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本日のイタリア語

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イタリア短編映画賞

イタリアの短編映画賞〈Talenti in corto〉の受賞作品3つが決まったそうです。

ひとつめは、『家の下』

アパートの玄関の真正面に車を駐車することができたステファノは、それだけ(!)で狂喜します。
下に降りてきた彼女もそれを見て、大よろこび。
ステファノは「子どもが欲しくなった」とまで宣言します。

そして翌朝。車を出す前に、ステファノはあらためてしみじみ。
その場所に車を入れようとしたドライバーは、そこがステファノの家の真正面だと知り、「すごいじゃないか!」とひとこと。

そして、ステファノから電話をもらった両親も涙を流して大よろこび!

ふたつめは、『シャロンの番号』。
公衆電話もなく、携帯の電波も届かない小さなアルプスの村で暮らすアンドレア。
ある日偶然立ち寄ったチャットルームで、リーザという女の子と出会います。
「彼にふられちゃった」とウルウルしているリーザに、ステファノは一目惚れ。
しばしおしゃべりを楽しむと、リーザは携帯電話の番号を教えてくれるのですが…
途中で雷が落ち、停電!

足りないのはあと3けた。10×10×10で、可能な組み合わせはたったの1,000通りだと、アンドレアは前向き。
そんなのは、シャロン・ストーンの番号を見つけだすようなものじゃないか、と冷ややかなバールのオーナーをものともせず、ステファノはひとつずつ可能性をつぶしていきます(次々と出てくる携帯電話に答えている人たちは、アンドレアからの間違い電話を受けとった人たち)。

でも、どこまでかけてもリーザにたどりつけません。あきらめかけるステファノにバールのオーナーが「思いついた番号をかけてみろ」と、励まします。
そしてステファノが電話のダイヤルを回すと…
バールにやってきた電気工事士らしきリーザ。タイミングよく彼女の携帯電話がなりはじめます。

「自分で探さなくちゃ、満足する結果にはたどりつかない」と話すステファノ。
バールのマスターがダイヤルを回すと、英語で答える女性! ひょっとしてシャロン・ストーン??

3つめは、『ブラック アウト』。

アパートの向かいの窓の部屋に越してきた女性が気になる老年の男性。
彼は、どうしても冷凍食品のコトレッタ(カツレツ)がうまく焼けません。
冷凍食品の配達人は、お向かいの女性は上手に焼きますよ、と文句をいう男性を相手にしません。

ある夜男性は、今までダメにしてきた冷凍食品の開いた空き箱の裏を継ぎ合わせ、
「質問してもいいですか?」と大きく書きます。
そして、向かいの窓の女性にその紙を掲げると…
いきなりの停電。

ふたりは、それぞれ下に降り、初めて言葉を交わします。
「コトレッタは、何分焼けばいいのですか?」と聞く男性に、
「そうね、わたしは目を離さないようにするわ」と女性。
そして、ふたりは手に持つろうそくを消し、散歩をしに行きます。

という3本。それぞれ楽しめますが、やっぱりイタリアらしいのは駐車場の話??
みんな駐車場がなくて、うろうろしていますよねぇ。ほとんどの人が路駐だから、駐車難民。
そうか、家の真正面に止められるってことは、人生観まで変えちゃうほどすごいことなんですね。
もちろん、おもしろおかしく描いているとは思いますが、きっとイタリア人には共感できるエピソードなんだろうなあ、と思いました。

電話をかけつづけるアンドレアの情熱は、あっぱれとしか言いようがありません。
ステレオタイプのイタリア人ですよね、この彼は。
お〜い、もっと他にすることあるだろ〜〜〜!! って声かけたくなっちゃう。

冷凍コトレッタの話は、実は一番深いのかも。
ひとり暮らしの老人、冷凍食品に頼る食生活、そして老年の恋愛。
高齢化社会と少子化は、日本とイタリアの共通点。
なんだか切なさが身にしみます。
このおじいさん、冷凍コトレッタじゃなくて、手作りのコトレッタを食べられる日がきますように!
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by arinko-s | 2011-06-30 16:50 | 本日のイタリア語

