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本日のイタリア語

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il Governo agonizzante ー瀕死の政府

イタリアで、学生デモが暴徒化しているようです。
ローマに端を発したデモが、今日(イタリア時間の午前)はフィレンツェ、ナポリ、パレルモ、ミラノ、トリノ、ボローニャと、イタリア全土に広がっています。
各地で駅や橋が占拠されているそう。
原因は教育予算や教員の大幅削減。
大学生ばかりでなく、高校生もデモに加わっている模様。
昨日は、上院に突入した大学生ふたりが拘束されたそうですが、今日お昼前には解放されたそうです。

で、もうひとつ、気になったのは、
ベルルスコー二首相本人が、イタリア国営放送の討論番組に電話で出演。司会者に一方的にまくしたて、ブチ切りしたというニュース。
ここ2ヶ月くらい、カンパニア州(ナポリが州都)にゴミがあふれ、収集がつかなくなっているのですが、その対応が遅れたことに対しての首相の発言でした。
質問しようとする司会者をさえぎり
「あなたは、RAI(国営放送の名前)を自分の放送局だと思っているのか? RAIには国民みんながお金を払っているんだ! あなたたちは、みんなペテン師だ。誘導尋問する気だろう。でも、そんなこと、わたしに通用すると思うなよ。わたしは、あなたたちよりずっとテレビのことを知っているんだ!!」

テレビ局も所有していたベルルスコー二はメディア王と呼ばれていたのです。
そりゃ、テレビのやり方に詳しいんでしょうねぇ。

で、この二つの事件についての記事に共通して書かれていたのが、タイトルの「瀕死の政府」。
どこかの政府も、今非常に危うい状況ですが、イタリアもかなり危険。
3度に渡って首相を務めた、ベルルスコー二もいよいよ終わり? あの電話の態度からすると、相当追いつめられているようです。
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by arinko-s | 2010-11-25 21:07 | 本日のイタリア語

LA BAMBINAIA FRANCESE 3

『フランス人の子守り』の続きです。

エドゥワールが去ってしまったあと、セリーヌは今後の生活について、市民侯爵に相談にのってもらいます。
市民侯爵は、セリーヌの家で学校を続けることを条件に、セリーヌの家に引っ越してきます。そして、経済的な面で援助してやるのです。
セリーヌは、真っ先にトゥーサンの身分を解放してあげました。自由の身となったトゥーサンは、セリーヌの元で、さらに勉強に励みます。
もちろん、他に行く場所のないソフィーのことも、セリーヌは捨てたりしませんでした。
ソフィーとトゥーサンが、どれほどセリーヌに感謝していたか、どれほど慕っていたか、想像に難くありません。

しかし、その幸せな日々は、長く続きませんでした。
市民侯爵が病をこじらせ、亡くなってしまったのです。
すると、すぐさま侯爵の孫たちがセリーヌの家におしかけてきて、
「市民侯爵の財産を、だまし取った」として、セリーヌを警察につきだします。
トゥーサンは、再び奴隷として売られてしまいました。身分解放証明書を見つけることができなかったのです。
ソフィーはアデュルを連れて、近所の洗濯屋に居候させてもらうことになります。
トゥーサンとソフィーは、どうにか連絡を取りながら、セリーヌを助けようと画策します。しかし、市民侯爵がいなくなってしまった今、子どもふたりの力ではどうにもなりません。

そんなある日、この騒動の噂を聞いたエドゥワールが、洗濯屋の奥さんに「アデュルをイギリスに引き取りたい」と申し出ます。もちろん洗濯屋の奥さんは二つ返事で了解します。
ソフィーはアデュルに、まだひとりでは何もできない振りをさせました。一緒にイギリスについていくためです。
そしてふたりは、エドゥワールと共に、イギリスへ渡りました。

ここから、ようやく『ジェーン・エア』と話がシンクロしはじめます!!

