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本日のイタリア語

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Un filo d'olio   ひとすじのオイル

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著者、シモネッタ・アニェッロ・ホーンビイが、幼い頃、毎夏過ごしたモゼー(アグリージェント近郊の村)での思い出が綴られたエッセーです。

時は1950年代。5月の終わりになると、アグリージェントの自宅からモゼーの別荘に引っ越しをするのが、アニェッロ家の毎年の大行事でした。
夏の間、別荘で過ごすのです。
幼いシモネッタとキアーラの姉妹、両親、家政婦、料理人、仕立て屋、子守り……
お抱えの使用人もみんな一緒に大移動。ひと騒動です。

冬の間モゼーの家には、農園管理人のヴィンチェンツォとロザリアの夫妻、その子ども9人を初め、農家の三家族が暮らしています。
ここは小麦、オリーブ、ブドウ、ピスタッチオ、アーモンドなどを育てている大農園なのです。
敷地内には礼拝堂まであるのだからすごい!

アニェッロ家がモゼーに滞在している間、おばさん、おじさん、いとこ、知人が次から次へとヴァカンスを過ごしにやってきます。
彼らの思い出と共に、モゼーの食の記憶、食卓に運ばれる味と香りの断片が綴られています。

人の思い出は、少し切なくほろ苦く。それでいてユーモラス。
モゼーでは、シモネッタ姉妹も使用人の子どもたちと一緒に遊び回り、畑の収穫を手伝います。
そして大人の会話を立ち聞きしては、大人の世界を考察するシモネッタ。
少しずつ大人の世界に足を踏み入れていく様子は、くすくす笑ってしまうところ満載でした。

そしてもうひとつの柱は、食の記憶。
どこまでも美味しそうで、思わず鼻をくんくんしてしまうほです。
けっして贅沢な食卓ではありません。
父親のアニェッロ氏は、モゼーにいる間、食料品を買うことを禁じます。
だから食卓に上るのは、基本農園で収穫したものだけ。あとは週に数度のお肉。鮮魚は食べることができません。
当然、シモネッタたちは魚を恋しがりますが(アグリージェントは海沿いの街)、父は「田舎にいる時には田舎の食事を」と厳格です。

もちろん戦後の貧しい時代ということもあると思いますが、本当に質素。
それでも、オリーブオイルやローズマリー、バジリコの香りが本の中から漂い、思わず「あ〜、美味しそう」ともらしてしまう。

例えば……
(前略)
「モゼーだけの習慣があった。羊の乳が絞られるためにできる夢のような朝食だ。寒い土地では、その日の仕事と向き合うためにも、朝一番の食事には温かい料理が欠かせない。けれども当時シチリアでは、朝食は重視されていなかった。ーー今も多くのシチリア人にとってはそんなものかもしれないがーーパンひと切れとコーヒーで、朝食をすませる人も少なくなかった。わが家も例外ではなかった。父と母はベッドでコーヒーを飲み、キアラ(妹)とわたしは〈プラズモン社〉のビスコッティか固くなったパンを食べ、カフェラテを飲むだけだった。カトラリーなどが用意されることもなく、それどころか立ったままほおばることもあった。

けれどもモゼーでは、朝食はきちんとした立派な食事だった。豪勢なほどだ。テーブルにはカトラリーが並べられた。新鮮なカード(凝乳)を食べるのだ。それはたった今中庭で作られたばかりのほやほやのカード。ミルクプリンのように輝き、すべすべとしたそのカードの上に、砂糖と粉末にしたシナモンをかけるのだ。

あるいは、まだ生温かいホエー(乳清)がじわっと出てくるリコッタチーズを鉢まるごと食べさせてもらえることもあった。甘くふわふわのリコッタチーズとホエーの組み合わせは完璧で(*リコッタチーズはチーズを作る際に出てくるホエーを利用して作られるチーズ)、わたしたちは固くなったパンをこのホエーに浸してむさぼるように食べるのだった。パン、リコッタチーズ、そしてホエー。わたしの美味三兄弟である。」

作り立てのリコッタ! 食べてみたい〜〜!

