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本日のイタリア語

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アメリカ流パスタの茹で方

アメリカの料理研究家、Harold MacGee氏は、エール大学を始め、幾つもの有名大学で食物の歴史や食物化学を教える先生でもあります。
その先生が! こんなおかしなパスタの茹で方を!! 
と、10月30日付けの『La Repubblica』ネット版に、驚きの声をあげた動画が載っていました。
時間も水もエネルギーも節約できると自信満々の先生に対し、「ブルータス、おまえもか」ならぬ、「ハロルド先生、あなたもか」って感じです。

でも今やパスタは世界各国で愛されている食材。
ノルウェー人のアニカも、いつも水の中にパスタを突っ込んでいたし、ギリシャ人のジョルジャはお湯が沸くと、パスタと一緒にお湯の中にバターを落としていました。
日本にはこんな道具も。
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レンジでチンしてパスタ〜〜〜?? ってイタリア人なら卒倒しちゃうかも。

でもこれもそれも、各国それぞれの調理方法でパスタを愛している証拠ですよね。
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by arinko-s | 2011-10-31 17:20 | 本日のイタリア語

avere sette vite come i gatti  七転び八起き

以前、『7回生きたねこ』という本を読んだ時、
著者のDomenica Lucianiが、佐野洋子さんの『百万回生きたねこ』にインスピレーションを得たのかも、と思いました。

でも、違いました!
今日、初めて知った事実。
イタリア語では七転び八起きのことを「avere sette vite come i gatti」というのだそうです。
直訳すると「ねこのように7つ命を持つ」ということ。
どんなに高いところから落とされても見事に着地してみせるねこ(しぶとく生きるねこ)は、7回生き返ると信じられていたことから、こういう言い回しをするのだそうです。

だから、イタリア人にとってこの本のタイトル『Sette volte gatto』は、当たり前の当たり前。
ねこの人生は、今も昔も「7回」なのです。
知らなかった〜〜。 

ちなみに調べてみたところ、
同じヨーロッパでもアングロサクソン系では「ねこは9回生きる」とされていて、
アラブの国々では、イタリアと同じ「7回」なんだそうです。
もちろん、日本では「百万回」!
どこのねこよりもしぶとい、日本のねこバンザイ!
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by arinko-s | 2011-10-26 17:08 | 本日のイタリア語

Il mondo in un rotolo 筒の中の世界

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『Repubblica』紙の、付録誌『D.Repubblica』10月21日付けネット版に、フランス人アーティストAnastassia Eliasさんの作品が紹介されていました。

なんてかわいい! くぎ付け。
驚いたことに、この筒、トイレットペーパーの芯だそうです!

短いインタビューの中に「日本からカナダまで、たくさんの少年少女がきみのことを知っていて、きみの作品を真似して作っているけど……」とありました。
え〜〜、そうなんですか?
私はまったく知りませんでした。

他にもこんなのとか(スナフキンを思いださせます)
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こんなのも(こんなブランコ乗ってみたい)。
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いろいろあるけど、これが一番好きかも。
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だんなさんと、こんな絵本も出しているそうです。
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絵は、またひと味違って、力強いタッチです。

まだ本格的な個展はしたことがないそう。
日本にも作品がやって来たらいいのにな。
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by arinko-s | 2011-10-24 20:45 | 本日のイタリア語

LEZIONI DI VOLO フライトレッスン

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高校卒業試験に落第してしまった“Pollo(ポッローチキンのこと)”と親友の“Curry"。
ポッロはユダヤ人、カリーは幼い時にインドから養子にもらわれてイタリアにやってきた少年です。
いつも一緒にいる二人は、皆からポッロとカリーと呼ばれているのでした。

二人はカリーの故郷、インドへ旅することを決めました。
もちろん旅費は親持ち。贅沢なホテルで快適な時間を過ごすものの、一歩外に出ればそこはカオス。
雑多な町に辟易した二人は、「宮殿を見に行って、プールで泳げるホテルに移ろう」なんて決めたものの、荷物を全て持っていかれて、路上に放り出されてしまいます。
ホテルに助けを求めようとしたものの、外見の違いからカリーはホテルにも入れてもらえず。
二人は離ればなれになってしまいました。

