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本日のイタリア語

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都知事が水道水を飲んで安全をアピールしていたころ

イタリア保健省の大臣はラジオ番組で「SUSHI」を食べ、安全性をアピールしていたようです。
ラジオ番組ですから、リスナーは直接その様子を見ることはできなかったと思いますが、その後La Repubblica紙のネット版で配信されていました。→ 

ローマの日本食レストランから運ばれたというお寿司。
「ほら、日本の原発の影響なんて、なんにもないよ」と話しています。
「生のお魚だって、ほら大丈夫」と言っていますが、それ日本産の魚?
もちろん、日本から輸入した魚を使う場合もあるかとは思いますが、ふつうに考えたら地中海の魚が使われているはず。
たとえ日本から輸入した魚だとしても、原発事故以前に冷凍されて運ばれたものでは??
あんまり、アピールになってないなあ〜。説得力なさすぎ。

笑ってしまったのは……
まずその1
この映像をぱっと見て、あれ? と思いました。
これって寿司? という疑問。わかりました! 
このお寿司、ネタ(おそらくマグロ)が下、シャリが上になって盛られているのです。
これが、日本食レストランから運ばれたもの〜??? ありえない!
イタリアによくあるチネーゼ(chinese)・ジャッポネーゼ(japanese)レストランからの提供?
あるいはスタッフが寿司を見たことなくて、このように盛りつけたのかもしれません。
疑問を呈することなく食した大臣も、寿司は初体験だったのかも。
お〜い、逆さだよ〜〜、って教えてあげたくなっちゃいます。

その2
お寿司を食べたあとに、醤油の安全性についてもアピールしていますが、このお醤油がパック詰めされた日付は、9月11日!
半年前じゃん!
そりゃ放射線物質の危険性より、賞味期限の心配が……

とにもかくにも、イタリアでもこうして日本の食材に対する不安が沸いているということですね。
イタリアの日本食レストランも、お客さんが激減しているのかもしれません。

それはそうと、石原都知事の会見!
あれを見たら、「飲むぞ!」っていう都知事の必死の覚悟がひしひし伝たわってきて、ますます不安が募ってしまいました。
ふ〜、原発問題が早く治まりますように!!
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by arinko-s | 2011-03-25 20:28 | 本日のイタリア語

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お知らせが遅くなりましたが、徳間書店の機関紙『子どもの本だより』のなかの、「著者と話そう」というコーナーで取材していただきました。
今、この時期に出荷される徳間書店の児童書に挟み込まれているのだと思います。

改めて自分の半生を文字にしてみると、ああ長い道のりだ〜〜、と情けなくもあり…。
そして、まだ果てしなく道は続いているんですよねぇ…
いつになったらゴールにたどり着くことやら。
いや、人生にゴールなんて、そもそもないのかもしれません。
どこまでも、歩きつづけるしかないのかも〜。

自分の辿ってきた道を改めて口にしてみて、そんなことを感じています。
もし機会があったら読んでください。
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by arinko-s | 2011-03-24 18:00 | 日々思うこと

自分に生きていく力をくれる10のこと

昨年イタリアを代表する顔としても選ばれた、今最もイタリアで影響力を持つジャーナリスト、ロベルト・サヴィアーノ(Roberto Saviano)。
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(写真はこちらからコピーしています)
日本でも、ナポリを本拠とするマフィア組織「カモーラ」の実体を暴いたノンフィクション『死都ゴモラ』が邦訳されています。
この本のおかげで、カモーラから殺人予告を受けたサヴィアーノ。今も護衛付きの不便な生活を強いられているそうです。

そのサヴィアーノが、『La Repubblica』のネット版で、「自分はこれがあるから生きているんだ、というもの10個を挙げてほしい」と呼びかけています。
それはとても個人的なことだし、他人から見たら些細なことに違いありません。
でも自分のことをみんなで語りあえば、今のイタリアが見えてくるはず、という試みだそうです。

