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本日のイタリア語

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カテゴリ:本日のイタリア語( 80 )

Giottoが隠した悪魔

アッシジ(ウンブリア州)のサン・フランチェスコ大聖堂にあるジョットの壁画の中に、実は悪魔の絵が隠されていたという話。
聖フランチェスコの生涯を28枚の壁画で現したものですが、その一場面『天国への帰還』の雲の中に悪魔が描かれているというのです。
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800年間、誰も指摘した人がいなかった大発見だそうです。

発見したフランチェスコの研究者Chiara Frugoni(キアラ・フルゴーニ)さんによれば、
中世「雲の中に、天に昇る魂を邪魔する悪魔が隠れている」と、信じられていたのだとか。

そして、もうひとり、美術史家のClaudio Strinati(クラウディオ・ストリナーティ)氏は、画家が作品の中に何かを隠して描くことは決して珍しいことではない、と指摘しています。
ただし、そのことに関して画家が文章に残しているわけではないので、その意図や動機を知ることは難しい、とも話しています。

その芸術作品としての価値がはっきりと認められている古い絵画ですから、もう研究し尽くされているかのように思っていましたが、こんなことがあるんですねぇ。
今ごろジョットは、「あぁ、ついに見つかってしまったか」なんて天国で思っていたりして。

さらに絵を詳しく見たい方はこちらから→
(11月5日『Corriere della sera』ネット版より)
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by arinko-s | 2011-11-06 20:45 | 本日のイタリア語

アメリカ流パスタの茹で方

アメリカの料理研究家、Harold MacGee氏は、エール大学を始め、幾つもの有名大学で食物の歴史や食物化学を教える先生でもあります。
その先生が! こんなおかしなパスタの茹で方を!! 
と、10月30日付けの『La Repubblica』ネット版に、驚きの声をあげた動画が載っていました。
時間も水もエネルギーも節約できると自信満々の先生に対し、「ブルータス、おまえもか」ならぬ、「ハロルド先生、あなたもか」って感じです。

でも今やパスタは世界各国で愛されている食材。
ノルウェー人のアニカも、いつも水の中にパスタを突っ込んでいたし、ギリシャ人のジョルジャはお湯が沸くと、パスタと一緒にお湯の中にバターを落としていました。
日本にはこんな道具も。
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レンジでチンしてパスタ〜〜〜?? ってイタリア人なら卒倒しちゃうかも。

でもこれもそれも、各国それぞれの調理方法でパスタを愛している証拠ですよね。
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by arinko-s | 2011-10-31 17:20 | 本日のイタリア語

avere sette vite come i gatti  七転び八起き

以前、『7回生きたねこ』という本を読んだ時、
著者のDomenica Lucianiが、佐野洋子さんの『百万回生きたねこ』にインスピレーションを得たのかも、と思いました。

でも、違いました!
今日、初めて知った事実。
イタリア語では七転び八起きのことを「avere sette vite come i gatti」というのだそうです。
直訳すると「ねこのように7つ命を持つ」ということ。
どんなに高いところから落とされても見事に着地してみせるねこ(しぶとく生きるねこ)は、7回生き返ると信じられていたことから、こういう言い回しをするのだそうです。

だから、イタリア人にとってこの本のタイトル『Sette volte gatto』は、当たり前の当たり前。
ねこの人生は、今も昔も「7回」なのです。
知らなかった〜〜。 

ちなみに調べてみたところ、
同じヨーロッパでもアングロサクソン系では「ねこは9回生きる」とされていて、
アラブの国々では、イタリアと同じ「7回」なんだそうです。
もちろん、日本では「百万回」!
どこのねこよりもしぶとい、日本のねこバンザイ!
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by arinko-s | 2011-10-26 17:08 | 本日のイタリア語

Il mondo in un rotolo 筒の中の世界

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『Repubblica』紙の、付録誌『D.Repubblica』10月21日付けネット版に、フランス人アーティストAnastassia Eliasさんの作品が紹介されていました。

なんてかわいい! くぎ付け。
驚いたことに、この筒、トイレットペーパーの芯だそうです!

