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本日のイタリア語

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カテゴリ:本日のイタリア語( 80 )

歩く歩く東京案内 その2 3日目

朝から雨でした。
今日のメニューは、皇居、渋谷、青山、新宿。
夕方から彼らの来日の目的でもあった、ウェディングドレスのショーがあるということで、夕方早めにホテルに戻ってこなければなりません。

まずはタクシーで皇居二重橋へ。
想像していた通り、ここはちょっとがっくりポイントでした。
中に入れるわけでなし、大きな門と二重橋を見て終わり。
いろんなところから皇居のうっそうとした茂みを眺めてきましたが、でも実は私、このポイントに立つのは初めて。
くるっと振り返ると、皇居外苑のその向こうに丸の内のビルがにょきにょき立っていて、
こちらの風景の方が興味深かったです。
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携帯で撮影している私に気づいたラファエーレ。
彼もさっそく、周囲と反対向いて撮影していました。

次は山手線。
途中、東京国際フォーラム、八重洲の『PAUL』へ立寄りながら東京駅へ。
しかし、東京駅は広い。歩いても歩いても山手線にたどり着かない感じ。
地下の食堂街や、重ねられたお弁当に、いちいち反応して立ち止まっちゃうからっていうこともあるんだけど。

原宿で下りて、表参道を歩き、青山方面へ。
まずはラフォーレでウィンドーショッピング。
ジャイロ、表参道ヒルズはとりあえず素通りして、
途中『アニエスb』でアンドレアの彼女へのおみやげを購入。
『イッセイ・ミヤケ』でまたまたバッグを買ったり、『コムデギャルソン』を見たりしながら、『プラダ』へ。
『プラダ』はもちろんビルを見るため。
あの建築って何度行ってもすごいと思います。
でも外で写真撮影している人の数を考えたら、中は閑散としたもの。
「ねぇ、どうしてこんなにガラガラなの?」と不思議がるピネッラに「不景気だもの」と私。
いやあ、あのビルが無くなるなんてことがありませんように。

もうとっくにお昼も過ぎているけれど、みんな休もうとする気配なし。ホント、タフです。
従って、そのまま地下鉄に乗って渋谷へ。

ラファエーレがどうしても行きたがっていたお店『マンダラケ』。
住所も電話もわかりません。「交番で聞いて」と言われ「この都会でおまわりさんが答えられるわけないよ」と思いつつ訊ねてみると…即答でした。
かなりの数の外国人が訊ねにくるらしいです。
ありました、ありました『マンダラケ』。

入るのを躊躇しているピネッラと私は外で待っていることに。
しかし待てども待てども彼らは戻ってきません。
仕方ないので呼びに行ってみると、漫画とフィギュアとDVD。そんなものがぎっしり並んでいるお店でした。これは…時間かかるよなぁ、と納得。
お店を出てきたアンドレアの手には「ルパン三世」のフィギュアが握られていました。
『カリオストロの城』を見て以来、けっこうファンだそうです。
ルパンといえばイタリアの名車『フィアット500』に乗ってるの知ってる?
もちろん知っていました。
イタリアでは、ルパンのDVDはほとんど手に入らないのだとか。
今度見つけたら『アマルフィ』のDVDと一緒に送ってあげようっと。

さて、この日は早めにお役ごめん。
みんなをホテル最寄り駅まで送り届けて退散しました。
それでも、けっこう歩いた一日。
疲れもたまってきて、私の体力は限りなく限界に近づいているかも〜。
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by arinko-s | 2009-10-09 16:57 | 本日のイタリア語

歩く歩く東京案内 その2 2日目

ピネッラとラファエーレとアンドレアの3人、サレルノで4つお店を経営しているそうです。
そのうち2軒はウェディングドレスのお店。
今回の旅は、日本でウェディングドレスのショーを見るためと、日本のウェディング事情を見るという目的もあったようです。

2日目の日曜日は、さいたま市の式場を見学、そしてウェディングドレス屋さんを2軒見たいということ。まずは、結婚式場へ。

南フランスをイメージして作られたというその式場。
小さなチャペル、そして2つの披露宴会場。
見学させてもらいつつ、マネージャーの方にあれこれ質問をし、
披露宴で出されるデザートをいただき談笑。

一番の興味は、ここで式を挙げる人たちがどんなドレスを選び、それを買うのか、それとも借りるのか、ということ。そして披露宴にどれくらいのお金をかけるのか、ということでした。
この会場では平均的な費用が300万円から400万円、招待客は80人、70%の新婦さんがドレスを購入されるそうです。

