアンナに励まされるような一本でした。

タイトルのLa prima cosa bella(ラ・プリマ・コーザ・ベッラ「人生が初めてくれた美しいもの」)は1970年イタリアで大ヒットした曲からつけられているそうです。
アンナが雨のなか、子ども二人を抱えて家を出て行った日、バスの中、三人で合唱するシーンが印象的です。
最後のシーンでは、ベッドの中、両脇に二人の子どもを抱えて、またこの歌を合唱するのですが、思わず涙うるうるです。

映画にあわせ、Malika Ayaneという女性がカバーしています。
このカバーがすっごくいいです。
お時間のあるとき、聞いてみてください。こちら
映画のシーンも幾つか流れます。
[PR]
by arinko-s | 2011-02-27 18:15 | 映画 イタリア

N IO E NAPOLEONE

b0171200_1544828.jpg

イタリア語の授業で、Paolo Virzi(パオロ・ヴィルツィ)監督の映画を見たので(その映画については、また改めて書くつもり)、
見逃していたヴィルツィの映画を見てみました。

舞台は1814年、フランス帝国を追放されたナポレオンが、トスカーナ州のエルバ島に送られてきます。
かねがねナポレオンを忌み嫌っていた、島の文学青年、マルティーノ。
英雄到来にざわめく子どもたちに、自分の主義主張をおしつけたと、小学校教師の職を追われてしまいました。
けれどもタイミング良く、ナポレオンの司書兼記録係として、市長の推薦を受け、マルティーノが採用されます。
マルティーノは、これこそ運命と信じます。
ナポレオンを暗殺する機会を、見計らうようになるのです。

けれども、戦いに疲れ、肉体の限界や老いを自分のなかに感じ始めているナポレオンは、想像していたよりもずっと人間味にあふれた人物でした。
マルティーノは次第に、そんなナポレオンに親近感を覚えるようになります。

またマルティーノは、ナポリの老貴族の妻であるエミリアがエルバ島へやってくるたびに、情事を重ねています。
けれどもある日、エミリアはマルティーノに別れを告げます。
エルバ島の屋敷は売ることになり、二度とエルバ島へは来ないと。

ときを同じくして、マルティーノの恩師であり、反ナポレオン主義を唱えていたフォンタネッリが、ナポレオンの屋敷に武器を持って押し入ります。
あえなく逮捕されたフォンタネッリは、処刑されてしまいました。

ナポレオンはマルティーノに「もう流血はたくさんだ。彼に罰を与える気はない」と約束していました。
裏切られたと感じたマルティーノは、恩師の遺志を継ぎ自分の手でナポレオンの暗殺を実行することを決意。
寝ているナポレオンを襲います。
しかし、時既に遅し。
ナポレオンはエミリアを愛人として従え、エルバ島を脱出していたのでした。

というのが、あらすじ。
ナポレオン役のダニエル・オートゥイユ、どこかで見たことがある、と思いながら観ていましたが、
『画家と庭師とカンパーニュ』の画家役の役者さんでした!
この映画では、見事に弱々しくなったナポレオンを演じています。

確か、歴史の教科書では、「ナポレオンはエルバ島に流刑された」と書かれていたような記憶があるのですが…… 。
勝手に、ナポレオンはとても惨めな生活を送らされていたものと、思い込んでいました。
でも実際は、「年額補助200万フラン。皇帝の称号を保持し、400人の近衛兵を保有する」という緩やかな条件の下での島流しだったのですね。まったく知りませんでした。

トスカーナ州の観光サイトによれば、エルバ島でのナポレオンは、道路を整備し、行政を取り締まり、島民の健康や精神にまで気を配り、島を去るまでの9ヶ月間、島民との間に深い絆を築いたそうです。
今でも島のミゼルコルディア教会では、毎年5月5日(ナポレオンの命日)に、ナポレオンの島での業績を称えるミサを行うそうです。