あるいは、トマトソースのパスタについて。
(前略)
「毎日食卓に上るのは、トマトソースのパスタだった。大した違いはないものの、その作り方は数限りなくあった。そしてどれが最高のトマトソースか、皆の意見が一致することは決してなかった。

たっぷり30分熱湯につけたトマトの皮を湯むきし、種を取りながら果肉を絞って、加熱を始める。けれども「基本的」なソースの作り方にも二通りあった。

アグリージェントのソースは、もっぱらにんにくが使われる。丸ごと、あるいは大きめに切ったにんにくをきつね色に炒め、トマトソースに加える。けれども、パスタとソースを和える前に、にんにくは取り出すものだという人もいれば、みじん切りにしてソースを煮込み溶かしてしまえばいい、という意見もあった。

それに対し、パレルモのソースには玉ねぎが使われるのだが、そもそも玉ねぎの種類からして、議論の火種だった。小玉ねぎに決まっているという意見もあれば、白くて甘い玉ねぎが良いという意見もあり、コクのある赤玉ねぎを使うべきだという意見もあった。次に問題になるのは、玉ねぎをいつソースに加えるのか、だった。先にオイルできつね色に炒めるのか、それともトマトを濾したものとオイルと一緒に鍋に入れるのか。時には、みじん切りのにんじんとセロリが加えられることもあった。これは少しお金のかかる贅沢なソースだ。

ともかくひとたび玉ねぎ入りのソースが作られることになれば、次は玉ねぎの切り方で意見が別れた。弱火でグツグツソースを煮込む間に玉ねぎが溶けてしまうことを好む人は、細かい細かいみじん切りにしろと言う。けれども口の中に玉ねぎの食感が残ることを好む人もいるのだ。

それだけではない。皮を湯むきしたトマトを使うのはもちろんだったが、種はその時々。全部取ってしまうこともあるが、玉ねぎやにんにく丸ごと加えたソースには、種を少し残すのだ。

わたしの一番好きなのは、トマトを生のまま使うソースだった。熟したトマトを細かく刻み、種は半分残す。にんにく、オリーブオイル、塩・こしょうと共にテラコッタのソースパンに入れたら、少なくとも3時間日光の下、あるいは日陰にーー味の好みとその日の暑さによって決めるーー置いて作るソースだ。

トマトといえば、バジリコが欠かせない。ソースを煮込む間、バジリコひと茎まるごと加え、パスタと和える時に取り出されることもあれば、葉だけをソースに加えて煮込み、そのまま食べることもあった。けれどもトマトソースとパスタをあえてからバジリコを載せたいという人もいたし、パスタと和える直前、ソースの火を消した直後にバジリコは加えるべきという人もいるのだった。」

う〜ん、奥が深い。わたしも生のトマトのパスタは大好きですが、日光に3時間もさらすなんて初めて聞きました。
にんにくは必ず入れます。アグリージェント派ですね。
バジリコはたっぷり。火を消してから加えることが多いかもしれないなあ。というかどのタイミングで入れるかなんて、あまり考えたことがなかったも。

これだけでは、シチリアの美味しそうな香りは届けられませんが、少しは伝わるかな?
ともかく全編この調子で、美味しいものの話が次から次へと出てきます。
この大所帯全員のパンを女性全員で焼く話、畑の収穫の話、母と伯母が作るデザートの話、シモネッタ自身が料理を任されたときの話……
あ〜、シチリアに行きたい!! って何度も叫びながら読んだ一冊。読んでいる間、ホント至福の時でした。

著者のシモネッタ・アニェッロ・ホーンビイは、ロンドンに暮らす国際弁護士でもあります。
作家デビュー作の「LA MENNULARA」以来、出す作品、すべて話題になる作家。
インタビューをYouTubeで見ましたが、とってもさばさばした感じの素敵な女性でした。
ロンドンで暮らしていたら、さぞかしシチリアの太陽と美味しさが恋しくなるだろうなあ。
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by arinko-s | 2011-08-07 15:48 | 読書 イタリア語

ストレーガ賞

イタリアで最も権威ある文学賞といわれている、ストレーガ賞。
先週中間発表があり、全12作品の候補作から、最終候補5作品が決まりました。

ストレーガ賞は、その受賞作品の決め方がとてもユニークです。
国内外400の団体や審査員が、それぞれの作品のストーリーや登場人物などを5段階で評価し、その合計点で争われます。

