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本日のイタリア語

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終焉に向かう原子力

昨日、友人に教えてもらって「終焉に向かう原子力」と題された討論会+講演会に行ってきました。
どの方もとてもわかりやすく、原発の危うさを教えてくれました。
そして、いかにわたしは無知だったかを思い知らされました。

なかでも、京都大学の小出裕章先生の言葉には胸が苦しくなりました。
小出先生は、原子力の研究者でありながら、原発反対を掲げていらっしゃった方です。
先生は講演会の冒頭で、「40年間訴えつづけてきたけれど、結局(福島の)事故を止めることはできませんでした。ごめんなさい」と謝られたのです。

とんでもない! 謝るのはこちらの方です。
今まで原発のこと、人ごとのように思っていました。
無関心でいてごめんなさい、と何度も心のなかで謝りました。
ほんとうに、自分が無知だったことも無関心だったことも、情けなくなって帰ってきました。

帰りの電車、イタリアで語学学校に通っていたとき、学校の先生に「日本の原発」について聞かれたことがあったのを急に思いだしました。
「いつから日本では原発が動いているのか」
「日本には原発が何基あるのか」
「唯一の被爆国なのに、どうして原子力を受け入れたのか」
「そのことをどう思っているのか」

ほんとうにごめんなさい。
わたしは、なにひとつろくに答えられませんでした。
それから十数年経っているのに、今回の事故が起こるまで、原発のことを意識することはほとんどありませんでした。
もちろん事故が起こるとその時はニュースに釘付けになるけれど、自分から勉強することなんかありませんでした。
あのとき先生は、イタリアでわき起こっていた原発議論に反対していたのだと思います。
きっと「被爆国の日本人が、こんなに何もしらないなんて」って驚いたに違いありません。
ああ、ホント情けない。

小出先生が、最後に公害問題に尽力された田尻宗昭さんの言葉を借りて、話を締めくくりました。
現状を動かすのは、ひとりの力だ、と。
一人一人が動かなければ、何も変えることはできないということ。
わたしの訴えなんて非力だとわかっているけれど、声をあげることが大切なんだな、と思いました。
もう原発はいりません。
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by arinko-s | 2011-04-30 18:50 | 日々思うこと

cammina cammina  歩け歩けイタリア縦断ツアー

今年はイタリア統一150周年です。
その記念行事のひとつとして『Cammina Cammina」(歩け歩け イタリア縦断ツアー)というイベントが行われるそうです。
政治・経済と様々な問題が山積になり、州や町でばらばらになりかけたイタリアを、「もう一度まとめようではありませんか」というのが、もうひとつの開催目的のようです。

出発はミラノのカッシーナ・クッカーニャ。
出発日は5月20日の朝8時。
1日15〜35キロの道のりを歩くそうです。
ミラノを出発した後は、パヴィア、ピアチェンツァ、ルッカ、サン・ジミニャーノ、サン・クイリコ・ドルチャ、ヴィテルボ、ローマなどを経由して、ゴールは7月の1日、ナポリです!

参加希望者はサイトから申し込むだけ。
もちろんすべてのコースを歩く必要はなく、好きな場所から始めて、好きな場所で撤退することも可能だそうです。

え〜〜〜、楽しそう!
遠足気分で参加したい!

って、もちろんわたしは参加できそうもないので、そのころイタリア旅行を予定している方、ぜひトライしてみてください!
さっそくサルデーニャやナポリ以南の住人たちから「どうしてわたしたちの町は歩かないの?」という不満の声や、「なんて素敵なイベント!」なんていう声がたくさん上がっているので、
きっとわいわい楽しいお祭りになる気がします。
わたしも、一緒に歩きたかったなあ。

お勧めはやっぱりトスカーナの丘です。
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(写真はこちらのサイトより転載)
あんなところひたすら歩いたら、気持ち良さそう。アップダウンがきついに違いありませんが…
でも実はコースの中、聞いたことのない名前もたくさんあります。
古い街道を歩くそうなので、中世の町なのでは? と想像が広がります。
宿泊は簡易宿泊所や修道院
これまたイタリアらしくて、うらやましい。

そうそう、この時期、イタリアではかなりの日差しの強さが予想されるので、「帽子だけはお忘れなく」とのことですよ〜。
(4月26日付け La Repubblica ネット版より)
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by arinko-s | 2011-04-27 22:22 | 本日のイタリア語