イギリスの屋敷ソーンフィールドでは、エドゥワールはロチェスターと呼ばれていました。
ソフィーたちがソーンフィールドへやってきてしばらくすると、ロチェスターとその伯母は、アデュルに家庭教師をつけることを決めます。
そして、やってきた家庭教師がジェーン・エアなのです。

『ジェーン・エア』のあらすじどおり、ロチェスターとジェーン・エアは恋におち、結婚を決めます。しかし、結婚式の朝、ロチェスターには妻のいることが発覚。傷ついたジェーン・エアはソーンフィールドを去り、屋敷は火事で燃え落ちてしまう…

ソフィーたちがイギリスへ渡ってから、パリでは、トゥーサンがひとり、セリーヌを牢屋から出そうと奮闘していました。学校の同級生だったオランプの祖母の力添えで、やっとのことセリーヌを見つけだし、そして、オランプの家に連れて帰ることができました。
セリーヌは精神的ショックから記憶がなくなっていましたが、あるとき自分が隠していた書類が出てきたことで、正気を取り戻します。

そこで、トゥーサンとオランプは、アデュルとソフィーを迎えにイギリスへ渡ります。
ソーンフィールドからふたりが逃げ出したのは、結婚式の当日。狂人だとされ監禁されていたロチェスターの妻、ベルタも一緒に連れて屋敷をあとにしました。

そして、皆が無事にフランスに戻り、元の生活を取り戻してから2年。セリーヌ、ソフィー、トゥーサン、アデュル、そしてベルタはキューバ行きの船に乗ります。トゥーサンの故郷でもある中南米で、それぞれ新しい生活を始めることに決めたのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という、なが〜いお話。
ピッツォルノは『赤ちゃんは魔女』のような、中編の物語もたくさん書いていますが、こんなに長い小説も書いている作家なのです。
イタリアでは、この本は児童書として扱われていますが、日本だったらヤングアダルトの分野かな?

もちろん『ジェーン・エア』を知らない人も、充分物語を楽しめます。むしろ、知らないほうが、先入観なく読めていいかもしれません。
なにしろ、ロチェスター(エドゥワール)が、いや〜な男に描かれているので、『ジェーン・エア』ファンには、違和感があるかも。

わたし自身は、一気読みでした。読みおわるのがもったいなかったくらい。
セリーヌの大ファンになり、ソフィーのけなげさに心打たれ、トゥーサンの明るさに救われ…。
セリーヌが牢屋の中で、他の囚人たちにリンチをうけたり(顔が知られていたため)、記憶をなくしてしまうところ、そして記憶を取り戻すところでは、涙がポロポロこぼれちゃうほどでした。

市民侯爵がセリーヌの家で暮らしている間、セリーヌの家は多くの文化人や知識人の集うサロンとなります。ヴィクトル・ユゴーやアレクサンドル・デュマ、バルザック、ロッシーニ…
また、『ノーサンガー修道院』『フランケンシュタイン』『ノートルダム・ド・パリ』など、多くの小説や詩も登場します。
文学だけでなく、オペラ座で催された劇やバレエ、あるいは絵画や音楽などの話も多くあり、当時のパリの文化や風潮を教えてくれる物語でもありました。
今となっては偉人と呼ばれる文化人たちのエピソードも数多く盛り込まれ、それも物語を何倍にも読み応えあるものにしています。

実は、初めて「翻訳してみたい」と思ったのは、この小説でした。
時間のある時に、コツコツ訳し、200ページ以上日本語にしてみたんだよなあ。
いつの日か、その汗と涙の結晶が、日の目を見ることがあればいいけれど。
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by arinko-s | 2010-11-23 20:31 | 読書 イタリア語

翻訳勉強会

週末、翻訳勉強会というものに誘っていただき、足を運んでみました。
といっても、英語を勉強している方たちの会。
事前に課題が渡され、講師の方が講評してくれます。
もちろん、わたしは、そんな方たちに混ざって英語翻訳を発表するなんて畏れ多くてできません。
けれども、どんなことをしているのか興味津々。見学、という形で参加させてもらいました。

今回、課題として取り上げられたのは、バーバラ・カートランドの『It is Called Love』。
A4用紙3枚程度の短編です。
物語自体は、すっごくつまらないものでしたが、先生の話がとってもおもしろかった!

