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本日のイタリア語

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カテゴリ:本日のイタリア語( 80 )

Un giorno perfetto 完璧な一日

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エンマ(イサベッラ・フェッラーリ)と、夫のアントニオ(ヴァレリオ・マスタンドレア)が別居を始めて一年。
エンマは子ども2人を連れて、母親の元へ戻り、新しい生活に必死です。
けれどもアントニオは、未だにエンマをあきらめきれず、家族揃って暮らしていた家を去ることもできず、ストーカーのようにエンマをつけ回しています。

ある日、エンマは深夜を回ったころ、アントニオがアパートの下から部屋を眺めていることに気づきます。不愉快な思いで朝を迎えることになるのですが、まさにその日、仕事先で首を切られてしまう。
おまけに会社を出てみれば、アントニオが待ちぶせしています。
話をしたいと迫られ車に乗ったものの、結局暴力をふられ、逃げるように町に戻ってきました。

さらに夕方、母親から「子どもたちはアントニオの家に行った」と知らされ、パニックになって後を追います。
そんな最悪の一日の締めくくりに、衝撃的な事件が、アントニオの手によって引き起こされる……。

いやはや、これが「完璧な一日」とは。

物語は、複雑な人間関係が絡み合いながら進んでいくのですが、何の脈絡もなく次々に色いろな人が登場するので、なかなか互いの関係を把握できません。

アントニオは政治家の護衛をしていて、その政治家はどうやら収賄容疑で捕まりそうになっている。
そしてその政治家の前妻は、精神的に追いつめられ自殺してしまい、彼は若い女性と再婚している。
政治家には年の離れた子どもが2人。前妻との間にできた息子は、大学の試験でぎりぎりの成績しかもらえない。成績をつけてもらえたことは、政治家の息子だからだということで、そのことが余計に彼を苦しめている。そして父親の再婚相手に恋している。
まだ幼い、おそらく後妻との間にできた子どもは、エンマの息子の同級生。2人(小学生)は、結婚の約束をしている。
そして、この政治家一家とは別に、どうやら苦しい恋をしているらしき女性が出てきて、その人はエンマの長女の担任で……

と、短時間でたくさんの人が登場。そのみんながどこかでつながっているのですが、その関係はさらっと触れられているだけ。
同名の小説が原作なのですが、どうも無理して2時間の中にストーリーを押しこんでしまった感が否めません。
それぞれの関係をもっときっちり教えてくれたら、ひょっとして「完璧な一日」の意味がわかるかもしれません。
これだけの人たちが、互いに接触を持ったという意味で、完璧な一日? 
それとも、それぞれ苦しみに決着をつけた日という意味で、完璧な一日?
いや、それだとエンマはこれからも苦しみつづけることになるだろうから違う。
何度も、この映画の意味を頭の中で反芻してみるのですが、わたしには理解できず。
どこにも救いを見つけられない一本でした。

監督は『mine vaganti』のFerzan Ozpetek。
2008年の映画です。

余談ですが、この映画を観た翌日、いつも愛用している紅茶屋さんから試飲用のお茶が送られてきました。
入っていたのは「C'EST PARFAIT!」という名前のお茶。
そして「『セ パフェ(完璧)!』な一日のためのお茶」と書かれていました。
う〜〜ん、飲む気になれない!

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夫を演じているヴァレリオ・マスタンドレアは、『Tutta la vita davanti』や『La prima cosa bella』とは、まったく違う顔でした。
この映画では、見事に執拗な夫を演じていて。
俳優さんてすごいですね。
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by arinko-s | 2012-08-19 22:27 | 本日のイタリア語

alzare il gomito 「ひじを上げる」?

昨日訳していた映像の中に、alzare il gomito という言葉がありました。
直訳すると「ひじを上げる」です。
またもや???

調べてみると、「飲み過ぎる」「深酒をする」「酔っぱらう」という慣用句だそうです。
グラスを傾ける時に、ひじが上がるからこんなふうに言うのかなぁ。

他にも
alzare il dito 「指を上げる」は「降参する」の意味になるそう。
え〜〜、降参する時に上げるのは手でしょ、って突っ込みたくなりますが。

おまけに、それを否定文にして
non alzare il dito 「指を上げない」は「何もしない」「無為に過ごす」の意味だとか。
「降参しない」にならないところが、なんだか裏をかかれたようで憎たらしい。
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by arinko-s | 2012-08-16 12:10 | 本日のイタリア語

Siamo in ballo! もう始まっているんだ!