まず、サヴィアーノ自身の10のリスト。
1)健全な水牛のモッツァレッラチーズ(昨年6月、青いモッツァレッラが発見されるという騒動を受けてのことだと思われます)

2)『Spartacus, Love Theme』を演奏するビル・エヴァンス→

3)愛する人とラファエロ・サンツィオ(サンティ)の墓(ローマ、パンテオン内)に行き、多くの人には知られていないラテン語の碑銘を読むこと
(直訳ですが:生前、自分を超える存在だと母なる自然から畏れられた、かのラファエロはここに眠る。彼が亡くなると、母なる自然は、彼と共に死んでしまうことを畏れた)

4)86年、ワールドカップメキシコ大会、アルゼンチン対イギリスの試合でマラドーナが決めた2−0のゴール

5)『イリアス』(ギリシャの叙事詩)

6)散歩しながらヘッドホンで聞く、ボブ・マリーの『レデンプション・ソング』→

7)海の底の底までもぐること

8)不自由な生活を強いられるなか、自宅に戻る日を夢みること

9)夏の午後のセックス。南で

10)自分を批判する署名が集められた日に、パソコンをつけたら兄からのメールが届いていて「おまえを誇りに思う」と書かれていたこと

ほんとうに、とっても個人的。
これを書き出すことによって、その人の成り立ちが見えてきそうです。

このサヴィアーノの呼びかけに対し、次々と読者のリストが寄せられています。

例えばこんなの。
1)朝一番のコーヒー
2)本のページの香り
3)ルーカとマッテオ(赤ちゃん)の泣き声
4)死期が迫っている父の笑み
5)髪をゆらすそよ風
6)夜、夫に抱きしめてもらうこと
7)選択の自由
8)冬の海
9)赤ちゃんをあやすこと
10)わたしを愛してくれる人たちに返すべき、そして返したい愛

双子の赤ちゃんのいる海辺に住むお母さんかなあ?
この人と同じように、みんなまず子どもや家族のことを書いていますね。
うんうん、家族はなによりの活力に違いありません。

それから、食べ物のこと。
日曜日のラザーニャとか、シチリアのパレルモで食べるカンノーニ(お菓子)とか、海辺のレストランで食べるボンゴレとか。
きっと特別な食事なんだろうなあ。
わたしだったら「みんなで囲む鍋」かなあ。
いやあ、「息子が大盛り2杯食べてくれるカレーライスとミートソーススパゲッティ」かなあ。
それとも「熱々のコロッケ」かもしれません。

海のことを書いている人も多い。
さすが海好きのイタリア人です。
わたしも「イタリアのチンクエジョルナーテの海辺で見あげた星空」を入れようかなあ。

それからサッカーのことを書いている人も多数。さすがカルチョ(サッカー)の国、イタリア!
ずばり「インテル(長友の移籍したチーム)」!」なんて回答もありました。

こればかりは日本人とは決定的に違う、と思うのが、セックスについて書いている人の多いこと!
日本人だったら、匿名とはいえ、なかなか10のリストに入れない気がします。

わたしもこっそりリスト化してみました。
こうして、普段意識していないことをあえて文字にしてみると、確かに「ああ、このためにわたしはがんばれる」って思えてきます。
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by arinko-s | 2011-03-22 18:08 | 本日のイタリア語

前しか見えない ーCaterina va in citta'2ー

昨日ご紹介した『Caterina va in citta'』の最後に、とてもいい言葉がでてきました。

(前略)
dei pesci che coi loro occhi guardano di lato
e delle mosche che invece guardano dappertutto
noi umani possiamo solo guardare avanti

魚は脇についた目で、横を見ています
それに対し、ハエは360度、視界に入ります
わたしたち人間は、前しか目に入りません

友だちともいろいろあったし、お父さんはどこかに行ってしまったけれど、悲しんでばかり入られない。
わたしたちは前を見つめる生き物なんだから

というカテリーナの言葉。
ある意味、人間は幸せな生き物なんですね。
前を見つめて進みましょう。
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(カテリーナが友だちの本音を知って、茫然としているところ)
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by arinko-s | 2011-03-19 08:15 | 本日のイタリア語