ストレーガ賞

イタリアで最も権威ある文学賞といわれている、ストレーガ賞。
先週中間発表があり、全12作品の候補作から、最終候補5作品が決まりました。

ストレーガ賞は、その受賞作品の決め方がとてもユニークです。
国内外400の団体や審査員が、それぞれの作品のストーリーや登場人物などを5段階で評価し、その合計点で争われます。

以前に感想を書いた「ternitti」と「Settanta acrilico trenta lana」も、今年度ストレーガ賞のノミネート作品。
実は、400票のうち1票を持っている東京のイタリア文化会館を通じ、わたしも審査に参加させてもらっていました。
もちろん、12作品を読む時間はないので、この2冊ともう1册(こちらもまたいつか感想を書きたいと思っているのですが)計3冊に関して点数をつけさせていただいたのです。

結局、東京のイタリア文化会館の1位作品はというと『Nel mare ci sono i coccodorilli』。
残念ながら、この本の担当にわたしは入っていなかったので点数をつける権利はありませんでしたが、納得! 
本当に泣ける本なのです。
よしよし、がんばれ〜〜、とこの『Nel mare~~~』を応援することに決めていたのですが、
残念ながら、最終候補には残りませんでした。

ただ、わたしも読んだ『ternitti』が最終候補に残ったとのこと。ならばこれを応援しようかなあ、と思っています。

興味深いのは、各国のイタリア文化会館の推す作品がばらばらだったこと。
わたしもあまり楽しめなかった『Settanta acrilico~~~』ですが、東京の文化会館では他に読んだ人たちの評価も手厳しく、残念な結果に終わっていました。
ところが在フィンランドのイタリア文化会館は、この作品を推している!
え〜、どんなところがおもしろかったの〜?? って聞きたくなっちゃう。

それから、東京の文化会館では、まったく良いとこなしといった感じの評価に終わった作品が、最終候補作品に残っていたり!
お国柄ですかねぇ〜〜。
その結果を知ると、ますます最終候補に残った作品、すべて読んでみたくなります。

最終発表は、7月7日。楽しみです。
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by arinko-s | 2011-06-28 21:45 | 読書 イタリア語

イタリアで初の同性同士の結婚

レディ・ガガの来日に沸く日本ですが、少し前、イタリアでもレディ・ガガのニュースでもちきりでした。
国民投票の結果に沸いた同じ日、ローマで催されたゲイの権利を求めるお祭りにガガが参加。
感動的な演説をしたのでした。

その後、どこかの市長さん(イタリアの)が「同性愛者の愛は、異性愛よりも純粋で美しい」と発言したかと思えば、先週末、ニューヨーク州でも同性愛同士の結婚を認める法案が上院を通過したとのニュース。
あ〜、なんだか世の中動いているなあ、と思っていたら、
昨日、イタリアでも初の同性同士の結婚式が、ミラノのプロテスタントの教会で行われたそうです!!

カトリックのお膝元であるイタリアで、これは大ニュース。
なにしろ、カトリックの教会では同性愛や中絶、人工授精など御法度です。
でも時代は確実に流れています。
ローマ法王はどんな反応を示すのか、とっても気になります。
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by arinko-s | 2011-06-27 22:14 | 本日のイタリア語

幸せの経済学

友人に教えてもらった映画『幸せの経済学』を観てきました。

豊かさを測る指標として使われる「GNP(国民総生産)」や「GDP(国内総生産)」。
この考え方の根底にあるのが、グローバリゼーションの流れ。
多国籍企業や大企業により、世界の様々な地域が「開発」され、「消費社会」へと転身させてしまう。
その結果、伝統的な暮らしが崩壊し、それまでにはなかった貧富の格差が生まれます。
確かに地球の多くの国で、便利で快適な生活ができるようになったかもしれません。
でも、本当にそれでいいの? 本当の豊かさって何?
本当の豊かさは、ローカリゼーションにこそあるんです。

と、いうことをわかりやすく教えてくれる映画です。

いくらたくさんのモノに囲まれて暮らしても、欲しかったものをどれほど手に入れても、それが本当の幸せにつながるかはわからない、ということ。
モノでは幸福度は計れないというか。そういうことだと解釈しました。