IO E TE

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Nicolo' AMMANITI(ニコロ・アンマニーティ)の一番新しい小説。
昨年の出版以来、今もベストセラーのランキングを飾る一冊です。
ニコロ・アンマニーティの小説は、『ぼくは怖くない』(Io non ho paura)が邦訳されているし(早川書房)、ガブリエレ・サルヴァトーレス監督によって映画化され日本でも公開されたので、ご存知の方も多いかも知れません。

舞台は2000年、ローマ。
主人公のロレンツォは14歳。にぎやかなところが苦手な少年です。
つまり友人たちの輪の中になかなか入れない。でも、本人はむしろひとりでいることに安堵感を抱いています。
ところが、これが親にとっては心配の種。
カウンセラーの先生のところに通わされてしまいます。

ロレンツォは、どうすれば友人たちにからかわれずにすむか、親に心配をかけずにすむか、周囲の反応を見て学んで行きます。
そして表面的には、周囲の子どもたちと何ら変わらない振りをするようになっていきます。
保身術を覚えたのです。

ある日、クラスで一番の美人とその友だちの男子がなにやら相談をしていることにロレンツォは気づきます。
一週間のグループ旅行、スキーをしに、コルティナ(北イタリア、ヴェネト州の町)の別荘に行く計画を立てているのだと知ったロレンツォは、家に帰ると、思わず母親に「スキー旅行に誘われた」と嘘をついてしまいます。

それを聞いた母親は、大喜び。すぐさま父親に電話をし、報告する始末。
ロレンツォは、後に引けなくなってしまいました。

いよいよクラスメートたちがスキーに出発するその日、
ロレンツォは集合場所まで送って行こうとする母親を途中で帰し、そして自分はこっそり地下鉄に乗り、家に帰ります。
アパートの地下にある物置で、一週間隠れて過ごすためでした。
そのための用意は万端。毛布や食糧品をちゃくちゃくと運びこんでいました。

隠れ家で一人きりのヴァカンスを楽しんでいたロレンツォの元に、突然、父親と前妻の間に生まれた姉のオリヴィアがやってきます。
行き場がなく困っているオリヴィアを、最初ロレンツォは頑に拒否ます。
しかし母親に嘘がばれそうになり、オリヴィアに助けてもらう。
取引の形で、自分だけの隠れ家に入れてあげることにしました。

実は、オリヴィアはドラッグ中毒でした。
ロレンツォは詳しい話を聞かされていませんでしたが、彼女が深刻な状態に陥っていることを察します。
薬が切れ、もだえ苦しむオリヴィアを見て、ロレンツォは脅えると同時に、このまま死んでしまうのではないかと心配します。
そして、嘘がばれるかもしれないという危険を覚悟で、彼女を助けるために隠れ家を抜けだしました。
一緒に育ったわけではない姉弟ですが、結局このことがきっかけで、お互いの愛情が深まるのです。
そして物置で過ごす最後の夜、2人はツナの缶詰で乾杯し、再会を約束しました。

というのが、あらすじです。
明るく話し好き、というのが日本人のイメージするイタリア人のステレオタイプ。
実際、話し上手の人が多い、とわたしも思います。
でも、『素数たちの孤独』のマッティアもそうでしたが、実はそうではないイタリア人もたくさんいるんですね。
当たり前のことですが…

個人的にはロレンツォにすごく共感を覚えました。
わたしも、意味もなくつるむの苦手でした。
でも逆にあれこれ詮索されるのも面倒くさく、適当に合わせることも覚えていましたねぇ。
う〜ん、わかる、わかる、って何度も思いました。

ロレンツォが隠れ家にした物置は、cantina(カンティーナ)と呼ばれるもので、大抵のアパートの地下にあります。
各部屋それぞれに与えられたこのカンティーナは、なかなか広く、食糧貯蔵庫としても使われています。
大抵どの家も、ワインやらオリーブオイルやらトマトソースの瓶詰やらジャムやら、保存食をたくさん置いています。
その他、古くなって使わなくなった家具とか、がらくたとか、バイクとかいろんなものが詰めこまれていることも少なくありません。

ロレンツォのカンティーナには、以前の住人、伯爵夫人の遺品も数多く置かれていました。
ロレンツォはその家具をうまく使って、数日間滞在するのに不便なく過ごせるように部屋を整えておいたというわけです。