それに対し、イタリアはというと…
彼らの暮らす南イタリアでは、招待客は300人! 費用は1千万円くらい!!! 
そういう披露宴を行うことも少なくないとか。
聞き間違いかと思っちゃいました。
そしたら2人も3人も子どもがいるうちはどうなっちゃうんでしょう?
あまりにもお金がかかるから、今は式を挙げずに一緒に暮らし始めるカップルも多いのだとか。
式の費用にローンを組んでまかなう人たちも多いそうです。
いやいや、びっくりしました。

ちなみにラファエーレとアンドレアの兄弟。
2人ともかなりのハンサムだし、おしゃれ。しかももう何年もお付き合いしている婚約者がいるのだそうですが、未婚。 
親公認だから、夏のヴァカンスとかも両親共に過ごすらしいですが、いまだに彼らは実家暮らしだそうです。
なんでまた??? 
やっぱりマンマと一緒に暮らしている方が、居心地が良いんでしょうかねぇ。

日本独特の式場に、興味津々の3人でしたが、あのきれ〜いに作られた疑似空間には疑問だったようです。
ぴっちり閉ざされた暗い式場にも、ヨーロッパを模した石畳にも。
もっときれいな景色のある解放された空間の方が良いのに、と。
そもそもクリスチャンでもないのにチャペルで神父さん立ち会いのもと式を行うというところも、なかなか理解できないでしょうね。
不思議な国民性です、ホント。

とっくにお昼を過ぎていましたが、京浜東北線が秋葉原に止まることを確認した彼らは、今日も秋葉原のYODOBASHIに行くことを所望。昨日に引き続き、秋葉原へ。

ヨドバシカメラの中、しばらく経って気づくとアンドレアがいない!
「一人で見てるんでしょ」とまったくおかまいなしのピネッラとラファエーレは、さっさと昨日のビデオカメラ売り場へ。あれこれ悩んだり、ぐるぐる回って、買い物を終え下へ下りてみると、アンドレアがふくれて立っていました。
一人はぐれて、私たちを探しまわり、結局彼は何も見ていないのだと。
怒る、怒る。ひえ〜、って私が怯えちゃいました。
男兄弟のけんかってこんなに激しいのでしょうか。
それともイタリア語だから?
「ごめんね、ごめんね」を繰り返すと、こちらに引きつった笑いを返してくれるアンドレア。
でもまた彼らの方を向くと、すごい剣幕でまくしたてる! 負けちゃいないラファエーレ。あー、怖かったです。

そうこうしているうちに、ウエディングドレスショップのアポイントの時間に。
日本橋、汐留をはしご。
そうそう、汐留の一角に降り立ち、そこが「イタリア街」の名で呼ばれていることを告げると、
すっごく不思議そうでした。
あれってどうして? ミラノ・トリエンナーレがあるからだと思うのですが…

用事をすべて終え、さてどうしよう? 次はお台場に行きたいということで、ゆりかもめに乗りました。
その頃には、あの人工的な風景に皆和やかに。
ホッとしました。

お台場をぐるっと歩き、やっと休憩です。
「たこ焼き」に目を輝かせたラファエーレ。
とりあえず1パックで充分、という私に「いやもうひとつ」と2パック買いました。
でも、結局みんな1つ食べて「もういいや」って。
そうなると思いました。
イタリア人の舌を満足させるのは、ホント難しい。
というか、うるさ過ぎ。いや、日本人が寛容過ぎ?

お台場の自由の女神とレインボーブリッジ、その向こうに輝く夜景を見ながら、
「あー、ここはサンフランシスコを真似したの? いや、ニューヨーク?」とピネッラ。
日本人の模倣好きを実感した一日になっちゃいました。

これで、2日目終了です。あ〜、気づかれの一日。

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お台場の夕陽
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by arinko-s | 2009-10-08 11:02 | 本日のイタリア語

歩く歩く東京案内 その2

週末から4日間、アマルフィ海岸の街、サレルノから来日した親子3人を引き連れて東京巡りでした。

今回のお客様は、ラファエーレ(33歳)とアンドレア(31歳)の兄弟とお母さんのピネッラ。
まず一日目のご希望は、
築地と秋葉原と浅草が絶対。時間があったらその他もう少し、というものでした。

