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SATYRICON サテリコン

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わたしも『テルマエ・ロマエ』の映画封切りを楽しみにしているひとりですが、
その『テルマエ・ロマエ』のコミックの中で、ヤマザキマリさんが紹介していた『サテリコン』を観てみました。
いわずと知れたフェリーニの、1969年の映画です。

主人公はエンコルピオという青年。
恋人の少年奴隷ジトーネを、一緒に暮らしていたアシルトに奪われてしまいます。
しかもアシルトは、そのジトーネと一晩過ごした後、芝居小屋に彼を売り飛ばしていたのです。
エンコルピオはその芝居小屋に行き、命がけでジトーネを奪い返しました。
けれども、ジトーネはあっけなくアシルトを選び、また2人一緒に出て行ってしまいました。

はっきり筋道を追ってあらすじを語れるのはここまで。
それから先は、次から次へと場面が変わり、どうしてそこにいるのかわからない状況もしばしば。
映画の題材になっている、皇帝ネロの側近ペトロニウスが書いた『サテュリコン』の中の「トリマルキオの響宴」は「トルマリチョーネの響宴」として描かれているのですが、
この響宴にエンコルピオも参加したり、
いつの間にか捕まって奴隷として船に乗せられたり、
船の中で将軍と結婚させられたり、
そこから逃げ出せたと思ったら、たどり着いた家の主は自殺していて驚いたにもかかわらず、その家で、隠れていた奴隷の女の子と戯れたり、
両性具有の神の子と出会って、その子をさらって逃げたり(その神の子は死んでしまう)……。

ともう、エンコルピオとアシルト(途中から2人一緒の旅になる)はどれくらいの距離を移動しているのか、どのくらいの時間が経っているのかもわかりません。

これがローマ人の快楽? 退廃? 享楽?
パゾリーニの『Salò』もそうでしたが、人間快楽を追求しすぎると、たどりつくのはグロテスクなものなんですね、きっと。
いや、追求している人たちにしてみれば、それはグロテスクでも何でもなく、それが美なのかもしれませんが。

ローマ人たちが、もし本当にこんな響宴を繰り広げていたのだとして、わたしがローマ人だったとしたら、絶対にこんな響宴には参加したくないけどなぁ。

でもパゾリーニの『Salò』と違い、とにかく風景がきれいでした。
青空、風の吹き荒れる砂地、海、岩場。
終わってみれば、グロテスクさよりも映像の美しが心に残る一本でした。
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by arinko-s | 2012-04-21 22:52 | 映画 イタリア