以前に感想を書いた「ternitti」と「Settanta acrilico trenta lana」も、今年度ストレーガ賞のノミネート作品。
実は、400票のうち1票を持っている東京のイタリア文化会館を通じ、わたしも審査に参加させてもらっていました。
もちろん、12作品を読む時間はないので、この2冊ともう1册(こちらもまたいつか感想を書きたいと思っているのですが)計3冊に関して点数をつけさせていただいたのです。

結局、東京のイタリア文化会館の1位作品はというと『Nel mare ci sono i coccodorilli』。
残念ながら、この本の担当にわたしは入っていなかったので点数をつける権利はありませんでしたが、納得! 
本当に泣ける本なのです。
よしよし、がんばれ〜〜、とこの『Nel mare~~~』を応援することに決めていたのですが、
残念ながら、最終候補には残りませんでした。

ただ、わたしも読んだ『ternitti』が最終候補に残ったとのこと。ならばこれを応援しようかなあ、と思っています。

興味深いのは、各国のイタリア文化会館の推す作品がばらばらだったこと。
わたしもあまり楽しめなかった『Settanta acrilico~~~』ですが、東京の文化会館では他に読んだ人たちの評価も手厳しく、残念な結果に終わっていました。
ところが在フィンランドのイタリア文化会館は、この作品を推している!
え〜、どんなところがおもしろかったの〜?? って聞きたくなっちゃう。

それから、東京の文化会館では、まったく良いとこなしといった感じの評価に終わった作品が、最終候補作品に残っていたり!
お国柄ですかねぇ〜〜。
その結果を知ると、ますます最終候補に残った作品、すべて読んでみたくなります。

最終発表は、7月7日。楽しみです。
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by arinko-s | 2011-06-28 21:45 | 読書 イタリア語

Settanta acrilico trenta lana

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タイトルを直訳すると、『アクリル70% ウール30%』。

両親とLeeds(イギリス北部の町)で暮らす、大学生のアメリア。
一人暮らしを始めようとした矢先、父親が交通事故で亡くなってしまいます。
車に一緒に乗っていたのは父の愛人。
ショックを受けた母親は、その日から口がきけなくなってしまいました。

アメリアはひとり暮らしをあきらめ、大学もあきらめ、母のめんどうをみることを余儀なくされます。
母親のリヴィアは、夫の死以来、すべてに無頓着になり、毎日家にこもって外に出ません。
爪は汚れ、髪の毛は油でぺったり。
そして、いつでもポラロイドカメラを首からぶら下げ、ありとあらゆる穴を撮るようになります。
車ごと穴に落ちた夫の死のトラウマです。
カメリアはそんな母親にうんざりしながらも、生活費を稼ぐために、イタリアの電機メーカーの洗濯機のマニュアルを、英語に翻訳する仕事を始めます。

そんなある日、カメリアは中国人の青年、ウェンと知り合います。
元々大学で中国語を習っていたカメリア。ウェンにお願いし、中国語の勉強を再開しました。
いつしかカメリアは、漢字を覚えることに夢中になり、ウェンの母親のお古の筆を使って次々と漢字を紙に書き、イデオグラムの世界に没頭するようになっていきます。

もちろん、カメリアの気持ちを癒したのは漢字だけでなく、ウェン自身でした。
けれどもウェンはとても消極的で、カメリアは振り向いてもらえないことに憤りを覚え始めます。
そして、ウェンの弟と肉体関係を持ってしまうのです。

そして、すべてはウェンの知るところになり、愛する人も失ってしまったカメリア。
その一方で母親のリヴィアは、カメリアに無理やり行かされた写真講座で、やはり妻に先立たれた写真の先生とおつきあいを始め、みるみるうちに精神状態を回復させて行きます。

幸せそうな母親と恋人を見て、嫉妬するカメリア。
高い塀に上り自殺をしようと考えるのですが、それを止めようとした母親の恋人を逆に突き落とし……。

というなんとも暗いストーリー。
著者のViola Di Grado(ヴィオラ・ディ・グラード)は、弱冠23歳。
このデビュー作が話題になり、今年度の文学賞に軒並みノミネートされています。