では、さっそく築地から。
残念ながら場内の競りはとっくに終わってしまっていましたが、
あのこちょこちょしたお店の数と、お店の人のだみ声に3人とも大興奮。

お次は、秋葉原。お目当ては「YODOBASHI!」。
秋葉原のヨドバシカメラがどこにあるのか知らず不安でしたが、
地下鉄下りたら目の前に。よかった〜。

まずはビデオカメラ売り場へ。
ポケットに入るくらいの小さなビデオが欲しい、というのですが…
「そんなものあるの?」と思いきや、ありました!
彼らの方がよっぽど情報通です。
用がなければ電気屋さんに行くことなんてない私は、すっかり浦島太郎状態でした。

すぐに買い物も終わるかなぁ、と期待しましたが、いやはや親子げんか、兄弟げんか、
私は一人オロオロしちゃいました。
原因は、買うか買わないか、遅い、早すぎる、まだ見たい、なんですけどね。
まあまあ、となだめつつ、一度下へ下りて、また上に戻って、
結局その小さなビデオカメラを購入して、YODOBASHIをあとにしました。

秋葉原ってあちこちにメイドさんの格好をした女の子が立っているのですね。
カフェの中だけだと思っていました。
なんで、こんな格好をして立っているのか、彼女たちが配っているチラシのお店はどんなところなのか、はたまたオタクとは何なのか。
通訳って言葉の問題だけではないと痛感させられました。
自分が理解していないことは絶対に説明できません。
足だけでなく頭もフラフラになって、次は浅草へ。

お腹が減りました。
まずはお昼をということで、おまわりさんに聞いて回転寿しを教えてもらいました。
「本当に回っているよ!」と大喜びの3人。
一番好評だったのはトロではなく、ホタテ。
穴子はダメでした。「魚を甘くする」ということ自体が気持ち悪いらしい。
それにしても魚の名前、イタリア語で何というか一苦労。
ちなみに ホタテは pettine di mare
    アジは sorello または sauro  それか sugarello
でも、食べたことのない魚はやっぱり通じない。
「あ〜、聞いたことあるけど…」って感じでした。

食後はやっぱりカフェ。
スタバへ移動してエスプレッソを頼んだところ、
みんなしかめっ面。
前日、一足先についたアンドレアは、銀座のスタバでそのお味を試していたらしいのですが、(何せ彼曰く世界で唯一イタリアはスタバのない国だそうですから)
「銀座のスタバのエスプレッソはイタリアのとけっこう近くておいしかったのに、ここはダメ」だって。
へ〜〜〜〜、って感心しちゃいました。
そんな違いまで感じるなんて、びっくりです。
へ〜〜〜〜、やっぱり入れる人によって、ちゃんと味って変わるんだ、ってびっくりです。
銀座のスタバに今度行ったら、エスプレッソ頼んでみます。

さあさあ、いざ浅草寺へ。
風神・雷神、五重塔、本堂、お線香におみくじ、お守り、数々のお堂。
またまた3人は大興奮でした。
あちこちで、写真撮影。
仲見世通りを往復して、お団子食べて、顔をしかめて(やっぱりあの甘い味、しょうゆ+砂糖がダメみたい)
地下鉄浅草駅に戻ってきました。

まだまだ時間はある、ということで上野へ。
「大きな公園」ということに期待していたようですが、
でも日本庭園をイメージしていたらしく、期待はずれ、早々に上野をあとにして銀座へ。

銀座ではウィンドーショッピング。
一番のお目当ては世界のMIKIMOTO。
こんなことでもなければ、足を踏み入れることのないお店ですから、私もちょっと興奮しちゃいました。

さて、これで本日の東京巡りはおしまい。
地下鉄に乗り込んだ私の足は、ジンジン。まさに足を棒にして歩くとはこのこと。
クタクタになって帰宅しました。
一日でこんなに東京を歩くことなんてありません。

とにかく東京は広い! 
続きはまた後日。
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by arinko-s | 2009-10-07 21:22 | 本日のイタリア語

sono negatoって…

ずっとバタバタしていて更新できないうちに、
パヴェーゼの8回目、9回目の授業が終わってしまいました。

コッラード先生は、かつての恋人カーテと再会した居酒屋を
再び訪ねます。
今夜はカーテは丘には上ってきていないのだろう、
と帰りかけたその時、
一人の少年が飛び出してきました。
この少年はカーテの息子ディーノでした。