ここでひとつ学んだこと。
イタリアには nuda proprieta' という不動産の買い方があるのだそうです。
身内も財産もない老人が、生前に不動産を、自分の身柄と共に売る、ことだそうです。
買った方は、もちろん売り主が亡くなるまで、その売り主が共に暮らすことを認めなくてはなりません。
そして売り主が亡くなると、家の中にあるものすべてが、買い主の所有物になるとのこと。
ロレンツォの両親は、この方法で家を買っていたのでした。だから、カンティーナに伯爵夫人のものがたくさんあったのですね。
ただし、イタリアでは「nuda proprieta'で家を売ったら、死ぬことはない」といわれているのだとか。
嘘か誠か知りませんが、死にかけていた人が、この方法で家を売った途端、20年も生き延びたりするそうです。
つまり、買った方は20年間、他人と暮らすことを耐えなくてはならないということ。
安いかわりに、そういうリスクもあるという売買の方法ですね。

話は戻って、実はこの物語の最後は、すごく衝撃的です。
せっかく2人の間にシンパシーが生まれて、2人はそれぞれの生活に戻ったというのに!!

10年後、ロレンツォの元に警察からの呼び出しがあります。
それはオリヴィアの遺体の身元確認のためでした。
オリヴィアの財布の中に、別れるときに書いたロレンツォの連絡先のメモが残っていたのです。
ロレンツォと「もう二度とドラッグには手を出さない」と約束したのに、結局ドラッグが原因でした。

すごく心温まる結末かと思いきや、最後の2ページで奈落の底に突き落とされた気分でした。
悲しすぎる。

ニコロ・アンマニーティの本はどれも、読者のレビューが数えきれないほど。
さすが大人気の貫禄を感じさせます。
その内容も、これまた人気の作家らしく、賛否両論。
でもわたしはこの小説★★★★★でした。
早く次が読みたいぞ。

そうそう、原題を直訳すると「きみとわたし」です。
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by arinko-s | 2011-04-21 21:17 | 読書 イタリア語

Stop Nucleare!

イタリアでも原発の開発についての議論が盛んに行われています。
もちろん、日本の地震、津波、その後の福島第一原発の事故を受けてのこと。
「原発は安全」という神話は、世界中で崩壊したのだと思います。

そして今日、イタリア政府は原発の建設計画中断を決定しました。
6月の12〜13日に、今後の方針についての国民投票が行われることになっているそうです。

イタリアが原発を放棄したとしても、陸続きの各国に原発がある限り、危険を回避できるわけではない、という見方もあるようです。
単なる選挙対策に過ぎない、という意見もあります。
でも、いずれにせよ大きな前進であることに変わりありません。
国民投票でも、原発開発が否決されることを期待します。

とはいえ当の日本では、いまだ原発を「現状程度にとどめる」という意見が半数以上を占めた、という世論調査の結果が発表されました。
でもこう答えた人の内訳は、もちろん原発のない土地に住む人たちが圧倒的に多かったと聞きました。
遠く離れた土地に原発作って、その恩恵だけをちゃっかり受けたがっている、とも取れなくないこの答え。
じゃあ、あなたたちの土地に作ってね、って言われたら、みんなOKするのかなあ??
きっと「それは困る」って、断るんじゃないのかという気がします。
原発の近くに「喜んで住む」「住んでもよい」「住みたくない」「住めない」っていう設問を作ってもらいたかったなあ、って思いました。

(4月19日付け「CORRIERE DELLA SERA ネット版より)
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by arinko-s | 2011-04-20 20:39 | 本日のイタリア語

ジョットを探せ! Cerca Giotto.

フィレンツェのサンタ・クローチェ教会内、マッジョーレ礼拝堂のフレスコ画の公開が5年と2ヶ月ぶりに再開されたそうです。
とはいえ、まだ足場は組まれたまま。
見学者はこの足場を、建物でいう6、7階の高さまで登って、そこから約40分、このフレスコ画を見学できるそうです。

この修復過程で、ジョットにとてもよく似た男性が描かれていることが明らかになったそうです。
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え〜、どこどこ??
サンタ・クローチェ教会のホームページで、この壁画の全容をズームアップしながら見られます。
必死で、探してみましたが見つからない!
その他、『La Corriere della Sera』がアップして取りあげている箇所をそれぞれ見つけようとするのだけれど、なかなか大変。
皆さんもお時間あるとき、挑戦してください。
こちらは、タイム制限なしです!