これは、「三人称多視点・作者の視点なし」の小説。客観小説というのだそうです。
つまり、文章によって、誰が思ったことか、見たことかが、コロコロ変わる。訳すときには、くどくならないように主語を省いたりしますが、こういった小説の場合はくどいくらいに主語を入れなくてはならないそうです。

その分、会話の訳で遊ぶ、んだそうです。
例えば、
「I have told you before」という台詞がありました。
みなさん、大多数の方が「言ったはずだぞ」とか「同じことを何度言わせるんだ」などと訳されていました。
これに対し、先生の訳は「しつこいぞ」。

なるほど、って頷いちゃいました。
ひと言で、簡潔。ちょっと感動しちゃいました。

また、この小説は、いきなり台詞から始まり、どんな場所で会話がなされているのか、いつの時代なのかという状況説明はありません。
読み進めていくと、馬車の中だったことがわかるのですが、そこの部分にたどりつくまで、それさえわかりません。

まず第一行め、「Papa」と、セリーナという女の子が継父に話しかけます。
先生の説明では、これが第一のヒント。
現代が舞台ならば「Daddy」「Dad」が使われるので、舞台は18世紀末から19世紀初頭だとわかるのだそうです。
しかも「パパ」と訳しては×。
読み進めていくうちに、それなりの身分の親子だとわかるので、「お父さま」が適語だということ。

へ〜〜〜、の連続でした。
イタリア語ではパパは「Papa'」(パパー↑と語尾が上がる)なので、何も考えずに読んでいました。確かに「Daddy」ですね、よく目にする英語は。

先生の話は、その他にもいろいろとおもしろくて、訳のことばかりでなく、小説の歴史や手法なども含め、興味深かったです。
何より、英語を勉強している人たちの熱意を感じたことが一番。
こんなふうに切磋琢磨できるなんてうらやましいな、と思ったり。
競争が激しい分、分かち合えることも多いんだな、と改めて感じました。

お〜〜〜い、イタリア語翻訳したい人たち〜〜〜〜、って呼びかけて、イタリア語の翻訳勉強会ができたらいいのになあ。
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by arinko-s | 2010-11-22 21:34 | 翻訳

中国をメイド・イン・イタリーが席巻!!

毎週、毎週、イタリア文化会館で『panorama』(イタリアの週刊誌)を借りてきます。
なるべく新しい号を借りるようにしているのですが、なぜだか時々すごく古い号が手元に。
まっいいか、って感じで読んでいますが…

で、先週借りた号。気づいたら6月10日号でした。
この中に、「中国の街を、イタリアンデザインが席巻」という記事がありました。
とにかく街は、イタリアのブランドショップだらけ。
しかも、若い子たちが、がんがんショッピングを楽しんでいる。
一度に3,500ユーロ(40万円以上!)も、買い物するカップルも少なくないのだとか。

この記事の取材地は上海。好景気に湧いている様子が、手に取るように伝わってきます。
まあ、目ぬき通りに、アルマーニ、グッチ、プラダとイタリアンブランドの路面店が並んでいるのは、世界中、多くの都市で見られる光景ですから、これだけでは「へ〜」くらいにしか思わないのですが、記事中並んだ具体的な数字にびっくり!!!

この時点で、中国国内にあるイタリアンブランドのお店は466店舗。
そのうちアルマーニは68店舗、エルメネジルド・ゼニア44店舗、フェラガモ44店舗、トッズ25店舗、ブルガリ18店舗、そしてフェッラーリが13店舗!!