漢字と中国人の青年、それから古い服をあれこれリメイク(この服の袖とあの服の身頃にこっちのポケットを合体させるとか)すること、そして洗濯機のマニュアル、とすごくおもしろいキーワードがたくさんでてくるのだけれど、なにしろテーマが重たい。
おまけに舞台が、暗い暗い冬のリーズ。
ひたすら一本調子で進むので、途中までのハラハラ感もなくなってきて、ひたすら残りのページをカウントしながら読みました。

著者の23歳という年齢も手伝ってか、書店のレビュー欄も喧々ガクガク。
たしかにものすごい才能を持った書き手が現れたことには変わりないのだろうけれど、好きか嫌いかは、別れるところだろうなあ。

最後、母親の恋人が地面で頭から血を流しているのを置き去りにして家に帰ったカメリアの台詞。
「Stai tranquilla mamma, tornera' tutto come prima. Siamo di nuovo solo noi. Per sempre. Come ti avevo promess. ママ安心してね、全部元通り。またわたしたちだけの生活に戻るの。これから、ずっと。約束したものね」

きゃ〜〜〜、って悲鳴あげそうになりました。
自分の殻に閉じこもる母親にうんざりしていたくせに、いざ母親に恋人ができるとこの始末。
ウェンに大人になるレッスンもしてもらえば良かったのにね。
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by arinko-s | 2011-06-18 18:24 | 読書 イタリア語

ternitti

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原題の「ternitti」は、「eternit」(石綿セメント)と「tetto」(屋根)のプーリア方言。

1975年、プーリア州・レッチェ近郊の小さな町に暮らすオルランド一家は、スイスのチューリッヒへ仕事を求め引っ越していきます。
打ち捨てられたガラス工場で、イタリア南部各地からやってきた人たちとの共同生活が始まります。
そして父親のアントニオは、石綿(アスベスト)工場で働きはじめました。

オルランド家の娘、15歳のミミーは、父親と同じ、労働移民のイッパツィオと「ガラスの家」で出会います。
夜、両親が寝静まってから、毎夜イッパツィオのベッドへ向かい、マッチでお互いの顔を照らしながらこっそりと時を過ごすようになるのです。

ここで舞台は1993年に。
母親になったミミーは、故郷に戻り、ネクタイ工場で働きながら、ひとりで娘を育てています。
娘のアリアンナは18歳。つまり、チューリッヒで産んだ子どもです。
アルコール中毒になってしまった弟のビアジーノと、年老いた両親。
ミミーもそれなりに恋愛をくり返し、友人たちとの時間を楽しみ、大人になっていくアリアンナを愛し、日々を過ごしています。

1999年。父親のアントニオが亡くなります。
チューリッヒのアスベスト工場で一緒に働いていた同郷の人たちも、皆次々と亡くなっていきます。
もう誰もが、彼らの死の原因を知っている。

そんなころ、チューリッヒで家庭を築いていたイッパツィオも故郷に帰ってきます。
それを噂で聞いたミミー。イッパツィオが自分の死期を察し、故郷で死ぬことを望み帰国したに違いないと確信します。
そしてある日、彼に会いに行く。
胸が張り裂けそうになりながら、イッパツィオに話しかけるミミー。
自分は、すぐそこにいる中年男の中に、初めて愛した男性の若い頃の面影をいくつも見つけるのに、相手はまったく自分のことに気づかない。
ミミーは自分から、かつての恋人だと告白します。

ふたりは、幼なじみのようにいろいろと語り合います。
そしてミミーは、イッパツィオがなぜお腹に赤ちゃんのいるミミーを捨てたのかを知ることになります。
その理由に、ミミーは絶望感を覚え、その場から逃げ出してしまいました。

そして時は流れ、2011年。
ミミーの働くネクタイ工場は、製産拠点を中国とインドへ移すことに。
ミミーたち、女子工員はストライキを敢行。屋根の上でハンストを起こします。
そこに現れたイッパツィオ。ガソリンを体にかけ、ミミーにマッチで火をつけてくれ、と頼みます。
それが、イッパツィオの考えた罪滅ぼし。
ミミーに火をつけてもらって死ぬのならば、それは本望だというのです。

