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本日のイタリア語

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LA BAMBINAIA FRANCESE 3

『フランス人の子守り』の続きです。

エドゥワールが去ってしまったあと、セリーヌは今後の生活について、市民侯爵に相談にのってもらいます。
市民侯爵は、セリーヌの家で学校を続けることを条件に、セリーヌの家に引っ越してきます。そして、経済的な面で援助してやるのです。
セリーヌは、真っ先にトゥーサンの身分を解放してあげました。自由の身となったトゥーサンは、セリーヌの元で、さらに勉強に励みます。
もちろん、他に行く場所のないソフィーのことも、セリーヌは捨てたりしませんでした。
ソフィーとトゥーサンが、どれほどセリーヌに感謝していたか、どれほど慕っていたか、想像に難くありません。

しかし、その幸せな日々は、長く続きませんでした。
市民侯爵が病をこじらせ、亡くなってしまったのです。
すると、すぐさま侯爵の孫たちがセリーヌの家におしかけてきて、
「市民侯爵の財産を、だまし取った」として、セリーヌを警察につきだします。
トゥーサンは、再び奴隷として売られてしまいました。身分解放証明書を見つけることができなかったのです。
ソフィーはアデュルを連れて、近所の洗濯屋に居候させてもらうことになります。
トゥーサンとソフィーは、どうにか連絡を取りながら、セリーヌを助けようと画策します。しかし、市民侯爵がいなくなってしまった今、子どもふたりの力ではどうにもなりません。

そんなある日、この騒動の噂を聞いたエドゥワールが、洗濯屋の奥さんに「アデュルをイギリスに引き取りたい」と申し出ます。もちろん洗濯屋の奥さんは二つ返事で了解します。
ソフィーはアデュルに、まだひとりでは何もできない振りをさせました。一緒にイギリスについていくためです。
そしてふたりは、エドゥワールと共に、イギリスへ渡りました。

ここから、ようやく『ジェーン・エア』と話がシンクロしはじめます!!

イギリスの屋敷ソーンフィールドでは、エドゥワールはロチェスターと呼ばれていました。
ソフィーたちがソーンフィールドへやってきてしばらくすると、ロチェスターとその伯母は、アデュルに家庭教師をつけることを決めます。
そして、やってきた家庭教師がジェーン・エアなのです。

『ジェーン・エア』のあらすじどおり、ロチェスターとジェーン・エアは恋におち、結婚を決めます。しかし、結婚式の朝、ロチェスターには妻のいることが発覚。傷ついたジェーン・エアはソーンフィールドを去り、屋敷は火事で燃え落ちてしまう…

ソフィーたちがイギリスへ渡ってから、パリでは、トゥーサンがひとり、セリーヌを牢屋から出そうと奮闘していました。学校の同級生だったオランプの祖母の力添えで、やっとのことセリーヌを見つけだし、そして、オランプの家に連れて帰ることができました。
セリーヌは精神的ショックから記憶がなくなっていましたが、あるとき自分が隠していた書類が出てきたことで、正気を取り戻します。

そこで、トゥーサンとオランプは、アデュルとソフィーを迎えにイギリスへ渡ります。
ソーンフィールドからふたりが逃げ出したのは、結婚式の当日。狂人だとされ監禁されていたロチェスターの妻、ベルタも一緒に連れて屋敷をあとにしました。

そして、皆が無事にフランスに戻り、元の生活を取り戻してから2年。セリーヌ、ソフィー、トゥーサン、アデュル、そしてベルタはキューバ行きの船に乗ります。トゥーサンの故郷でもある中南米で、それぞれ新しい生活を始めることに決めたのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という、なが〜いお話。
ピッツォルノは『赤ちゃんは魔女』のような、中編の物語もたくさん書いていますが、こんなに長い小説も書いている作家なのです。
イタリアでは、この本は児童書として扱われていますが、日本だったらヤングアダルトの分野かな?

