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本日のイタリア語

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最強のふたり

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昨日、突然時間が空いたので、久々に映画館へ。レディースデーだったしね。

予想以上のおもしろさでした。
最初から最後まで笑いっぱなし。でもって、なぜだかうるうるしっぱなしでした。

今さらここで語るまでもないのだけれど、ひとつだけ。
四肢不自由な大富豪のフィリップの介護をしていたスラム街育ちのドリスですが、
後半、彼の血のつながらない弟が、フィリップの豪邸にドリスを訪ねてくるシーンがあります。
その晩、ドリスが自分の生い立ちをフィリップに打ち明けると、突然フィリップが「これは君の一生の仕事ではない」とドリスに事実上の解雇を言い渡しました。

あまりにも急な展開に、どうしても理解できず。
どういうことなんだろう?? ここにいないで家庭の問題を解決してきなさい、ということなんでしょうか?
きっとここには、日本語字幕では書ききれなかったフランス社会が描かれているはず。

まあ、その他にもフランスのこともっと知っていたら、もっと楽しめたはず(理解できたはず)という場面がいくつもありました。
でも、それでも充分。
フィリップが、本当に幸せそうに微笑むから、こっちまで嬉しくなっちゃうのかな。
何よりドリスが、フィリップ以上に楽しんでいることが伝わってくるから良いんだね。

パリのイメージって、イタリアと比べてしまうからなのか、あのフランス語のせいなのか、どうしても「どんより」って感じなんです。
この映画も舞台が冬なので、思いきりどんよりした風景満載ですが、ドリスの弾ける笑顔で、ちょっとフランスのイメージが変わりました。
ドリス役のオマール・スイ、かっこ良し。彼の他の映画が観たくなります。
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by arinko-s | 2012-09-27 15:51 | 映画 ヨーロッパ

IL SORPASSO 追い越し野郎

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Dino Risi(ディーノ・リージ)監督の最高傑作と言われる作品です。

舞台はフェッラゴスト(8月15日)のローマ。
人気のない町で、ブルーノ(Vittorio Gassman ヴィットリオ・ガスマン)は電話とタバコを探しまわっています。
バールもレストランも閉まっているし、公衆電話は見つからない、で車を走らせ続けていました。

そしてふと上を見あげたとき、ベランダから外を眺めていた青年、ロベルト(ジャン=ルイ・トランティニャン)と目があいました。
ロベルトは法学部の学生。試験勉強のためにローマに残っていたのです。
ロベルトは、ブルーノに快く電話を貸してあげます。
するとブルーノは、そのお礼に昼食をご馳走しようと、ロベルトを無理やり町に連れ出しました。
ブルーノは40代の陽気なおじさん。かたや、ロベルトは生真面目で内向的な青年。
対照的な2人のドライブが始まりました。

「しかたがない、食事をしたら急いで帰ろう」と、ブルーノに付き合うことにしたロベルト。
ところが、そう簡単にはいきませんでした。
ローマ市内で開いているレストランを見つけられず、郊外へ。
そしていつの間にか、車は北上しトスカーナへ。

ここまで来たのなら、とロベルトは、グロッセート近郊に住む親戚の家にブルーノを連れて行きました。
ブルーノはあっという間に、ロベルトの親戚たちと親しくなり、気づけばとっぷり日が暮れて…。
行き当たりばったりで、どんどん車を走らせるブルーノ。
「こうなったら電車で帰るしかない」と、ブルーノに別れを告げたロベルト。
けれども、電車は既に終わり。翌朝までローマ行きの電車は来ません。

仕方なしにブルーノと別れたレストランへ、ロベルトは戻ります。
そして真夜中に、ブルーノに連れていかれたのは、ブルーノの元妻と娘の暮らす家でした。
そして翌日、やっとローマに帰れると思いきや、ブルーノは海を満喫。
ジェットスキーに、モーターボート。
はたまた娘の彼氏と卓球勝負。