CATERINA VA IN CITTA'

自粛ムードが漂うなか、いつも通りにブログを更新するのは不謹慎だ、という指摘も多いと聞きました。
でも、そうなのかな?
大きな被害に遭わなかったわたしたちまで、いつまでも下向いていてもしかたありません。
わたしたちが平静を保つことこそ、復興への第一歩という気がしています。

大人があまりに過敏に反応しすぎると、子どもたちにその気持ちが伝播するのは明らか。
まずはわたしたちが平静を取りもどさなくては、という思いになっています。

ということで、震災時に意味のない情報ですが、最近たくさん笑わせてもらった映画をひとつ紹介します。
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原題を直訳すると「カテリーナ、町に行く」。監督は「N IO E NAPOLEONE」や、「La prima cosa bella」と同じく、パオロ・ヴィルツィ。2003年の作品です。

ラツィオ州(ローマが州都)の海辺の小さな町で暮らす中学3年生のカテリーナ。
父方の祖父母が暮らしていたローマの家に、引っ越すことになりました。

転校した先は、父親が30年前に通っていた中学校。
新しいクラスは、右派と左派(そう、政治的思想です!)でまっぷたつ。
転校生のカテリーナは、このふたつのグループの取り合いの的になってしまいます。

まずカテリーナに手を伸ばしてきたのは、大学教授と作家の両親を持つ(つまり文化人の両親に育てられた)左側代表のマルゲリータ。
文学、音楽、詩に詳しく、冷めた視線で大人の世界を眺めるマルゲリータに、最初カテリーナはたじたじでした。
けれども自分の知らなかった世界を教えてくれるマルゲリータ。あっという間に引き寄せられていきます。
そして、アルコールを覚え、腕にタトゥーを入れてしまう。

ひとり娘を溺愛する父親のセルジョは、この事実を知り怒り心頭。
事実上、娘の交遊を制限します。

次にカテリーナに近づいてきたのは、国会議員の父親(ベルルスコーニ内閣の大臣でもあります)を持つ右側代表のダニエラ。
金持ちの特権をとことん振りかざし、派手に遊ぶダニエラは、いつも取り巻きに囲まれ、したい放題です。
底抜けに明るく、嫌みのないのはお嬢様の証し。カテリーナは、ダニエラの世界にもたじたじでした。
けれども、やっぱり未知の世界は魅力的。ダニエラに引きつれられて、おしゃれをしたりパーティに出たり。忙しい毎日でした。

しかしある日、トイレのなかでダニエラとその取り巻きたちの会話を聞いてしまったカテリーナ。
それはカテリーナを見下し、ばかにしたものでした。

クラスの派閥争いに疲れたカテリーナ。
カテリーナと同様、自分の居場所を見つけることができずに、疲れ果てていったのは、父親のジャンカルロです。
自分にはもっと才能があるに違いない、自分はこんなところにいるような人間ではない、といつも上を見あげ、下を見下していたジャンカルロ。
妻のアガタに対しても、その態度は同じ。いつも横柄な態度をとる夫に愛想が尽きたのか、アガタはジャンカルロの幼なじみ、ファビエットと親しくなってしまいます。
その事実を知ったジャンカルロは、誰にもなにも告げずに、アパートを出て行ってしまいました。

中学校卒業試験を終えたカテリーナは、見事音楽学校に入学。大好きなコーラスを本格的に学びはじめました。

というのがストーリーです。
タイトルにある、カテリーナが行った町とは、ローマのことでした。

カテリーナが大都会ローマにきてまず驚いたことは3つ。
・歩道でクロスワードパズルをする女性
・タバコを吸う修道女
・交響楽団の演奏かと思ってしまうような、クラクションの嵐