個人的には、とても楽しめた一本でした。
ただし、最後のシーンは???
マルティーノは、マエストロの墓前に、ナポレオンを暗殺しようと持ち歩いていた懐かしのピストルを埋めます。
そして一度は帰ろうとしたものの、突然墓前に戻ってきて、土を掘り起こしピストルを手にするとほほえみます。
そして流れるテロップ。
「やはり暗殺計画を実行しようとしてセント=ヘレナ島へ向かったマルティーノ。しかし、セント=ヘレナにたどり着くのが遅すぎた。それは1821年5月6日のことだった」
つまり、ナポレオンは5月5日に亡くなっているので、間に合わなかった、ということなのですが、このシーンはいるのかなあ。

いや、それより疑問なのは、邦題!!
調べてみたら、「ナポレオンの愛人」と題され(そうそう、原題を直訳すると「N ぼくとナポレオン」です)、
b0171200_163612.jpg

こんな、カバーに変えられていました。
そりゃ、エミリア役のモニカ・ベルッチは、最後にナポレオンの愛人になって一緒にエルバ島を脱出するけれども、
映画の主題とタイトルがあまりにもかけ離れています。
日本でも名が知られているモニカ・ベルッチの名を借りて売ろうとした商売根性が見え見えで、それが逆に商業的に成功しなかった原因だとしか思えません。

このタイトルと、ジャケットにだまされず、皆さん、ぜひ見てみてください(ネタばらしちゃったけど)!
わたしは、原作の小説、エルネスト・フェッレーロの「N」を読んでみたいと思います。
そして、次回イタリア旅行は、エルバ島を目指します(いつ実現するかまったく未定ではありますが)! 
[PR]
by arinko-s | 2011-02-20 16:58 | 映画 イタリア

L'ONORE E IL RISPETTO

イタリア語の冬学期が始まっています。
今回から、時事問題のコースをやめて映像のコースに変更。
毎回、映画やドキュメンタリーを見て、ディスカッションする、というクラスです。

最初の授業の日、その日のテーマではないDVDを4枚、先生に渡されました。
「これも時間のあるときに見てね」とのこと。
そのDVDが『L'ONORE E IL RISPETTO』。直訳すると「名誉と尊敬」ですが、それぞれUOMO(男性)にかかると、意味が変わります。
UOMO D' ONORE → 名誉ある男性 → 沈黙の掟を守るマフィアの一員
UOMO DI RISPETTO → 尊敬される男性 → マフィアの大物
そうなんです、バリバリのマフィア映画でした。
b0171200_15333172.jpg

なんでまた、以前に取り上げたDVDまで貸してもらえるのかしら?? と思いながらも、とりあえず3回目の授業までに3枚と4枚目の半分を見終えました。あと、少しで見終わると勝手に思い込んで、3回目の授業に行くと、なんとこの日から再びテーマは『L'ONORE E IL RISPETTO』!!
わたしが見終わったのは、シーズン1全6回のうち3回と半分で、この日の授業で見たのはシーズン2の第3回目!!
つまり、4回と半分分飛ばして授業に臨んだというわけです。
もちろん、先生がその都度ここまでの経緯を説明してくれるのですが、見ていないので説明されただけの登場人物の名前と、フィルムに登場する人物の顔が一致しません。
これは大変、とシーズン1の続きを借りて帰り、夜中までパソコンにかじりつき、やっとシーズン1を見終えました。
それでもって、次の授業で追いつけるよう、Wikipediaイタリア版で、シーズン2の1回目と2回目のあらすじも読みました。

そのあらすじは、というと……

戦後間もないシチリアの小さな町に暮らすフォルテブラッチ一家。
貧しい暮らしから抜け出そうと、母親の強い希望に押される形で、一家は北の工業都市トリノへと移住します。
すでに移住していた親戚や同郷のドン・ピッポの援助を受け、フォルテブラッチ家の父親は家電屋を開くことにします。
しかし、資金は充分ではなく、品物に保険をかけることができません。「今月のもうけで、保険に入ることに……」という甘い考えでお店を開こうとした矢先、品物がすべて盗まれてしまいました。
一文無しになってしまった父親は、首を吊って自殺。それを発見した母親は、気が触れてしまいます。