ようやくローマへの帰路についたとき、ほっとしたのか、ロベルトは一気に弾けます。
もっとスピードを上げて、前の車を追い越せ、追い越せ、とブルーノをあおり、はしゃぎます。
そして、調子にのったブルーノが対向車線に出たとき、前方からやってきたトラックと正面衝突。
ブルーノはうまいこと車から放り出され軽症ですんだものの、ロベルトは車ごと崖から転がり落ちてしまいました。
助かるわけがありません。
ただ茫然と、転がっていく車を見つめるしかないブルーノ。
そのとき、ロベルトの名字さえ自分は知らないことに、思いいたるのでした。

というあまりにも衝撃的な結末でした。
それまでの陽気なブルーノが一転、表情を陰らし震える姿が目に焼き付いてしまうような終わり方です。

このガスマン演じるブルーノ。
とにかくお調子者の適当男です。
一方的にしゃべり続けるブルーノの姿こそ、日本人のもつステロタイプのイタリア男のイメージかもしれません。

一方、どこまでもおとなしいロベルト。思っていることを口にすることもままならず、ブルーノに振り回されっぱなしです。
わたしだったら、さっさと車降りて、どうにか家に帰っちゃう。
まったく、しっかりしろよ、ロベルト! ってげきを飛ばしたくなっていたら、この終わり方です。
ロベルトが救われません。

でも実は、ブルーノにどこか心を開かせてもらったようなところもあるから、ロベルトはブルーノに感謝していたのかもしれません。
ブルーノと出会えたことで、なりたかった自分に近づけたというか。
だとしたら、少しは救いがあるのかも。

でも何より、茫然自失のブルーノの姿に胸が痛みました。
自分のしでかしたことの大きさに、この先ブルーノは押しつぶされてしまうのではないか。
ちゃんと生きていけるのだろうか。
心配です。

この映画、イタリアンコメディ、と呼ばれているようですが、うーーん、コメディじゃないよな、と思う。
悲しい映画です。

撮影は1961年、発表が62年。
その翌年63年の銀のリボン賞(Nastro d'Argento)、ドナッテッロ賞(David di Donatello)共に、ガスマンが最優秀男優賞を受賞しています。
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by arinko-s | 2012-09-11 21:32 | 映画 イタリア

翻訳者のトークセッション

昨日、とある翻訳学校のトークセッションを拝聴してきました。
午前中は「実録・海外ドラマ翻訳ができるまで」。午後は「“ヤングアダルト作品の魅力”徹底解析」と2本立て。
午前中の「海外ドラマ」の方は、映像翻訳家お二方と制作会社のプロデューサーの対談で、午後は文芸翻訳家の代田亜香子さんと作家の角田光代さんとの対談でした。

いやいや、どちらもおもしろすぎて、あっという間の90分(それぞれ)でした。
以下、それぞれ興味深かった話の覚え書き。

「海外ドラマ」では、制作会社の方がざっくりとした制作過程を説明してくださいました。
字幕翻訳家のチオキ真理さんと、吹き替え翻訳家の菅佐千子さんがいらしていたのですが、お二人は、それぞれの行程の違い、そして要求されることの違いについて、とてもわかりやすくお話してくださいました。

へえーーー、って驚くこともあれば、ああさもありなん、と想像つくこもあり。
中でも印象的だったのは、「台詞にだまされてはいけない」という話。
映っているものと台詞の中身が、異なることが多々あるそうです。
それから、シリーズ物であるが故に(題材はテレビドラマ『CSI』シリーズ)、最初の方の回とつじつまが合わなくなっていることも、あったりするそうです。

そのあたり、わかる気がします。
日本のように律儀につじつま合わせて物語を作る国ってない、という気がします。
小説も同じです。ざっと読んでいる時には気づかないけれど、細かく訳すと月日がずれていたり、計算が合わなかったり、過去の経歴が変わっていたり。
イタリアの場合、ああイタリア! って思うのですが、アメリカでもあるんですね。
このドラマは、一般の方から送られてきた脚本を採用することもあるそうで(これにもびっくり)、そのためにこういったずれが時々生じるのだそうです。