息子につづいて庭に出てきたカーテ。
息子がいる前ではコッラード先生に敬語でしゃべっていたカーテですが、
息子が家に入ると、昔のように話してくれました。

といっても、コッラード先生のひどい言葉によって別れた二人。
カーテは、再び目の前に現れ、その後の自分について
あれこれ聞いてくるコッラード先生がうっとうしそうです。
二人の共通の友人が話題に出たあと、やっとカーテの緊張がほどけ、
二人が別れてからの生活についてポツポツと語り始めました。

その後夏休みに入り、
トリノの学校へ通う必要のなくなったコッラード先生は、
毎日のようにカーテの避難している
居酒屋へ足を運ぶようになりました。
そこへ避難している他の人たちとも親しくなり、
様々な議論をするようになります。
彼らはアンティファシスト、この戦争をどう終わらせるか、
あれこれ論じているのでした。
おまけにコッラード先生は、
居酒屋の裏手に耕された菜園やブドウ畑で
畑仕事まで楽しむようにもなりました。

というのが、2回の授業で読んだ箇所。

時は1943年6月から7月にかけて。
アメリカ軍がシチリア島に上陸していますが、
まだムッソリーニは失脚していない。
明るい未来が見えかけているけれど
まだ予断は許さないというような、そんな時期です。

そう、イタリアのこの辺りの歴史を知らないと、
難解な台詞がますます難解になります。
会話文を読むのに一苦労。

で、昨日の箇所に
アンティファシストとしてあなただったらどう戦うか、と聞かれたコッラード先生が
「Ci sono negato」と答える場面がありました。
直訳すると、「私は拒否された」という意味です。
???なのですが、
「その素質がない」ことを意味するのだそうです。
つまり、だれに拒否されたかというと天から拒否されたわけです。
この場合ならば「ぼくにはそんなことは向いていないよ」
あるいは「ぼくにそんな力はない」となるそうです。

「〜はできない」にあたる「non so ~ 」や
「non posso〜」よりも重たいです。
努力してもできないこと、この年になるとたくさんあります。
いやぁ、でもこの表現はなんだか言い訳になっちゃいそうで、
使いたくないなぁ。
それに、天から拒否されているなんて、悲しすぎます。

あと、改めてなるほどって思ったこと二つ。
「奴ら(ファシスト)は、la testa をかえる気はないさ」という台詞。
la testaは頭です。
考えを変える気がない、ということかと思いきや
「ムッソリーニをすげ替えることはない」の意味だそうです。
こういう場合 capo(やっぱり頭)を使うものだとばっかり思っていました。

そして、「continuare la guerra in casa」という文。
「家の中で戦争を続ける」という意味ですが、家の中〜????
と思いきや、
自陣の「ホーム」のことだそうです。
じゃあ敵陣は? 
調べてみたら、こちらは campo nemico
「敵地」そのまんまでした。
英語のaway に当たる単語はないんですね。
なんとなくがっかり。
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by arinko-s | 2009-06-05 18:27 | 本日のイタリア語

青い王子様

イタリア語では Principe azzurro です。
これ、夢の王子様、そう白雪姫や眠り姫を助けてくれたような王子様のことを言うのだそうです。
引いては、理想の夫のことを Principe azzurro と呼ぶのだとか。

azzurri(アッズーリ、アッズーロの複数形)と言えば、
もちろんイタリア代表チームの選手たちのこと。
どのスポーツでも代表チームのユニフォームはazzurroです。

それに avere il sangue azzurro(blu) 。
直訳すると「青い血が流れている」と言う意味ですが、
高貴な家柄の出をさすそう。

色についてのイメージは、ホント国によって様々ですが、
イタリアでは azzurro はすっごく高尚なイメージなんですね。
今更ながら、初めて知りました。
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by arinko-s | 2009-05-21 20:28 | 本日のイタリア語

歩く歩く東京案内2

ジョルジョとの東京観光2日目。
ジョルジョの希望は浅草で浅草寺を見て、水上バスに乗って浜離宮へ行くこと。
ついでに築地にも、と話していたのですが、日曜日は築地は閉まっているのですね。
残念。

そこで、浅草に行く前に上野へ寄り、
東京国立博物館で催されている『阿修羅展』へ。

思っていたより行列はありませんでしたが(10分待ち)、
中はすごい人! 人・人・人! 
『フェルメール展』のときと同じくらい人・人・人!
やっとのことでたどり着いた『阿修羅』は、
やっぱりというか、想像以上に美しかったです。
そして想像以上に華奢でした。
ジョルジョも感動してくれたと信じていますが、
ひょっとしたら彼以上に私の方が感動していたかも。