さて、フォルテブラッチ家には2人の兄弟がいます。2人は対照的な性格。兄トニオは物怖じひとつしない強気な性格。一方、弟のサンティは内向的で勤勉、努力型の人です。
トニオはトリノへやってきて間もなく、2人組と一緒につるむようになり、悪さをくり返します。
サンティはそんな兄をよそ目に、ひたすら勉強に励みます。

ある日、トニオは、父親の店の泥棒騒ぎは、すべてドン・ピッポが仕組んだことだったと知ります。トニオはドン・ピッポへの復讐を誓い、ドン・ピッポのひとり娘メリーナに近づきます。

そのころ、弟のサンティは、大学の法学部に合格しますが、兵役が始まります。トリノで知り合ったオルガという女性と恋人になり、病院に残してきた母親のことが気がかりながらも、幸せな気持ちに満ちていました。
ところが、町の有力者エドワルドに見初められたオルガは、あっさりサンティを振って、エドワルドと婚約してしまいます。

うちひしがれるサンティの気持ちも知らずに、トニオの復讐劇は着々と進み、メリーナを妊娠させ、そして物のように捨てます。
メリーナの妊娠は、あっという間に町の人たちの知るところとなり、ドン・ピッポは自分の店を開けられない状況に。
メリーナを家から追い出し、自分も酔いつぶれた日々を過ごすようになります。

さらに、トニオは町の裏組織を牛耳るドン・ロザリオに取り入り、ドン・ピッポの店を買収。そこにスーパーマーケットをオープンします。しかし、オープニングセレモニーが行われていたその日、ドン・ピッポが店にやってきて、トニオを撃ちました。

幸いトニオは一命をとりとめるのですが、新たな船出にみそをつけられたドン・ロザリオは、ドン・ピッポを殺させます。
そして、トニオはマフィアの社会へとずぼずぼ足を踏み入れていくことになり……

と次から次へと人が出てきて、誰かが誰かを裏切り、誰かが誰かを殺させ、あるいは自発的に自分に逆らうものを殺すという、恐ろしいイタリア裏社会を描いたドラマです。

救いは正義に燃える弟のサンティです。
サンティは大学を優秀な成績で卒業し、弁護士になります。しかし、最初の裁判の勝利が、実は事務所所長が裏で証人を買収した結果の勝利と知り、絶望し弁護士をやめて検事に転身。
マフィア組織をつぶすことを誓い、キャリアを積みはじめます。
しかし結局は、マフィアの手により、機関銃で撃たれて亡くなってしまいました。

まったく知りませんでしたが、このテレフィルム(日本でいうところの2時間ドラマ)、イタリアで爆発的な人気らしいです。
おそらく、シーズン1を制作したときには、ここまで人気が出るということは想定していなかったらしく、シーズン1の最終回で、トニオがマフィアのボスを殺し、自分も撃たれて倒れるところで終わります。
このシーンを見る限り、トニオは完全に息を止めたように見えるのですが、なんとシーズン2では復活。
実は、トニオは防弾ベストを着ていて、致命傷にはいたらならなかったとか!?。
弟のサンティがトニオを助け、隠れ家でこっそり看病を続けたらしい(この部分はWikipediaで読んだだけ)。
よほど、ドラマの続きを望む声が大きかったと見られます。
実際、シーズン2の視聴率は1回目から20%超え。最終回では27%を超えたそうで、今年すでにシーズン3の放送が決まっているのだとか。
トニオ役のGabriel Garko(ガブリエル・ガルコ)は、このドラマの大ヒットにより、今やイタリアで大人気の俳優さんだそうです(写真上と下の左側)。

しかし、どうしてイタリア人はかくもマフィア映画が好きなんでしょうか?
イタリアの負の部分と表向きはいいつつも、どこかマフィア社会を擁護しているような節もあります。
それとも、単なる怖いもの見たさ?? 
イタリア人はみんな口を揃えて「ミラノだってたくさんマフィアがいるじゃないの」といいますが、会わなかったなあ(わからなかったなあ)。
こんな社会が現実に身近にあるとしたら、いやあ怖くて町も歩けません、わたしは。
[PR]
by arinko-s | 2011-01-28 20:40 | 映画 イタリア

ひと足お先に BAARIA!