それから同じ映像翻訳でも、まったく別の日本語の探し方をすることが、とても良くわかりました。
同じ台詞をお二人がどう訳されているか比べる資料もいただいたのですが、これがおもしろい!
短くまとめてつける字幕と、役者の口に合わせて作る台詞。
それぞれの難しさとおもしろさがあるんですね。

「これはやった!」と、我ながら上手くいったと思う訳は? という質問に対するチオキさんの答えも印象に残りました。

And if she is lying? She's the second best one we've had in here in the last 24 hours.
という5秒間の台詞。
「あれがウソなら デボラも彼女も大した役者だ」
という訳を当てたそうです。デボラとは登場人物の名前でsecond に対してfirstの人物。あえて名前を出すことで、彼女は2人目、つまりsecond の訳になっているということでした。
「大した役者」。これは使えそうです。メモしておかなくては、と思った次第。

プロデューサーの方が、「2秒間で、けっこうな量を話している」と言われていました。
イタリア語の映像を訳すと、だいたい2秒間でワンセンテンスです。
つまり一分間話し続けていると、30センテンスくらい言っている計算。
もちろん途中、間を空けたり、同じことを言ったりもするのですが、しゃべる人だと、ホントこのくらいたくさんのことを話します。
ちょっと一回口閉じて〜〜〜、って思うくらい、しゃべり続ける人も少なくなくて、泣きたくなることしばしば。
でもこれを字幕にすると、目が追いつかないんですよねぇ。
上のチオキさんの訳くらいに、すぱっと落とすところは落とす、と。
ふむふむ、でした。潔さが必要だ。

午後の『ヤングアダルトの魅力』も、午前中に負けず劣らず興味深かったです。
角田光代さんは、ひとときはまっていて、本当にたくさんの小説を読ませていただいているので、単純なミーハー気分もあり。
でもこの日は、やはり翻訳家、代田さんの話がおもしろかった。
中でも本を探しに行く話に共感。
20冊買っても、「これは絶対翻訳したい」と思える本は、1冊あるかないか。

わかります、わかります。
先日、またまた大量にネット書店で本を購入したのですが、読んでみてがっかり、もしくはう〜んイマイチっていうのが半分はあった。
代田さんは「必ず現地の本屋で探す」そうですが、それでもそうなんだから、ネットだともっと探し当てるのは難しいはずです。
やっぱり「訳したい」本に出会うことが一番大切なんだなあ、と改めて思いました。
それから、あぁ現地に行かねば、と欲望がむくむく湧いてきましたよ〜〜。

あとみなさんがおっしゃっていたことですが、
「トータルのバランスが大切」ということ。
一語一語をあてはめようとすると、絶対に不格好な日本語になってしまうというお話。
全体を見て、オリジナルが言わんとしようとしていることを漏らさず伝えていれば、それでOKではないか、と。
これには「やっぱりそれでいいんだ」と、ひとり内心喜んでいました。

というのも、英語と違って、翻訳学校なんてないから「こういう場合はこうするもの」って教えてもらったことがない。
これでいいのだろうか、と自信のないまま進めている部分もあったりするのです。

ともかく結論としては、翻訳って奥が深いぞ、ってことです。
それでもって、翻訳ってやっぱりおもしろい、って思えるトークセッションでした。
また機会があったら、ぜひ参加したい!
英語も勉強しよっと。

追記
代田さんが、おっしゃっていたこと。どんなに疲れていても、1日に3文は必ず訳すということでした。
わたしも、まねしようと思います。
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by arinko-s | 2012-09-10 21:26 | 翻訳

NUOVO CINEMA PARADISO ニュー・シネマ・パラダイス

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どれだけイタリア映画を観ても、やっぱりこの映画が一番好きなのですが、今日『Corriere della sera ネット版』に懐かしのトトの写真を見つけました。
イタリア映画のメモリアルDVDボックスに仲間入り、という宣伝記事。

