ブログトップ

本日のイタリア語

cucu2.exblog.jp

タグ:イタリア ( 125 ) タグの人気記事

ビアンカ・ピッツォルノと、イタリアの小学校の先生の話

初の翻訳童話は、イタリアを代表する現代児童文学作家のひとり、ビアンカ・ピッツォルノのお話です。
その著作数は、とても多く、イタリアでは40冊を超えているそうです。
既に日本語に翻訳されているものも、何冊かあります。

まずこの企画は、ピッツォルノの著作を、何冊も読むことから始まりました。
「こんな膨大な著書があるのだからこそ、一番ピッツォルノらしいものを」というアドバイスがあったのです。

一番の代表作を、というのならば話は早い。
でも、そうはいかないのが世の中の常。
この『赤ちゃんは魔女』は、小学校低学年から中学年向きの読み物で、原書は100ページほどでしたが、ピッツォルノの著作はどれも長い!
長いお話は、日本の出版社には敬遠されがちです。

どうも、イタリアの児童書の世界と、日本の児童書の世界を比べてみると、日本の子どもの読書力の方が、劣るような気がしてきます。
日本では、中学年で100〜150ページ、高学年で150〜250ページ、というのがだいたいの目安でしょうか?
ちなみに我が子の本棚(かなりの読書好き)を調べたところ、300ページを超す本は、全集のような、数冊の著作を一冊にまとめた本以外にはありませんでした。
ところが、イタリアでは、300ページを超す児童書はざら。
500ページ近い児童書も少なくありません。

日本でも、ハリーポッターブームから、分厚いファンタジーも次々と出されていますが、よほどのアピールポイント(映画化が決まっているとか)がない限り、ページ数の多い児童書の企画を通すのは、とても難しいことのようです。

ピッツォルノに話を戻すと、わたしのリサーチでは 
『Ascolta il mio cuore』(『この心臓のドキドキを聞いて』)が、彼女の一番の代表作だと感じています。
(もちろん『赤ちゃんは魔女』も代表作の一冊であることに、間違いありません!)
b0171200_15592151.jpg


舞台は、戦後の貧しい時代のイタリア。
主人公のプリスカとふたりの友だちを中心に、小学校生活のあれこれが描かれています。
この3人は裕福な家庭の子どもたちなのですが、まだ貧富の差が激しいこの時代。
プリスカのクラスにも、弟や妹の世話で学校に来られない子や、おふろに何日も入っていない子たちがいます。
すると、先生が堂々と、そういった家庭の子どもを差別するのです。
そんな不公平に対して、プリスカは、すぐに心臓がバクバク、ドキドキ。
先生とだって、クラスのいじめっ子とだって、堂々と、そして悪知恵を働かせて戦います。

という内容。
時代や国が違っても、学校では同じようなことが行われているし、素直でけなげな少女たちに共感できる物語です。
イタリアの子どもを巡る日常も、たっぷり描かれていて、そこも魅力です。

わたしの手持ちの版は、317ページ。それもかなり級数の小さな文字でびっしりと組んであります。
これをゆとりのある組み方に替えて、日本語に訳すと、やはり500ページ近くになりそうです。
これは、内容がどんなにおもしろくても、喜んで受け入れてくれる出版社は、少ないかも。
翻訳に結びつけるのは、かなりハードルが高そうです(もちろん、あきらめてはいません)。

ピッツォルノの書く物語には、空を飛べる人がたくさん出てきます。
ということを『赤ちゃんは魔女』のあとがきに書いたのですが、
実は、いじわるな学校の先生もたくさん出てきます。
ピッツォルノ自身、学校で先生にいじめられたのかも、なんて思うほど。

そうそう、先日感想を書いた映画『シチリア シチリア!』にも、
先生が生徒たちに父親の職業を聞き、裕福度をカテゴライズする場面がありました。
監督のトルナトーレは、「50年代のイタリアの小学校にはよくあったこと」と話しています。
ピッツォルノの描く先生たちも、この映画に出てくる先生と同じ。親の職業によってえこひいきするような先生なのです。

ちなみに、現在のイタリアの小学校には女の先生しかいません。
もちろん例外はあるでしょうが、90%以上、女性です。
理由は給与が安くて、家族を養えない、ということのようです。
この事実にも驚きますが、イタリアの小学校には、胸の谷間をぐいぐい見せつけるような先生も少なくなく、そのことにも驚いちゃいます。
日本だったら、親からの抗議殺到かも。

(追記)
よくよく考えてみたら、岩波児童文庫は、どれもページ数が多いんですね。
いま、我が子が夢中になっている『ドリトル先生』シリーズも、どれも400ページ近い厚さ。
しかも、ものすごく小さな文字でびっしり。
内容が濃ければ、厚くても子どもは喜んで読む、ということ、ですね。
逆にいえば、そのくらい内容の濃い本を探せ、ということか。
[PR]
by arinko-s | 2010-10-20 16:37 | 翻訳