そして、アパートについてみれば、そこは外国人もたくさん住むインターナショナルな世界。
どこを歩いても、誰も自分の存在に気を留めない。まるで自分が空気になってしまったかのように感じます。

つまり、田舎から出てきたカテリーナが見た大都会の生活、カテリーナのとまどいながら成長していく姿を描いた作品です。

イタリアの中学生、すっごく興味深かったです。
日本の中学生と比べて、とにかく大人っぽい。見た目はもちろん、言うことがすごい!
何しろ、クラスが政治的思想によって分裂しているのです。
日本の中学生に、左翼、右翼、ファシスト、それぞれの見解の違いを述べられるでしょうか??
いや、大人にだって無理かも。
そもそも、日本人は自分が右か左か、自ら明かしたがらないですよね。いや、右も左も支持していないのが日本人。右も左も区別がなくなっているのが、日本の政党。
こんなに自分の意見をずばずばいうなんて、わたしもあのクラスに入ったらたじたじになっちゃいます、絶対。

それから、あの美しさ。あんなきれいな中学生って、すごい。
それもひとりや二人じゃありません。みんな自分の主張をファッションに取り入れ、おしゃれしている感じがびんびん伝わってきます。
この辺りも、右向け右で、みんなと同じ格好をしたがる日本人と正反対です。

もちろん、田舎の小さな町からやってきたカテリーナにとって、ファッションなんて今まで興味を持ったこともないもの。
いや持っていても、おしゃれとは遠い世界にあるものだったのだと思います。
結局、このファッションについて、クラスメートからばかにされていることを知ってショックを受けてしまうのですが、そりゃ都会っ子、しかもお金の自由になる子たちと、センスに差がついてもしかたのないというものです。

この映画を見ながら考えたことは、大きくふたつあります。
ひとつめは、自分の中学、高校時代を思いだして苦笑い。
埼玉という中途半端なところで育ったわたしですが、やっぱりませてくると雑誌に載っている都会にいってみたくてたまらなくなるわけです。
当時の中学・高校生の憧れの町といえば、原宿。渋谷ではありませんでした。
ファッションの教科書『OLIVE』を、端から端まで読みあさり、そこに載っているブランドものと同じ服は買えないから、似たようなデザインの服を買ってもらい、それを着て、友だちと足を運んだものです。

竹下通りを歩いてクレープを食べたり、ラフォーレを覗いてため息をついたり、う〜ん、懐かしい。
でも強烈に覚えているのは、東京の女子高生を見ては、ひるんでいたこと。
やっぱり都会の子は違うなあ、って感心していました。
なんでなんだかその理由は覚えていませんが、醸しだす雰囲気ですかね〜。
そう、やっぱり東京の女子高生はとっても大人っぽく見えました。同じ年ごろだというのにね。
カテリーナの気持ち、痛いほど身にしみます。

ふたつめは、イタリアの中学校に息子を入れたらどうなるか、ということ。
こんなふうに意見をいいあえる環境、いいなあ、って思います。
それに自由! のびのび! 

でもその反面、日本の中学生の親だったらしなくてもいいような心配も多いはず。
そもそも夜中のパーティなんて、日本の中学生は行きません。
アルコールやタバコの心配はもちろん、ドラッグ、セックス…
イタリアの思春期の子どもを持つ親の心配といったら半端じゃないと聞きます。

いやあ、そんなことを考えたら、やっぱりこっちの中学校のほうがいいかなあ、なんて思ってしまう。あんまり早く大人になられても、寂しいですからね。

イタリア語の恩師、ロンゴ先生は、今度イタリアで暮らすことがあればローマで暮らしてみたい、といいます。
この映画を見て、わたしもちょっとローマで暮らしてみたくなりました。
カテリーナのようにたじろぎうろたえながら、都会の雑踏に飲まれたい、っていう感じ。
今、原宿に行ってもひるむことがなくなっちゃったから、ローマであの頃の気持ちを思いだしたいってことかもな。
いや要するに、中学生のころのまっすぐな気持ちがぶつかりあうなかに、身を置いてみたいってだけかも。こればかりは叶わぬ願いですが。
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by arinko-s | 2011-03-18 20:40 | 映画 イタリア