「世界中を熱狂させた映画も、いまやクラッシックになった」と書かれていました。

ひゃ〜〜〜、です。
ついこの間、映画館で観たような感覚。
でも1988年の映画なんですね。
ほんと、もう少しで四半世紀ではありませんか。

当時はまったくわかっていなかったイタリア映画の歴史。
Totò(トト)やAmedeo Nazzari(アメデオ・ナッツァーリ)やMike Buongiorno(マイク・ブオンジョルノ)が、出てきたりして。
観るたびに、あっ! っていう発見があります。
初めて観たときよりも、今は数倍楽しめるようになりました。

青年時代のトトを演じているMarco Leonardi(マルコ・レオナルディ)は、今も役者として活躍していると、恩師のダニエレが教えてくれたので、
子ども時代のトトを演じた子は、シチリアで食料品店をやってるらしい、と教えたら、「なんで日本人がそんなことを知ってるの??」と驚かれました。
何の週刊誌で読んだのかなぁ? 忘れちゃいましたが。

実はイタリア版のDVDも持っています。
久しぶりに観てみようっと。

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       なんど観てもとびきりのかわいさです。
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by arinko-s | 2012-09-05 21:45 | 映画 イタリア

Un giorno perfetto 完璧な一日

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エンマ(イサベッラ・フェッラーリ)と、夫のアントニオ(ヴァレリオ・マスタンドレア)が別居を始めて一年。
エンマは子ども2人を連れて、母親の元へ戻り、新しい生活に必死です。
けれどもアントニオは、未だにエンマをあきらめきれず、家族揃って暮らしていた家を去ることもできず、ストーカーのようにエンマをつけ回しています。

ある日、エンマは深夜を回ったころ、アントニオがアパートの下から部屋を眺めていることに気づきます。不愉快な思いで朝を迎えることになるのですが、まさにその日、仕事先で首を切られてしまう。
おまけに会社を出てみれば、アントニオが待ちぶせしています。
話をしたいと迫られ車に乗ったものの、結局暴力をふられ、逃げるように町に戻ってきました。

さらに夕方、母親から「子どもたちはアントニオの家に行った」と知らされ、パニックになって後を追います。
そんな最悪の一日の締めくくりに、衝撃的な事件が、アントニオの手によって引き起こされる……。

いやはや、これが「完璧な一日」とは。

物語は、複雑な人間関係が絡み合いながら進んでいくのですが、何の脈絡もなく次々に色いろな人が登場するので、なかなか互いの関係を把握できません。

アントニオは政治家の護衛をしていて、その政治家はどうやら収賄容疑で捕まりそうになっている。
そしてその政治家の前妻は、精神的に追いつめられ自殺してしまい、彼は若い女性と再婚している。
政治家には年の離れた子どもが2人。前妻との間にできた息子は、大学の試験でぎりぎりの成績しかもらえない。成績をつけてもらえたことは、政治家の息子だからだということで、そのことが余計に彼を苦しめている。そして父親の再婚相手に恋している。
まだ幼い、おそらく後妻との間にできた子どもは、エンマの息子の同級生。2人(小学生)は、結婚の約束をしている。
そして、この政治家一家とは別に、どうやら苦しい恋をしているらしき女性が出てきて、その人はエンマの長女の担任で……

と、短時間でたくさんの人が登場。そのみんながどこかでつながっているのですが、その関係はさらっと触れられているだけ。
同名の小説が原作なのですが、どうも無理して2時間の中にストーリーを押しこんでしまった感が否めません。
それぞれの関係をもっときっちり教えてくれたら、ひょっとして「完璧な一日」の意味がわかるかもしれません。
これだけの人たちが、互いに接触を持ったという意味で、完璧な一日? 
それとも、それぞれ苦しみに決着をつけた日という意味で、完璧な一日?
いや、それだとエンマはこれからも苦しみつづけることになるだろうから違う。
何度も、この映画の意味を頭の中で反芻してみるのですが、わたしには理解できず。
どこにも救いを見つけられない一本でした。

監督は『mine vaganti』のFerzan Ozpetek。
2008年の映画です。

余談ですが、この映画を観た翌日、いつも愛用している紅茶屋さんから試飲用のお茶が送られてきました。
入っていたのは「C'EST PARFAIT!」という名前のお茶。
そして「『セ パフェ(完璧)!』な一日のためのお茶」と書かれていました。
う〜〜ん、飲む気になれない!