興奮を引きづりながら浅草へ。
お寺でも仲見世通りでも、いまいち冷めているジョルジョ。
ザ・ミヤゲっていう感じに引いたのかもしれません。
それからおみくじに群がる人たちにも。
「未来は自分で決めろ!」とかブツクサ言っていました。

さて、昼食タイムです。
ジョルジョはまたもや何も食べないと言います。
困りました。何しろ浅草です。
寿司屋、天ぷら屋、そば屋しかないんじゃないかと思うくらいの町。
きっとどこかに喫茶店もあるはずだけれど、
もうジョルジョの足も止まりそうです。
結局、そういった店で一人分だけ注文する勇気はなく、結局デニーズへ。
でも、ジョルジョにはなぜこれほどたくさんの店があるのに、こんなにうろうろしたのか、
理解してもらえなかったみたい。
どうなんでしょう? ああいう店でも、一人はお茶だけ、って許されるものなんでしょうか?

修学旅行生に混じって休憩した後は、
今度は水上バスです。
浜離宮までの道中、ジョルジョが一番関心を示したのは、
月島辺りの高層マンション群。
目を点にしていました。

そして最終目的地の浜離宮。
私も初めてのこの庭園。
ここでジョルジョを驚かせたのは、
シートを引いて談笑するマダムたち。
「ピクニックしにくる人もいるんだなぁ」って。
そう、あんまり植物には目がいかないみたいでした。
でも緑の中を歩くのは、ビルの中を歩くのよりも気持ちが良かったです。
ただ、暑い!!

さて、ジョルジョをホテルへお送りする時間です。
直線距離にしたら多分ホテルまで一キロもなかったのですが、
またまた地下鉄。
あぁ、そしたら銀座線の新橋駅まで結構ありました。
こんなことなら、さっさとタクシーに乗れば良かった! と後悔。
地下鉄降りて、坂道を上りながら、足が吊っちゃいそうでした。
貧乏性はダメですね

ジョルジョは一日中、元気にお喋りしていましたが、
その中で気になる言い回しが。
「parente da destra e parente da sinistra」
直訳すると「右の親類と左の親類」です。
「どういう意味?」と聞くと、「つまりぼくの方の親類と妻の方の親類だよ」と。
「へ〜、そんな言い方するんだ、初めて聞いた!」って喜んだら、
「いや、つまりぼくが考えた言い方だけどね」だって。
ちょっとがっくりしましたが、何となく良い言い回しですよね。

ところで
この二日間のギャラは……
ユーロでいただきました。
「これ持ってミラノに来い!」って。
Speriamo!(願いましょう) 
今年は無理そうだから、来年。
大切にしまっておきます。
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by arinko-s | 2009-05-14 21:50 | 本日のイタリア語

歩く歩く東京案内

真夏のように暑かったこの週末。
ミラノからやってきたジョルジョを連れて
東京観光してきました。

ガイドブックを読んで、一通り行きたいところをチェックしていたジョルジョ。
初日の土曜日は、銀座を歩き回りました。

まず和光のショーウィンドウからスタート。
開店前の松屋に並び、オープン時の店員さんたちのおじぎを見学。
入り口、エスカレーター、各店舗で丁寧なおじぎをされるたび、
ジョルジョは目をクルクルさせて驚いていました。
松屋を上から下まで見て、いくつか買い物したあと
次は、二年前に彼の奥さんと娘さんが驚喜した伊東屋へ。
彼は1階のカード売り場を行ったり来たり。
グリーティングカードを数種類購入していました。

次の希望は本屋。
銀座のブックファーストにて、
東京の地図、伊ー和ー英辞典、絵本を購入。
相当荷物も重くなってきました。

そして歌舞伎座。外観眺めただけで、数寄屋橋方面へ。
イタリアのガイドブックに載っているギャラリーセンターを目指しました。
しかしおおざっぱな地図が載っているのみ、住所も何もありません。
途中交番で聞いてみたのですが、おまわりさんにもわからない。
そこで細かな地図を見せてもらうと、そういう名前のビルがありました!
週末にもかかわらず開いていたギャラリーを二つ見学。
もうすでに私の足はパンパンでした。

ここでやっと昼食休憩。
ジョルジョは昼食は食べないというので、カフェへ。
私も食べないでいるべきか迷いましたが、やっぱりお腹はぐうぐうで、サンドイッチを注文。
カラカラののどにコーラがおいしかったこと!