昨年のヴェネツィア映画祭で、オープニング上映され話題をさらった映画。
監督は、『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレです。
再びシチリアを舞台に撮ったというこの映画、観たくてうずうずしていました。
日本公開は12月ですが、ひと足お先に、イタリアで発売になったばかりのDVDを取り寄せ観賞。
2時間半の本編 + 特典映像2時間半。この3連休、どっぷりシチリアに浸っておりました。

邦題は『シチリア シチリア!』ということですが、原題は『BAARIA!』。
トルナトーレの故郷である、シチリアの小さな町「バゲリーア」のシチリア弁だそうです。

平たくいうと、主人公ペッピーノの人生を基軸に描いた、20世紀のシチリア歴史物語。
牛飼いの家に生まれたペッピーノは、勉強したくてもヤギに教科書を食べられてしまったり、それが原因で学校の先生におしおきをされたり。ヤギの放牧を手伝いに、二月も出稼ぎに行ったりします。
けっして豊かではないけれど、家族や町の人に愛されながら、明るく過ごしています。

やがて戦争が始まり、ファシストが台頭し、そしてアメリカ兵がシチリアに上陸。
ペッピーノも恋をし、そして結婚。やがて、政治運動に傾倒していき……。

30年代、まだペッピーノが子どもだったころのバゲリーアは、今よりもずっとずっと貧しくて、
ペッピーノが成長していくと共に、町もにぎやかに、そして整備されていきます。そこも見所のひとつです。

特典映像というのは、トルナトーレが本編に合わせて、各シーンを解説してくれているのですが、これが、とってもおもしろかった!
最初、本編を見ながら、「いったいどこで撮影したのだ?」とずっと疑問に思っていました。砂ぼこりがすごいのですが、シチリアにいまだに舗装されていない町があるのか、と。

正解はチュニジアでした。
チュニジアに、30年代からそれぞれの時代の、バゲリーアの町なみを再現し撮影したのだそうです。
教会や映画館、仕立て屋さんも、実際にチュニスにあるものだそうです。
もちろん、実際のバゲリーアでもロケは行われているそうですが、
そういったシーンでは、現代的な建物や、その当時決して存在しなかったものは、ひとつひとつデジタル処理しているそうです。
すごい技術! 驚きです。
一番驚いたのは、シロッコが吹き荒れるシーン。
観ているだけでも暑そうなのに、これがなんと真冬の撮影だったとか。寒さの中、下着一丁で、床に寝転んで涼をとっているように見せているそうです。

また、随所に実在した人物を散りばめているのだとか。
シチリアの画家、イグナツィオ・ブッティア、詩人であり政治活動家でもあったサルヴァトーレ・ジュリアーノ。また、イタリアを代表する作家レオナルド・シャーシャへのオマージュを込めたシーンなどなど。

トルナトーレといえば『ニュー・シネマ・パラダイス』。
今作でも映画は重要な鍵になっています。
ペッピーノの次男ピエトロも映画の魅力に取り付かれ、
友だちから映画のフィルムを譲ってもらい、宝物のように持ち歩いているのですが、
このピエトロが光にすかして眺めているフィルム、
トルナトーレが実際に宝物のようにしていたのと、同じ映画のフィルムを使っているそうです。

とイタリア好き、トルナトーレファン必見の一本。
とにかく、映像が美しい。シチリアに行きたい! と思わせます。

そうそう、大切なのはエンドロール。
村上春樹は「エンドロールを観るなんて時間の無駄」と語っておりますが、
この映画では、観るべきかもしれません。
トルナトーレが9歳の時に回した8mmがバックに流れます。
トルナトーレの幼少時代のバゲリーア。
少年時代の彼の視線のユニークさが際立っています。

(追記)
トルナトーレは、最後のピエトロのシーンが一番好きだそうです。
これから観る方、このシーンをお楽しみに。
[PR]
by arinko-s | 2010-10-11 22:52 | 映画 イタリア

