ブログトップ

本日のイタリア語

cucu2.exblog.jp

タグ:映画 ( 50 ) タグの人気記事

Roberto Benigni×Woody Allen

先日、ベニーニについて書いたばかりですが、
そのベニーニが、ハリウッドを代表する映画監督ウッディ・アレンの映画に初出演することが決まったそうです!!
詳細は明かされていないようですが、ロケ地はローマ、撮影はこの8月からだということ。

ウッディ・アレンの映画ならば、日本でも公開されるに違いありません。
イタリアを代表するコメディアン俳優兼映画監督を、世界のウッディ・アレンがどんなふうに演出するのか、今から楽しみです!
(5月6日付け La Repubblica紙ネット版より)
[PR]
by arinko-s | 2011-05-06 20:49 | 映画 イタリア

L'ultimo bacio(最後のキス)とBaciami ancora(もう一度キスを)

イタリア映画祭2本目と3本めは、Gabriele Muccino ガブリエーレ・ムッチーノ監督の作品2つ。
b0171200_17294356.jpg

『L'ultimo bacio』は10年前の作品で、その続編として主人公たちの10年後を描いて2010年に発表された『Baciami ancora』。
b0171200_1730194.jpg

実は『L'ultimo bacio』はDVDで見たことがあったのに、すっかり忘れていてチケットを買ってしまっていました。しかも、映画が始まって「あっ!! これは!!」と気づいた大バカもの。
まあ、細かなところは忘れていたので、復習になったと思うことにしました。

『L'ultimo bacio 』も『Baciami ancora』も核となっているのは、カルロとジュリアのカップル。
十年前、結婚前にジュリアが妊娠し、それをカルロに報告した途端、カルロは高校生(!)の女の子に夢中になって浮気してしまう。
その時、どうにかジュリアに許しを乞うて結婚にこぎつけたというのに、その十年後ふたりは離婚調停中。
カルロは結婚後も浮気をくり返し、ジュリアもその腹いせに浮気し、そして今は互いに恋人を作って同居中。

その他、カルロの親友たちもそれぞれ、コカインの密輸で捕まって2年間牢屋暮らしをしていたアドリアーノやら(しかも一歳にもならない息子を捨てて10年間放浪)、現実逃避のために父親の死に際に嘘をついたことを悔やんでうつ病になってしまったパオロやら、いつまでも彼女をとっかえひっかえしているアドリアーノやら、10年経っても何ら成長していない、もうどうしようもない中年男が勢揃い。

しかも、カルロはストレスが原因で倒れると、調停中の妻に「やっぱり愛してる」なんて言いよっちゃって、おまけに妻のジュリアもその言葉にふらっときて寝てしまう。
そしてジュリアは妊娠。2人は、それぞれの恋人を傷つけて復縁。

おいおい!! ってお説教したくなるばかりの映画『Baciami ancora』でした。

唯一の救いは、『L'ultimo bacio』で結婚式を挙げたマルコ。
奥さんのヴェロニカとは、不妊に悩んでいるのですが、なんとヴェロニカは幼なじみの男の子(だいぶ年下)と浮気し、妊娠してしまうのです!
けれども相手の男の子は、子どもと聞いただけで態度を翻し、ヴェロニカは泣きながら家に戻るしかないという有様。
でもマルコは、そんなどうしようもない妻も子どもも受け入れて、無事赤ちゃん誕生。

マルコには拍手をしたくなったものの、それ以外最後までまったく共感するところなし。「ああ、損した」感を拭えないまま帰ってきました。

おまけに『L'ultimo bacio』でジュリア役を演じていたジョヴァンナ・メッツォジョルノ
b0171200_17394585.jpg

がとってもかわいかったのに、『Baciami ancora』では女優交代。
これにもがっかり。
おまけにこの役を断ったジョヴァンナに対し、監督のムッチーノは「もう二度とわたしの映画に出られないと手帳にメモしておくが良い!!」と捨て台詞をはいたとかはかないとか。
まさに、この映画に出てくる男たちを地でいくような傲慢さ、幼さ。
『幸せの力』と『7つの贈り物』で、ハリウッドでも成功したムッチーノですが、もう観たいと思わないな、きっと。
イタリア男性がこんな身勝手で幼い人ばかりでないと信じます。
いや、そういう印象をこの一本で内外に与えてしまうんだから、イタリア人男性が気の毒だというべきかも。
[PR]
by arinko-s | 2011-05-05 17:41 | 映画 イタリア