短いインタビューの中に「日本からカナダまで、たくさんの少年少女がきみのことを知っていて、きみの作品を真似して作っているけど……」とありました。
え〜〜、そうなんですか?
私はまったく知りませんでした。

他にもこんなのとか(スナフキンを思いださせます)
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こんなのも(こんなブランコ乗ってみたい)。
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いろいろあるけど、これが一番好きかも。
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だんなさんと、こんな絵本も出しているそうです。
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絵は、またひと味違って、力強いタッチです。

まだ本格的な個展はしたことがないそう。
日本にも作品がやって来たらいいのにな。
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by arinko-s | 2011-10-24 20:45 | 本日のイタリア語

何の行列?

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ミラノのドゥオーモ広場にできたながーーーい行列。
Favio Volo(ファヴィオ・ヴォーロ)の新作『Le luci del mattino』(朝一番の光)』に、サインをしてもらおうと並んだ人たちだそうです。
すごい人気です。

ファビオ・ヴォーロは、作家(これとかこれ)としてだけではなく、DJ、俳優、声優として活躍するタレントさんでもあります。
本を出せば、どれもベストセラーになるし、人気だとは知っていたけれど……。
こんな行列、イタリアで出会ったことありません。
イタリア人も並ぶ忍耐力があるんだ〜〜〜。
って、そっちにも感心しちゃいました。

今度、その新作も読んでみなくちゃね。
(『La Repubblica』10月17日付けネット版 *写真も同様です)
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by arinko-s | 2011-10-18 18:18 | 本日のイタリア語

ローマのデモ

ニューヨークの反格差デモが、世界各地に飛び火したというニュース。
ローマのデモの様子も、様々な報道番組で流れていました。
イタリアの新聞のネット版で見ると、その暴徒ぶりや凄まじいものがあります。車を3台も燃やされてしまったと、涙ながらに語るシニョーラの姿も。
暴力に訴えるのは間違いだ、という気運が高まりそうではありますが……。

先日、「イタリア人はそれほど楽観的ではない」と書いたのですが、その直後、『La Repubblica』紙のネット版に、35歳のイタリア人男性からの投書が載っているのを見つけました。

抜粋ではありますが、内容はこんな感じ。

ジャンルイージと申します。35歳の男性です。経済学部を卒業しました。専攻は経営学です。けれども、勉強したことを活かす職業に就くことはできませんでした。正確に言えば、本当の仕事に就いたことがありません。私の父のいう「本当の仕事」ということですが。彼が若かったころには、「大学を卒業した人間のための」安定した仕事というものがあったのでしょう。でも、私はいろんな仕事をしてきました。臨時採用という形です。厳しいものです。6ヶ月この会社で、1年あちらの会社で、何かの企画を始めるために、あるいは終わらすために、パートタイムで雇われるのです。

妹のマルティーナも同じです。ジャーナリストになると決め、コミュニケーション学を大学で学び、卒業後は場所を選ばずジャーナリズムのコースや学校にも通いました。そして個人事務所、公的機関、ニューメディアで仕事をしてきました。でも2ヶ月以上続けて雇ってくれるところはありませんでした。つまり、彼女も安定した仕事を見つけることはできないままです。新聞社、企業、法人、仕事に見合った契約をしてくれる代理店……。幸い、私たちには家があり、拠点があります。実家です。両親にプレッシャーをかけられることもありません。彼らも、私たち子どもが家にいることを、それほど残念なことだと感じていないのです。子どもたちと暮らすことは、彼らにとって今や当たり前のことになっているのかもしれません。

(中略)

今私は、仕事の展望についてなかなか楽観主義になれずにいます。個人的なことだけについてではありません。視野を広げれば、ますます悲観的になってしまいます。
世界の経済もイタリアの経済も最悪な状況の今、ここから抜けだすことはできそうもありません。光は見えません。期待は抱けそうにありません。この経済危機は、まだまだ続きそうです。
いつまで? 誰にもわかりません。