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夫を演じているヴァレリオ・マスタンドレアは、『Tutta la vita davanti』や『La prima cosa bella』とは、まったく違う顔でした。
この映画では、見事に執拗な夫を演じていて。
俳優さんてすごいですね。
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by arinko-s | 2012-08-19 22:27 | 本日のイタリア語

Pranzo di Ferragosto  フェッラゴストの昼食

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日本の終戦記念日8月15日は、イタリアのフェッラゴスト(聖母被昇天の祝日)です。
そのフェッラゴストの祝日を題材にした映画があったことを思い出しました。

舞台は人気のなくなった8月のローマ。みんなヴァカンス中です。
主人公の中年男性ジャンニは、ローマの中心部で年老いた母親と、2人きりの生活を送っています。
母をひとりおいて出かけることもままならず、閑散とした町に残り、母の世話をしています。

そこへアパートの管理人が訪ねてきました。
フェッラゴストの前日から旅行に行きたいので、母親を預かって欲しいというのです。
その代わり、未払いの管理費を帳消しにしてあげると。

それならば、とジャンニは彼の母親を預かる約束をしました。
ところがやってきたのは、管理人の母親とおばさんの2人。
さらに、ホームドクターに往診してもらった際、ヘルパーさんが休暇中で夜勤の間母親を見ていてくれる人がいない、と泣きつかれ、彼の母親まで預かることになってしまいます。

こうして4人の老人の世話をするはめになったジャンニ。
彼女たちそれぞれの望みをきいてあげ、意見が別れた時にはそれぞれのプライドを傷つけないように折り合いをつけ、どうにか場を丸く収めながら、必死でもてなします。
もちろんジャンニは、もううんざり、という状態でしたが、翌日のフェッラゴストの昼食は思いもよらず楽しいものに。
家族の元に彼女たちを引き渡したら、ホッとするどころか、実は自分が楽しんでいたことに気づく……

というお話です。
年をとるとみんな頑固になるというけれど、元々自己主張の強い人たちだろうから、その頑固さは立派! みんな自分を曲げません。
でも強がっている中にも、家族に置いていかれた淋しさが見え隠れして。

一番印象に残ったのは、お客様が揃った食卓に、ジャンニのお母さんが赤い口紅を引いて、靴を履き替えおしゃれをして現れるシーン。
どんな相手だろうと客は客、主人は私、という主張が見えて、さすがイタリアのご婦人! という気がしました。

息子ジャンニはというと、これが優しいんです。
当然ながら、お客様を立て、そして母も立て、あっちとこっちの間に入ってはおろおろし、時に厳しい言葉をかけながらも、彼女たちの心の奥にある淋しさを癒してあげるという優れ技。
互いに頑だった彼女たちも、次第に心を開いていきます。
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ジャンニ役を演じたジャンニ・ディ・グレゴリオは、この映画の監督でもあります。
これといった大きなできごとがあるでもなく、奇抜なところもひとつもなく、ただ淡々とローマの夏の2日間を描いただけの作品ですが、
実はイタリアの少子高齢化や、結婚しない男性という社会問題が根底にある深い作品なのでは、と思います。
イタリア人が観たらなんてことない日常かもしれませんが、日本人の私からすればなんだかイタリアの社会をぎゅっと凝縮して見せられたような一本でした。
観終えたあとの、ほのぼの感も◎。
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きっと彼女たちは、ジャンニの家に戻って来るに違いありません。
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by arinko-s | 2012-08-15 20:51 | 映画 イタリア