思わず涙

昨日、ようやく仙台の知人と連絡がつきました。
ご家族ともに無事とのこと。ほんとうに良かった。

被災地の電波状況をじゃましてはいけない、という思いやら、
今も大変な状況のなか、わたしとの通話で時間をとらせてはいけない、という思いやら、
携帯の充電もままならないだろうから無駄なバッテリー消費をさせてはいけない、という思いやら、
いろんな思いがごちゃまぜになって、「良かった」とひと言いうのが精一杯でした。

でもほんとうの一番の理由は、思わず涙があふれてきて、言葉にならなかっただけかもしれません。
「ぼくは支援部隊に回っています」という、穏やかな口調はいつものままで、きっと彼の言葉に励まされている被災者の方たちがたくさんいることと思います。
悲しんでいる方たちを励ましている姿が想像されて、また涙。応援しています。

未だにご家族やご友人と連絡がとれずにいる方もたくさんいることと思います。
きっと大丈夫。信じましょう。

さあ、泣いてばかりはいられません。
自分にできることを見つけて、ひとつずつ後方支援していきましょう。
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by arinko-s | 2011-03-17 11:47 | 日々思うこと

がんばってください

あの震災から5日間が過ぎました。
こちらも体験したことのないような揺れで、ほんとうに怖かったです。

幸い、わが家の被害は大したことありません。
仕事部屋にしている部屋で、本が両脇から雪崩のように崩れてきたことと、
食器棚が開いて、大切な器が数枚割れただけ。

たったそれだけなのに、それを片づけ終えたのが日曜日の夜。
それだけで、ぐったりでした。
気力が沸かなくて、パソコンを立ち上げたのも日曜日でした。
イタリアにいる友人たちからも、お見舞いのメールが届いていました。
どうもありがとう。

被災地の方たちが日常を取りもどすまでに、どれほどの時間がかかるのか想像もつきません。
時間だけではありません。
気力が必要なことは間違いなく、せめて気力を取りもどすお手伝いがしたいと思うのですが…

まだ、余震も続いています。
原発のことも心配です。
仙台の知人と連絡も取れていません。
でも無事だと信じています。

どうか、一日も早く、被災されたすべての方たちに笑顔が戻りますように。
遠いところから祈っています。
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by arinko-s | 2011-03-16 11:42 | 日々思うこと

スローフードの国はどこへいった!?

イタリアのテーブルにも、不況の影響が現れているようです。

昨年に比べ、食料品の購買指数が下落。
経済危機は、贅沢品ばかりでなく、食費にも暗い影を落としているそう。
中でもパン、魚、パルミジャーノチーズ、牛肉の売り上げが大きく減少。
消費者は、牛肉や七面鳥の代わりに鶏を選び、パンの代わりにクラッカーやビスコッティを買っているのだとか。
けれども、そういった倹約の姿勢が見られる一方で、野菜そのものよりも価格の高い、カット野菜やカットフルーツは売り上げを伸ばしているそう。
ますます忙しく働くようになったイタリア人の、ライフスタイルの変化を反映してのこと。

詳しく見てみると…
価格の高騰が著しい魚やパルミジャーノ・レッジャーノの売り上げが落ちているのはもちろんのこと、前年よりも価格の下がっているdop(原産地呼称統制)のサラミやワインの売り上げも減少。
一方、価格が高騰しながらも売り上げを伸ばしているのは牛乳とグラーナ・パダーノ。
こればかりは冷蔵庫に欠かせないものだそうです。

イタリアでは市場や八百屋さん、肉屋さんが元気だと思っていましたが、
その小売店や市場での売り上げが大幅に減少。
大型スーパーの便利さには、勝てないといったところでしょうか。

