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LA TIGRE E LA NEVE

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2005年に公開されたベニーニの映画です。

ローマに暮らす詩人で大学教授のアッティリオ(ベニーニ)。
アッティリオには、別れた妻との間にふたりの娘がいます。
思春期の娘に、恋愛指南を語る一方で、実はアッティリオ自身が猛烈な片思いをしています。
お相手は、作家のヴィットリア(ニコレッタ・ブラスキ)。
毎晩、彼女と結婚式をあげる夢を見るほど、その思いは募るばかり。
けれどもヴィットリアに結婚を申し込むと、ヴィットリアは「ローマに雪が降って、そこに虎がいたら、考えてもいいわ」とつれない返事。

イラク人の有名な詩人、フアド(ジャン・レノ)は、そんなふたりの共通の知人でした。
フアドは長いことパリで亡命生活を送っていましたが、イラク戦争の始まった祖国を憂慮し、帰国することを決意します。
フアドの伝記を執筆中だったヴィットリアは、フアドを追ってバクダッドに入りました。

そんなある夜のこと、アッティリオの元に一本の電話があります。
ヴィットリアが爆撃に巻き込まれ、意識不明の重体、命が危ないという、フアドからの悲しい知らせでした。
アッティリオはすぐさま、バクダッド行きを決意しますが、もちろんバクダッドの空港は閉鎖中。
医師になりすましたアッティリオは、赤十字のトラックに乗りこみ、どうにかバクダッドに入ります。
そして、薬も何もなく、ただ寝かせておく他打つ手もない病院で、アッティリオはあきらめずに東西奔走。
自ら薬を調合するなど、必死で看病を続けます。

そのかいあって、意識を取り戻したヴィットリア。
しかし時同じくして、アッティリオはゲリラ兵と間違えられ、アメリカ軍に捕まってしまう。
結局ふたりはすれ違ったまま、別々にローマに戻ってきます。
そして……

原題は『虎と雪』。これはアッティリオを一躍有名にした、彼の詩集のタイトルです。
ヴィットリアは、アッティリオのプロポーズを、このシュールなタイトルを用いて皮肉たっぷりに断ったというわけですが、このタイトルにはもうひとつ伏線があります。

ローマにふたりがそれぞれ戻ってきてからのこと。
サーカスの動物たちが檻から逃げ出してしまうという事件が起こります。
町を車で行くヴィットリアの前に現れたのは、一頭の虎。
折しも季節は春で、町中ポプラの綿毛がふわふわと舞っています。
まさしくそれは「雪が降る中、突如現れた一頭の虎」といった風景。
ヴィットリアの心に浮かんだのは、きっとアッティリオのプロポーズだったに違いありません。

邦題は『人生は、奇跡の詩』だそうです。
けれども『虎と雪』は大切なキーワード。
タイトルは『虎と雪』のままで良かったのでは? 
確かに劇中、奇跡の連続なんですけど。

綿毛はイタリアの春の風物詩です。
この綿毛が舞うシーンは、フェリーニの『アマルコルド』を彷彿とさせます。
きっと、ベニーニのフェリーニに対するオマージュなんじゃないかな、と思いました。
ちなみにアッティリオという名前は、イタリアの有名な詩人、アッティリオ・ベルトルッチへのオマージュだそうです。

Sai perché ci sono le guerre? Perché il mondo è iniziato senza l'uomo , e senza l'uomo finirà.
(どうして戦争がなくならないかわかるかい? 地球の歴史は人間のいないところで始まった。そして人間がいなくなって終わるんだ)
というフアドの台詞があります。
人間は自ら地球の終焉に向かっているんだ、ともとれるような台詞! 
表向きには、反戦を大きく打ち出しているわけではありませんが、不条理な戦争に振り回されているイラク市民の姿とか、ただ消えていく命を見守るしかない医師の悲痛な思いとか、そんなものが随所に見え隠れします。

そのせいかどうかはわかりませんが、この映画、アメリカでは大不評だったらしいです。
「2006年、ワーストワン」(サン・フランシスコ クロニクル)
「ベニーニは戦争の無意味さ、愛の力、楽天主義の強さを描きたかったのだろうが、かつて彼が人を惹き付けた力は、既に賞味期限切れだ」(デイリーニュース)
「イタリア人、イラク人、そして世界中の映画人を、ひどく辱めした一本」(ニューヨーク タイムズ)
「自分に甘く鼻持ちならない主人公。恥ずかしいほどくだらない映画のためにフィルムを消費したものだ」(ロサンジェルス タイムズ)

散々な言われ方です!
ここまでひどいとは思いませんが、『ライフ・イズ・ビューティフル』の成功が頭から離れなかったんだろうなあ、という感想は確かに拭えません。
ただベニーニならではのユーモアは、やっぱり他の誰にも真似できない!
次は別のテーマで、抱腹絶倒させてもらいたいなあ。
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by arinko-s | 2011-08-25 15:20 | 映画 イタリア