DIVORZIO ALL'ITALIANA          イタリア式離婚狂想曲

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1961年、ピエトロ・ジェルミ監督の作品です。

シチリアの没落貴族フェルディナンド、通称フェフェ(マルチェッロ・マストロヤンニ)と、妻のロザリアは、結婚して12年になる夫婦。
フェフェは、「ねえ、どのくらいわたしのこと愛してる?」と毎晩のようにしつこく迫ってくるロザリアにうんざりしています。

実は、フェフェは、従姉のアンジェラに恋をしています。
フェフェは37歳のおじさん。アンジェラはカターニャの高校に通う17歳の少女です。

当時のイタリアは離婚が認められていませんでした。
けれども、このうっとうしい妻と、どうにかして離れたいフェフェ。
しまいには、ロザリアを殺してしまう自分を妄想し始めます。
何より、夏休みで帰省しているアンジェラのことが、寝ても覚めても頭から離れなくなってしまうのです。

そんなとき、フェフェはあることを知りました。
不貞を働いた婚姻相手を殺害しても、「名誉の殺害」として、その刑罰が軽くなるというのです。
そこでフェフェは、どうにかロザリアに浮気をさせようと企みます。
そして、フェフェの思惑通り、ロザリアはかつての恋人と家を出て行き……

というお話です。
20も下の従姉にうつつを抜かすおじさんて、どうよ? って思ってしまいますが、このアンジェラを演じているステファニア・サンドレッリのかわいいこと、かわいいこと!
今やベテランの大女優で、あっちこっちで目にします。
年をとった今もかわいくて、とりわけ『La prima cosa bella』は良かったです。

そのサンドレッリのデビュー作!
奥さんのロザリアは、口ひげはやしていたりして……う〜ん、隣の家にこんなにかわいい従姉がいたら、そりゃ隣に寝ている妻と見比べて現実逃避したくなっちゃうかもね。

結局フェフェは念願かなって、愛しのアンジェラと再婚。
人生これからだ、なんてうっとりしているのですが、そのアンジェラは、早くも他の男性を誘惑しているような思わせぶりのシーンで、映画は終わります。
またもや「名誉の殺害」を、フェフェが犯さずにすむことを願います。

ちなみにこの映画は、1963年のアカデミー賞で最優秀オリジナル脚本賞、1962年のカンヌ映画祭で最優秀コメディ賞など、数多くの賞を受賞しています。
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       初々しいサンドレッリ! かわいいです。
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by arinko-s | 2012-07-24 21:03 | 映画 イタリア

Ovosodo オヴォソード

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主人公のピエロ(写真前列中央:Edardo Gabbriellini)は、リヴォルノ(イタリア・トスカーナ州の港町)のオヴォソード地区で暮らす少年。
母親を幼いころに亡くし、父はその後すぐに再婚。
その相手、マーラはすでにお腹が大きく、ピエロの家に越してきて間もなく出産します。
けれどもその直後、父親は窃盗の罪で刑務所に。
マーラと赤ちゃん、そして知的障害を持つ兄とピエロの4人の生活が始まりました。

このピエロの目を通して描かれる、イタリアの日常。
思春期の少年の成長記です。

奥手でおとなしかったピエロを変えたのは、高校で同級生になったトンマーゾ。
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(右がピエロ、左がトンマーゾ)

明るく陽気で物怖じしないトンマーゾとの出会いにより、一気にピエロの世界は広がりました。
けれども良いことばかりではありません。
ピエロを精神的に支えてくれていた中学校の先生、ジョヴァンナに、トンマーゾが手を出してしまう。
それを知ったピエロは、ローマに遊びにいっていたトンマーゾを追いかけてローマへ。
トンマーゾを一発殴ってやったこともあります。
腹を立ててはいたものの、その時出会ったトンマーゾの従兄、スージーにひと目惚するというハプニングも。
つまり、友情、友人の裏切り、初恋などなど、青春時代のエピソードがてんこ盛りの一本です。

1997年、Paolo Virzi(パオロ・ヴィルツィ)監督の作品。
同監督のCaterina va in cittàは、中学生の日常を描いたものでしたが、どちらにも共通の感想。
いやはやイタリアの中高生ってホント早熟です。
教育システムが、日本とはまったく違うからなのかなぁ。
日本の子どもよりも自由奔放、口も達者、大人と変わらない!