La bellezza del somaro ロバの美

今年もイタリア映画祭が始まっています。
わたしも昨日2本見てきました。そのうち一本がこの『La bellezza del somaro ロバの美』です。
b0171200_1191190.jpg

人気建築家マルチェッロと心理学者マリーナの夫妻には、17歳のひとり娘ローザがいます。
夫妻は、毎年ハロウィーンの季節に、トスカーナの田舎にある別荘に友人知人を招いて過ごすことにしているのですが、その年ローザは2人に「彼氏を連れて行きたい」と告げます。
いったいどんな子を連れてくるのだろうと、2人はドキドキハラハラ。
そこへ現れたのは、70にもなろうかという老人!
ふたりは茫然。それがいら立ちに変わり、怒りになり、そのはけ口としてお互いの不満が爆発し…

というコメディー映画です。
b0171200_113041100.jpg

監督は、父親も演じているSergio Castellitto セルジョ・カステッリット。
ジュゼッペ・トルナトーレの『L'uomo delle stelle 明日を夢見て』('95)で観たことのある方も多いかも。
調べてみたら、ナルニア国物語第2章『カスピアン王子のつのぶえ』にも出ているそうです! 全然、気づいていませんでした。
Caterina va in citta' 』でも、ちょっとうっとうしい父親役を好演していました。

この人の監督作品ということで、興味津々。
根底にあるテーマは、イタリアの格差社会(とりわけ自分の地位を気にする中年男性)や思春期の子どもたちを取り巻く環境、家族の絆、その裏に潜むもろさ。『Caterina va in citta'』と通じるものを感じました。
それを笑いで皮肉るところは、さすがイタリア。からっと笑い飛ばしてしまうセンスは、やっぱりイタリア的だなあ、と思いました。
登場人物は、誰もみな個性的で、そこもイタリアらしい。
でも実際には、これほど個性的な人たちにはそうそう出会わいません。

もうひとつ特筆すべきは、脚本を担当しているMargaret Mazzantini マーガレット・マッツァンティー二のこと。
イタリアで大人気のベストセラー作家なのですが、監督カステッリットの奥さんだということを初めて知りました!
買ったまま本棚に眠っていた本を先日取りだし、ぺらぺらめくっていたところ。
あまりに分厚くて重たいので、なかなか手が伸びずにいました。
いつになるかまだ順番待ちの状態ですが、必ず読まなくては。
2人の共作『Non ti muovere』('04)は、マッツァンティーニがストレーガ賞(イタリア文学の権威ある賞)を受賞した同名小説が題材。まだ観ていないので、さっそく観てみたいと思います。

ところでタイトル『ロバの美』とは、なんだろうなあ、ってずっと映画を観ながら考えていました。
映画の中、ロバはいたるところで登場するのですが、確かにトスカーナの雄大な風景の中、静かに佇むその姿は美しい。
でもカステッリットとマッツァンティーニの言おうとしているところは、なんなんだろう?
周りがどたばた大騒ぎをしていても、悠然と構えいっさい動じないところ?
その姿が、おろおろしたりヒステリックになったりする人間と対比されていて笑いを誘うのですが、実はイタリアではロバはマヌケな人の代名詞だったりもします。
普段はマヌケと思われているロバだけれど、実はずっと人間の方が情けないぞ! ってことかしら?
そうかもしれませんねぇ。
[PR]
by arinko-s | 2011-05-03 12:27 | 映画 イタリア

Non ci resta che piangere もう泣くしかない

b0171200_18221388.jpg

小学校教諭のマーリオ(Roberto Begnini ロベルト・ベニーニ)と、用務員のサヴェリオ(Massim o Troisi マッシモ・トロイージ)。
車に乗っていたふたりは、いつまでも開かない踏切にしびれを切らし、抜け道へと進路を変更したところ、なぜだか過去へタイムスリップ。
気づけば、そこはおよそ1500年のイタリア。突き詰めてみると、1492年、トスカーナのフリットレという村でした。