スローライフ、スローフード。
もう何年もいわれていることだけれど、やっぱりそこに幸福はあるのだということも再認識。
それを実践することは、とても難しいことだと思うけれど、できることは心がけて。
そうですね、まずは地元野菜をせっせと買おうと思います。
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by arinko-s | 2011-06-23 21:42 | 映画 ヨーロッパ

Ateriel Fontana アトリエ・フォンターナ

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今年の2月にイタリアの国営放送RAIで放送されたドラマ。

時は、1930年代。パルマ郊外の小さな村で育ったゾエ(右)、ミコル(中)、ジョヴァンナ(左)の3人姉妹。
お針子として仕事をする母親の影響で、3人は自然に洋裁を覚え、その道に進むことになります。
なかでもミコルは、母親の反対にも負けず、斬新なアイデアを次々とドレスに取り入れ、ひと際才能を開花させていきます。

ミコルの夢は、ココ・シャネルの街、パリに行くこと。
そのために、お金を貯めていました。
けれども突如方向転換。パリよりも現実的なローマに、姉妹を説得し、共に旅立つことを決心します。

ゾエとミコルは、それぞれローマで人気の仕立て屋に仕事を見つけ、ジョヴァンナは家事をしながら、近所の人たちから注文を受け家で仕事を始めます。
もちろん、最初は下働きをさせられていたミコルですが、徐々にチャンスをものにしていきます。

ある日、仕立て屋のオーナーから公爵夫人のドレスを請け負います。
ただの一針子に仕事を任せたことを知り、この公爵夫人は腹を立てるのですが、ミコルの作ったドレスを見て納得。
ミコルたち3姉妹が、自分たちのアトリエを作るための援助をしてくれます。

そして3人は夢をかなえ、ローマの中心に自分たちのアトリエを開きました。
公爵夫人のおかげで、初めてのショーには多くの上流階級の婦人たちがやってきます。
そして大成功を収めるのですが……。
一度はついたかのように見えた顧客たちも、次第に離れていってしまいました。

そんな時に訪れた偶然。
それは、メキシコの女優リンダ・クリスティアンとの出会いでした。
リンダは、ハリウッド俳優タイロン・パワーとの結婚式をローマであげようと、ローマに滞在中でした。
ひょんなことからアトリエ・フォンターナに立ち寄ったリンダは、姉妹の才能にすっかり魅せられ、ウエディングドレスを作ってもらうことにしたのです。
リンダのドレス姿は、アメリカの雑誌でも報じられ、フォンターナ姉妹の名は一躍世界に知られることとなります。

というのが大雑把なあらすじ。
初めて世界に、イタリアン・モーダを紹介したといわれるフォンターナ姉妹の実話をドラマ化したものです。
このアトリエの歴史に加え、ミコルの人生の紆余曲折にスポットを当てて、物語が描かれています。
当時離婚が認められていなかったイタリアで、夫と別れ、ひとりで子どもを育てたミコル。
その大切な子どもが、ヴァカンス先のカラブリアでチフスにかかり亡くなってしまうのです。

本当に悲しいエピソードなのですが、そのとき娘の症状に気づいてくれた若い医師と、その後再婚できたということなので、まあ終わり良ければ…ですね。
なにしろ、ミコルは強い!
自分の才能を信じ、目標に向かって突き進む姿はとても魅力的。
娘のマリア・パオラの死によって、そのミコルが絶望のどん底に落ちてしまったときには、おもわず涙しちゃいました。
ミコルが元気を取りもどし、胸をなでおろしたのはきっとわたしだけではないはず。

このドラマの中では、ミコルが姉妹を引っぱっていったように描かれていますが、実際には最初に田舎を捨て旅立ったのは長女のゾエだそうです。
行き先を決めずに駅に向かい、最初に来た電車に乗ると決めて家を出たのだとか。
そしてたどりついたのがローマだったそうです。
これを知ると、やはり長女! ゾエも強い女性だったのですね。

ちなみに、フォンターナ姉妹のドレスを着た著名人には、エリザベス・テーラー、オードリー・ヘップバーン、グレースモナコ妃、ジャクリーン・ケネディなどなど、そうそうたる名前が並んでいます。
フェリーニの『甘い生活』のなかの有名なワンシーン、トレビの泉で水浴びするアニタ・エクバーグが着ている黒いドレスも、アトリエ・フォンターナのドレスだそうです。