ファッション、車だけではありません。
大手出版社MONDADORIは、中国支社を作り雑誌を発刊。
スポーツ器具メーカーTechnogymは、個人宅用のジム機器を販売。これまた飛ぶように売れているのだとか。
また、イタリア人インテリアデザイナーの事務所も大盛況。家までイタリアンデザインで決めるのが、トレンドだそうです。
もっちろん、イタリアンレストランも大人気。
イタリア商工会議所の中国所長は、笑いが止まりません(とは書いてありませんが、この状況には大満足)。

一番驚いたのは、アルマーニの店舗数の多さです。
いくら中国広しとはいえ、それって、ユニクロとかH&MとかGAPとか、そういうのりにしか思えません。
ドゥバイでホテル経営にも乗り出したアルマーニ。
もう、アルマーニがただの商売人に思えてきました。

20年前の日本も、こんな感じだったのかなぁ、って思ったりもしました。
イタリアンブランドは東京でも大人気でしたよね〜〜。
ミラノのプラダは、「ここって東京?」っていうくらい日本人であふれていたしね。
それが、今ではミラノ直行便もなくなり、日本のイタリアブームは明らかに下火です。

そういえば先日、青山のプラダの前で人を待っていた時のこと。
30分近く立っていた間、入店した客は皆無。
外観の写真を撮る人たちは、ひっきりなしでしたが、中の店員さんたちは、いたって暇そうでした。

こうなると、東京に店を構えているよりも、中国に支店を増やしたほうが、明らかに得策。
あの青山のプラダ、ひょっとして東京撤退ってなことになったら、ビルはどうなるのかしら?
なんて、ことを考えながら、この記事を読みました。
そんな日が来ないことを願います。
あのビルは、やっぱり何度見てもわくわくしますから(って、ビルが無くなることが寂しいだけか)。
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by arinko-s | 2010-11-17 21:29 | 本日のイタリア語

LA BAMBINAIA FRANCESE 2

『フランス人の子守り』の続きです。

ヴァレリーナ、セリーヌは、結婚・出産を機に、舞台を休んでいました。夫のエドゥワールは、セリーヌが復帰することを快く思っていません。
セリーヌたちの間には、7ヶ月になる女の子、アデュルがいます。
その他、大勢の住み込み家政婦に、御者もいます。
そして、黒人の男の子、トゥーサンがいます。

トゥーサンは、ハイチからパリに連れられてきた少年。
エドゥワールがセリーヌを喜ばせようと、買ってきたのです。
しかし、奴隷制度に反対しているセリーヌは、エドゥワールに内緒で、トゥーサンを弟のようにかわいがっています。
夫には内緒で、学校にも通わせていました。

トゥーサンが通っている学校は、ボーフォー侯爵が開いている個人教室です。
侯爵は、セリーヌの名付け親であり、芸術家だったセリーヌの両親のパトロンでもありました。
この学校には、身分制度に反対している上流階級の子どもや、様々な事情で公立の学校に通えない子どもたちが来ています。
教室は、侯爵の自宅。お天気が良ければ、校外学習に出かけ、スケッチしたり、植物や生物を観察して学ぶのです。

侯爵は、若いころからの啓蒙主義者。フランス革命には、市民の側にたって参加した人物です。
貴族の出でありながら、その恩恵に浴することはありません。
そんな彼を、孫たちは「気が狂っている」とふれまわり、「市民侯爵」と揶揄しています。
本人は、そんなこともまったく気にかけず、むしろ「市民侯爵」という呼び名が気に入り、自らこの名で呼ばれることを好んでいるほどでした。

さて、ソフィーの話に戻ります。
セリーヌからブラウスの代金を受け取り、これで家を追い出されずにすむ、と喜んで家に帰ったものの、すでに母親は帰らぬ人となっていました。

ソフィーを送ってきたトゥーサンは、セリーヌの家に戻ると、このことをセリーヌに報告します。
すると、セリーヌはためらうことなくソフィーを引き取ることを決めたのです。エドゥワールには、アデュルの子もりをしてもらう、ということにしました。
エドゥワールにとって、大切なのは、その子もりにいくらかかるのか、ということだけ。家においてやるだけだ、というと、あえて反対もしませんでした。