一人だったら、もう腰が上がらないところでしたが、
まだまだ行くべきチェック箇所が残っています。
今度は有楽町ガード下を歩いて、有楽町国際フォーラムへ。
グル〜ッと回って、銀座へ戻り、日比谷線で六本木へ。
東京ミッドタウンで、奥様(東京で商用中)との待ち合わせの時間まで、
またまたウロウロ。

やっとやっと、その時間が来た時には、私の足はヘロヘロでした。
この日、何と70歳!のお誕生日だったジョルジョは、まだまだ元気そう。
疲れてない? って何度聞いても「NO~~~」の返事。
イタリア人のお年寄りってほんとタフです。

このあと、ジョルジョと奥様のリータが着物を着て記念撮影。
ジョルジョ、すっごく似合っていました。
男性の着物って恰幅が良いほど似合うんですね〜。
見学している間に、疲労がどっと出てきて、
気づいたら足のすねがすでに筋肉痛に…。
あ〜、情けない。

にしても、イタリアの東京ガイドブックはいけてない。
見るべきデパートが「HANKYU と SEIBU」だって!
東京の今を見せてあげられるイタリア語のガイドブックを作ったら
売れるかもしれません。

と長い一日でした。
翌日の東京見物報告は、また後日。
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by arinko-s | 2009-05-11 19:10 | 本日のイタリア語

ne a ne ba???

ローマ近郊の町、オスティアに暮らす少年が主人公の物語を
やっとのことで読み終わりました。

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あ〜、もう苦しかったです。
内容にいまひとつ感情移入できなかったせいもありますが、
なにしろ物語の登場人物が、みなローマ弁で話すのです。
わからん。

ローマ出身のファビオに教えてもらったことを思い出しました。
ローマ弁は何でも短く省略すると。
例えば
Dove vai Fabio? (ドヴェ ヴァイ ファビオ? ファビオ、どこに行くの?)
これが、ローマでは
Do' va' Fa' (ド ヴァ ファ?)になるというのです。

まさにその調子で、登場人物たちが話してる!
ものすごい省略形。
中でもびっくりしたのが、上の ne' a ne' ba(ネ ア ネ バ)
これっていわゆる標準語のne' ai ne' bai (ネ アイ ネ バイ 黙ったまま)
を省略した形みたい。
こんなの耳で聞いても絶対わからないだろうなぁ。
ローマ人ってすごい横着なのかしらん。

南北に細長いイタリアも、日本と同じく方言がたくさんあります。
シチリア人のロンゴ先生は、ミラノの方言が一番難しい、と話していました。
フィレンツェの「カキクケコ」の発音が「ハヒフヘホ」になってしまうのにも
驚きましたが、
とりわけナポリ、シチリアと南に下ると、使われる単語もまったく違うようです。
本屋さんには「イタリア語ーナポリ語」「イタリア語ーシチリア語」辞典が売られています。

方言の話でひとつ苦い思い出。
イタリア語の映像翻訳を一度頼まれたことがあって、
意気揚々と出かけていったは良いけれど…

そこに映った男性の言葉。
最初のうちは良かったのですが、話が進むにつれ
男性も興奮気味に。
すると、もう何を言っているのか本当にさっぱりわからない。

これは困った、とイタリア語のわかる友人にSOSを出したのですが、
私と同じくミラノで暮らしていた彼女にもほとんど聞き取れない。

その男性はシチリア人で、まったく違う言葉を話していたんですね。
結局、翌日東京に住むシチリア人に助けを借り、日本語に直しました。
彼がその制作会社の方に
「イタリア語とシチリア語は別物。ミラノ人でもシチリア弁を聞き取れる人は少ないよ」
といった説明をしてくれて、どうにかその場を切り抜けることができました。
今思い出してもトホホな一日でしたね、あれは。

というわけで、シチリア弁のみならず、ローマ弁の難しさも思い知ることになった
一冊でした。
内容はまたいつか。
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by arinko-s | 2009-04-26 14:48 | 本日のイタリア語

ben fatta なんて言われてみたい。

パヴェーゼ『丘の上の家』、三回めの授業が終わりました。

コッラード教授はトリノの町から丘の上の家へ帰る途中、
谷間から上ってくる騒ぎ声を聞きます。
酔っぱらった声も聞こえれば子どもの声も聞こえる。
歌声さえ聞こえます。