けれども、突然の雨。
ガソリンは流れ落ち、マッチも濡れて…
ミミーはイッパツィオに「この屋根の上に一緒に残る?」と聞くのでした。

という、お話。
数年前、日本でもアスベストによる肺がん、中皮腫疾患患者の話題がしきりに報道されていた時期がありましたが、イタリアでも同じ問題があることを初めて知りました。
しかもそれは、イタリア南部の移民労働者に多いということ。
1960年から1980年の20年間で、ミミーの故郷カポ・ディ・レウカから2千人もの人がスイスのアスベスト工場へ出稼ぎに行き、その大部分の人たちが現在までに発病、もしくは亡くなっているそうです。

最初、アスベストに引き裂かれた恋人の話かと読み進めていましたが、そうではなく…
幼い恋人たちの切ない話かと思えば、またそうでもなく…
イッパツィオは、15歳のミミーが妊娠すると、誰の子どもだかわからない、と逃げ出したのです。
そして死期が迫っていることを知ると、今度は妻とふたりの子どもを捨てて、ひとり故郷に逃げてしまう。
う〜ん、なんだか情けない男です。

その反面、ミミーはとっても強くて前向きな女性。
娘アリアンナの友だちとも仲良く、もちろん娘のこともとても大切にしている。
イッパツィオにはまったく共感できませんでしたが、このイッパツィオよりも数倍しっかり者のミミーはとても魅力的で、ミミーの行方が気になってぐいぐい読み進められる感じでした。

あとは、プーリアの風景や匂いが感じられるような描写がとても美しい!
エメラルドの海、白い水しぶき、まっ赤な夕日、オリーブの林…

途中、プーリアに漂着する移民船から降りてきた移民をミミーが助ける場面がありますが、その辺りは、現在次から次へとやってくる移民たちに対するイタリア人の思いなどもかいま見られます。
自分たちにも移民の歴史があるイタリアですから、やっぱり気持ちは複雑でしょうねぇ。

著者のMario Desiati(マリオ・デジアーティ)は、1977年生まれ、プーリア州マルティーナ・フランカの出身。
4作目のこの小説で、イタリアの最高権威の文学賞であるストレーガ賞にノミネートされています。
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by arinko-s | 2011-05-28 22:10 | 読書 イタリア語

IO E TE

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Nicolo' AMMANITI(ニコロ・アンマニーティ)の一番新しい小説。
昨年の出版以来、今もベストセラーのランキングを飾る一冊です。
ニコロ・アンマニーティの小説は、『ぼくは怖くない』(Io non ho paura)が邦訳されているし(早川書房)、ガブリエレ・サルヴァトーレス監督によって映画化され日本でも公開されたので、ご存知の方も多いかも知れません。

舞台は2000年、ローマ。
主人公のロレンツォは14歳。にぎやかなところが苦手な少年です。
つまり友人たちの輪の中になかなか入れない。でも、本人はむしろひとりでいることに安堵感を抱いています。
ところが、これが親にとっては心配の種。
カウンセラーの先生のところに通わされてしまいます。

ロレンツォは、どうすれば友人たちにからかわれずにすむか、親に心配をかけずにすむか、周囲の反応を見て学んで行きます。
そして表面的には、周囲の子どもたちと何ら変わらない振りをするようになっていきます。
保身術を覚えたのです。

ある日、クラスで一番の美人とその友だちの男子がなにやら相談をしていることにロレンツォは気づきます。
一週間のグループ旅行、スキーをしに、コルティナ(北イタリア、ヴェネト州の町)の別荘に行く計画を立てているのだと知ったロレンツォは、家に帰ると、思わず母親に「スキー旅行に誘われた」と嘘をついてしまいます。

それを聞いた母親は、大喜び。すぐさま父親に電話をし、報告する始末。
ロレンツォは、後に引けなくなってしまいました。

いよいよクラスメートたちがスキーに出発するその日、
ロレンツォは集合場所まで送って行こうとする母親を途中で帰し、そして自分はこっそり地下鉄に乗り、家に帰ります。
アパートの地下にある物置で、一週間隠れて過ごすためでした。
そのための用意は万端。毛布や食糧品をちゃくちゃくと運びこんでいました。