ソフィーが母親を墓地に埋葬した日、トゥーサンはソフィーを迎えに行きます。
夢のような申し出に、ソフィーは戸惑いますが、「アデュルのことは、必ずわたしが守ります」と精一杯の約束をして、お世話になることを決めました。

ソフィーがセリーヌたちと暮らすようになって、すぐのこと。
エドゥワールは母国イギリスへと、商用のため旅立っていきました。
一度イギリスへ行ってしまえば、何日も連絡がありません。いったいいつパリに戻るのか、セリーヌにもわからないのです。

その間、セリーヌは、バレエのレッスンを再開しました。
ちょうどそのころ、パリの町は次のオペラ座での公演の話題でいっぱいでした。
『妖精』と題されたその舞台は、今までのバレエの概念を覆すような舞台だと、噂になっていたのです。
セリーヌも、かつての同僚たちを応援しに、「お手伝い」という名目でオペラ座の練習に通いはじめました。
ある日、リハーサル中にひとりのバレリーナが怪我をしています。
そして、セリーヌが代役を務めることになるのです。

舞台初日、運の悪いことに、エドゥワールが突然帰宅します。
エドゥワールは、セリーヌが内緒で舞台に復帰したことを知り、激怒します。そして、これを理由に、離縁を申し渡すのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、まだまだ物語は続きます。
とりあえず「フランス人の子守り」が、ソフィーをさしていることはわかったかと思いますが、
『ジェーン・エア』には、まだまだ遠い。
この続きは、また今度。
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by arinko-s | 2010-11-16 21:26 | 読書 イタリア語

LA BAMBINAIA FRANCESE

以前、ビアンカ・ピッツォルノの『Ascolta il mio cuore』(『この心臓のドキドキを聞いて』)について、ふれたところ、友人から「おもしろそうな本」との声をいただきました。
それに気を良くして、もう一冊、ピッツォルノの著作についてご紹介。

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タイトルは『LA BAMBINAIA FRANCESE』(『フランス人の子守り』)。
C.ブロンテの『ジェーン・エア』に着想を得て、ピッツォルノはこの物語を書いたそうです。

舞台は20世紀初頭のパリ。主人公のソフィーは、8歳の利発な少女です。父親を1930年の7月革命で、亡くして以来、母親のファンティーヌとふたり、モンマルトルで暮らしています。
ファンティーヌは針子の仕事で、生計を立てていました。

ある日、ファンティーヌの腕の良さを噂に聞いた男から、ブラウス12枚の注文が入ります。
ファンティーヌは、体調の悪いのをおして期限までにどうにかブラウスを仕上げました。
しかし、約束の日、発注主の男は現れません。ブラウスを買ってもらわないことには、家賃が払えません。
高熱を出して寝込んでしまったファンティーヌの横で、ソフィーは母親が大切にたたんだブラウスをそっと広げてみました。すると、余り布に届け先とブラウスの価格をメモした紙がつけられていることに気づくのです。それは、母親が請け負った金額よりも、はるかに高い金額でした。しかも、宛名は、パリで大人気のバレリーナ、セリーヌ・ヴァラン! 字の読めない母親は、このメモを読むことができなかったのでしょう。

ソフィーは、悩んだ末に、寝ている母親を置いて、自分でメモに書かれた住所へ、ブラウスを届けることにしました。外は猛吹雪。ソフィーはかごを抱え、必死で走ります。

セリーヌは、びしょぬれになったソフィーを家に招き入れ、温めてくれました。
そして、なぜこんな嵐の夜に女の子がひとりで届け物をしにきたのか、話を聞いてくれたのです。
ソフィー親子の事情を知ったセリーヌは、快くブラウスの代金を支払うと、暖炉用の炭や食料品を持たせてくれました。
そして、家に置いている黒人の少年、トゥーサンに付き添わせ、馬車で家まで送り届けてくれました。