LA VITA È BELLA

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日本でも大ヒットした『LIFE IS BEAUTIFUL』。
先日、渋谷のツタヤで安売りしているのを発見! 迷わず購入して帰りました。

舞台は、戦争の色が濃くなりつつある1939年。
ユダヤ系イタリア人、グイド(ロベルト・ベニーニ)は、書店を開くために、トスカーナの小さな町アレッツォにやってきます。
そしてドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)と出会い、恋に落ちます。
グイドの必死のアプローチにより、ふたりは身分の違いを乗りこえ結婚。
そしてひとり息子のジョズエが生まれました。

ジョズエの5歳の誕生日のことです。
グイド、ジョズエ、グイドの伯父の3人が強制収容所へと連れていかれてしまいました。
それを知ったドーラは、彼らの後を追い、自ら収容所へと向かう列車に乗りこみます。

なぜこんなところへ連れてこられたのか、さっぱり理解できないジョズエをなだめるために、グイドはジョズエに嘘をつきます。
これは遊びなんだ、点数を千点ためれば優勝、賞品は本物の戦車なんだよ! と。
そしてグイドは必死でジョズエを守り抜き……

というあらすじです。
最初に見たのは1997年、公開当時のミラノでした。
公開当初から「この映画はすごい!」とイタリアでは大絶賛で、さっそく映画館に足を運んだことを覚えています。
もちろん、映画館で涙ホロホロ。
今回、久しぶりにDVDを見て、またもやホロホロしてしまいました。

グイドたちが収容所へ連れていかれてすぐ、ドイツ兵がここでの規則について説明しに来る場面があります。
「ドイツ語がわかる者!」と聞かれ、手を挙げたグイド。
ジョズエを安心させるために、めちゃくちゃな通訳をします。

このシーンのドイツ語部分、日本語字幕がはしょられていて、なにを言っているのかわからない!
わからなくても構わない部分ではありますが、すっごく気になります。
グイドがドイツ兵とまったく違うことを言っているってことがはっきりするって意味でも、訳が必要だと思うのだけれど。
なんで訳されていないの?? 
(この部分が気になってしかたないので調べてみたら、イタリアのサイトに載っていたので解決)

もうひとつ謎として残ったのは、アレッツォのグランドホテルでグイドが給仕をしていた時に知り合ったドクターが、軍医として収容所に配置されているのですが、その軍医がグイドに出したなぞなぞ。
「デブで醜く、黄色。どこにいるのかと聞けば『ここ、ここ(伊:qua qua qua)』と答え、歩きながらうんちをする。これなんだ」というのですが、
まったくわからない。

イタリアの掲示板などで、このなぞなぞについての質問や答えがあれこれ書かれていました。
このシーン、なぞなぞを聞きながらグイドがとても悲しそうな顔をするのですが、
わたしはこの表情を、力になってもらえると思っていたドクターの“とても大切な話”というのが、こんな意味の分からないなぞなぞだと知ったグイドの、絶望感の現れだと思っていました。
でもここにはもうひとつの絶望が込められていたようです。

このなぞなぞの答えは、どうやら「ユダヤ人」(はっきりと語られているわけではありません)。
答えを察したグイドは、ドクターに助けを求めても無駄だと現実を突きつけられ、落胆していたようです。

たしかに楽天的なグイドは、強制収容所に連れてこられるまで、そして連れてこられてからも、現実が見えていなかった節がたくさんあります。
このなぞなぞのあと、霧に包まれた収容所で迷い、山積みになった白骨を目の当たりにしたシーンもそのひとつ。
グイドは初めて恐怖に震えるのです。

それはそうとこの映画の、ひたすら子どもを守ろうと明るく努めたグイドの態度を、あまりにも自分勝手な行動と不快に感じる人もいると知って、ちょっと驚き。
まあ、そうかもしれません。
感想は人それぞれですね。

わたしは久しぶりに、息子ジョズエのかわいらしさにノックアウトされました。
シャワーなんて絶対いや! と地団駄を踏むシーンも
Buon giorno Principessa! (ボンジョルノ お姫さま!)と両手を大きく広げてみせるシーンも
目の前に連合軍の戦車が止まると目を見ひらいて「うわ! 本当だったんだ!」と驚くシーンも
ただただ、かわいい!のひとこと。
お父さんがついてくれた嘘のおかげで、恐怖は半減したに違いありません。

このジョズエ役のジョルジョ・カンタリーニ(Giorgio Cantarini)は、今も俳優を続けているそうです。
大人になった彼の映画も見てみたいなあ。
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by arinko-s | 2011-07-23 13:57 | 映画 イタリア