隠れ家で一人きりのヴァカンスを楽しんでいたロレンツォの元に、突然、父親と前妻の間に生まれた姉のオリヴィアがやってきます。
行き場がなく困っているオリヴィアを、最初ロレンツォは頑に拒否ます。
しかし母親に嘘がばれそうになり、オリヴィアに助けてもらう。
取引の形で、自分だけの隠れ家に入れてあげることにしました。

実は、オリヴィアはドラッグ中毒でした。
ロレンツォは詳しい話を聞かされていませんでしたが、彼女が深刻な状態に陥っていることを察します。
薬が切れ、もだえ苦しむオリヴィアを見て、ロレンツォは脅えると同時に、このまま死んでしまうのではないかと心配します。
そして、嘘がばれるかもしれないという危険を覚悟で、彼女を助けるために隠れ家を抜けだしました。
一緒に育ったわけではない姉弟ですが、結局このことがきっかけで、お互いの愛情が深まるのです。
そして物置で過ごす最後の夜、2人はツナの缶詰で乾杯し、再会を約束しました。

というのが、あらすじです。
明るく話し好き、というのが日本人のイメージするイタリア人のステレオタイプ。
実際、話し上手の人が多い、とわたしも思います。
でも、『素数たちの孤独』のマッティアもそうでしたが、実はそうではないイタリア人もたくさんいるんですね。
当たり前のことですが…

個人的にはロレンツォにすごく共感を覚えました。
わたしも、意味もなくつるむの苦手でした。
でも逆にあれこれ詮索されるのも面倒くさく、適当に合わせることも覚えていましたねぇ。
う〜ん、わかる、わかる、って何度も思いました。

ロレンツォが隠れ家にした物置は、cantina(カンティーナ)と呼ばれるもので、大抵のアパートの地下にあります。
各部屋それぞれに与えられたこのカンティーナは、なかなか広く、食糧貯蔵庫としても使われています。
大抵どの家も、ワインやらオリーブオイルやらトマトソースの瓶詰やらジャムやら、保存食をたくさん置いています。
その他、古くなって使わなくなった家具とか、がらくたとか、バイクとかいろんなものが詰めこまれていることも少なくありません。

ロレンツォのカンティーナには、以前の住人、伯爵夫人の遺品も数多く置かれていました。
ロレンツォはその家具をうまく使って、数日間滞在するのに不便なく過ごせるように部屋を整えておいたというわけです。

ここでひとつ学んだこと。
イタリアには nuda proprieta' という不動産の買い方があるのだそうです。
身内も財産もない老人が、生前に不動産を、自分の身柄と共に売る、ことだそうです。
買った方は、もちろん売り主が亡くなるまで、その売り主が共に暮らすことを認めなくてはなりません。
そして売り主が亡くなると、家の中にあるものすべてが、買い主の所有物になるとのこと。
ロレンツォの両親は、この方法で家を買っていたのでした。だから、カンティーナに伯爵夫人のものがたくさんあったのですね。
ただし、イタリアでは「nuda proprieta'で家を売ったら、死ぬことはない」といわれているのだとか。
嘘か誠か知りませんが、死にかけていた人が、この方法で家を売った途端、20年も生き延びたりするそうです。
つまり、買った方は20年間、他人と暮らすことを耐えなくてはならないということ。
安いかわりに、そういうリスクもあるという売買の方法ですね。

話は戻って、実はこの物語の最後は、すごく衝撃的です。
せっかく2人の間にシンパシーが生まれて、2人はそれぞれの生活に戻ったというのに!!