不運は重なり、下痢と吐き気に襲われるポッロ。
そんな彼を助け、二人を引き合わせてくれたのが、産婦人科医のキアーラ(Giovanna Mezzogiorno ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)でした。
キアーラはNPO団体のメンバーとして、医療活動に携わっています。
今まで何に対しても興味を持てずにいたポッロは、彼女と過ごすうちに次第にキアーラに惹かれていくのですが、実はキアーラには夫がいました。

一方、カリーはこの土地で自分のアイデンティティーを見つけていきます。
最初はその気もありませんでしたが、自分の育った施設を訪ねることを決意。
産みの母親に会ってみようと決めました。
ところが、その母親は既に他界してしまっていました。

というのが、簡単なあらすじです。
タイトルの『フライトレッスン』というのは、大人になるための、つまり巣立ちのためのレッスンということでしょうね。

英語でチキンといえば、臆病者のことですよね。
イタリア語でもポッロと人を呼んだら、それはいい意味ではありません。
お人好し、世間知らず、の蔑称です。
この映画のポッロくん、まさにそんなタイプを見事に演じています。
裕福な家に生まれて何ひとつ不自由のない生活をし、だからなのか、自分は何をすべきなのか何をしたらいいのかさっぱり見えない。見つける意思さえない。
いつも責任を人になすりつけて、うじうじ。
あ〜〜もう! ってじれったくなるようなタイプです。
その彼が、16歳も年上のキアーラと出会い、いろいろなことを自覚していく。
人のためにきびきびと働く彼女を見て、自分の情けなさを感じたんでしょうねぇ。
キアーラはカリーにも、厳しい言葉をびしびし浴びせます。
間違いなく彼らにフライトレッスンをしてあげたひとりは、キアーラです。

この映画のテーマのひとつでもある養子縁組ですが、実はイタリアは養子縁組大国。
それも国内の子どもを養子にするのは、手続きがより困難であることから、その多くは外国の子どもだそうです。
東欧の子が大半を占めるようですが、南米、アジア、アフリカからの子どもも少なくないとか。
もちろんイタリアでも人種差別はあると思いますが、養子に対する偏見は、日本とは比べ物にならないくらい少ないのは確かです。

おまけに、イタリアの出生率は徐々に上昇しているようですが、その上昇は移民のカップルによるというデータもあります。
生粋のイタリア人て、どんどん減っているのかもしれません。
それも時代の流れですね。

この映画は2006年の映画、監督はFrancesca Archibugi(フランチェスカ・アルギブージ)。
女性監督です。
強い女性の描き方とか、やっぱりどこか女性監督っぽい、と思いました。

それにしても、インドのシーンの後にローマが映ると、あの(!)ローマが整然として見えるから不思議です。
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by arinko-s | 2011-10-23 16:16 | 映画 イタリア

L'uomo che verrà やがて来る者

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2009年のローマ国際映画祭で審査員賞と観客賞を受賞した映画です。
監督はGiorgio Diritti(ジョルジョ・ディリッティ)。
ボローニャ近郊の村で起こったナチスによる虐殺を、主人公の8歳の少女、マルティーナの目を通して描いています。

題材となっているのは「マルツァボットの虐殺」という、実際に起こったできごとだそうです。
1944年9月29日から10月5日にかけて、マルツァボット村というエミリア・ロマーニャ州の、人口7千人弱の小さな村で起こったこの事件。
連合軍がシチリア島に上陸し、ムッソリーニが逮捕された後のこと。
ドイツ軍がイタリア半島を占領し、その一方でパルチザン蜂起が活発になり……。
連合軍が徐々に北上し各都市を解放していくものの、ドイツ軍は抵抗を続けていた、そのころのできごとです。

映画の中でも、ナチスは村人たちに容赦なく銃を向けます。
子どもにも、女性にも、老人にも。
教会に逃げ込み、必死で祈りを捧げる村人たちも撃たれます。
神父も撃たれます。
実際、この虐殺で771人(内216人が子ども)の村人と7人のパルチザン兵が亡くなったそうです。

映画のなか、マルティーナは奇跡的に生き残ります。
周りにいた人たちの血で服はどす黒く染まり、あごや腕に傷を作りながらも、マルティーナはひとり虐殺の場となった建物を逃げ出しました。
生まれたばかりの弟を助けに走ったのです。

実は、この弟の前に生まれた弟が生後すぐに亡くなってしまってから、マルティーナは口をきかなくなってしまいます。
そのマルティーナが、小さな弟をかごに入れ、あやしながら子守唄を歌ってあげるシーンで、映画は終わります。
こんな悲しすぎるできごとで、声を取り戻したマルティーナに涙涙。