昨夜、バールでお酒を飲みながら、友だちと話しました。みんな、程度の差こそあれ、似たようなことを体験し、同じようなことを考えていました。ふと、ひとりが言いました。
「ま、こんな状況だけどさ、僕は幸せだよ。ああ、充分幸せだ。少なくとも、僕の小さな世界の中ではね」
私たちは、みな頷きました。そしてくり返しました。
「そうだな、おれたち、みんな充分幸せだよな」

私もです。家で過ごすときも、友人と過ごすときも、日常生活でも。充分幸せだと思います。たとえ雨が降って寒くても、私の小さな世界の中、私は守られていると感じることができます。たとえ、明日が不確かだとしても。明日は、今日とはまた違う一日なのです。待ちましょう。

そして、この記事はこう締めくくられていました。
最近の調査によると、この調査対象者のうち19%は「とても幸せ」と答え、65%は「まあまあ幸せ」と答えた。この2つを合わせると、84%が幸せを感じている。特に「幸せ」と感じているのは……15歳〜24歳:98%、25歳〜34歳:87%。また高い教育を受けた人と学生の90%が「幸せだ」と感じている。

素晴しい結果です!
しかも若者の多くが「幸せだ」と感じているなんて、何よりです。

ジャンルイージさんの投書の最後の方を読むと、かなり楽観的、とも思えますが……。
とにもかくにも、幸せを感じる秘訣は、自分の小さな世界を大切にすることですね。
それに気づけば、楽観的になれるということかもしれません。

それはさておき、個人的には暴徒化しても何も解決しないのではないかと思う次第。
「ベルルスコーニを逮捕しろ!」っていうプラカードには、笑っちゃったけど。
でもベルルスコーニを逮捕しても、この経済危機脱出には繋がらないだろうし、
やっぱりそれより、自分の小さな幸せを探した方が、未来につながる気がしました。
これって、楽観的過ぎ??
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by arinko-s | 2011-10-17 17:19 | 本日のイタリア語

Te la caverai nella crisi? きみはこの経済危機を乗りこえられるか? 

イタリア国債が、3段階格下げされたというニュースが大きく取りあげられた今日。
『L'Espresso』8月25日号に、それを予想していたかのような上記タイトルの記事が載っていました。

その内容は、というと…
この経済危機を目の前にして、あなたは楽観主義? それとも悲観主義? 危機が過ぎ去るのを待ってみる? それとも救えるものは今救う? 文句を言ってみる? それとも、気にしない?
ということで、それを試す14の質問があります。
その答えに対する得点を合計して、あなたの楽観度を調べちゃいましょう、というもの。

肝心の質問は、例えば…
1.この(おそらく、ざわつくウォール街の証券取引所)写真を見て、どんな気持ちが沸いてきますか?
a 警戒心  b 好奇心  c 不安  d 期待
(得点はそれぞれ、3 2 4 1)

2.ユーロはあなたをどう変えた?
  a より貧しく  b より確かに  c より国際的に  d より不安定に
(得点はそれぞれ、4 1 2 3)

3.経済とは?
a 幸せになるための科学  b 数字の知識  c 父親の知恵(経済通は尊敬される父親の条件?)  d 泥棒の狡猾さ(経済を知っていれば税金対策になる?)
(得点はそれぞれ、1 3 2 4)

4.現代版ロビン・フッドは、貧しい人を救うために誰から(富を)奪う?
a 銀行から  b 政治家から  c 経営者から  d ヴァチカンから
(得点はそれぞれ、3 1 2 4)

5.リーマン・ブラザーズの倒産によって職を失ったニューヨークの女性会社員。これから○○をするしかない
a 主婦  b コンパニオンガール(道に立たない娼婦)  c 浮浪者  d 小さな会社の起業家
(得点はそれぞれ、2 3 4 1)

6.イタリアについて、今もまだ誇れることは?
a スポーツ分野の数々の勝利  b 数多くある永遠の遺産  c 唯一無二の料理  d 危機を乗り越える能力
(得点はそれぞれ、2 3 4 1)