Ricordati di me

邦題は『リメンバー・ミー』。イタリアのある家族の物語。
監督はガブリエーレ・ムッチーノです。

作家になる夢が忘れられない、父親のカルロ。
一方母親のジュリアは女優をしていたころの自分が忘れられず、再び舞台に立つことを決意。
19歳の息子パオロはいつも自分に自信を持てず、好きな女の子にも相手にしてもらえない。
17歳の娘ヴァレンティーナはテレビで踊る女の子になろうと躍起になっている。

と、4人がそれぞれ自分のことに精一杯で、お互いを顧みず、家族はバラバラ。
崩壊状態だったところに、カルロが昔の恋人と再会し、ヤケボックイに火がついてしまう。
カルロが彼女の元に行くことを必死でとどめようとしたジュリア。
その手を振り切って、通りに飛び出したカルロは車に轢かれてしまう。

ジュリアは突然の悲劇に戸惑いながらも、自分の気持ちに正直になろうと、必死でカルロの看病を続ける。
家族は絆を取り戻したかのように見えたけれど…。

というのがざっくりした粗筋です。
本当に一般的なイタリアの家庭という気がします。
兄弟2人のやりとりも倦怠感に包まれた夫婦も高校生の日常も、どれも想像に難くない。
ストーリーがどうこうというよりも、ひとつひとつのシーンがとっても興味深かったです。
イタリアの日常がすっごく良くわかる一本でした。

唯一想像の範疇を超えていたのが、カルロの同窓会。
50代(40代後半かな?)の同窓会ですが、その騒々しいこと!
みんな若者のように踊り、お酒を飲み、そして通り過ぎる異性の元同級生の頬に触れる。
もちろん挨拶はほっぺたのチュです。

日本だったらあり得ません。
いやあるのかもしれないけど、私だったらオヤジになった元同級生のほっぺたに触れるなんて、イヤだなぁ。

イタリアのショービズ界に憧れるヴァレンティーナですが、これも日本じゃ考えられないことのひとつかも。
イタリアのバラエティー番組は、どれもこれも裸同然の女の子たちが欠かせません。
番組のオープニングで、途中で、エンディングで、あらゆるシーンに登場しては踊ります。
このダンスガール(っていうのか知らないけれど)が、小さな女の子たちのなりたい職業ナンバーワンだと聞いて驚いたっけ。
ホントか〜?? ってずっと思っていたけれど、ヴァレンティーナを見ていたら、まんざら大げさじゃないのでしょう。
「見られてナンボ」のイタリアならではのエピソードです。

そして最後の最後はというと…
[PR]
by arinko-s | 2009-10-15 22:16 | 映画 イタリア

トリノ、24時からの恋人たち

ダヴィデ・フェッラリーオ監督の映画。
原題は Dopo mezzanotte(真夜中過ぎに)です。

舞台はトリノの映画博物館。
ここの夜警をしているマルティーノという少年が主人公です。

マルティーノは博物館の倉庫をバスター・キートンの映画セットさながらに改造し、そこで暮らしています。
ある日、バイト先の店長と衝突し火傷を負わせてしまったアマンダという女性が、
警察の追っ手を避けて、マルティーノのいる夜中の博物館に逃げ込んできました。

実はアマンダはマルティーノの片思いの相手でした。
しかし、マルティーノにはアンジェロという恋人がいます。
アンジェロはアマンダのバイト先に押し掛け、店長に彼女の告訴を取り下げるよう脅しをかけます。
そしてアマンダは無事に家に帰ることができたのですが、
実は博物館に匿ってもらっている間、マルティーノと結ばれてしまいました。
アンジェロもアンジェロで、アマンダの留守中に彼女のルームメイトとちゃっかり寝てしまう。
家に戻っても、アマンダとアンジェロの間はしっくりいかなくなります。