とまどいながらも、そして、とりわけサヴェリオは嘆きながらも、どうにか2人はそこでの生活を楽しみはじめます。
ところがある日突然マーリオは、スペインに行ってコロンブスのアメリカ大陸発見を阻止する、と言い出します。
原住民インディアンを追いやったのは許し難い行為、コロンブスさえアメリカ大陸に行かなければ、インディアンは幸せに子孫繁栄しているはずだというのです。
サヴェリオはマーリオに説得され、渋々スペインへ向かうはめに。

けれども途中、2人はアストリアハという女の子に旅をじゃまされます。
アストリアハは、コロンブスを無事に出航させるためによそから来た人間の行く手をはばんでいたのです。
どうにか2人が、港町パロスにたどり着いてみると、コロンブスはもう出航したあと! 
2人はコロンブスの出航を阻止することもできず、20世紀に戻る術もわからず、「もう泣くしかない!」というわけです。

ロベルト・ベニーニは「La vita e' bella 」(邦題:ライフ イズ ビューティフル)で、マッシモ・トロイージは「Il postino」(邦題:イル ポスティーノ)で、共に日本でもよく知られたイタリアの俳優です。
もちろん2人は、イタリアでも大人気の俳優。と同時にイタリア映画を代表する監督でもあります。(ライフ イズ ビューティフルはベニーニの監督作品でもあるので、ベニーニが監督をすることは日本でも知られているかもしれませんが)

この作品は2人が一緒に監督、脚本、美術、主演を担当した作品。
1984年に上映され、大ヒットを飛ばしました。
上映から四半世紀が過ぎているというのに、未だにイタリアのコメディー映画を代表する一本です。
DVDには、映画館で上映されたものと異なる結末も入っていて、それもあってか今も大人気。
日本で知られているふたりの代表作よりも、売れているほどです。

ここひと月ほど、ベニーニ作品を少しずつ見直しています。
ベニーニの映画は、史実やイタリア文化をベースにしているので、実はとっても奥が深い。
笑いのがしているところも、けっこうあるかもしれません。
とはいえ、ほんとうにおなかを抱えて笑ってしまうほど、おもしろい!
この映画でも、涙が出るほど笑わせてもらいました。
なかでもふたりがスペイン人の振りをするシーンは、抱腹絶倒でした。

イタリア語とスペイン語で会話ができるか? という議論は良くなされるところですが、わたしの友人たちは「あれは絶対嘘」と断言する人が多かったです。
ただ「イタリア語の単語にsをつけて発音すると、スペイン語っぽくなって通じるんだよ〜」なんて、まことしやかに教えられたことが数度あります。
まさに映画の中のベニーニとトロイージが、それをやってみせるのです。
単語、単語にsをつけて、スペイン人の振りをするシーンの笑えること!
もちろん、すぐに嘘はばれるのですが、ひょっとしてこの映画のおかげで、イタリア語にsをつけるとスペイン語っぽくなる、っていわれはじめたのかもしれません。

トロイージは「イル ポスティーノ」の撮影後に逝去。それが1994年のこと。つまりこの映画の10年後です。
ポスティーノが公開されたとき、わたしはイタリアにいて、イタリアでそれを見たのですが、トロイージの偉大さや、ベニーニとの関係を理解していませんでした。
もちろんトロイージを亡くした悲しみに「イル ポスティーノ」が包まれていたことも、わかっていませんでした。
今、改めて2人の功績を知り、2人が共作、共演したこの映画がイタリア人に愛されて止まない理由がわかるような気がしています。
[PR]
by arinko-s | 2011-05-01 18:46 | 映画 イタリア

前しか見えない ーCaterina va in citta'2ー

昨日ご紹介した『Caterina va in citta'』の最後に、とてもいい言葉がでてきました。

(前略)
dei pesci che coi loro occhi guardano di lato
e delle mosche che invece guardano dappertutto
noi umani possiamo solo guardare avanti

魚は脇についた目で、横を見ています
それに対し、ハエは360度、視界に入ります
わたしたち人間は、前しか目に入りません

友だちともいろいろあったし、お父さんはどこかに行ってしまったけれど、悲しんでばかり入られない。
わたしたちは前を見つめる生き物なんだから

というカテリーナの言葉。
ある意味、人間は幸せな生き物なんですね。
前を見つめて進みましょう。
b0171200_8111236.jpg

(カテリーナが友だちの本音を知って、茫然としているところ)
[PR]
by arinko-s | 2011-03-19 08:15 | 本日のイタリア語

CATERINA VA IN CITTA'