と続きます。例えば1の質問。ざわつく写真を見て「期待を抱くあなたはかなり楽観的」ということ。
逆に「不安を覚えるようなあなたは、かなり悲観的」ということでしょう。
そして各設問の合計得点により、無責任・楽天家・自信家・運命論者・疑り深い人・心配性・悲観主義者・さらなる悲観論者、の8種類に分類されていました。

どの答えを選択すると、楽観的と取られるか、悲観的と取られるか、想像がつくというもの。でも中には予想を覆す設問がありました。
4番もそうですね。「政治家でしょう、そりゃ」って、ベルルスコーニをイメージしながら答えましたが、これが楽天的な答え。ありそうもないヴァチカンこそ、楽観的な気がするんだけどな。 

それからこんな質問も。
ある日やってきて、わたしたちを救ってくれるのは……
a 独裁者  b 予言者  c 科学者   d 優秀な会計士

こんなの予言者を選ぶ人が楽観的なんでしょ、と思いきや、a の独裁者が得点4、b は得点3、c の科学者が得点1、d の会計士が得点2!
つまり、科学者や会計士にこの危機を救ってもらおうなんて甘い! 独裁者や予言者が現れなければ……、ってことでしょうか。
独裁者とか予言者とかって非現実的で、そんなものに期待するなんて、と思ってしまいましたが…。設問の真意に宗教観なんかも入っているのかもしれません。

少し前のことになりますが「この経済危機にもへこたれない、楽観主義のイタリア人」というくくりで、企画を考えてみて、と言われたことがあります。
でも、雑誌や新聞のバックナンバーをいくらたどっても、楽観的な記事なんかひとつも出てきませんでした。
それどころか、むしろ悲観的。
「スイス領にしてほしい、と望む北イタリアの住人が急増中」とか、
「大学卒業したら海外へ、と望む大学生が急増中」とか。
イタリアという国に未来を託しても……っていう人がけっこう多い気がしました。

そこで、イタリア語の恩師であるロンゴ先生に聞いてみると
「イタリア人が楽観主義者だなんて、勝手な思い込みだよ」とのこと。シチリア出身の彼に言わせると、少なくともシチリアーノは悲観的、ということでした。
イタリア人は底抜けに明るい楽天家、っていうステレオタイプのイメージはどこから来たのだ?
さんさんと輝く太陽と青く煌めく海のイメージが、イコールイタリア人のイメージになってるのかも。

とにもかくにも、この国債格下げが、さらなる悲観主義をもたらしませんように。
もちろん、国債格下げ先輩格の日本のこと、日本人のわたしも悲観的にならずに、この危機を乗り越えなくちゃですねぇ。
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by arinko-s | 2011-10-05 19:53 | 本日のイタリア語

Zucchine Siciliane シチリアのズッキーニ

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知人が、畑で採れたズッキーニを送ってくださいました。
その名もZucchine Siciliane。シチリアのズッキーニです。
今や日本でも、ズッキーニは容易に手に入るようになりましたが、もちろんそれとは品種が違う。
ミラノでもフィレンツェでも、こんなズッキーニに出会ったことはありません。

話がそれますが、イタリア人はとても保守的です。
とりわけ食に関しては、超がつくくらい保守的。
自分たちの料理が世界で一番美味しいと信じて疑わない人たち、それがイタリア人だといっても過言ではありません。
食材に関しても同じです。
よその町の特産物を、わざわざ食べようなんてことはしません。

以前、ローマに住んでいた友人が「プンタレッラ」という野菜の美味しさに感動して、「ぜひ食べて」と勧めてくれたことがあります。
でも、これがミラノではどこに行っても売っていない!
友人に聞いても、誰もその野菜の存在すら知りませんでした。

日本でも、京野菜、加賀野菜と、その地方特有の野菜がありますね。
それと同じことかもしれません。その土地に行かないと食べられない野菜がけっこうあるんです。
でも、イタリアでは誰もそれをブランド化したりしないし、それを手に入れるためにあえて高いお金を払って取り寄せる人もいないんですねぇ。
地産地消が、日本より徹底している気がします。

というわけで、初対面したシチリアのズッキーニ。
ローマ、フィレンツェ、ミラノを通り越して、晴れて日本の我が食卓へ。
でも、どうやって食べるんだろう? とシチリア料理を紹介しているサイトへ行ってみました。
ありました、ありました、この細長くてくねくねしたズッキーニ。
さっそく、Cuciniamo(お料理しましょう)!