結局アマンダが出した結論は、三人で付き合うというもの。
男性二人と女性一人の奇妙な三角関係が始まったのでした。

という、何とも身勝手な男女の恋愛映画です。
古い映画と現在を織り交ぜて見せる手法は、
あの『ニュー・シネマ・パラダイス』を思い出させます。
こちらの映画はこちらの映画で、古い映画を上手く使っているのですが、
『ニュー・シネマ…』との決定的な違いは、
この映画では古い映画の方が面白い、ってことかもしれません。
キートン作品は見たことがありませんが、キートン作品の場面になると吹き出してしまう。
でも、現実の場面はなんだか共感できないまま終わってしまいました。
『ニュー・シネマ…』の方は、古い映像にも魅せられ、トトの人生にも魅せられますけど。

タイトル通り夜中の町しか出てこないところも、
退屈する一因かもしれませんね。
映画博物館の魅力はたっぷりですが、トリノの魅力は何も見られません。
最後にアンジェロが撃たれてしまうのですが、
その理由さえ私にはさっぱり理解できませんでした。

アマンダ役のフランチェスカ・イナウディという女優さんもかわいいのですが、
今人気のはんにゃの金田に見えてしまって仕方ない。
う〜ん、はんにゃが馴染みになる前に、この映画を見るべきだったかも。

一つ大発見は
普通人名には定冠詞をつけませんが、
アンジェロには定冠詞のLがついていました。
Angeloは天使の意味。だから? 初めて知りました。
[PR]
by arinko-s | 2009-06-15 20:45 | 映画 イタリア

向かいの窓

Frezan Ozpetek監督の作品。
イタリア映画なのにイタリア人らしくない名前の監督で、
調べてみたらトルコの人だそうです。
この監督の作品は初めてです。

優しいけれど甲斐性のない夫にうんざりしているジョヴァンナ。
お菓子作りが好きで、その道に進みたかったけれども、
今は鶏の精肉加工所で経理の仕事をしています。

夫ともいさかいの耐えないある日のこと。
記憶障害でパニックに陥った老人と、ばったり行き会います。
放っておけない夫に言いくるめられ、
とりあえず自宅へ連れ帰りました。
しかし、夫は警察へ届け出た様子もなく、
その老人は数日、ジョヴァンナ一家の家で過ごすことになりました。

しかし、記憶が戻った老人は別れも告げずにいなくなってしまう。
彼のジャケットのポケットに入っていた古い一通の手紙から、
ジョヴァンナは老人の居所を突き止め、
手紙を返しに彼を訪れました。

その老人ダヴィデは町でも有名なケーキ屋のパティシエでした。
ジョヴァンナ夫妻に助けられた日、
彼はかつて愛した男性と、人に隠れて手紙の受け渡しをしていた
公園へ向かう途中だったと話しました。
ユダヤ人のダヴィデは、ゲイであることでユダヤ人社会でも孤立していたのです。

時は1943年。
ナチスがイタリアへ侵攻し、イタリアでもユダヤ人狩りを行っていた時のこと。
ダヴィデはその日、ローマにナチスがやってくるという情報を耳にします。
ユダヤ人たちに自分も彼らの仲間だと示すために、
彼らの元へその情報を伝えに走りました。
最愛の恋人は後回しにしたのです。
その結果、恋人のシモーネは強制収容所に入れられてしまう。
ダヴィデはそのことを今も後悔し続け、
そして時に恐ろしい記憶と共にパニックになってしまうのでした。

実は、ジョヴァンナの密かな楽しみは
台所の窓から、向かいの建物に暮らす男性を覗き見することでした。
記憶を失っていたダヴィデを世話していた時のこと。
ひょんなことからその男性ロレンツォと言葉を交わすようになります。
そして、彼もまた自分を向かいの窓から覗き見していたことを知るのです。

ジョヴァンナは、ダヴィデの世話をしたことで、
結果二つの選択をします。
一つはロレンツォとのこと。
そしてもう一つは仕事について。

パティシエだったダヴィデは、ケーキ職人への夢を断ち切れない
ジョヴァンナの背中を押してやります。
そして、ジョヴァンナは新しい人生を歩み始めるのでした。

というのが、ざっくりとしたあらすじです。
パッケージから、ジョヴァンナとロレンツォの恋物語かと思いきや、
ユダヤ人、ゲイといった重たいテーマも絡めながら、
不満だらけだった毎日を変えるために一歩を踏み出した
ジョヴァンナという女性の心の変化を描いた映画でした。