10年後、ロレンツォの元に警察からの呼び出しがあります。
それはオリヴィアの遺体の身元確認のためでした。
オリヴィアの財布の中に、別れるときに書いたロレンツォの連絡先のメモが残っていたのです。
ロレンツォと「もう二度とドラッグには手を出さない」と約束したのに、結局ドラッグが原因でした。

すごく心温まる結末かと思いきや、最後の2ページで奈落の底に突き落とされた気分でした。
悲しすぎる。

ニコロ・アンマニーティの本はどれも、読者のレビューが数えきれないほど。
さすが大人気の貫禄を感じさせます。
その内容も、これまた人気の作家らしく、賛否両論。
でもわたしはこの小説★★★★★でした。
早く次が読みたいぞ。

そうそう、原題を直訳すると「きみとわたし」です。
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by arinko-s | 2011-04-21 21:17 | 読書 イタリア語

SANGUE MIO

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映画『トリノ、24時からの恋人たち』の監督、Davide Ferrario ダヴィデ・フェッラーリオの小説です。
『トリノ〜』は、ちっとも好きになれませんでしたが、レヴューの点数が高かったので、興味を引かれた一冊。

あらすじは…
刑務所に入っている父親に、生まれて初めて会いに行ったグレーテル。
父親のベルナルディーニは、自分に娘がいたことさえ知りませんでした。

グレーテルは、ハレルフォルデン―スパッツ症候群という難病にかかっており、いつまで生きていられるのか、この先自分の体はどうなってしまうのか、不安に脅えています。
母親も祖母もすでに他界し、身内は父親ベルナルディーニひとり。
グレーテルは出所を数日後に控えたベルナルディーニに、イタリア南部の町、マラテーラ(バジリカ―タ州)の教会まで一緒についてきてほしい、と頼みます。
友人の母親がこの教会に祭られるサン・ビア―ジョの聖体安置所からしたたる雫を飲んだところ、病が治ったというのです。

ベルナルディー二出所の日、グレーテルは刑務所の前で彼を待ちました。
そして2人はパンダ(フィアット・パンダのことです)に乗りこみ、イタリア半島を南下。
途中、さまざまな会話を交わし、2人の間にあった溝を埋めて行きます。

ようやく目的の教会についた2人。
しかし、友人の母親の奇跡の話はグレーテルの作り話でした。
グレーテルは、父親と過ごすことのなかった時間を取りもどすために、こんな嘘をついたのでした。

と、こんなお話です。
タイトルを直訳すると『わたしの血』。血のつながりのある家族を指しているのですね。

銀行強盗、殺人を犯した実の父親。
長い時を経れば、許せるものでしょうか?
わたしには想像がつきません。
それまでに共に過ごし、良い思い出や温かな記憶があるならばまだしも、自分を一度も抱きしめてくれたこともない父親です。
確かに今のベルナルディーニは、頼りがいのある初老の男性で、その罪を知らなければ家族として迎え入れられるかもしれません。
道中グレーテルは、あえてベルナルディーニの過去について質問し、真正面からその事実を受け止めようとします。
わたしだったら、絶対逆。あえて触れないように気をつけ、気を使いそうです。

でも、もし自分に家族は他に誰ひとりいなくて、おまけに自分は難病にかかっているとしたら…
どんな父親であっても、家族のいることがありがたく思えるのかもしれません。
そして、彼が更正していると信じて、これからの彼の生き方に賭けてみるかも。
う〜ん、やっぱりわかりません。

最後、廃墟と化した教会(奇跡のあった教会とは別の教会)の中、2人は求愛儀式を繰り広げる羽アリの大群を眺め、それぞれ様々な思いにふけります。
メスは受精するとオスを捨ててさっさと飛び去り、オスはそのまま地面に落ちて死んで行く。
床は真っ黒な死骸で埋めつくされ、そして、静寂に包まれる。

このシーンが強烈なのですが、作者の後書きによれば、この羽アリの求愛儀式はイタリアのアペニン山脈近郊の村や町では、毎年見られる光景だとか。
中でも有名なのが、ボローニャの近くMonte delle Formiche(モンテ・デッレ・フォルミケ、その名もアリ山)の Val di Zena(ヴァル・ディ・ゼーナ、ゼーナの谷)のものだそう。
例年9月前半に見られるそうです。

自分の中の何かが変わってしまうほど圧倒される光景なのだろうと、このシーンを読んで推測しました。
虫の大群て苦手ですが、機会があったら見てみたいかな。

監督のフェッラリーオは、ドキュメンタリーもたくさん撮っていると知り納得。
小説もどこかドキュメンタリータッチです。
今度はこの人の撮ったドキュメンタリーを見てみたいと思います。
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by arinko-s | 2011-04-13 21:23 | 読書 イタリア語