もちろん『ジェーン・エア』を知らない人も、充分物語を楽しめます。むしろ、知らないほうが、先入観なく読めていいかもしれません。
なにしろ、ロチェスター(エドゥワール)が、いや〜な男に描かれているので、『ジェーン・エア』ファンには、違和感があるかも。

わたし自身は、一気読みでした。読みおわるのがもったいなかったくらい。
セリーヌの大ファンになり、ソフィーのけなげさに心打たれ、トゥーサンの明るさに救われ…。
セリーヌが牢屋の中で、他の囚人たちにリンチをうけたり(顔が知られていたため)、記憶をなくしてしまうところ、そして記憶を取り戻すところでは、涙がポロポロこぼれちゃうほどでした。

市民侯爵がセリーヌの家で暮らしている間、セリーヌの家は多くの文化人や知識人の集うサロンとなります。ヴィクトル・ユゴーやアレクサンドル・デュマ、バルザック、ロッシーニ…
また、『ノーサンガー修道院』『フランケンシュタイン』『ノートルダム・ド・パリ』など、多くの小説や詩も登場します。
文学だけでなく、オペラ座で催された劇やバレエ、あるいは絵画や音楽などの話も多くあり、当時のパリの文化や風潮を教えてくれる物語でもありました。
今となっては偉人と呼ばれる文化人たちのエピソードも数多く盛り込まれ、それも物語を何倍にも読み応えあるものにしています。

実は、初めて「翻訳してみたい」と思ったのは、この小説でした。
時間のある時に、コツコツ訳し、200ページ以上日本語にしてみたんだよなあ。
いつの日か、その汗と涙の結晶が、日の目を見ることがあればいいけれど。
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by arinko-s | 2010-11-23 20:31 | 読書 イタリア語

LA BAMBINAIA FRANCESE 2

『フランス人の子守り』の続きです。

ヴァレリーナ、セリーヌは、結婚・出産を機に、舞台を休んでいました。夫のエドゥワールは、セリーヌが復帰することを快く思っていません。
セリーヌたちの間には、7ヶ月になる女の子、アデュルがいます。
その他、大勢の住み込み家政婦に、御者もいます。
そして、黒人の男の子、トゥーサンがいます。

トゥーサンは、ハイチからパリに連れられてきた少年。
エドゥワールがセリーヌを喜ばせようと、買ってきたのです。
しかし、奴隷制度に反対しているセリーヌは、エドゥワールに内緒で、トゥーサンを弟のようにかわいがっています。
夫には内緒で、学校にも通わせていました。

トゥーサンが通っている学校は、ボーフォー侯爵が開いている個人教室です。
侯爵は、セリーヌの名付け親であり、芸術家だったセリーヌの両親のパトロンでもありました。
この学校には、身分制度に反対している上流階級の子どもや、様々な事情で公立の学校に通えない子どもたちが来ています。
教室は、侯爵の自宅。お天気が良ければ、校外学習に出かけ、スケッチしたり、植物や生物を観察して学ぶのです。

侯爵は、若いころからの啓蒙主義者。フランス革命には、市民の側にたって参加した人物です。
貴族の出でありながら、その恩恵に浴することはありません。
そんな彼を、孫たちは「気が狂っている」とふれまわり、「市民侯爵」と揶揄しています。
本人は、そんなこともまったく気にかけず、むしろ「市民侯爵」という呼び名が気に入り、自らこの名で呼ばれることを好んでいるほどでした。

さて、ソフィーの話に戻ります。
セリーヌからブラウスの代金を受け取り、これで家を追い出されずにすむ、と喜んで家に帰ったものの、すでに母親は帰らぬ人となっていました。

ソフィーを送ってきたトゥーサンは、セリーヌの家に戻ると、このことをセリーヌに報告します。
すると、セリーヌはためらうことなくソフィーを引き取ることを決めたのです。エドゥワールには、アデュルの子もりをしてもらう、ということにしました。
エドゥワールにとって、大切なのは、その子もりにいくらかかるのか、ということだけ。家においてやるだけだ、というと、あえて反対もしませんでした。

ソフィーが母親を墓地に埋葬した日、トゥーサンはソフィーを迎えに行きます。
夢のような申し出に、ソフィーは戸惑いますが、「アデュルのことは、必ずわたしが守ります」と精一杯の約束をして、お世話になることを決めました。

ソフィーがセリーヌたちと暮らすようになって、すぐのこと。
エドゥワールは母国イギリスへと、商用のため旅立っていきました。
一度イギリスへ行ってしまえば、何日も連絡がありません。いったいいつパリに戻るのか、セリーヌにもわからないのです。