ダヴィデ役のマッシモ・ジロッティが素敵です。
彼の口から発せられる台詞が、ジ〜ンと心にしみました。
不満を抱きながらも日々過ごすことに精一杯のジョヴァンナに言ったのは
Non si acconti di sopravvivere. Deve pretendere di vivere in migliore mondo, non soltanto sognarlo.
「無為に過ごすんじゃない。もっと良い人生を送ることを願うんだ。夢みているだけじゃだめなんだ」
最初の一文は直訳すると「生きながらえることで満足するな」という意味です。
私も心がけます。
[PR]
by arinko-s | 2009-06-09 20:39 | 映画 イタリア

夜よ、こんにちは

マルコ・ヴェロッキオ監督の作品。

舞台は1978年、ローマ。
アルド・モーロ元首相誘拐暗殺事件という実話を元にした映画です。

ローマのとあるアパートに婚約者と共に入居したキアラ。
実は、ここは「赤い旅団」のアジトの一つで、
誘拐したモーロ元首相をかくまうための部屋として借りられたものだった。
キアラは見張り役の一人として、モーロの様子を盗み見するうちに、
次第に情が移っていく。
「赤い旅団」とイタリア政府との交渉は決裂。
彼らはモーロの殺害を決定する。
キアラは彼を殺すことに反対を示したが、結局幹部の決断を覆すことはできなかった。
しかしキアラは、一人こっそりとアジトを抜け出し自由の身になったモーロ首相を
はっきり感じるのだった。

と、史実にキアラという女性の視点をプラスして仕上げられています。
「赤い旅団」とはイタリアの極左テロリスト集団です。
1970年代から活動を開始し、すでに解散したものと思われていましたが、
1999年にも事件を起こしていることから、まだ組織されていることが知られています。

モーロ元首相暗殺事件のことは、ミラノで暮らしていた時に初めて知りました。
「赤い旅団」のことも、当然何一つ知りませんでした。
その時、解説してくれたカメラマンのフランチェスコは当時50代(きっと今60代)で、
事件のことを熱く語っていたのを覚えています。
彼世代の人たちにとっては、決して風化した事件ではないんですね。

事件の真相はいまだに謎に包まれている部分も少なくないようです。
当時の首相アンドレ・オッティは「赤い旅団」との交渉に
一切応じなかったともいわれていますし、
イタリア共産党の躍進を恐れたアメリカの陰謀説(モーロはイタリア共産党の議会復活を画策していた)もささやかれているようです。

自分たちの政治的主張を通すために人の命を犠牲にするなんていうことは
決して許されることではないし、
そのことについても憤りを感じますが、
それにしても、当時のイタリア政府が本当に一人の命を見殺しにしたのであれば、
そのことに対しては、もっと怒りを覚えます。

イタリア映画祭で見た「運命に逆らったシチリアの女」に続き、
イタリアの暗い歴史を教えてくれる映画でした。
[PR]
by arinko-s | 2009-05-17 13:27 | 映画 イタリア

よせよせ、ジョニー

イタリア映画祭で見たもう1本がこの『よせよせ、ジョニー』。

ナポリ近郊の小さな町、カゼルタで暮らすファウスト。
父親が亡くなり、今は母との二人暮らし。
ギタリストとしてバンドに参加している。

そんなファウストを待ち受けているのが兵役。
母子二人暮らしということで、あとは定職についていることを証明しさえすれば、
兵役が免除される。
そこで、バンドの仕事を斡旋してくれていた興行師に、
契約書を書いてくれるようお願いするのだけれど、なかなかことは進まない。

ある日、ミラノから著名なミュージシャン(監督のベンティヴォッリョが演じている)がやってきた。
興行師に言われるがまま、彼の世話をし、彼と共にステージに上るファウスト。
これで、すべてがうまくいくかのように思えた。
しかし、旅の途中で興行師が姿をくらまし、契約書どころかギャラももらえなかった。