このマルティーナを演じた少女、Greta Zuccheri Montanari(グレタ・ズッケリ・モンタナーリ、写真の女の子)ちゃんのかわいいこと、かわいいこと。
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じっと見つめる鋭い視線。どんなことでもお見通しだと思わせる視線です。

Ogni tanto vengono i soldati tedeschi, e io non so perché sono venuti fino a qui e non sono rimasti a casa loro con i loro bambini.
E poi ci sono ribelli che rifanno la guerra, perché dicono che se ne devono andare.
Eccola cosa che ho capito che molti vogliono ammazzare qualcuno altro.
Ma non capisco perché.

時々、ドイツ兵がやってきます。どうして彼らがこんなところまでくるのか、どうして自分の子どもたちと家で過ごさないのか、私にはわかりません。
それから、再び戦争をしようとしている反乱軍の人たち(パルチザン)がいます。戦わなくてはならない、と彼らは言います。
私にわかったことは、多くの人たちが誰か別の人を殺したがっているということです。
どうしてかはわかりません。

これはマルティーナの書いた作文です。
マルティーナは、何もかも理解していたような気がします。

タイトルの L'uomo che verrà を直訳すると「やってくるだろう人」ということですが、この「人」が誰を指しているのか、はっきりとは描かれていません。
でも、わたしはナチスのことだと思いました。

物語の中、農民たち数家族が肩を寄せあって暮らすマルティーナの家に、お腹をすかせたドイツ兵たちがやってきます。
マルティーナの家族は卵や鶏をわけてやり、ドイツ兵たちは食事をし談笑して去っていきます。
でもこの時きっと、マルティーナは、後々ナチスたちがその形相を変えてやってくることを予感していたような気がしてなりません。
このタイトルはマルティーナの言葉のように思えるのです。

もちろん解釈は人それぞれ。
こんなことがあっても、あと少しで連合軍の人がやってくる、ということかもしれません。


とにもかくにも、マルティーナと弟が手をとりあって強く生きていってくれますように、と祈らずにはいられない映画でした。

(追記)
ひとつ大切なことを書き忘れていました。
この映画、ストーリーはとても悲しいものですが、とにかく映像が美しい!
まったく知りませんでしたが、昨日(10/23)から岩波ホールで上映が始まったそう。
重たいテーマですが、あの素晴しい景色は見てほしいなあ。
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by arinko-s | 2011-10-19 21:48 | 映画 イタリア

何の行列?

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ミラノのドゥオーモ広場にできたながーーーい行列。
Favio Volo(ファヴィオ・ヴォーロ)の新作『Le luci del mattino』(朝一番の光)』に、サインをしてもらおうと並んだ人たちだそうです。
すごい人気です。

ファビオ・ヴォーロは、作家(これとかこれ)としてだけではなく、DJ、俳優、声優として活躍するタレントさんでもあります。
本を出せば、どれもベストセラーになるし、人気だとは知っていたけれど……。
こんな行列、イタリアで出会ったことありません。
イタリア人も並ぶ忍耐力があるんだ〜〜〜。
って、そっちにも感心しちゃいました。

今度、その新作も読んでみなくちゃね。
(『La Repubblica』10月17日付けネット版 *写真も同様です)
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by arinko-s | 2011-10-18 18:18 | 本日のイタリア語

ローマのデモ

ニューヨークの反格差デモが、世界各地に飛び火したというニュース。
ローマのデモの様子も、様々な報道番組で流れていました。
イタリアの新聞のネット版で見ると、その暴徒ぶりや凄まじいものがあります。車を3台も燃やされてしまったと、涙ながらに語るシニョーラの姿も。
暴力に訴えるのは間違いだ、という気運が高まりそうではありますが……。

先日、「イタリア人はそれほど楽観的ではない」と書いたのですが、その直後、『La Repubblica』紙のネット版に、35歳のイタリア人男性からの投書が載っているのを見つけました。