それからもうひとつのちなみには、フォンターナ姉妹に成功をもたらした、リンダとタイロン(1956年に離婚)の娘、ロミナ・パワーは女優、歌手としてイタリアで活躍したそうです。

そうそう、フォンターナ3姉妹のゾエとジョヴァンナは既に亡くなっていますが、ミコルは健在。98歳だそうです。
Andare oltre, fare di più. Per tutta la vita è stato questo il mio desiderio.
(もっと先へ、もっとたくさんのことを。生涯、これがわたしの望みでした)
これは、ミコル・フォンターナの言葉ですが、さすが何かをやり遂げる人の言うことは違うなあ、と感心することしきり。
わたしなんて、すぐに疲れて、「ああ早く終わりにしたい」と願ってしまう。
ここが違うんですね〜。心しようと思います。
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by arinko-s | 2011-06-22 22:16 | 映画 イタリア

Settanta acrilico trenta lana

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タイトルを直訳すると、『アクリル70% ウール30%』。

両親とLeeds(イギリス北部の町)で暮らす、大学生のアメリア。
一人暮らしを始めようとした矢先、父親が交通事故で亡くなってしまいます。
車に一緒に乗っていたのは父の愛人。
ショックを受けた母親は、その日から口がきけなくなってしまいました。

アメリアはひとり暮らしをあきらめ、大学もあきらめ、母のめんどうをみることを余儀なくされます。
母親のリヴィアは、夫の死以来、すべてに無頓着になり、毎日家にこもって外に出ません。
爪は汚れ、髪の毛は油でぺったり。
そして、いつでもポラロイドカメラを首からぶら下げ、ありとあらゆる穴を撮るようになります。
車ごと穴に落ちた夫の死のトラウマです。
カメリアはそんな母親にうんざりしながらも、生活費を稼ぐために、イタリアの電機メーカーの洗濯機のマニュアルを、英語に翻訳する仕事を始めます。

そんなある日、カメリアは中国人の青年、ウェンと知り合います。
元々大学で中国語を習っていたカメリア。ウェンにお願いし、中国語の勉強を再開しました。
いつしかカメリアは、漢字を覚えることに夢中になり、ウェンの母親のお古の筆を使って次々と漢字を紙に書き、イデオグラムの世界に没頭するようになっていきます。

もちろん、カメリアの気持ちを癒したのは漢字だけでなく、ウェン自身でした。
けれどもウェンはとても消極的で、カメリアは振り向いてもらえないことに憤りを覚え始めます。
そして、ウェンの弟と肉体関係を持ってしまうのです。

そして、すべてはウェンの知るところになり、愛する人も失ってしまったカメリア。
その一方で母親のリヴィアは、カメリアに無理やり行かされた写真講座で、やはり妻に先立たれた写真の先生とおつきあいを始め、みるみるうちに精神状態を回復させて行きます。

幸せそうな母親と恋人を見て、嫉妬するカメリア。
高い塀に上り自殺をしようと考えるのですが、それを止めようとした母親の恋人を逆に突き落とし……。

というなんとも暗いストーリー。
著者のViola Di Grado(ヴィオラ・ディ・グラード)は、弱冠23歳。
このデビュー作が話題になり、今年度の文学賞に軒並みノミネートされています。

漢字と中国人の青年、それから古い服をあれこれリメイク(この服の袖とあの服の身頃にこっちのポケットを合体させるとか)すること、そして洗濯機のマニュアル、とすごくおもしろいキーワードがたくさんでてくるのだけれど、なにしろテーマが重たい。
おまけに舞台が、暗い暗い冬のリーズ。
ひたすら一本調子で進むので、途中までのハラハラ感もなくなってきて、ひたすら残りのページをカウントしながら読みました。

著者の23歳という年齢も手伝ってか、書店のレビュー欄も喧々ガクガク。
たしかにものすごい才能を持った書き手が現れたことには変わりないのだろうけれど、好きか嫌いかは、別れるところだろうなあ。

最後、母親の恋人が地面で頭から血を流しているのを置き去りにして家に帰ったカメリアの台詞。
「Stai tranquilla mamma, tornera' tutto come prima. Siamo di nuovo solo noi. Per sempre. Come ti avevo promess. ママ安心してね、全部元通り。またわたしたちだけの生活に戻るの。これから、ずっと。約束したものね」

きゃ〜〜〜、って悲鳴あげそうになりました。
自分の殻に閉じこもる母親にうんざりしていたくせに、いざ母親に恋人ができるとこの始末。
ウェンに大人になるレッスンもしてもらえば良かったのにね。
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by arinko-s | 2011-06-18 18:24 | 読書 イタリア語

国民投票バンザイ!