(材料)
じゃがいも 小さめの3個
シチリアのズッキーニ 1本
たまねぎ 小さめの1個
バジルの葉 たくさん
にんにく ひとかけ
固形スープ 1個
白ワイン少々

(作り方)
1)じゃがいも、ズッキーニを適当な大きさに切る。玉ねぎ、にんにくは薄切りにする。
2)フライパンにオリーブオイルをしき、にんにくを入れ香りが出るまで炒める。
3)2)に玉ねぎを加え、しんなりするまで炒め、さらにじゃがいもを加える。
4)じゃがいもの表面に焦げ目がつくくらいまで炒めたら(4〜5分)、ズッキーニと白ワイン少々を加え、ワインのアルコール分を飛ばす。
5)さらに水を加え(ひたひたより少なめ)、固形スープを崩しながら入れる。
6)水気がなくなるまで煮込み、じゃがいも、ズッキーニに火が通ったら、バジルを手でちぎりながら投入。塩・こしょうで味を整えて完成。

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シチリアのズッキーニは、切ってみると、中が一般的なものよりもふわふわ。
これは、確かにスープを吸わせたら美味しいかも、と思いチャレンジ(大げさ)したところ、ずばりその通り!
バジルの香り(バジルの季節も終わりに近づいていますね)も良くて、ぺろっと食べてしまいました。
見た目は地味ですが、Buonissimo! です。
もちろん、一般的なズッキーニでもいけると思います。
ちなみに、にんにくはわたしが好きなので勝手に加えました。
レシピでは、ペペロンチーニをお好みで、となっていたので、それもいいかも。

次は、このズッキーニを使ったケーク・サレを作ってみようと思います。
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by arinko-s | 2011-09-16 18:03 | 本日のイタリア語

Antonio Albanese アントニオ・アルバネーゼ

友人が教えてくれたイタリアのコメディアン、アントニオ・アルバネーゼ。
このソムリエのコメディ、何度見ても大爆笑してしまいます。
(相変わらず埋め込みができないので、リンクです。短いのでぜひ観てください)

内容はとっても単純。
ソムリエの格好をしたアントニオ・アルバネーゼが、ワイングラスを揺らしながら、かなりもったいぶって口にワインを含みます。
さぞかし、気取ったコメントを言うのかと思いきや!
ただひとこと「赤!」(1:02)

もちろん観客は「そんなのわかってる!」と大爆笑。

ソムリエのアルバネーゼは、再びグラスを回し始めます。そしてひと口。
今度は何を言ってくれるかと思えば、いきなりフランス語(多分めちゃくちゃ 1:35のあたり)。
そしてひとこと「でも吐きそう」(1:38)。

けれども結局飲み干して
「飲んじゃった」(2:07)

すっかりツボにはまってしまい、仕事の合間についクリック。
何度観ても、やっぱり「赤」とか言われるたびに笑い転げてしまっています。

このアントニオ・アルバネーゼは、コメディアンでもあり俳優でもあり、そして映画監督としても幾つも作品を撮っているそうです。
Wikipediaで調べたところ、うん? この顔は? 
ソムリエのアルバネーゼはひげを生やしているから、まったく気づきませんでした。
イタリアで暮らしていた頃、「マウリツィオ・コスタンツィ・ショー」という番組でいつも見ていた彼ではないですか!!
そうそう、『Manuale d'amore2』(邦題:モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル)にも出ていました!
いや〜〜、懐かしい知人に再会したような気分。
そう思ってみると、ますますアルバネーゼのソムリエにはまってしまいそうです。
ちなみに、このソムリエの台詞には「白」とか「ワイン」とか、いくつもパターンがあるみたい。
うん、わかってるって。
監督作品の映画も観てみるよ〜〜。
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by arinko-s | 2011-09-02 22:46 | 本日のイタリア語

Il discorso di Haruki Murakami sul centrale nucleare

Ho tradotto in italiano il discorso di Haruki Murakami sul centrale nucleare che ha fatto il 9 di giugno. Ci voleva tanto tempo, ma…… Spero che tanti cari italiani lo leggano.
Allora, questo!