先日見た映像で、ある男性が「Siamo in ballo. Balliamo(シアーモ・イン・バッロ。バッリアーモ)」と言っていました。
balloというのは、踊り・ダンス・舞踏会の意味。
「ぼくたちは踊りの最中です、踊りましょう」直訳するとこんな感じ。
でもこの男性、それまで野球の話をしていたのです。
え〜〜、どうしていきなりダンス? どうして「踊りましょう」??

辞書を引くとballoには「かかわり、巻き添え、問題」という意味もあることが、わかりました。
それにしても「ぼくたちは、問題のさなかにあります。踊りましょう」ってどういうこと??
なんでいきなり、踊り出す??

まったくわけわからずに、恩師のダニエレにS.O.Sを。
siamoというのは、英語のbe動詞に当たるessere の変化形ですが、
essere in ballo」で、「何かが始まってしまい、もう引き返せない状況に置かれている」ことを指すのだと教えてくれました。
音楽の流れるダンスホールに立たされ、こうなったら踊らなくては仕方ない、という様な状況に使うのだそうです。

なるほどなるほど。
つまりこの男性は「もう始まっているんだ、やるしかないさ(やってやろうじゃないか)」と言っていたのです。
野球の話が、いきなりダンスの話に変わってしまったわけではありませんでした。
納得。

それにしても、なぜこの熟語に「ダンス」?
実はイタリア人にとっても、人前で踊るのはけっこう勇気がいることなのかも。

ちなみに、後から伊伊事典を引いてみたら、きちんとこの意味の例文が載っていました。
すまん、ダニエレ! 
これからは、助けを求める前に伊伊事典を開きます。
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by arinko-s | 2012-07-20 21:07 | 本日のイタリア語

残念! Euro 2012

今朝は3時半に起きて、Euro2012の決勝戦を観戦。
スペイン優勢という予想を聞いても、準決勝の勝ちっぷりから、いや優勝するかも、って期待していたんだけどなぁ。
残念。
まさか4点も入れられてしまうとは!!

選手たちの涙にもうるうるきたけど、観客席のがっくり度を見て、ふたたびがっくり。
次は、catenaccio復活で優勝してくれ!
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by arinko-s | 2012-07-02 06:40 | 本日のイタリア語

『りっぱな兵士になりたかった男の話』

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ようやく形になりました!
ようやくというのも、この原書と出会って、かれこれ3年近くが経つからです。
途中、何度も笑わせられるユーモラスなストーリー展開と、ちょっと切ない読後感。
本になるまで、何度読んだかわかりませんが、最初から今までずっと変わりません。
何度読んでも、最後にはほろっとしてしまいます。

児童書ですが、大人が読んでも心に響く一冊だと思います。
ぜひぜひ、お手にとって読んでいただけますように!
戦争のない平和な世界が、いつの日かやってきますように!
そして、たくさんの子どもたちに長いこと読んでもらえる、息の長い一冊になりますように!

素敵なイラストをつけてくださった、シゲタサヤカさんにも感謝です。
もちろん素敵な一冊にしてくださった、講談社の編集者、Sさんにも感謝の気持ちで一杯です。
あらすじは、Amazonに詳しく書かれていますので、ご覧ください。
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by arinko-s | 2012-06-19 13:39 | 本日のイタリア語

直線距離

気づいたら、3月は一度もブログを更新できずにいました。
ずっと時間に追われていた感じです。
先週末、やっとゆっくり映画をみる時間ができて、その映画の話も書きたいのですが、
またまたその時間がありません。

何か簡単に書けることはないものか、と思った矢先、今日「直線距離」という表現に出会いました。
イタリア語で、linea d'ariaというのだそうです。
直訳すると、「空中の線」というところ。

なるほど、なるほど。
確かに空中で引いた線ですよね、直線距離というのは。

日本語から訳そうとしたら、単純に distanza dritta 真っすぐの距離、とかいってしまいそうです。
やっぱり、これじゃ通じないのかな。
これを日本語にしてみると、直線距離、だと思うんだけどなあ。

言葉って奥が深い、とつくづく。
知らない表現が、まだまだあります。
忘れないように、手帳にメモしました。
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by arinko-s | 2012-04-04 21:02 | 本日のイタリア語

Roma, Boom delle microcase         ローマは狭小住宅ブーム!