もしわたしがイタリアで高校生を送っていたら……。
間違いなく、自分の意見もろくに述べることができず落ちこぼれ街道まっしぐら、ってところです。
ピエロが高校卒業試験(口頭試験)を受けるシーンがありますが、まったく質問の意図することとは関係ないことをしゃべりまくります。
つまり、問題の答えがわからなくても、何かを述べる力はあるんですよね〜。
もちろんピエロは不合格になるのですが、わたしが同じ立場に立たされたら、きっとひと言も口がきけなくなるに違いありません。
試験だけではなく、友だちに対しても、中学生時代、高校生時代の自分を思い出してみたら、なにひとつろくに考えていなくて、自分の意見を伝えるなんてことできそうにないなあ、と思っちゃいます。

あるいは、もしイタリアで子どもを育てるようなことがあったら……。
自分の青春時代には考えられなかったことを次から次へと経験してしまう子どもに対して、慌てふためきオロオロしてしまうこと間違えなし、です。

どっちが良いか悪いかはわかりません。
でも自分のことに置き換えてみると、イタリアで青春時代を過ごしてみたかったような。
でもでも、子どもには、日本の方が安心、と思ったりする。
校則と受験と部活であっぷあっぷになっている日本の高校生が幸せだとも思わないけれど、まあ、親は安心する、っていう親のわがままですね。

それにしてもあんなに子どもをベタかわいがりするイタリア人の親が、高校生の子どもの夜の外出やら飲酒やら喫煙に目をつぶる、っていうところが理解できないんだよなぁ。
それもこれも、自分が通ってきた道だから、ってことなんですね、きっと。

映画の舞台のリヴォルノは、ヴィルツィ監督の故郷です。
映画のタイトルにもなっているオヴォソードという地区は、リヴォルノの中でも庶民的な地区らしいです。
アパートのベランダには濯物がはためき、中庭にはサッカーをする子どもたちがいて、アパートの住人みんなが顔見知り。
イタリアの昔ながらの日常が残っている地区なんだと思います。

リヴォルノには、まだ一度も行ったことがありません。
語学学校で一緒だった中国人の子が、滞在許可証を取るのになぜだかリヴォルノに週末ごとに通っていて、なんだか謎の町(中国マフィア??)、というイメージもあったりして。
でも、とても美しい港町だとも聞いています。
いつの日か! 足を運んでみたい町のひとつです。
その時には、オヴォソード地区にも行ってみなくちゃですね。
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by arinko-s | 2012-06-03 21:08 | 映画 イタリア

テルマエ・ロマエ

ゴールデン・ウイーク中の話になりますが、上映開始そうそうの『テルマエ・ロマエ』を観てきました。
マンガなんて久しく読むことがなかったのに、このマンガだけは、はまってしまって愛読しています。
映画も、もちろん行かなくちゃ、と意気込んでいました。

感想は、ひとこと。すっごくおもしろかったです。ずっと大爆笑の嵐。
原作ファンも失望させません。
あの短編マンガを、どうやって一本の映画にまとめるのかなあ、と思っていましたが、脚本家の人ってすごい! しみじみ思いました。
それにキャスティングした人も、すごい! ルシウスは阿部ちゃんしかいません。
他の人だったら、ここまでおもしろくなかったかも、とさえ思わせられます。

そもそも、原作者のヤマザキマリさんがすごい!
風呂好きの古代ローマ人と温泉好きの日本人の交流。
そこまで、万が一思いついたとしても、お風呂というキーワードでこんなに幾つもエピソードが作れるなんて! 
う〜ん、すばらしい!