(omissis)

Vorrei continuare a parlare in maniera chiara della questione della centrale nucleare di Fukushima.

Probabilmente già saprete che tra i sei reattori nucleari, tre sono rimasti danneggiati dal terremoto e lo tsunami e stanno ancora spargendo radioattività nei dintorni. Si è verificata la fusione del nocciolo. La terra d’intorno è stata contaminata e dell’acqua contenente particelle radioattive, sta scorrendo nel mare intorno alle coste. Oltre a questo, il vento sta trasportando una vasta quantità di radiazioni in altre zone.

Oltre centomila abitanti della zona di Fukushima sono stati costretti a lasciare le loro case e ad allontanarsi dai quartieri periferici. Non sanno nemmeno se potranno ma più farvi ritorno. Mi rammarica inoltre il fatto che i danni si stanno estendendo anche ai paesi limitrofi il Giappone.

Perché è sucesso questo disastro? La causa è ovvia: perché chi ha costruito la centrale non ha calcolato la possibilità di uno tsunami così enorme. Alcuni esperti richiedevano di riesaminare le norme di sicurezza, indicando che in passato un enorme tsunami, come quest’ultimo, si è infranto nella stessa zona. Ma la compagnia elettrica non ha tenuto seriamente conto di questo suggerimento. Perché una società alla ricerca del profitto non vuole investire ingenti somme di denaro per la prevenzione di uno tsunami enorme che potrebbe arrivare tra 100 anni o più.

E poi sembra che il governo, che avrebbe dovuto controllare le misure di sicurezza delle centrali nucleari, abbia invece abbassato il grado delle norme di sicurezza stesse.

Noi dobbiamo indagare a fondo a questa situazione e denunciare tutti gli eventuali errori e negligenze. Più di diecimila persone hanno dovuto cambiare la loro vita lasciando la loro terra. Dobbiamo arrabbiarci. È legittimo!

(omissis)

Dopo la seconda guerra mondiale il Giappone aveva due grandi aspirazioni: la prima era la ripresa economica, l’altra la rinuncia alla guerra. Qualunque cosa sarebbe accaduta, non avremmo fatto più ricorso alle armi. Avremmo ottenuto il benessere economico e desiderato la pace. Questi erano i nuovi orientamenti dello Stato giapponese.

Ai caduti per la bomba atomica di Hiroshima, sono dedicate le seguenti parole incise su un monumento:

"Adesso potete dormire tranquillamente! Non ripeteremo più gli sbagli del passato."

Sono delle parole bellissime. Noi non eravamo solo vittime ma anche carnefici. Il senso delle parole è questo. Davanti all’assoluta potenza nucleare chiunque di noi è vittima, ma nello stesso tempo anche complice. Dal punto di vista della minaccia del nucleare, eravamo tutti vittime. Ma l’avere estratto quella potenza e non aver potuto impedire di usarla per fini sbagliati, ha reso tutti noi responsabili.

Ora che sono passati sessantasei anni dal lancio delle bombe atomiche, la centrale nucleare di Fukushima sta spargendo radiazioni e sta contaminando la terra, il mare e l’aria nei dintorni da tre mesi. Non sappiamo quando e se sarà possibile fermare tutto questo. È il secondo grave danno nucleare che noi giapponesi abbiamo sperimentato nella nostra storia, però questa volta nessuno ci ha lanciato delle bombe. Noi giapponesi stessi abbiamo provveduto da soli a danneggiare il nostro paese distruggendo la nostra vita.