イタリアで暮らしていた頃、「ああ、やっぱりイタリアの家は広い!」としみじみ感じていたものですが、なんとローマでは、今狭小住宅ブームがやって来ている、という話。
ローマ市内のあちこちで、5㎡、7㎡、10㎡、といった家が売られていて、それが次々と売れているそうなんです。
もちろんこの経済危機で家が売れないがための、不動産業界の苦肉の策らしいです。
でも、それが売れているというのだから不思議。投資になるのかなあ。
(Corriere della sera 2月26日付け ネット版)

それにしても、5㎡の家って、いったいどんなもの? 
日本のワンルームマンションだって、少なくとも15㎡くらいはあるよなぁ。
そうそう、思いだしました!
『Ragazzo di Campagna(田舎の青年)』という映画に出てくる部屋を!
ミラノ近郊の小さな村で暮らす青年(といっても40歳!)が、田舎の生活にうんざりして、一花咲かせようとミラノに出てくるお話。
その時に見つけた部屋が、こちら

不動産屋の男性に連れてこられたのは、何もない狭い空間(でもこの不動産屋、spaziosissimo! 超広々とした部屋だよ、と説明している!)。
玄関はすごくきれいだけど……、と戸惑う青年レナートに、不動産屋の男性は次々と部屋のからくりを見せていきます。
台所、トイレ、脱衣所付きのシャワー室、娯楽コーナー、飛び出すテーブル、そして飛び出すベッド!

この映画は1984年のもの。
当時は、なおさらこんな狭い部屋なんて信じがたいものだったに違いありません!
それにこの部屋の設備、ハイテクを飛び越えて、こんな部屋ありっこないでしょ、って思うからおもしろいのだけれど、でも本当に5㎡の部屋が売られているのなら、こんな部屋なのかも知れません。

そうそう、ミラノで姉のように慕っていたチーナさんも、独身時代10㎡ほどの部屋でひとり暮らしをしていた、と話していました。
信じられない、という顔をする旦那さんのエウジェーニオに、「どこにでも手が届いて居心地良かった」と得意気でした。
だから、昔からあるにはあるんですよね、そういう部屋がイタリアにも。
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by arinko-s | 2012-02-27 20:05 | 本日のイタリア語

Sognando AUSTRARIA 愛しのオーストラリア

わたしの話ではありません。
イタリア人の話。

L'Espresso誌の記事によると……

イタリアの将来を憂う若者たちが、次から次へと海外へと移住してしまっている、というはたびたび耳にしてきましたが、その行き先は、今やオーストラリアがダントツなんだそうです。
2010年にも5万人以上の若者がオーストラリアへ移住し、2011年にはさらにそれを上回る数、恐らく6万人を超える若者がオーストラリアに移住したのではないか、という話。
戦後アメリカ大陸に多くのイタリア人が移民したように、今、オーストラリアを目指す若者たちが止まらない、という話なんです。

なぜオーストラリアか? 
ひとつには「ワーキングホリデー」のビザならば、一般のビザよりも容易に取得できるから、ということのようです。
次に、英語も身に付く、ということ。
そして、政治の安定、治安の良さ。
それから、仕事が簡単に見つかるという噂、などなどが挙げられていました。
今やイタリア人にとって、オーストラリアは人生を変えるための新天地、Nuova America 新アメリカなのだそうです。

もちろん、記事の中、そんなに甘いものじゃなかった、というがっかり組の談も載っています。
仕事だってそう甘くないし、ビザの延長だって簡単じゃない。
そりゃそうですよね、そんな夢みたいな国、今どきあるわけない(いや、あるのかもしれませんが)。
そして「イタリア人が多すぎて……みんな一緒に家を探して、イタリア語で生活して、イタリアの習慣をそのまま守り続けて……」という反省の弁も(これって別にイタリア人に限ったことではないと思いますが)。