すべて降り出しに戻ったある日、ミラノへ戻った彼のミュージシャンから、
ギターを持ってミラノへやってくるようにとの電話。
ためらいながらも、ミラノへ向かったファウストだったが……。

最後は何とも不可思議な終わり方でした。
見る人によって、ハッピーエンドともとれるし、その反対にもとれるし……。
私は、う〜ん、納得いかなかった派です。

適当な口約束、その場しのぎの即興バンド、惚れっぽい男…
イタリアだぁ、って笑えるエピソードが満載でした。
多くの人が抱いているだろうイタリアのイメージを、
うまーく笑いの小道具に使っています。
ただ、おとなしく従順でうぶなファウストだけは、
ステレオタイプのイタリア人像とかけ離れていました。
きっと、イタリアにもこういうおとなしい子いるはずですけどね。
なかなか出会わないタイプかも。

タイトルの「ジョニー」はいったい誰なのか?
ミュージシャンがファウストに呼びかけた名前が「ジョニー」。
「ミラノでは親しい人に呼びかける時には“ジョニー”と言うらしい」ってファウスト。
天然なのか、ばかがつくほど素直なのか。
とにかくファウストのかわいさに、気づいたらノックアウトされていそうな、そんな一本でした。
[PR]
by arinko-s | 2009-05-03 17:48 | 映画 イタリア

運命に逆らったシチリアの女

イタリア映画祭2009初日です。さっそく2本立て続けに見てきました。
そのひとつが「運命に逆らったシチリアの女」。
マルコ・アメンタ監督の作品です。

シチリアの小さな町で暮らす少女リータ。
マフィアが牛耳るこの小さな町で、内部抗争により、
やはりマフィアの一員だった父と兄を次々に亡くしてしまう。
復讐を誓ったリータは、数年間に渡って彼らマフィアの活動を観察し、
検察に密告。
今度は自分の命が危険にさらされることになったリータ。
警察に保護されながら、隠れ家にこもって生活することを余儀なくされる。
そして、リータの証言の裏を取った警察は、マフィアを一掃摘発。
しかし、裁判は一筋縄では進まず、さらなる悲劇が巻き起こされた。

というのがあらすじ。
実話を元にして作られたそうです。

怖かったです。
マフィアって決して表に顔を出すことなく、家族でさえその事実に目をつぶっていると聞きますが、そのことも改めて教えられました。
17歳のリータには、マフィアに復讐するなんて、
重たすぎる荷を背負ってしまうことに他なりません。
勢い、検事の元へ走ったものの、
内心後戻りできない道へ進んでしまったことの後悔で一杯になっていたとしても
何の不思議もありません。
身内であろうと、口封じのためには消してしまう…
マフィアの恐ろしさは、やはり遠い世界のことに思えてしまいますが、
イタリア人にとってはそうでもないんでしょうね。

先日の日記に書いたオスティアの少年の話
『TI CHIAMI LUPO GENTILE』(『きみのあだなは優しいオオカミ』)も、
父親がマフィアの一員のクラウディオの物語でした。
この父親は息子に悪事を働かせ、仕事を手伝わせる。
マフィアの息子はいつの間にかマフィアの活動に足をつっこんでしまうように
できているのかもしれません。

クラウディオは、結局自分の定められた運命を壊すべく
父親に逆らいます。
そこで話は終わってしまうので、
その後のクラウディオがどうなってしまうのか気になるところですが。
どこか別の町で平穏に暮らすことはできるのでしょうか?
それとも今日の映画のリータのように、隠れて一生を終えるしかなくなってしまうのか。

自分が極道でも孫を教職の道に進ませたヤンクミのおじいさんのような、
心の広いマフィアがいればいいんだけど。
いや、もちろんマフィアがいなくなるのが理想ですけどね。
そうそう、検挙されたマフィアたちが裁判にかけられる『要塞裁判所』。
まるで動物園の檻に入れられた動物たちのようなマフィアの姿は笑えますが、
こんな裁判所があること自体、怖い話です。

もう一本の『よせよせジョニー』についてはまた後日。
[PR]
by arinko-s | 2009-04-30 21:06 | 映画 イタリア