イタリアの国民投票が終了。
今回の国民投票には、4つの命題がありました。
2つは、公共水道事業の民営化について。
ひとつは、今後の原発政策について。
4つめは、首相、議員の裁判出廷免除法について。
そして、その4つがすべて、ストップされる結果になりました。
イタリアの各地でお祭りのような騒ぎになっている模様。
参加したかった〜〜。

そして、You Tubeでは、こんな動画が話題になっているそうです。


以下、訳文と照らし合わせてどうぞ!

国民投票には行かないよう呼びかける首相に従って、アンティグアにある首相の別荘で週末を過ごした側近たちが帰国。もちろん政府専用機で。

CA「議員の皆様、間もなく当機はローマ・フィウミチーノ空港に着陸いたします。皆様にお知らせしなくてはならないことがございます。海の家にご招待し、皆様にお願いしてきたにもかかわらず、国民投票は残念ながら、成立いたしました。水に関しての投票は『シー(Yes)』が勝ちました。つまり、水は引き続き公共事業として残ります」
「まあ、そうだろうな」
「すみません、少なくとも原発を造ることはできるのかしら」
CA「残念ながら、この件に関しても『シー』が勝ちました」
「受け入れなくてはならんね」
「まあ、しょうがないわね」
CA「つまり、皆様の原発に対する経済投機はすべて取り下げられ、クリーンで再生可能なエネルギーに預けていただくことになります」
「仕方ないね」
「子どもたちのためね」
CA「この週末、アンティグアの首相の別荘で、皆様が楽しくお過ごしになられたことを願っております」
「おじょうさん、国民投票は4つの事項に関してじゃなかったかい?」
CA「ええ、まあ……。議員の出廷免除に関しても『シー』が勝ちました」
(機内パニックに)
CA「皆さん、落ちついてください。ゲディーニ(ベルルスコーニ首相の側近中の側近)がどうにかしてくれるはずです。わたしたちのテレビニュース(ベルルスコーニ首相所有のテレビ局のこと)では伝えませんから。わたしたちの調査によれば、海外でもわたしたちの味方をしてくれるとのことです」

*『シー』が勝ったというのは、設問がすべて「ストップすべきか」との問いだったためです。
つまり、この飛行機に乗っている議員たちは皆、裁判出廷を求められたら困る立場にあるということ。そのためにパニックに陥っているんですね。まったく。

とにもかくにも、イタリアが脱原発に向かって一歩踏み出したことに拍手!
フランスの原発で作られた電気を買わないためにどういう政策を打ち出すのかは、これからの課題。まだ本当の脱原発に至までには時間がかかるかとは思いますが、日本もイタリアに続きますように。

追記:ここに動画を埋め込むと右側が切れてしまうことに気づきました。
正しいサイズの動画はこちら→
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by arinko-s | 2011-06-15 18:19 | 本日のイタリア語

ラファエロの『エゼキエルの幻視』

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フィレンツェのピッティ宮殿に飾られているラファエロの名作。
約40×30cmの小さな作品です。
実はこの絵、贋作の可能性が高くなってきたようです。

始まりは2008年、ヴェネツィアの美術史家ロベルト・デ・フェオ教授の元にかかってきた一本の電話。
フェッラーラ近郊(エミリア・ロマーニャ州)に住むコレクターの収集物の中に、ピッティ宮殿のラファエロの絵とそっくり同じものがあり、これを見た人は皆、間違いなくこちらの方が美しいと声をあげるのだという話。
さっそくその絵の写真を見せてもらったデ・フェオ教授は、感動のあまり手が震えた、と語っています。

それから3年、デ・フェオ教授はロンドン、パリ、ローマ、フィレンツェを駆け巡り、さまざまな文献を集め、X線などなどからも証拠を積み重ねていきます。
そして今、確信を持って、ピッティ宮殿に飾られているものは贋作だと発表したそうです。