自粛ムードが漂うなか、いつも通りにブログを更新するのは不謹慎だ、という指摘も多いと聞きました。
でも、そうなのかな?
大きな被害に遭わなかったわたしたちまで、いつまでも下向いていてもしかたありません。
わたしたちが平静を保つことこそ、復興への第一歩という気がしています。

大人があまりに過敏に反応しすぎると、子どもたちにその気持ちが伝播するのは明らか。
まずはわたしたちが平静を取りもどさなくては、という思いになっています。

ということで、震災時に意味のない情報ですが、最近たくさん笑わせてもらった映画をひとつ紹介します。
b0171200_12194593.jpg

原題を直訳すると「カテリーナ、町に行く」。監督は「N IO E NAPOLEONE」や、「La prima cosa bella」と同じく、パオロ・ヴィルツィ。2003年の作品です。

ラツィオ州(ローマが州都)の海辺の小さな町で暮らす中学3年生のカテリーナ。
父方の祖父母が暮らしていたローマの家に、引っ越すことになりました。

転校した先は、父親が30年前に通っていた中学校。
新しいクラスは、右派と左派(そう、政治的思想です!)でまっぷたつ。
転校生のカテリーナは、このふたつのグループの取り合いの的になってしまいます。

まずカテリーナに手を伸ばしてきたのは、大学教授と作家の両親を持つ(つまり文化人の両親に育てられた)左側代表のマルゲリータ。
文学、音楽、詩に詳しく、冷めた視線で大人の世界を眺めるマルゲリータに、最初カテリーナはたじたじでした。
けれども自分の知らなかった世界を教えてくれるマルゲリータ。あっという間に引き寄せられていきます。
そして、アルコールを覚え、腕にタトゥーを入れてしまう。

ひとり娘を溺愛する父親のセルジョは、この事実を知り怒り心頭。
事実上、娘の交遊を制限します。

次にカテリーナに近づいてきたのは、国会議員の父親(ベルルスコーニ内閣の大臣でもあります)を持つ右側代表のダニエラ。
金持ちの特権をとことん振りかざし、派手に遊ぶダニエラは、いつも取り巻きに囲まれ、したい放題です。
底抜けに明るく、嫌みのないのはお嬢様の証し。カテリーナは、ダニエラの世界にもたじたじでした。
けれども、やっぱり未知の世界は魅力的。ダニエラに引きつれられて、おしゃれをしたりパーティに出たり。忙しい毎日でした。

しかしある日、トイレのなかでダニエラとその取り巻きたちの会話を聞いてしまったカテリーナ。
それはカテリーナを見下し、ばかにしたものでした。

クラスの派閥争いに疲れたカテリーナ。
カテリーナと同様、自分の居場所を見つけることができずに、疲れ果てていったのは、父親のジャンカルロです。
自分にはもっと才能があるに違いない、自分はこんなところにいるような人間ではない、といつも上を見あげ、下を見下していたジャンカルロ。
妻のアガタに対しても、その態度は同じ。いつも横柄な態度をとる夫に愛想が尽きたのか、アガタはジャンカルロの幼なじみ、ファビエットと親しくなってしまいます。
その事実を知ったジャンカルロは、誰にもなにも告げずに、アパートを出て行ってしまいました。

中学校卒業試験を終えたカテリーナは、見事音楽学校に入学。大好きなコーラスを本格的に学びはじめました。

というのがストーリーです。
タイトルにある、カテリーナが行った町とは、ローマのことでした。

カテリーナが大都会ローマにきてまず驚いたことは3つ。
・歩道でクロスワードパズルをする女性
・タバコを吸う修道女
・交響楽団の演奏かと思ってしまうような、クラクションの嵐

そして、アパートについてみれば、そこは外国人もたくさん住むインターナショナルな世界。
どこを歩いても、誰も自分の存在に気を留めない。まるで自分が空気になってしまったかのように感じます。