その間、セリーヌは、バレエのレッスンを再開しました。
ちょうどそのころ、パリの町は次のオペラ座での公演の話題でいっぱいでした。
『妖精』と題されたその舞台は、今までのバレエの概念を覆すような舞台だと、噂になっていたのです。
セリーヌも、かつての同僚たちを応援しに、「お手伝い」という名目でオペラ座の練習に通いはじめました。
ある日、リハーサル中にひとりのバレリーナが怪我をしています。
そして、セリーヌが代役を務めることになるのです。

舞台初日、運の悪いことに、エドゥワールが突然帰宅します。
エドゥワールは、セリーヌが内緒で舞台に復帰したことを知り、激怒します。そして、これを理由に、離縁を申し渡すのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、まだまだ物語は続きます。
とりあえず「フランス人の子守り」が、ソフィーをさしていることはわかったかと思いますが、
『ジェーン・エア』には、まだまだ遠い。
この続きは、また今度。
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by arinko-s | 2010-11-16 21:26 | 読書 イタリア語

LA BAMBINAIA FRANCESE

以前、ビアンカ・ピッツォルノの『Ascolta il mio cuore』(『この心臓のドキドキを聞いて』)について、ふれたところ、友人から「おもしろそうな本」との声をいただきました。
それに気を良くして、もう一冊、ピッツォルノの著作についてご紹介。

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タイトルは『LA BAMBINAIA FRANCESE』(『フランス人の子守り』)。
C.ブロンテの『ジェーン・エア』に着想を得て、ピッツォルノはこの物語を書いたそうです。

舞台は20世紀初頭のパリ。主人公のソフィーは、8歳の利発な少女です。父親を1930年の7月革命で、亡くして以来、母親のファンティーヌとふたり、モンマルトルで暮らしています。
ファンティーヌは針子の仕事で、生計を立てていました。

ある日、ファンティーヌの腕の良さを噂に聞いた男から、ブラウス12枚の注文が入ります。
ファンティーヌは、体調の悪いのをおして期限までにどうにかブラウスを仕上げました。
しかし、約束の日、発注主の男は現れません。ブラウスを買ってもらわないことには、家賃が払えません。
高熱を出して寝込んでしまったファンティーヌの横で、ソフィーは母親が大切にたたんだブラウスをそっと広げてみました。すると、余り布に届け先とブラウスの価格をメモした紙がつけられていることに気づくのです。それは、母親が請け負った金額よりも、はるかに高い金額でした。しかも、宛名は、パリで大人気のバレリーナ、セリーヌ・ヴァラン! 字の読めない母親は、このメモを読むことができなかったのでしょう。

ソフィーは、悩んだ末に、寝ている母親を置いて、自分でメモに書かれた住所へ、ブラウスを届けることにしました。外は猛吹雪。ソフィーはかごを抱え、必死で走ります。

セリーヌは、びしょぬれになったソフィーを家に招き入れ、温めてくれました。
そして、なぜこんな嵐の夜に女の子がひとりで届け物をしにきたのか、話を聞いてくれたのです。
ソフィー親子の事情を知ったセリーヌは、快くブラウスの代金を支払うと、暖炉用の炭や食料品を持たせてくれました。
そして、家に置いている黒人の少年、トゥーサンに付き添わせ、馬車で家まで送り届けてくれました。

しかし、喜び勇んで帰宅したソフィーを待っていたのは、母親の突然の死。おまけに門番は、ソフィーがどこかに行っていたことを責め立て、ブラウス代を「葬式代」として奪ってしまいました。
それを見ていたトゥーサンはソフィーを、セリーヌの家に連れて帰ろうとしました。しかし、ソフィーは母親のそばにいたい、と断ります。そして、母親の横で、一晩を過ごしました。

という、ところが、物語の導入部分。
この辺りを呼んだだけでは、どこが『ジェーン・エア』とつながるのか、まったく想像がつきません。
けれども、このあと紆余曲折があり、そして…

続きはまた今度。
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by arinko-s | 2010-11-15 21:12 | 読書 イタリア語

ビアンカ・ピッツォルノと、イタリアの小学校の先生の話

初の翻訳童話は、イタリアを代表する現代児童文学作家のひとり、ビアンカ・ピッツォルノのお話です。
その著作数は、とても多く、イタリアでは40冊を超えているそうです。
既に日本語に翻訳されているものも、何冊かあります。

まずこの企画は、ピッツォルノの著作を、何冊も読むことから始まりました。
「こんな膨大な著書があるのだからこそ、一番ピッツォルノらしいものを」というアドバイスがあったのです。