イタリア医者事情

「イタリアの医療現場から、外科医がいなくなる日は遠くない」
と、14日の『la Repubblica』が伝えています。

主な原因はふたつ。
まず、同年代の人たちと同等に稼げるようになるまでに時間がかかり過ぎること。
医学部6年、外科としての専門コースが6年(科によってはもっと短い)、そしてそこから4年かけて収入が追いつくとのこと。
おまけにこれは、最短距離。医学部を卒業するのに、多くの学生は7〜8年かかります。
そりゃ、遠い道のりです。

ふたつめは、訴訟に持ち込まれるケースが続出していること。
90%のイタリア人が医者を信頼する、と言っているにもかかわらず、外科医の8割が訴訟にもちこまれたことがあるそうです。このほとんどが不当な訴え。というのも、9割は無罪放免されているというのです。

しかし、一度訴えられた医者は、たとえ無罪を勝ち取っても、元通りの精神状態で働くことはなかなかできません。復職するのは、至難の業のようです。

こんな状況から、外科医を希望する学生が激減。毎年、外科医希望者は3割ずつ減っているのだとか。

もうひとつ。
2009年、外科医を希望した学生の、なんと50%は女性だったそうです。
しかし、昼夜関係なく働かざるを得ないハードな職場で、女性が外科医を続けながら家庭との両立を計るのは、とても困難。

ということで、
このままでは、外国から外科医に来てもらわざるを得ない、というのです。
あるいは、すでに医療の現場で大活躍のロボットに、さらに頼るしかない、と締めくくっています。

日本では、小児科医と産婦人科医の医者不足が深刻と聞きます。
科は違えど、どこの国も同じなんですね。
医者になるまでの道のりが遠いのも、
医者が訴訟を恐れる現状も、
女医さんにとって、家庭との両立はとても難しい、ということも。

そして、もうひとつ、日本とイタリアの状況がいっしょなのは、高齢化が進んでいること。
老人大国になればなるほど、医療の現場は過酷になっていくのでしょう。

外国人の看護士を受け入れはじめた日本ですが、イタリア同様、外国人医師が日本の医療現場で活躍する日も近いのかもしれないなあ、なんて。
この記事、他人事には思えませんでした。
[PR]
by arinko-s | 2010-10-15 17:59 | 本日のイタリア語

赤ちゃんは魔女

b0171200_1262083.jpg


見本が届きました!
かわいいイラストをつけてくださった、高橋由為子さんに感謝です。

突然亡くなった、大金持ちの大おじさんの遺言は「魔女と結婚しなければ遺産はわたさない」という、突拍子もないものでした。
大おじさんの遺産を当てにして遊び暮らしていた若者、アスドルバーレは大慌て。
その日から、必死になって魔女を探します。
そして、やっと見つけた魔女は、赤ちゃんだった!

という、お話。アスドルバーレのまぬけさに、笑ってもらえたら、うれしいなぁ。
長く、読まれる一冊になることを祈ります。
[PR]
by arinko-s | 2010-10-14 12:13 | 読書 イタリア語

ひと足お先に BAARIA!

昨年のヴェネツィア映画祭で、オープニング上映され話題をさらった映画。
監督は、『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレです。
再びシチリアを舞台に撮ったというこの映画、観たくてうずうずしていました。
日本公開は12月ですが、ひと足お先に、イタリアで発売になったばかりのDVDを取り寄せ観賞。
2時間半の本編 + 特典映像2時間半。この3連休、どっぷりシチリアに浸っておりました。

邦題は『シチリア シチリア!』ということですが、原題は『BAARIA!』。
トルナトーレの故郷である、シチリアの小さな町「バゲリーア」のシチリア弁だそうです。

平たくいうと、主人公ペッピーノの人生を基軸に描いた、20世紀のシチリア歴史物語。
牛飼いの家に生まれたペッピーノは、勉強したくてもヤギに教科書を食べられてしまったり、それが原因で学校の先生におしおきをされたり。ヤギの放牧を手伝いに、二月も出稼ぎに行ったりします。
けっして豊かではないけれど、家族や町の人に愛されながら、明るく過ごしています。

やがて戦争が始まり、ファシストが台頭し、そしてアメリカ兵がシチリアに上陸。
ペッピーノも恋をし、そして結婚。やがて、政治運動に傾倒していき……。

30年代、まだペッピーノが子どもだったころのバゲリーアは、今よりもずっとずっと貧しくて、
ペッピーノが成長していくと共に、町もにぎやかに、そして整備されていきます。そこも見所のひとつです。

特典映像というのは、トルナトーレが本編に合わせて、各シーンを解説してくれているのですが、これが、とってもおもしろかった!
最初、本編を見ながら、「いったいどこで撮影したのだ?」とずっと疑問に思っていました。砂ぼこりがすごいのですが、シチリアにいまだに舗装されていない町があるのか、と。