つまり、田舎から出てきたカテリーナが見た大都会の生活、カテリーナのとまどいながら成長していく姿を描いた作品です。

イタリアの中学生、すっごく興味深かったです。
日本の中学生と比べて、とにかく大人っぽい。見た目はもちろん、言うことがすごい!
何しろ、クラスが政治的思想によって分裂しているのです。
日本の中学生に、左翼、右翼、ファシスト、それぞれの見解の違いを述べられるでしょうか??
いや、大人にだって無理かも。
そもそも、日本人は自分が右か左か、自ら明かしたがらないですよね。いや、右も左も支持していないのが日本人。右も左も区別がなくなっているのが、日本の政党。
こんなに自分の意見をずばずばいうなんて、わたしもあのクラスに入ったらたじたじになっちゃいます、絶対。

それから、あの美しさ。あんなきれいな中学生って、すごい。
それもひとりや二人じゃありません。みんな自分の主張をファッションに取り入れ、おしゃれしている感じがびんびん伝わってきます。
この辺りも、右向け右で、みんなと同じ格好をしたがる日本人と正反対です。

もちろん、田舎の小さな町からやってきたカテリーナにとって、ファッションなんて今まで興味を持ったこともないもの。
いや持っていても、おしゃれとは遠い世界にあるものだったのだと思います。
結局、このファッションについて、クラスメートからばかにされていることを知ってショックを受けてしまうのですが、そりゃ都会っ子、しかもお金の自由になる子たちと、センスに差がついてもしかたのないというものです。

この映画を見ながら考えたことは、大きくふたつあります。
ひとつめは、自分の中学、高校時代を思いだして苦笑い。
埼玉という中途半端なところで育ったわたしですが、やっぱりませてくると雑誌に載っている都会にいってみたくてたまらなくなるわけです。
当時の中学・高校生の憧れの町といえば、原宿。渋谷ではありませんでした。
ファッションの教科書『OLIVE』を、端から端まで読みあさり、そこに載っているブランドものと同じ服は買えないから、似たようなデザインの服を買ってもらい、それを着て、友だちと足を運んだものです。

竹下通りを歩いてクレープを食べたり、ラフォーレを覗いてため息をついたり、う〜ん、懐かしい。
でも強烈に覚えているのは、東京の女子高生を見ては、ひるんでいたこと。
やっぱり都会の子は違うなあ、って感心していました。
なんでなんだかその理由は覚えていませんが、醸しだす雰囲気ですかね〜。
そう、やっぱり東京の女子高生はとっても大人っぽく見えました。同じ年ごろだというのにね。
カテリーナの気持ち、痛いほど身にしみます。

ふたつめは、イタリアの中学校に息子を入れたらどうなるか、ということ。
こんなふうに意見をいいあえる環境、いいなあ、って思います。
それに自由! のびのび! 

でもその反面、日本の中学生の親だったらしなくてもいいような心配も多いはず。
そもそも夜中のパーティなんて、日本の中学生は行きません。
アルコールやタバコの心配はもちろん、ドラッグ、セックス…
イタリアの思春期の子どもを持つ親の心配といったら半端じゃないと聞きます。

いやあ、そんなことを考えたら、やっぱりこっちの中学校のほうがいいかなあ、なんて思ってしまう。あんまり早く大人になられても、寂しいですからね。

イタリア語の恩師、ロンゴ先生は、今度イタリアで暮らすことがあればローマで暮らしてみたい、といいます。
この映画を見て、わたしもちょっとローマで暮らしてみたくなりました。
カテリーナのようにたじろぎうろたえながら、都会の雑踏に飲まれたい、っていう感じ。
今、原宿に行ってもひるむことがなくなっちゃったから、ローマであの頃の気持ちを思いだしたいってことかもな。
いや要するに、中学生のころのまっすぐな気持ちがぶつかりあうなかに、身を置いてみたいってだけかも。こればかりは叶わぬ願いですが。
[PR]
by arinko-s | 2011-03-18 20:40 | 映画 イタリア

L'anima Gemella

b0171200_15461140.jpg

俳優としても活躍中のセルジョ・ルビーニ監督の、2002年の作品です。

舞台はプーリア州の小さな町。魚の加工工場を経営する父を持つ、テレーザ(写真中央)と、その工場に勤めるトニーノ(写真右)。二人は結婚の約束をしています。
二人の結婚式当日、神父さんに誓いの言葉を求められたトニーノは返事に詰まります。
トニーノには、別に愛する女性がいたのです。
テレーザは、あえてその女性マッダレーナ(写真左)を式に招待していました。