しかし、喜び勇んで帰宅したソフィーを待っていたのは、母親の突然の死。おまけに門番は、ソフィーがどこかに行っていたことを責め立て、ブラウス代を「葬式代」として奪ってしまいました。
それを見ていたトゥーサンはソフィーを、セリーヌの家に連れて帰ろうとしました。しかし、ソフィーは母親のそばにいたい、と断ります。そして、母親の横で、一晩を過ごしました。

という、ところが、物語の導入部分。
この辺りを呼んだだけでは、どこが『ジェーン・エア』とつながるのか、まったく想像がつきません。
けれども、このあと紆余曲折があり、そして…

続きはまた今度。
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by arinko-s | 2010-11-15 21:12 | 読書 イタリア語

ティファニーのツリー! 

毎年恒例の、ミラノ・ドゥオーモ広場のクリスマスツリーが、お目見えしたそうです。
でも、今年はこのツリーを巡って、けんけんがくがく。不穏な空気が流れそうです。

11月10日付けの『CORRIERE DELLA SERA』によれば、
今年、ドゥオーモ広場に飾られたツリーは、〈ティファニー〉のツリー!
その額、32万ユーロ。日本円にして3,650万円くらいでしょうか。

当初「わたしは、何も知らなかった。こんなものは、不適切ではないか」と、ミラノ市長は反対を表明(もちろん知らなかったわけありません)。
しかし、すぐにこの発言を撤回したのだとか。
なんでも、ツリーの下に臨時オープンする〈ティファニー〉ショップの利益を、ドゥオーモ尖塔の修復に使うことで、ティファニー側と合意したんだそうです。

これに対し、猛反発しているのが教会側。
宗教的シンボルを商業に利用するとは、はなはだけしからん! といったところ。
「そんなお金は、受けとらん」と拒否しているそうです。

せっかくのクリスマス気分が半減しちゃいそうなこの記事。
この不景気に〈ティファニー〉って太っ腹! なんて、単純に拍手してしまいたくなりましたが…
ドゥオーモの修復に一役買えるのなら、と喜んで出費する人は多そうだけれど、それこそ、教会側の意に反するところ。
改めて、クリスマスが宗教行事であることを、思いださせられる記事でした。
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by arinko-s | 2010-11-13 21:07 | 本日のイタリア語

ワールド・パスタ・デー

先週の話になりますが「ワールド・パスタ・デー」なる催しがあったそうです。
今年で13回目を迎えたこの催し。
昨年のアメリカ・ニューヨークから、ブラジルに舞台を移し、世界15カ国の生産者と消費者が集い、2日間に渡って、バランスのとれた健全な食品、スパゲッティとペンネの役割について、議論が交わされたのだとか。

ブラジルは一人当たりのパスタ消費量は、年間6.4キロととっても少ない(?)のだそうです。
しかし生産量は世界第3位。1億9千万人の人口で、120万トンのパスタを消費しているということ。
つまり、一人当たりで割ると、消費量は少なくなってしまうけれど、食べる人はたくさんパスタを食べているということなのかな。
ということで、さらなるパスタキャンペーンを繰り広げる舞台として、ブラジルが選ばれたのだそうです。

ちなみに、イタリア人一人当たりの年間パスタ消費量は26キロ。ブラジル人の6倍強!
210万人のイタリア人が、昼も夜も1週間7日のうち7日間パスタを食べているそうです。

話は飛びますが、先日子どもの社会科の発表会で知ったことに、日本のパスタ消費量ナンバーワンの県は、ここ埼玉県だそうです。
あ〜、わたしはこの数字に多いに貢献しているに違いないと思ったばかり。
1週間のうち、5回はパスタを食べているかもしれません。

で、これって良くないかもと思いはじめた矢先にこの記事。
パスタは、ダイエットにも効果あり、と書かれていますが、ホントか?
ブラジルでも「ダイエットにパスタを」とキャンペーンはったそうです。
(10月25日の『La Repubblica』より)
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by arinko-s | 2010-11-01 20:53 | 本日のイタリア語