正解はチュニジアでした。
チュニジアに、30年代からそれぞれの時代の、バゲリーアの町なみを再現し撮影したのだそうです。
教会や映画館、仕立て屋さんも、実際にチュニスにあるものだそうです。
もちろん、実際のバゲリーアでもロケは行われているそうですが、
そういったシーンでは、現代的な建物や、その当時決して存在しなかったものは、ひとつひとつデジタル処理しているそうです。
すごい技術! 驚きです。
一番驚いたのは、シロッコが吹き荒れるシーン。
観ているだけでも暑そうなのに、これがなんと真冬の撮影だったとか。寒さの中、下着一丁で、床に寝転んで涼をとっているように見せているそうです。

また、随所に実在した人物を散りばめているのだとか。
シチリアの画家、イグナツィオ・ブッティア、詩人であり政治活動家でもあったサルヴァトーレ・ジュリアーノ。また、イタリアを代表する作家レオナルド・シャーシャへのオマージュを込めたシーンなどなど。

トルナトーレといえば『ニュー・シネマ・パラダイス』。
今作でも映画は重要な鍵になっています。
ペッピーノの次男ピエトロも映画の魅力に取り付かれ、
友だちから映画のフィルムを譲ってもらい、宝物のように持ち歩いているのですが、
このピエトロが光にすかして眺めているフィルム、
トルナトーレが実際に宝物のようにしていたのと、同じ映画のフィルムを使っているそうです。

とイタリア好き、トルナトーレファン必見の一本。
とにかく、映像が美しい。シチリアに行きたい! と思わせます。

そうそう、大切なのはエンドロール。
村上春樹は「エンドロールを観るなんて時間の無駄」と語っておりますが、
この映画では、観るべきかもしれません。
トルナトーレが9歳の時に回した8mmがバックに流れます。
トルナトーレの幼少時代のバゲリーア。
少年時代の彼の視線のユニークさが際立っています。

(追記)
トルナトーレは、最後のピエトロのシーンが一番好きだそうです。
これから観る方、このシーンをお楽しみに。
[PR]
by arinko-s | 2010-10-11 22:52 | 映画 イタリア

逆移民も深刻化

「イタリアでは、移民問題が深刻」という話は、何度か書いたのですが、
実は今、逆移民の問題が浮上しているそうです。

逆移民、つまりイタリアから国外へと移住してしまう人たちが急増中。
それも若い世代が、次々に海外へと移住してしまう。

9月25日づけの『La Repubblica』によれば、
とりわけ大学を卒業生した人たちの海外移住者は、ドイツ、フランス、イギリスの4倍にも登るそうです。

さらに……、
20~40歳の、この10年間の移住者の行き先は、60%がヨーロッパ内だということですが(第二次大戦後、イタリアはアメリカや南米諸国への移民大国でした)、
なんと、ヨーロッパ内でのイタリア人移住者の数は、ルーマニア人、ポーランド人に続いて第三位。
その数130万人、世界中で見れば400万人もいるそうです。

イタリア人の人口が6千万人弱であることを考えると、この数がいかに深刻なものであるか、想像に難くありません。

1年ほど前の『CORRIERE DELLA SERA』には
「大学卒業予定者の3人に2人は、海外での仕事を希望」という記事が載っていました。

EUの共同市場が計られ、ユーロが導入されたことで、EU内の行き来が自由になったことも、大きな要因だろうし、
イタリア国内に仕事がないということも、その理由なのでしょう。
でも、今やイギリス、ドイツの失業率もイタリアと大差ないのでは?
フランス、スペインにおいては、イタリアよりも失業率が高いのに、それでも、なぜイタリアを離れて、そちらへ行くのか?

私がイタリアで暮らしていたころは、
みんな自分の生まれた街が世界で一番美しいと信じ、できることなら故郷で働きたい、と思っている人が圧倒的に多かったように思います。
実際、東京と比べると本当に小さな街であっても、生まれた時から仕事をしている今の今までその街以外で暮らしたことがない、という人が大半だったと思うのです。
自分の街を愛してやまない人たち、それがイタリア人だと思っていたのに!!!!

先日観たジョヴァンニ・ヴェロネージ監督の『恋愛マニュアルII』の中に、
不妊治療のためにスペインに通う夫婦の話、結婚をするためにスペインに赴くゲイのカップルの話がありましたが、
カトリックの教えがあらゆることの規範となっているイタリアは窮屈だと思う人たちも、多いのかもしれません。

いずれにせよ、
イタリアには国外からの移民が流入し、南イタリアの人たちは北イタリアへと移住し、さらにイタリア人の若者は外国へと旅立って行く。
そのうち、世界中でこんな現象が起きて、国境って希薄になっていくのかもしれません。
[PR]
by arinko-s | 2010-10-04 22:31 | 本日のイタリア語