興味を引かれ、声に導かれるまま谷を下りてみると、
そこにはやはりトリノから避難している人たちがたくさんいました。
暗闇の中、彼らと共に過ごしていると、
なんと近くに座った女性は、かつての恋人カーテでした。

というのが昨日読んだ部分。
昨日は私の持ち回りが回ってきたのですが、
それは、コッラード先生と元恋人との再会の場面でした。
空襲警報が鳴り響く夜のことですから、皆真っ暗闇の中で夜が明けるのを待っています。
コッラード先生にも彼女の顔は見えません。
ただ、手で抱えた膝や、肩のラインがはっきりと浮き上がって見えました。
その時の感想が「彼女はひょっとしたら ben fatta なのかもしれない」とあります。

辞書によれば「体格が良い」となっています。
私は、てっきりこの女性の体格の良さが浮き彫りになっていたのかと思ったのですが、
「きれいなラインの体」に使う表現なのだとか。
つまり、男性に対してben fatto(男性形)といえば、体格が良い、
という褒め言葉がぴったりきますが、
女性に対して使う時には「グラマラスな」という意味なんですね。
そんな褒め言葉いわれたことないから、知りませんでした〜。

それはそうと、この小説、非人称で書かれた箇所が多い!
英語でいうところのThey are~, It is~です。
人々は〜している、していた、するだろうecc.
それもこれも、コッラード教授が、自分と他人の間に境界線を
引いているからに他ならないと思うのですが、
非人称構文がこんなにややこしいものだとは、忘れていました。

si sarebbe giunti~
という文章がありました。
〜以下のことがやってくるだろう、という意味ですが、
ここで疑問。
〜以下には幾つも並列してやってくるだろうことが述べられています。
だったら、どうして動詞は三人称単数のsarebbe? 三人称複数のsarebberoじゃないの???
それとも動詞が三人称単数ならば過去分詞も単数系のgiuntoじゃないの???

まず非人称系の複合時制は、助動詞にessereしか用いない、ということ。
二つめに、普通の複合時制で助動詞にavereを用いる動詞は、過去分詞の語尾はo
しかし、(これが三つめ)普通の複合時制で助動詞にessereを用いる動詞は、
過去分詞の語尾が iになる。

帰ってきて文法書をひっくり返してみたら、きちんと書かれていました。
おまけに赤線まで引いてある!

ホント、文法の細かいこと忘れています。
もう一度文法書を読み直さなくちゃです。
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by arinko-s | 2009-04-17 18:44 | 本日のイタリア語

ハイネックの???

二回めの『パヴェーゼ』でした。
まだまだ序章です。

舞台は戦時下のトリノの近くの丘。
主人公のコッラード教授はトリノの混乱を避けて、近郊の丘に疎開しています。
彼は、自分と他人の間にいつも境界線を引き、どこか人を見下しているようなタイプ。
今では、心を開ける相手は愛犬ベルボだけ、というちょっと寂しい男性です。

トリノで仕事をし、夕方になると丘の家へと帰る日々を過ごすうちに、コッラード先生は幼い頃の自分を自分の中に見いだし、この少年に様々なことを話しかけ、一緒にいることを楽しむようになります。
つまり、幻影の中に生きるようになるのです。

というあたりまで、読み進めたのですが……
昨日読んだ箇所に、コッラードの大家さんがでてきました。
母と娘の親子が大家さんなのですが、
娘を修飾する言葉に、accollata とあります。
辞書によれば「ハイネックの」という意味。
ハイネックの女性とは??? 

いつも首を隠している、という意味から
「色気がない」人をこう呼ぶのだそうです。

それって、もしや、私のこと?
年をとって首周りと腰回りに寒さを感じる日々。
冬にVネックとか着られなくなりましたから。
とにかくタートルのセーター。様々な色を何枚もそろえて着回す毎日です。

自分でも、色気とはほど遠いと気づいていましたが、
その原因をズバリ指摘されたようで、ため息でした。
そうか、首を出すことで、色気ってでるんだぁ。
少なくともイタリア人にとっては、そうなんですね。
春になったから、首でも出してみますか。
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by arinko-s | 2009-04-10 19:38 | 本日のイタリア語