その根拠はというと、
●ピッティ宮殿に飾られているものをX線に通すと、線を直したあとがほとんどないこと。つまり描きながら構造等を練った形跡がまったく見られない、ということは模索に過ぎないという証拠。

● ピッティ宮殿の方は、色の載せ方が、ラファエロの時代よりも、後の時代のものだということ。

● ラファエロはいつでもポプラ材を使っていたのに、ピッティ宮殿のものはオーク材が使われていること。新たに発見されたものは、ポプラ材が使われている。

等々。その他、細かく部分、部分を比較し、どちらの絵が技術的に優れたものであるかを検証しています。

またこれまでは、
1510年に描かれたこの絵は、
1556年に絵を依頼したボローニャのエルコラーニ伯爵からメディチ家にわたり、その後
1799年ナポレオン軍によりルーブル宮へ持ち去られ、
そして1816年にフィレンツェに返還、
という経緯をたどったものと考えられてきたそう。
ただし、1983年に催された「ラファエロ生誕500年展」で、この絵もオリジナルとして飾られたものの、カタログにX線写真は掲載されなかったということ。
この点から、実は関係者はすでに疑いを持っていた? との疑問も沸いてきているようです。

一方、デ・フェオ教授の研究では、
実はこの絵がメディチ家に渡った証拠は何もなく、
1589年にフランスの著名なコレクターの元へ買い取られたことがわかったそうです。
その後、オルレアン公爵の元に渡ったのが1706年。
1799年にイギリスに渡ったことまで突き止められたそうですが、その後1844年に、突如姿を消してしまいます。

ロンドンのナショナルギャラリーの館長は、1995年にこのオリジナルと思われる作品の存在を知ったそうです。
以来、ピッティ宮殿に飾られている『エゼキエルの幻視』を引用することはなくなったのだとか。それはつまり、
「彼はすでに、ピッティのものはオリジナルではないと気づいていたからに過ぎない」とデ・フェオ教授は話を締めくくっています。

このオリジナルかどうかを見極めるための経緯や、この絵が辿ってきた道乗りは、とても興味深いものですが、それよりもわたしは、このフェッラーラに住むコレクターのことが気になる。
なんでもこのコレクターの男性を知っている人は、ほとんどいないのだとか。
コレクターだということを隠しているのでしょうね。
彼とコンタクトを取るには、ブローカーを通さなくてはならないそうです。
ひょっとして隣に住むおじさんが、実はものすごい美術収集家だった、なんてことがイタリアならあり得るのかもしれません。

ちなみに、新しく発見された『エゼキエルの幻視』は、今年中にローマにあるAccademia dei Lincei(リンチェイ アカデミー)にて公開予定だそうです。

(L'Espressso誌 5月12日号より)
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by arinko-s | 2011-06-09 16:32 | 本日のイタリア語

IMMATURI 大人になりきれない大人たち

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今年の1月に公開され、たったの3週間で1,130万ユーロの興行収入を稼いだ大ヒットコメディーです。
今年度のイタリアの映画賞「ナストリ・ダルジェント(銀のリボン賞)」にもシナリオ部門を始め、4部門にノミネートされています。

登場人物は
恋人と同棲中、小児心療科医のジョルジョ
40歳目前にして未だに両親と同居中、不動産業で働くロレンツォ
人気シェフでセックス依存症のフランチェスカ
食品会社管理職、バツイチ子持ちのルイーザ
結婚して自由を奪われるのを嫌い、恋人に妻帯子持ちと嘘をついている、ラジオのDJ、ピエロ
かつてのジョルジョの彼女、エレオノーラ
そして、結婚しても女遊びをやめられないヴィルジッリオ

この高校の同級生7人の元に、ある日教育省から一通の手紙が届きました。
その内容は、書類に不備があり、高校の卒業資格が認められなくなった、というもの。
「つきましては、もう一度卒業試験を受けてください」と書かれていました。

7人は20年ぶりに再会。一緒に試験勉強を始めます。
その間、それぞれが当時を懐かしんだり、忘れかけていたかつてのわだかまりを再燃させたり、恋心が芽生えたり……。
そして迎えた卒業試験。7人揃って合格します。
試験後、7人はそれぞれ踏み切れずにいた選択をし、新たな一歩を踏み出しました。