なんだかスローフードの国イタリアが、「今は昔」なんてことになってしまいそうな…。
そんなことにならないよう、思わず願ってしまうような記事でした。
(La repubblica ネット版 3月10日の記事より)
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by arinko-s | 2011-03-10 21:38 | 本日のイタリア語

甘い甘いイタリアのにんじんケーキ

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今、イタリアで大人気のレシピ集より、にんじんケーキを作ってみました。
あ、あ、あ、甘い!!
それもそのはず、170gもお砂糖が入っております。
アーモンドもたっぷり。
とにかく甘い。カロリー高いに違いありません。
でもおいしい。くせになる味でした。

このケーキの前に、オレンジとリコッタチーズのケーキも作ってみました。
こちらは、なんと薄力粉350g!
ほんとうかあ?? と疑心暗鬼で作ってみたところ、これはこれでおいしい。
でも、やっぱり粉の重さなのか、ずっしりおなかにたまる感じでした。

そうなんです、ここのところ、ケーキ作りにどっぷりはまっています。
イタリアのレシピではあきたらず、本屋さんで見つけたこの本。
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まずは、リンゴとカシュナッツ、メープルシロップのケーク(フランス風)。
でも、このレシピも一般的なパウンド型の分量で、薄力粉が160gに卵が3個。
生地ができた時点で「うそ〜〜〜、多いんじゃない?」と思ったものの、本を信じて型に流し込み焼いてみました。
そしたら案の定、オーブンの中で溶岩流のように型から流れ出てしまった!

う〜ん、どうもヨーロッパのケーキは、粉が多め? 砂糖も多め?
でも、毎日のようにこの本を眺めていて気づきました。
ようは中に入れるものの組み合わせいかんで、ちょっとパリっぽくなるってことなんです、きっと。

そこで、第二弾はリンゴとレモンのケーク。
でも、もう分量は無視。だってこのレシピも薄力粉160gに対して砂糖150g! 
そりゃ甘すぎるし、分量多過ぎでしょうと、日本のレシピ本でよく目にする、バター100g、薄力粉100g、砂糖100gの1:1:1の黄金比率に変えて作ってみました。
う〜ん、おいしい! リンゴにレモンの酸味が加わって、新しい発見でした。
これがパリの味かどうかは知りませんが、なんとなくパリっぽい?
でも、これはおこちゃま向きの味ではなかったらしい。
子どもには大不評。

ならば、今度は酸味は省いて。
コーヒー味のチョコチップ入りケーキに挑戦。
ところが、「コーヒー?? やめて〜」とまた子どもの反対にあい、急遽コーヒー味はとりやめに。
でもチョコチップだけでは脳がないので、目についたバナナもつぶして加えちゃいました。

そうそう、結局中身はなんでもいいんですね〜。
ちなみに、この本の前半は今話題の「ケーク・サレ」。
こちらも平行して、はまり中。
今日は、モッツアレッラとハムを入れて焼いてみました。
はい、こっちもレシピ完全に無視して、どんどんアレンジ進化中。作り方だけ参考にさせていただいています。
いまや、パリっぽさもなにもないです。
あっ、でもここに松の実入れたら、イタリアっぽい?
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by arinko-s | 2011-03-07 21:35 | 本日のイタリア語

L'anima Gemella

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俳優としても活躍中のセルジョ・ルビーニ監督の、2002年の作品です。

舞台はプーリア州の小さな町。魚の加工工場を経営する父を持つ、テレーザ(写真中央)と、その工場に勤めるトニーノ(写真右)。二人は結婚の約束をしています。
二人の結婚式当日、神父さんに誓いの言葉を求められたトニーノは返事に詰まります。
トニーノには、別に愛する女性がいたのです。
テレーザは、あえてその女性マッダレーナ(写真左)を式に招待していました。