新天地を求める人だけでなく、高校生の短期留学先も、新婚カップルの旅行先も、オーストラリアが人気ナンバーワン!
ああ、そういえば……
年末にさんまさんがイタリアで会ったミスイタリアの女の子も、
「オーストラリアに行ってみたい、親戚もたくさんいるし」って話していたっけ(『笑ってコラえて』)。
あれを見た時にへ〜〜、オーストラリアねぇ、なんて聞き流していましたが、こういうことだったんだ、って納得しました。

この記事を読んで、なんだか片思いしている相手に振られた気分。
ああ、そんなに好きなのね、って感じです。
なんか淋しい。
(L'Espresso 2011年12月21日号より)
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by arinko-s | 2012-01-26 20:53 | 本日のイタリア語

mettere la ciliegina sulla torta       ケーキの上に小さなさくらんぼをひとつ

先日、こんな表現に出会いました。
あるVTRの中であるSignore(男性)が、
Posso mettere la ciliegina sulla torta?
と会話の相手に尋ねます。

直訳すると「ケーキの上に小さなさくらんぼを置いてもいい?」ってことなのですが、突然出てきた“ケーキ”!!
えっ、どういうこと?? 

まったく知りませんでした。
「最後にひとつ興味深い話をしましょう」ってことだそうです。
あるいは「これで最後ね」、っていう締めくくりの表現だとか。

なんともかわいい言い回しです!
今度機会があったら、ぜひ使ってみたい! 
けれどもわたしのイメージでは、ケーキの上に最後に載せるのは、やっぱりイチゴ。 
間違えて、ケーキの上にイチゴを載せてもいい? って聞いちゃいそうだなあ。
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(写真はこちらのサイトからお借りしました。きっとこんなイメージですね)

ちなみに「好きなものはなかなかやめられない」という諺があり、
Una ciliegia tira l'altra.
というそうです。さくらんぼは後を引く、というのが直訳。
イタリア人がそれほどさくらんぼ好きだったとは知らなかったなあ〜〜。
日本だったらもちろん、かっぱえびせん、ですよね。
いや、柿の種?
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by arinko-s | 2012-01-23 16:50 | 本日のイタリア語

La tragedia della Costa Concordia       コンコルディア号の悲劇

昨年、ノルウェーのウトヤ島で乱射事件が起こった時、ノルウェー語の翻訳者が大忙しになった、と話に聞いていました。
仕事がたくさんくることは良いことだけれど、こんな悲しい事件を報道するお手伝いよりも、楽しいことを伝えるお手伝いの方が、自分も楽しいだろうな、と思っていました。

で、先週金曜日の夜(現地時間)にイタリアのトスカーナ沖で起こった、豪華客船コンコルディア号の遭難事故です。
週末からこの事故(今、事件になりつつありますが)の情報収集に追われていました。

こういう大きな事故が起こると、情報が錯綜します。
日本で起こったとしても、きっと同じです。
数字もくるくる変わるし、証言がぽんぽん飛び出すけれど、どこまで信憑性があるのかわかりません。

今、「船長は乗客よりも先に船を降り避難していた」という説に傾いていますが、でも一部報道では「船長は最後までデッキにいた」という証言もあるのです。
もちろん船長が本当に乗客たちを置いて避難していたとしたらそれは許せないことだと思いますが、ひょっとしたら違うかもしれません。
そしたらこの船長、こんなふうに先走って世界中に発信されてしまってかわいそうだなあ、ってそんなことを思ってしまいます。
いずれにしても、あんな岩だらけの島の海岸沿いすぐ側を航行していたことには間違いなく、その点に関しては船長の過失であることは確かのようです。

行方不明者の捜索はまだまだ続きそうです。
燃料タンクを空にすることも、急がれています。
そして船の解体。
先は長そうです。

こんな悲しい事故が、もう起こりませんように。
もっと愉快なイタリアの話を伝えるお手伝いができますように。
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by arinko-s | 2012-01-17 17:24 | 本日のイタリア語