Perché è successo tutto ciò? Il rigetto del nucleare che abbiamo continuato ad avere per lungo tempo dopo la guerra dov’è finito? La società pacifica e ricca che abbiamo conseguentemente desiderato da cosa è stata deformata e distrutta?

La spiegazione è semplice: si tratta di efficienza.

Le società elettriche sostengono che il nucleare sia un ottimo sistema per la produzione di energia elettrica. È quello insomma più proficuo. E anche vero che il governo giapponese, soprattutto dopo la crisi petrolifera, ha avuto dei forti dubbi riguardo la stabilità di rifornimento di petrolio grezzo nel prossimo futuro. Per cui, come politica nazionale, ha spinto verso la produzione di energia nucleare. Le società elettriche hanno investito una forte somma di denaro per la propaganda e hanno corrotto i mass-media. Alla fine è stata inculcata nelle menti del popolo l’illusione che la produzione di energia nucleare fosse sicurissima.

Senza che nessuno se ne accorgesse, già l’energia nucleare forniva il 30% del fabbisogno nazionale. Mentre non ce ne rendevamo conto, il Giappone, questo piccolo paese insulare in cui sono frequenti i terremoti, si classificava al terzo posto nel mondo come numero di centrali nucleari.

Ormai non si poteva più tornare indietro. Il dado era tratto. A coloro che avevano dei dubbi riguardo la produzione di energia nucleare veniva fatta una domanda dai toni minacciosi: “ Siete disposti a vivere senza sufficiente energia elettrica?" Allora fra le persone è cominciato a circolare un sentimento di impotenza: non possiamo fare a meno delle centrali nucleari. Se per esempio non si potesse usare il condizionatore d’aria durante la caldissima e umida estate giapponese, sarebbe come una tortura. Per cui chi mostrava dei dubbi riguardo il nucleare veniva etichettato come un folle sognatore.

Adesso siamo a questo punto avendo deciso di percorrere una ben determinata strada. Il reattore nucleare che sarebbe dovuto essere efficientissimo e sicuro, ormai è caduto in disgrazia. È come se avessimo aperto le porte dell’inferno. Questa purtroppo è la realtà.

Nelle parole: “Accettate la realtà!" di chi ha promosso il nucleare, questa attuale possibilità non esisteva. Poteva essere al massimo una visione altrui semplicistica e superficiale. La loro verità era dettata dalla convenienza.

È stato il crollo del mito dell’efficienza tecnologica di cui il Giappone andava a lungo fiero. Allo stesso tempo è stata la sconfitta della nostra condotta e morale. Perché noi giapponesi abbiamo approvato tacitamente il loro raggiro verbale. Adesso ci accaniamo contro la società elettrica e il governo. Questo è normale e necessario. Però allo stesso tempo dobbiamo accusare anche noi stessi. Noi siamo le vittime, tuttavia siamo anche i colpevoli. Dobbiamo averlo bene in mente altrimenti ripeteremo nuovamente gli stessi sbagli un’altra volta.

"Adesso potete dormire tranquillamente! Non ripeteremo più gli sbagli del passato."

Dobbiamo imprimere nuovamente nella nostra testa queste parole.

(omissis)

Noi dovevamo continuare a gridare “No” al nucleare. Questa è la mia ferma opinione.

Dovevamo raccogliere le nostre capacità tecnologiche, i nostri migliori scienziati e investire capitali pubblici e privati nella ricerca di una diversa produzione di energia efficace che potesse sostituire quella nucleare a livello nazionale. Anche se tutto il mondo ci avesse deriso dicendoci che non esistono migliore altrenative, che noi giapponesi siamo degli stupidi a non approffitare di tale risorsa, noi avremmo dovuto continuare ad avere la stessa avversione di sempre verso il nucleare. Sentimento che è maturato in noi dopo l’esperienza delle bombe atomiche. Non avremmo mai dovuto arrendrci. Nei nostri propositi del dopo guerra, dovevamo considerare anche lo sviluppo di un’energia che non fosse quella nucleare.

(omissis)
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by arinko-s | 2011-08-18 20:40 | 本日のイタリア語