Roberto Benigni×Woody Allen

先日、ベニーニについて書いたばかりですが、
そのベニーニが、ハリウッドを代表する映画監督ウッディ・アレンの映画に初出演することが決まったそうです!!
詳細は明かされていないようですが、ロケ地はローマ、撮影はこの8月からだということ。

ウッディ・アレンの映画ならば、日本でも公開されるに違いありません。
イタリアを代表するコメディアン俳優兼映画監督を、世界のウッディ・アレンがどんなふうに演出するのか、今から楽しみです!
(5月6日付け La Repubblica紙ネット版より)
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by arinko-s | 2011-05-06 20:49 | 映画 イタリア

Non ci resta che piangere もう泣くしかない

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小学校教諭のマーリオ(Roberto Begnini ロベルト・ベニーニ)と、用務員のサヴェリオ(Massim o Troisi マッシモ・トロイージ)。
車に乗っていたふたりは、いつまでも開かない踏切にしびれを切らし、抜け道へと進路を変更したところ、なぜだか過去へタイムスリップ。
気づけば、そこはおよそ1500年のイタリア。突き詰めてみると、1492年、トスカーナのフリットレという村でした。

とまどいながらも、そして、とりわけサヴェリオは嘆きながらも、どうにか2人はそこでの生活を楽しみはじめます。
ところがある日突然マーリオは、スペインに行ってコロンブスのアメリカ大陸発見を阻止する、と言い出します。
原住民インディアンを追いやったのは許し難い行為、コロンブスさえアメリカ大陸に行かなければ、インディアンは幸せに子孫繁栄しているはずだというのです。
サヴェリオはマーリオに説得され、渋々スペインへ向かうはめに。

けれども途中、2人はアストリアハという女の子に旅をじゃまされます。
アストリアハは、コロンブスを無事に出航させるためによそから来た人間の行く手をはばんでいたのです。
どうにか2人が、港町パロスにたどり着いてみると、コロンブスはもう出航したあと! 
2人はコロンブスの出航を阻止することもできず、20世紀に戻る術もわからず、「もう泣くしかない!」というわけです。

ロベルト・ベニーニは「La vita e' bella 」(邦題:ライフ イズ ビューティフル)で、マッシモ・トロイージは「Il postino」(邦題:イル ポスティーノ)で、共に日本でもよく知られたイタリアの俳優です。
もちろん2人は、イタリアでも大人気の俳優。と同時にイタリア映画を代表する監督でもあります。(ライフ イズ ビューティフルはベニーニの監督作品でもあるので、ベニーニが監督をすることは日本でも知られているかもしれませんが)

この作品は2人が一緒に監督、脚本、美術、主演を担当した作品。
1984年に上映され、大ヒットを飛ばしました。
上映から四半世紀が過ぎているというのに、未だにイタリアのコメディー映画を代表する一本です。
DVDには、映画館で上映されたものと異なる結末も入っていて、それもあってか今も大人気。
日本で知られているふたりの代表作よりも、売れているほどです。

ここひと月ほど、ベニーニ作品を少しずつ見直しています。
ベニーニの映画は、史実やイタリア文化をベースにしているので、実はとっても奥が深い。
笑いのがしているところも、けっこうあるかもしれません。
とはいえ、ほんとうにおなかを抱えて笑ってしまうほど、おもしろい!
この映画でも、涙が出るほど笑わせてもらいました。
なかでもふたりがスペイン人の振りをするシーンは、抱腹絶倒でした。

イタリア語とスペイン語で会話ができるか? という議論は良くなされるところですが、わたしの友人たちは「あれは絶対嘘」と断言する人が多かったです。
ただ「イタリア語の単語にsをつけて発音すると、スペイン語っぽくなって通じるんだよ〜」なんて、まことしやかに教えられたことが数度あります。
まさに映画の中のベニーニとトロイージが、それをやってみせるのです。
単語、単語にsをつけて、スペイン人の振りをするシーンの笑えること!
もちろん、すぐに嘘はばれるのですが、ひょっとしてこの映画のおかげで、イタリア語にsをつけるとスペイン語っぽくなる、っていわれはじめたのかもしれません。

トロイージは「イル ポスティーノ」の撮影後に逝去。それが1994年のこと。つまりこの映画の10年後です。
ポスティーノが公開されたとき、わたしはイタリアにいて、イタリアでそれを見たのですが、トロイージの偉大さや、ベニーニとの関係を理解していませんでした。
もちろんトロイージを亡くした悲しみに「イル ポスティーノ」が包まれていたことも、わかっていませんでした。
今、改めて2人の功績を知り、2人が共作、共演したこの映画がイタリア人に愛されて止まない理由がわかるような気がしています。
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by arinko-s | 2011-05-01 18:46 | 映画 イタリア