抜粋ではありますが、内容はこんな感じ。

ジャンルイージと申します。35歳の男性です。経済学部を卒業しました。専攻は経営学です。けれども、勉強したことを活かす職業に就くことはできませんでした。正確に言えば、本当の仕事に就いたことがありません。私の父のいう「本当の仕事」ということですが。彼が若かったころには、「大学を卒業した人間のための」安定した仕事というものがあったのでしょう。でも、私はいろんな仕事をしてきました。臨時採用という形です。厳しいものです。6ヶ月この会社で、1年あちらの会社で、何かの企画を始めるために、あるいは終わらすために、パートタイムで雇われるのです。

妹のマルティーナも同じです。ジャーナリストになると決め、コミュニケーション学を大学で学び、卒業後は場所を選ばずジャーナリズムのコースや学校にも通いました。そして個人事務所、公的機関、ニューメディアで仕事をしてきました。でも2ヶ月以上続けて雇ってくれるところはありませんでした。つまり、彼女も安定した仕事を見つけることはできないままです。新聞社、企業、法人、仕事に見合った契約をしてくれる代理店……。幸い、私たちには家があり、拠点があります。実家です。両親にプレッシャーをかけられることもありません。彼らも、私たち子どもが家にいることを、それほど残念なことだと感じていないのです。子どもたちと暮らすことは、彼らにとって今や当たり前のことになっているのかもしれません。

(中略)

今私は、仕事の展望についてなかなか楽観主義になれずにいます。個人的なことだけについてではありません。視野を広げれば、ますます悲観的になってしまいます。
世界の経済もイタリアの経済も最悪な状況の今、ここから抜けだすことはできそうもありません。光は見えません。期待は抱けそうにありません。この経済危機は、まだまだ続きそうです。
いつまで? 誰にもわかりません。

昨夜、バールでお酒を飲みながら、友だちと話しました。みんな、程度の差こそあれ、似たようなことを体験し、同じようなことを考えていました。ふと、ひとりが言いました。
「ま、こんな状況だけどさ、僕は幸せだよ。ああ、充分幸せだ。少なくとも、僕の小さな世界の中ではね」
私たちは、みな頷きました。そしてくり返しました。
「そうだな、おれたち、みんな充分幸せだよな」

私もです。家で過ごすときも、友人と過ごすときも、日常生活でも。充分幸せだと思います。たとえ雨が降って寒くても、私の小さな世界の中、私は守られていると感じることができます。たとえ、明日が不確かだとしても。明日は、今日とはまた違う一日なのです。待ちましょう。

そして、この記事はこう締めくくられていました。
最近の調査によると、この調査対象者のうち19%は「とても幸せ」と答え、65%は「まあまあ幸せ」と答えた。この2つを合わせると、84%が幸せを感じている。特に「幸せ」と感じているのは……15歳〜24歳:98%、25歳〜34歳:87%。また高い教育を受けた人と学生の90%が「幸せだ」と感じている。

素晴しい結果です!
しかも若者の多くが「幸せだ」と感じているなんて、何よりです。

ジャンルイージさんの投書の最後の方を読むと、かなり楽観的、とも思えますが……。
とにもかくにも、幸せを感じる秘訣は、自分の小さな世界を大切にすることですね。
それに気づけば、楽観的になれるということかもしれません。

それはさておき、個人的には暴徒化しても何も解決しないのではないかと思う次第。
「ベルルスコーニを逮捕しろ!」っていうプラカードには、笑っちゃったけど。
でもベルルスコーニを逮捕しても、この経済危機脱出には繋がらないだろうし、
やっぱりそれより、自分の小さな幸せを探した方が、未来につながる気がしました。
これって、楽観的過ぎ??
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by arinko-s | 2011-10-17 17:19 | 本日のイタリア語

Te la caverai nella crisi? きみはこの経済危機を乗りこえられるか? 

イタリア国債が、3段階格下げされたというニュースが大きく取りあげられた今日。
『L'Espresso』8月25日号に、それを予想していたかのような上記タイトルの記事が載っていました。

その内容は、というと…
この経済危機を目の前にして、あなたは楽観主義? それとも悲観主義? 危機が過ぎ去るのを待ってみる? それとも救えるものは今救う? 文句を言ってみる? それとも、気にしない?
ということで、それを試す14の質問があります。
その答えに対する得点を合計して、あなたの楽観度を調べちゃいましょう、というもの。

肝心の質問は、例えば…
1.この(おそらく、ざわつくウォール街の証券取引所)写真を見て、どんな気持ちが沸いてきますか?
a 警戒心  b 好奇心  c 不安  d 期待
(得点はそれぞれ、3 2 4 1)