というストーリー。
そもそも卒業してから20年も経っているというのに、もう一度卒業試験を受けろなんて!
日本だったらあり得ません(きっと)。
でもイタリアだったらあり得る話、とイタリア人も思っているからこそのヒットなのでしょうね。

イタリアの高校卒業試験は、超がつくくらいの難関試験だそうです。
みんなその日のために、2ヶ月も3ヶ月もかけて5年分(イタリアの高校は基本5年制)の復習をするそうです。
当日は、筆記試験+他の生徒の前で受ける口頭試験。
そんな大変な試験、わたしだったら、「もう一度」といわれた瞬間に「無理!」って言ってしまいそうです。

ちなみに、大学卒業試験は、もちろん口頭試験。
でも受験者はstudente(学生)ではなく、candidato(候補者)と呼ばれます。
つまり学生と教授の関係から、教授と対等の立場に格上げされるということ。
試験自体も、高校の口頭試験は interrogazione(インテロガッツィオーネ・質問)と呼ばれるのに対し、大学の口頭試験はcolloquio(コッロクイオ・対話)と呼ばれます。
上からの質問ではなく、対等の立場で会話をし、卒業に値するかどうかが審査をされるということらしいです。

と話がそれましたが、話を元に戻して高校の卒業試験です。
この試験の名前は esame di maturita'(エザーメ・ディ・マトゥリタ)。
エザーメは試験、マトゥリタは人間の成熟を意味します。
この試験をパスすることで、大人の仲間入り、ということです。

恋人に「結婚している」と嘘をつき、束縛されることを拒否しつづけたり、
子どもができたと恋人に告げられた途端、どうしていいかわからなくなって気持ちが揺れたり、
いつまでも、昼食も晩ご飯もマンマに作ってもらい、マンマと並んで映画を観たり。
そんな大人になりきれないまま、大人のふりして過ごしてきた7人が、エザーメ・ディ・マトゥリタを受け、本当の大人になったというわけです。
とくれば、やっぱりこの7人には、再試験が必要だったわけだ。

途中、ピエロが卒業試験の情報を得ようとして、高校生になりきり女子高校生とチャットするシーンがあります。
日本の女子高生の言葉もチンプンカンプンですが、イタリアにも若者の造語がいっぱい。
その一部。

perche'(ペルケ どうして) → xke(読み方はペルケのまま)
かけ算の記号×は、ペルと読みます。それを使ってペルケ。イタリア語のアルファベットにkはありませんが、それをあえて使うのが若者流。

Dove sei?(ドヴェ セイ?) → Dove 6?
「どこにいるの?」と会話の相手に聞く言葉ですが、イタリア語の6はセイ、これを使ってドヴェ セイ? だそうです。
こんなメール来たら、慌てて6を探しちゃいそうだ!

Comunque(コムンクエ) → CMQ
ともかく、という意味のことばですが、略語! 

さらに略したのが TVB。 Ti Voglio Bene(ティ ヴォッリョ ベーネ 好きだよ)の略だとか。
新しい新幹線かと思っちゃいました〜。

イタリアで若者と話そうと思ったら、こんなことも覚えておかなくちゃなりません。
大人にはわからないように自分たちだけの暗号を作るのは、万国共通ということですね。

とっても気に入った台詞をひとつ。
ピエロがディスコで気分の悪くなった女子高生(チャットの相手)を病院に運び、彼女が目を覚ましてから交わした会話のなかの言葉。
彼女は大人びて見せようと必死になり、ピエロの方は若者を装って高校生とチャットなんかしちゃって、お互い実年齢と戦っていたわけですが、ピエロは
「Magari io ho cinquanta anni, pensero' che quaranta anni non era cosi male」
とつぶやきます。
50歳になってみれば、40歳もそんなに悪くなかったと思うんだろうな。
そうでありますように!

最後になりましたが、監督はPaolo Genovese(パオロ・ジェノヴェーゼ)。
この映画の前にも『La banda dei Babbi Natale』(サンタクロースたちの強盗団)が大ヒット。
今大注目の監督です。
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by arinko-s | 2011-06-05 21:29 | 映画 イタリア