ちなみにこの修復には、金沢大学の宮下孝晴先生が協力なさっているそうです。
( 4月14日付け Corriere della Seraネット版より)
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by arinko-s | 2011-04-14 21:36 | 本日のイタリア語

SANGUE MIO

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映画『トリノ、24時からの恋人たち』の監督、Davide Ferrario ダヴィデ・フェッラーリオの小説です。
『トリノ〜』は、ちっとも好きになれませんでしたが、レヴューの点数が高かったので、興味を引かれた一冊。

あらすじは…
刑務所に入っている父親に、生まれて初めて会いに行ったグレーテル。
父親のベルナルディーニは、自分に娘がいたことさえ知りませんでした。

グレーテルは、ハレルフォルデン―スパッツ症候群という難病にかかっており、いつまで生きていられるのか、この先自分の体はどうなってしまうのか、不安に脅えています。
母親も祖母もすでに他界し、身内は父親ベルナルディーニひとり。
グレーテルは出所を数日後に控えたベルナルディーニに、イタリア南部の町、マラテーラ(バジリカ―タ州)の教会まで一緒についてきてほしい、と頼みます。
友人の母親がこの教会に祭られるサン・ビア―ジョの聖体安置所からしたたる雫を飲んだところ、病が治ったというのです。

ベルナルディー二出所の日、グレーテルは刑務所の前で彼を待ちました。
そして2人はパンダ(フィアット・パンダのことです)に乗りこみ、イタリア半島を南下。
途中、さまざまな会話を交わし、2人の間にあった溝を埋めて行きます。

ようやく目的の教会についた2人。
しかし、友人の母親の奇跡の話はグレーテルの作り話でした。
グレーテルは、父親と過ごすことのなかった時間を取りもどすために、こんな嘘をついたのでした。

と、こんなお話です。
タイトルを直訳すると『わたしの血』。血のつながりのある家族を指しているのですね。

銀行強盗、殺人を犯した実の父親。
長い時を経れば、許せるものでしょうか?
わたしには想像がつきません。
それまでに共に過ごし、良い思い出や温かな記憶があるならばまだしも、自分を一度も抱きしめてくれたこともない父親です。
確かに今のベルナルディーニは、頼りがいのある初老の男性で、その罪を知らなければ家族として迎え入れられるかもしれません。
道中グレーテルは、あえてベルナルディーニの過去について質問し、真正面からその事実を受け止めようとします。
わたしだったら、絶対逆。あえて触れないように気をつけ、気を使いそうです。

でも、もし自分に家族は他に誰ひとりいなくて、おまけに自分は難病にかかっているとしたら…
どんな父親であっても、家族のいることがありがたく思えるのかもしれません。
そして、彼が更正していると信じて、これからの彼の生き方に賭けてみるかも。
う〜ん、やっぱりわかりません。

最後、廃墟と化した教会(奇跡のあった教会とは別の教会)の中、2人は求愛儀式を繰り広げる羽アリの大群を眺め、それぞれ様々な思いにふけります。
メスは受精するとオスを捨ててさっさと飛び去り、オスはそのまま地面に落ちて死んで行く。
床は真っ黒な死骸で埋めつくされ、そして、静寂に包まれる。

このシーンが強烈なのですが、作者の後書きによれば、この羽アリの求愛儀式はイタリアのアペニン山脈近郊の村や町では、毎年見られる光景だとか。
中でも有名なのが、ボローニャの近くMonte delle Formiche(モンテ・デッレ・フォルミケ、その名もアリ山)の Val di Zena(ヴァル・ディ・ゼーナ、ゼーナの谷)のものだそう。
例年9月前半に見られるそうです。

自分の中の何かが変わってしまうほど圧倒される光景なのだろうと、このシーンを読んで推測しました。
虫の大群て苦手ですが、機会があったら見てみたいかな。

監督のフェッラリーオは、ドキュメンタリーもたくさん撮っていると知り納得。
小説もどこかドキュメンタリータッチです。
今度はこの人の撮ったドキュメンタリーを見てみたいと思います。
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by arinko-s | 2011-04-13 21:23 | 読書 イタリア語