2.ユーロはあなたをどう変えた?
  a より貧しく  b より確かに  c より国際的に  d より不安定に
(得点はそれぞれ、4 1 2 3)

3.経済とは?
a 幸せになるための科学  b 数字の知識  c 父親の知恵(経済通は尊敬される父親の条件?)  d 泥棒の狡猾さ(経済を知っていれば税金対策になる?)
(得点はそれぞれ、1 3 2 4)

4.現代版ロビン・フッドは、貧しい人を救うために誰から(富を)奪う?
a 銀行から  b 政治家から  c 経営者から  d ヴァチカンから
(得点はそれぞれ、3 1 2 4)

5.リーマン・ブラザーズの倒産によって職を失ったニューヨークの女性会社員。これから○○をするしかない
a 主婦  b コンパニオンガール(道に立たない娼婦)  c 浮浪者  d 小さな会社の起業家
(得点はそれぞれ、2 3 4 1)

6.イタリアについて、今もまだ誇れることは?
a スポーツ分野の数々の勝利  b 数多くある永遠の遺産  c 唯一無二の料理  d 危機を乗り越える能力
(得点はそれぞれ、2 3 4 1)

と続きます。例えば1の質問。ざわつく写真を見て「期待を抱くあなたはかなり楽観的」ということ。
逆に「不安を覚えるようなあなたは、かなり悲観的」ということでしょう。
そして各設問の合計得点により、無責任・楽天家・自信家・運命論者・疑り深い人・心配性・悲観主義者・さらなる悲観論者、の8種類に分類されていました。

どの答えを選択すると、楽観的と取られるか、悲観的と取られるか、想像がつくというもの。でも中には予想を覆す設問がありました。
4番もそうですね。「政治家でしょう、そりゃ」って、ベルルスコーニをイメージしながら答えましたが、これが楽天的な答え。ありそうもないヴァチカンこそ、楽観的な気がするんだけどな。 

それからこんな質問も。
ある日やってきて、わたしたちを救ってくれるのは……
a 独裁者  b 予言者  c 科学者   d 優秀な会計士

こんなの予言者を選ぶ人が楽観的なんでしょ、と思いきや、a の独裁者が得点4、b は得点3、c の科学者が得点1、d の会計士が得点2!
つまり、科学者や会計士にこの危機を救ってもらおうなんて甘い! 独裁者や予言者が現れなければ……、ってことでしょうか。
独裁者とか予言者とかって非現実的で、そんなものに期待するなんて、と思ってしまいましたが…。設問の真意に宗教観なんかも入っているのかもしれません。

少し前のことになりますが「この経済危機にもへこたれない、楽観主義のイタリア人」というくくりで、企画を考えてみて、と言われたことがあります。
でも、雑誌や新聞のバックナンバーをいくらたどっても、楽観的な記事なんかひとつも出てきませんでした。
それどころか、むしろ悲観的。
「スイス領にしてほしい、と望む北イタリアの住人が急増中」とか、
「大学卒業したら海外へ、と望む大学生が急増中」とか。
イタリアという国に未来を託しても……っていう人がけっこう多い気がしました。

そこで、イタリア語の恩師であるロンゴ先生に聞いてみると
「イタリア人が楽観主義者だなんて、勝手な思い込みだよ」とのこと。シチリア出身の彼に言わせると、少なくともシチリアーノは悲観的、ということでした。
イタリア人は底抜けに明るい楽天家、っていうステレオタイプのイメージはどこから来たのだ?
さんさんと輝く太陽と青く煌めく海のイメージが、イコールイタリア人のイメージになってるのかも。

とにもかくにも、この国債格下げが、さらなる悲観主義をもたらしませんように。
もちろん、国債格下げ先輩格の日本のこと、日本人のわたしも悲観的にならずに、この危機を乗り越えなくちゃですねぇ。
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by arinko-s | 2011-10-05 19:53 | 本日のイタリア語

RESPIRO 呼吸

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読みたいものも読まず、観たいものも観ず、ひたすら我慢の日々を過ごしているうちにすっかり秋。
やっと解放され、まず手にした映画です。
というのもこの映画の監督、Emanuele Crialese(エマヌエレ・クリアレーゼ)の新作『Terraferma』が、今年度のアカデミー賞外国映画賞にノミネートされたと知り、俄然、この監督の作品が観たくなったというわけです。