トニーノはテレーザに永遠の愛を誓うことをやめ、別に愛する女性がいることを、皆の前で宣言。
そしてマッダレーナの手をとり、教会から逃げ出しました。
もちろん、式は中断。残されたテレーザはヒステリーを起こし、大騒ぎに。

翌日、腫れ物にさわるかのように振るまう家族にもテレーザは当たり散らし、いっこうに気持ちは治まりません。
そんなテレーザを慰めるため、おばさんがテレーザを魔術師のところへ連れて行きます。
テレーザは魔術師の女性に「マッダレーナにしてほしい」と懇願しました。
外見を変えれば、トニーノの気持ちも変わると考えてのこと。
けれども魔術師は「そんなことをしても、なにも解決しない」とすげなく断りました。
またもやヒステリックに騒ぎ立てるテレーザ。
その叫び声を立ち聞きした魔術師の息子(セルジョ・ルビーニ監督)。お金になると母親を説得して方法を聞き出し、自らテレーザに魔術をかけます。

まず、逃走中のマッダレーナを誘拐し眠らせ、そしてその指を切って血を流させます。
その血でテレーザのおでこに十字を描き、呪文を唱えます。
なにも変化は起こりませんでしたが、その翌日、なんとテレーザはマッダレーナに姿を変えることができたのです!

テレーザ(偽のマッダレーナ)が真っ先に向かった先は、もちろんトニーノの元。
突然マッダレーナがいなくなってしまったことに失望していたトニーノは大喜びします。
けれどもテレーザの家では、彼女が自殺を図るために行方をくらましたのではないかと大騒ぎ。
兄3人がトニーノの行方を突きとめ、復讐しようとたくらみます。

それを知った本物のマッダレーナは、トニーノを守ろうと、自分がテレーザの姿になることを決意。
今度は魔術師が自分の力で、マッダレーナをテレーザに変えてやります。
マッダレーナの犠牲精神のおかげで、なんとかトニーノは殺されずにすみました。そして、テレーザになったマッダレーナの計らいで、職場に戻ることもできました。

いきなりわがままでヒステリックになったマッダレーナと、人に優しくなったテレーザ。
トニーノはどこかおかしいと思いはじめ、マッダレーナ(本当はテレーザ)を捨てて、旅に出ようとしていたテレーザ(本当はマッダレーナ)を追いかけます。

というのがあらすじ。
タイトルを直訳すると『双子の魂』。運命の相手は、この世にたったひとりだけ。どんな姿であろうとも、どんな場所にいようとも、双子の魂はふたつでひとつ、必ず出会える、ということなのかな。
つまり、外見をいくら変えようとも、魂の運命までは変えられない、ということでしょうか。
あるいは、外見は変わってしまっても、双子の魂を持つ相手はきっと本当の自分を見つけてくれる、ということかなあ。

この映画の核にあるのが、魔術師の存在。
わたしは、魔術とか妖術とか霊とかまったく信じない人間なのですが、イタリアでは信じている人、多いですね〜。
姿をそっくり変えてもらう、なんて一歩間違えれば、ファンタジーの世界に迷い込みそうな設定ですが、そうならないところはさすが。
町の人は皆知っている不思議な力を持ったおばあさん。本当にいるのかも、と思わせます。

実は、イタリアではよく知られる、魔術師の功績、というのがあるそうです。
アルド・モーロ元首相誘拐暗殺事件(この事件を題材にした映画はこちら)が起きたとき、ある魔術師が彼の監禁されているアパートの住所をぴたり言いあてたそうです。
けれども、裏で政治的な権力争いやアメリカの内政干渉などがあったといわれるこの事件。
結局、その魔術師の予言は事件解決には役に立たなかったそうです。

そんなことがあったとなれば、イタリア人が魔術師の存在を信じていても、まあ不思議はありません。
本当にいるのかもしれませんねえ。
[PR]
by arinko-s | 2011-03-06 15:56 | 映画 イタリア

N IO E NAPOLEONE

b0171200_1544828.jpg

イタリア語の授業で、Paolo Virzi(パオロ・ヴィルツィ)監督の映画を見たので(その映画については、また改めて書くつもり)、
見逃していたヴィルツィの映画を見てみました。