人の津波

長いこと、ブログを更新する時間がなかなか取れずにいました。

その間、イタリアではベルルスコーニ首相の未成年買春容疑の初公判が開かれました(4月6日)。
ところが、当の本人が欠席したために、ほどなく閉廷、裁判の延期が決まりました。
なんてずる賢い首相だろうという印象を内外に強く与えたに違いありません。

驚くことに、その翌日ベルルスコーニは「イタリアが真の民主国家になるためには憲法改正が必要」という声明を発表。
いったい誰のための憲法改正?? 
まったく呆れてしまいます。

この数週間、日本が震災のショックに打ちひしがれ、原発の行方から目を離せずにいた間、
イタリアのシチリアには、北アフリカからの移民船が連日漂着していました。
先週水曜日には、嵐の中出航した船が転覆し、子どもを含む多くの人が海中に投げ出されるという事故も起こっています。
移民収容センターには、もう収容できないほどの移民が到着しているとのこと。

この問題に対し、イタリア政府のとった政策。
今日から一日二便、チュニジア行きの飛行機を定期的に飛ばし、移民たちを送還することにしたそうです。
イタリアにしてみれば、地理的な問題からヨーロッパの窓口になってしまっているだけで、この問題を一手に引受ける筋合いはないというところ。
フランスと内務大臣会合も開かれ、対策を練っているところのようです。
「これはヨーロッパ全体の問題だ」という主張は理解できます。

けれども、この記事(4月11日付け CORRIERE DELLA SERAネット版)の中、なんとも気持ちを逆なでするようなベルルスコーニの発言がありました。
毎日やってくる移民たちを「tsunami umani 人間の津波」と言っているのです。
もちろん、日本の東北地方を襲った津波の映像が彼の頭の中にあったに違いありません。

まだ生々しい記憶の爪痕を思い起こさせるような言葉を、こんなふうに使われることにも腹がたちます。
それだけではありません、命からがらヨーロッパに逃げ出している人たちのことをこんなふうに言うなんて。
彼らにだって、生まれた土地や家族を捨ててまで逃げてくる理由があるはずです。

毎日毎日漂着する移民は、たしかに絶え間なく寄せる波のようかもしれません。
でも、行き場を失い決死の覚悟でやってきた人たちが、津波のように、到着した土地を破壊するわけがありません。
この人たちが安心して暮らせるよう計らうのが政治の役目なのに。
こんな言葉を使うなんて、ホント思いやりのかけらもないやつだ、と腹を立てていたら…

今日は、自身が所有していたテレビ局の放映権の売買の不正疑惑についての裁判が行われるとのこと。
驚くのは、そのベルルスコーニを応援する多くの人たちがロンバルディア州全域からミラノ裁判所前に集まり、裁判所に入る彼を拍手で迎えたこと。
インタビューされている人たちの中には、何の裁判だか知りもせずに野次馬根性でやってきている人もいるようですが、まだまだ彼を応援している人たちがこんなにいるとは!!

う〜ん、呆れちゃいます。
ちなみに、わたしの友人、知人のイタリア人たちは皆、「もうベルルスコーニは充分」という良識派です。
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by arinko-s | 2011-04-11 18:04 | 本日のイタリア語

原発に反対する原子力の研究者

友人が教えてくれた動画です。

3年前のドキュメンタリー番組。
「今、原子力発電所などの施設ではこれまでに想定されていなかったようなトラブルが起きています」という導入部分のナレーションがありました。
この番組が作られたときよりも、さらに想定外のできごとが起こってしまった今、ひとりひとりが真剣に原発のあり方を考える時期が来ているのだと思いました。

このドキュメンタリーに出てくる研究者、小出さんたちは、原子力を研究しながら、原発に反対しています。
3.11のあの日以来、数多くの原子力研究者が解説する姿を見てきました。
勝手に原子力の研究者は原発の推進者だと思っていました。

そうではないと知り、心強く思います。
最後に原発推進者との討論会の様子があり、
「原発がなくなったら今の生活はどうなるのか?」という話がなされます。

今の過剰にエネルギーを消費する社会を続けるためには、原発が必要なのかもしれない。
でも生活を縮小すれば、原発はいらない。
原発の問題は、一人一人がどういう生き方をしたいのか、どういう社会をつかみとりたいのかという問題、という言葉。考えさせられます。

ちょっと長い動画なので、お時間のあるときに見てください。
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by arinko-s | 2011-04-10 20:50 | 日々思うこと