ちょうど同じ頃、古代ローマ時代のエピソード満載のVTRの翻訳をしたのですが…
古代ローマ史をまったく知らないことを再認識。
これはいかんと、すぐさま本を数冊購入しました。
ルシウスの時代のことも、もっと知りたいし。
なんて意気込んでいたものの、あれからひと月近く経つというのに、ほとんど読み進めていない!
読まなくちゃいけない本ばかり、どんどん山積みになっていきます。

話は戻りますが、『テルマエ・ロマエ』を観たイタリア人が感想を述べるCMが、公開直前・直後がんがん流れていました。
でも日本語テロップがめちゃくちゃで、どうがんばって意訳してもこうはならないんじゃない? とイラッとしてしまっていました。
イタリア人が高揚して「最高!」っていう雰囲気を醸しだしているところを見せられればそれで良かったんだろうなぁ、と思うのですが、だったら「そう言ってください」とお願いしてカメラ回せば良かったのに。
いやあ、もっとちゃんと、イタリア人に感想を聞いてみたい!
現代イタリア人にも、お風呂の良さが再認識されるといいのに。
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by arinko-s | 2012-06-01 16:50 | 映画 日本

Habemus Papam ローマ法王の休日

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イタリア映画祭初日、特別上映作品の『Habemus Papam』を観てきました。
Habemus Papamというのは、新ローマ法王が決まった時に発せられるラテン語で「新法王が決まりました」という意味だそうです。

物語は、法王のお葬式から始まります。
そして、各国の枢機卿がヴァチカンに集まり、新法王を決めるコンクラーヴェが行われます。
選挙の開票が始まると、枢機卿たちは皆必死でお祈りを捧げ始めます。「どうか、選ばれませんように」と。

その祈りが神に届かず、新法王に選ばれたのは、ダークホースのメルヴィル(Michel Piccoli ミケル・ピコリ)。
ヴァチカン広場には世界中から信者が集まり、新法王の演説を今か今かと待ちつづけていました。
そしていよいよその時が来ると、メルヴィルは重圧に耐えきれず叫び声をあげて、自室へ逃げ込んでしまいます。
結局その日の演説はおあずけ。
ヴァチカン広報官は、メルヴィルの不安を取りのぞこうと、心理療法士ブレッツィを招くのですが、メルヴィルは気をとり直すどころか、ひとりローマの街に逃げてしまい……

心理療法士のブレッツィ役を自ら演じているNanni Moretti (ナンニ・モレッティ)の監督作品です。
公開前から長いこと宣伝を見ていて、見たい、見たいと思っていましたが……
イマイチ期待はずれでした。

もちろんモレッティの作品らしく、笑える場面もたくさんあって、そこそこ楽しめるのですが、
終わり方が「へっ??」って感じでした。
神に生涯を捧げてきた老齢の枢機卿が、そこまで自分に課された立場におののく?
もちろん、ローマ法王というのは、それほど重責なのだということは理解できるのですが。
あんなおじいちゃんが、今さら宗教の道を棄ててどこに行くの? って逆に心配になってしまいました。
どうもリアリティがなさ過ぎます。

ローマの街で一般市民の生活に触れたメルヴィルが「忘れてしまったたくさんのことを思い出さなくては」というようなことを言うのですが、
枢機卿にまで上りつめるような宗教者は、自分の過去を封印して宗教の道を行くのでしょうか?
だとしたら、尚さら逃げ出そうなんて考えにはいたらないように思うのだけれど。
なんだか市民の生活を見て、枢機卿の洗脳が溶けて行くかのような描き方、だと思ってしまいました。

邦題もよくありません。
『ローマの休日』のアン王女のように、法王がローマの休日を楽しんだ後、元の鞘に納まることをイメージしてしまいます。
いや、そういうエンディングだったら、共感度倍増だったんだけどな。
なんだか腑に落ちない気持ちで帰ってきました。
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by arinko-s | 2012-04-29 22:17 | 映画 イタリア