1960年代のランペドゥーザ(シチリア島の南西にある小さな島)。
グラツィア(Valeria Golino ヴァレリア・ゴリーノ)は、漁師の夫ピエトロ(Vincenzo Amato ヴィンチェンツォ・アマート)と、3人の子どもと暮らしています。
自由奔放なグラツィアは、感情の起伏も激しく、時に興奮して気持ちを抑えられなくなるほど。
小さな漁師町で、浮いた存在でした。
気持ちのコントロールをできない彼女を心配する人々は、ピエトロに彼女をミラノの病院に入れるように勧めていました。
そんな母を支えているのが、13歳の長男のパスクワーレ(Francesco Casisa フランチェスコ・カシーサ)です。
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ある日、夫に愛犬を捨てられたことに腹を立てたグラツィアは、村で騒動を起こしてしまいます。
ピエトロはついに、グラツィアをミラノの病院にやることを決めました。
けれどもグラツィアが素直に頷くわけもなく、翌朝、早朝に家を出ていってしまいました。
この時も、母の力になったのは、長男のパスクワーレ。
母を秘密の洞窟に案内し、食糧を運んでやります。
そして、家を出る時に来ていたワンピースを着替えさせ、そのワンピースを海岸に捨てます。

必死でグラツィアを探すピエトロや村の人々。
ついにグラツィアの服を海岸に見つけると、グラツィアの死を覚悟しました。
そして8月24日、サン・バルトロメオのお祭りの日、洞窟を抜けだして泳ぐグラツィアをピエトロは見つけます。
これこそ、まさにバルトロメオの起こした奇跡! 
村の人々総出で海に入り、グラツィアを海岸に運ぶのでした。

というのが、あらすじ。
全編シチリア弁、厳密にはランペドゥーザ弁だそうです。
もちろん、なに言っているのやらさっぱり。イタリア語字幕で観ました。

時代が違うとはいえ、ランペドゥーザの少年たちのたくましいこと!
パスクワーレたち少年は、罠をしかけて雀をつかまえ、それを火で焼いて食べちゃうし、
また別の日には海にもぐってウニを山のように獲っては、それをおやつにしようとする。
ビニール袋にウニを入れているところで、対立グループのragazzi(少年たち)がやってきて、なんとそのビニール袋にパスクワーレをぐりぐり押しつけるというすご技。
パスクワーレの背中にはウニのトゲが刺さり、パスクワーレは七転八倒!
ウニを食べられたかどうかは謎のままですが、こんなふうに一歩間違えたら大怪我に繋がりそうな遊びが、彼らの日常。
やっぱりミラノやローマの都会っ子とは、違うね〜〜。
もちろん毎日海にドボン、ドボンと崖から飛び込んで潜って泳いで。
それも普通のパンツ一丁! 水着なんか着ないんです。

母親役のヴァレリア・ゴリーノは、あまりにもかわいくて、最初パスクワーレのお姉さんかと思っちゃいました。
こんなかわいいお母さんがいたら、そりゃ息子も優しくしちゃいますねぇ。なんたってマザコンの国、イタリアだし。
きっとパスクワーレは、洞窟に母親を連れて行って、独り占めしたかったんだろうなあ。

ランペドゥーザは、アフリカからの移民船が漂着する島として、連日ニュースでその名前を目にします。
映画に出演している子どもたちは、パスクワーレ役のフランチェスコ・カシーサを抜かして、皆地元の少年少女たち。
そのランペドゥーザの少年たちのインタビューが特典映像に入っていましたが、それを観て、ランペドゥーザにもこうしてイタリア人の日常があることに、ほっとするような。当たり前のことだけれど、ニュースからは地元の人たちの暮らしが何も見えて来ず、移民の島というイメージがすっかり定着してしまっているので。

それから、海の青さ、美しさはもちろんのこと、乾いた空気、魚の生臭さ、暑さ、海のひんやりとした水の冷たさ…そういったものが画面からひしひしと伝わってきて、五感で楽しめました。

これは2002年の映画ですが、その年の映画賞を総なめしています。
挿入歌の「La Bambola」は、「L'onore e il rispetto」にも出てくる1968年の大ヒット曲。
一度聞くと頭から離れなくなる曲です。
お時間のある時に、聞いてください。 → ●
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by arinko-s | 2011-10-04 21:21 | 映画 イタリア