トニーノはテレーザに永遠の愛を誓うことをやめ、別に愛する女性がいることを、皆の前で宣言。
そしてマッダレーナの手をとり、教会から逃げ出しました。
もちろん、式は中断。残されたテレーザはヒステリーを起こし、大騒ぎに。

翌日、腫れ物にさわるかのように振るまう家族にもテレーザは当たり散らし、いっこうに気持ちは治まりません。
そんなテレーザを慰めるため、おばさんがテレーザを魔術師のところへ連れて行きます。
テレーザは魔術師の女性に「マッダレーナにしてほしい」と懇願しました。
外見を変えれば、トニーノの気持ちも変わると考えてのこと。
けれども魔術師は「そんなことをしても、なにも解決しない」とすげなく断りました。
またもやヒステリックに騒ぎ立てるテレーザ。
その叫び声を立ち聞きした魔術師の息子(セルジョ・ルビーニ監督)。お金になると母親を説得して方法を聞き出し、自らテレーザに魔術をかけます。

まず、逃走中のマッダレーナを誘拐し眠らせ、そしてその指を切って血を流させます。
その血でテレーザのおでこに十字を描き、呪文を唱えます。
なにも変化は起こりませんでしたが、その翌日、なんとテレーザはマッダレーナに姿を変えることができたのです!

テレーザ(偽のマッダレーナ)が真っ先に向かった先は、もちろんトニーノの元。
突然マッダレーナがいなくなってしまったことに失望していたトニーノは大喜びします。
けれどもテレーザの家では、彼女が自殺を図るために行方をくらましたのではないかと大騒ぎ。
兄3人がトニーノの行方を突きとめ、復讐しようとたくらみます。

それを知った本物のマッダレーナは、トニーノを守ろうと、自分がテレーザの姿になることを決意。
今度は魔術師が自分の力で、マッダレーナをテレーザに変えてやります。
マッダレーナの犠牲精神のおかげで、なんとかトニーノは殺されずにすみました。そして、テレーザになったマッダレーナの計らいで、職場に戻ることもできました。

いきなりわがままでヒステリックになったマッダレーナと、人に優しくなったテレーザ。
トニーノはどこかおかしいと思いはじめ、マッダレーナ(本当はテレーザ)を捨てて、旅に出ようとしていたテレーザ(本当はマッダレーナ)を追いかけます。

というのがあらすじ。
タイトルを直訳すると『双子の魂』。運命の相手は、この世にたったひとりだけ。どんな姿であろうとも、どんな場所にいようとも、双子の魂はふたつでひとつ、必ず出会える、ということなのかな。
つまり、外見をいくら変えようとも、魂の運命までは変えられない、ということでしょうか。
あるいは、外見は変わってしまっても、双子の魂を持つ相手はきっと本当の自分を見つけてくれる、ということかなあ。

この映画の核にあるのが、魔術師の存在。
わたしは、魔術とか妖術とか霊とかまったく信じない人間なのですが、イタリアでは信じている人、多いですね〜。
姿をそっくり変えてもらう、なんて一歩間違えれば、ファンタジーの世界に迷い込みそうな設定ですが、そうならないところはさすが。
町の人は皆知っている不思議な力を持ったおばあさん。本当にいるのかも、と思わせます。

実は、イタリアではよく知られる、魔術師の功績、というのがあるそうです。
アルド・モーロ元首相誘拐暗殺事件(この事件を題材にした映画はこちら)が起きたとき、ある魔術師が彼の監禁されているアパートの住所をぴたり言いあてたそうです。
けれども、裏で政治的な権力争いやアメリカの内政干渉などがあったといわれるこの事件。
結局、その魔術師の予言は事件解決には役に立たなかったそうです。

そんなことがあったとなれば、イタリア人が魔術師の存在を信じていても、まあ不思議はありません。
本当にいるのかもしれませんねえ。
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by arinko-s | 2011-03-06 15:56 | 映画 イタリア