一番の代表作を、というのならば話は早い。
でも、そうはいかないのが世の中の常。
この『赤ちゃんは魔女』は、小学校低学年から中学年向きの読み物で、原書は100ページほどでしたが、ピッツォルノの著作はどれも長い!
長いお話は、日本の出版社には敬遠されがちです。

どうも、イタリアの児童書の世界と、日本の児童書の世界を比べてみると、日本の子どもの読書力の方が、劣るような気がしてきます。
日本では、中学年で100〜150ページ、高学年で150〜250ページ、というのがだいたいの目安でしょうか?
ちなみに我が子の本棚(かなりの読書好き)を調べたところ、300ページを超す本は、全集のような、数冊の著作を一冊にまとめた本以外にはありませんでした。
ところが、イタリアでは、300ページを超す児童書はざら。
500ページ近い児童書も少なくありません。

日本でも、ハリーポッターブームから、分厚いファンタジーも次々と出されていますが、よほどのアピールポイント(映画化が決まっているとか)がない限り、ページ数の多い児童書の企画を通すのは、とても難しいことのようです。

ピッツォルノに話を戻すと、わたしのリサーチでは 
『Ascolta il mio cuore』(『この心臓のドキドキを聞いて』)が、彼女の一番の代表作だと感じています。
(もちろん『赤ちゃんは魔女』も代表作の一冊であることに、間違いありません!)
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舞台は、戦後の貧しい時代のイタリア。
主人公のプリスカとふたりの友だちを中心に、小学校生活のあれこれが描かれています。
この3人は裕福な家庭の子どもたちなのですが、まだ貧富の差が激しいこの時代。
プリスカのクラスにも、弟や妹の世話で学校に来られない子や、おふろに何日も入っていない子たちがいます。
すると、先生が堂々と、そういった家庭の子どもを差別するのです。
そんな不公平に対して、プリスカは、すぐに心臓がバクバク、ドキドキ。
先生とだって、クラスのいじめっ子とだって、堂々と、そして悪知恵を働かせて戦います。

という内容。
時代や国が違っても、学校では同じようなことが行われているし、素直でけなげな少女たちに共感できる物語です。
イタリアの子どもを巡る日常も、たっぷり描かれていて、そこも魅力です。

わたしの手持ちの版は、317ページ。それもかなり級数の小さな文字でびっしりと組んであります。
これをゆとりのある組み方に替えて、日本語に訳すと、やはり500ページ近くになりそうです。
これは、内容がどんなにおもしろくても、喜んで受け入れてくれる出版社は、少ないかも。
翻訳に結びつけるのは、かなりハードルが高そうです(もちろん、あきらめてはいません)。

ピッツォルノの書く物語には、空を飛べる人がたくさん出てきます。
ということを『赤ちゃんは魔女』のあとがきに書いたのですが、
実は、いじわるな学校の先生もたくさん出てきます。
ピッツォルノ自身、学校で先生にいじめられたのかも、なんて思うほど。

そうそう、先日感想を書いた映画『シチリア シチリア!』にも、
先生が生徒たちに父親の職業を聞き、裕福度をカテゴライズする場面がありました。
監督のトルナトーレは、「50年代のイタリアの小学校にはよくあったこと」と話しています。
ピッツォルノの描く先生たちも、この映画に出てくる先生と同じ。親の職業によってえこひいきするような先生なのです。

ちなみに、現在のイタリアの小学校には女の先生しかいません。
もちろん例外はあるでしょうが、90%以上、女性です。
理由は給与が安くて、家族を養えない、ということのようです。
この事実にも驚きますが、イタリアの小学校には、胸の谷間をぐいぐい見せつけるような先生も少なくなく、そのことにも驚いちゃいます。
日本だったら、親からの抗議殺到かも。

(追記)
よくよく考えてみたら、岩波児童文庫は、どれもページ数が多いんですね。
いま、我が子が夢中になっている『ドリトル先生』シリーズも、どれも400ページ近い厚さ。
しかも、ものすごく小さな文字でびっしり。
内容が濃ければ、厚くても子どもは喜んで読む、ということ、ですね。
逆にいえば、そのくらい内容の濃い本を探せ、ということか。
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by arinko-s | 2010-10-20 16:37 | 翻訳