舞台は1814年、フランス帝国を追放されたナポレオンが、トスカーナ州のエルバ島に送られてきます。
かねがねナポレオンを忌み嫌っていた、島の文学青年、マルティーノ。
英雄到来にざわめく子どもたちに、自分の主義主張をおしつけたと、小学校教師の職を追われてしまいました。
けれどもタイミング良く、ナポレオンの司書兼記録係として、市長の推薦を受け、マルティーノが採用されます。
マルティーノは、これこそ運命と信じます。
ナポレオンを暗殺する機会を、見計らうようになるのです。

けれども、戦いに疲れ、肉体の限界や老いを自分のなかに感じ始めているナポレオンは、想像していたよりもずっと人間味にあふれた人物でした。
マルティーノは次第に、そんなナポレオンに親近感を覚えるようになります。

またマルティーノは、ナポリの老貴族の妻であるエミリアがエルバ島へやってくるたびに、情事を重ねています。
けれどもある日、エミリアはマルティーノに別れを告げます。
エルバ島の屋敷は売ることになり、二度とエルバ島へは来ないと。

ときを同じくして、マルティーノの恩師であり、反ナポレオン主義を唱えていたフォンタネッリが、ナポレオンの屋敷に武器を持って押し入ります。
あえなく逮捕されたフォンタネッリは、処刑されてしまいました。

ナポレオンはマルティーノに「もう流血はたくさんだ。彼に罰を与える気はない」と約束していました。
裏切られたと感じたマルティーノは、恩師の遺志を継ぎ自分の手でナポレオンの暗殺を実行することを決意。
寝ているナポレオンを襲います。
しかし、時既に遅し。
ナポレオンはエミリアを愛人として従え、エルバ島を脱出していたのでした。

というのが、あらすじ。
ナポレオン役のダニエル・オートゥイユ、どこかで見たことがある、と思いながら観ていましたが、
『画家と庭師とカンパーニュ』の画家役の役者さんでした!
この映画では、見事に弱々しくなったナポレオンを演じています。

確か、歴史の教科書では、「ナポレオンはエルバ島に流刑された」と書かれていたような記憶があるのですが…… 。
勝手に、ナポレオンはとても惨めな生活を送らされていたものと、思い込んでいました。
でも実際は、「年額補助200万フラン。皇帝の称号を保持し、400人の近衛兵を保有する」という緩やかな条件の下での島流しだったのですね。まったく知りませんでした。

トスカーナ州の観光サイトによれば、エルバ島でのナポレオンは、道路を整備し、行政を取り締まり、島民の健康や精神にまで気を配り、島を去るまでの9ヶ月間、島民との間に深い絆を築いたそうです。
今でも島のミゼルコルディア教会では、毎年5月5日(ナポレオンの命日)に、ナポレオンの島での業績を称えるミサを行うそうです。

個人的には、とても楽しめた一本でした。
ただし、最後のシーンは???
マルティーノは、マエストロの墓前に、ナポレオンを暗殺しようと持ち歩いていた懐かしのピストルを埋めます。
そして一度は帰ろうとしたものの、突然墓前に戻ってきて、土を掘り起こしピストルを手にするとほほえみます。
そして流れるテロップ。
「やはり暗殺計画を実行しようとしてセント=ヘレナ島へ向かったマルティーノ。しかし、セント=ヘレナにたどり着くのが遅すぎた。それは1821年5月6日のことだった」
つまり、ナポレオンは5月5日に亡くなっているので、間に合わなかった、ということなのですが、このシーンはいるのかなあ。

いや、それより疑問なのは、邦題!!
調べてみたら、「ナポレオンの愛人」と題され(そうそう、原題を直訳すると「N ぼくとナポレオン」です)、
b0171200_163612.jpg

こんな、カバーに変えられていました。
そりゃ、エミリア役のモニカ・ベルッチは、最後にナポレオンの愛人になって一緒にエルバ島を脱出するけれども、
映画の主題とタイトルがあまりにもかけ離れています。
日本でも名が知られているモニカ・ベルッチの名を借りて売ろうとした商売根性が見え見えで、それが逆に商業的に成功しなかった原因だとしか思えません。

このタイトルと、ジャケットにだまされず、皆さん、ぜひ見てみてください(ネタばらしちゃったけど)!
わたしは、原作の小説、エルネスト・フェッレーロの「N」を読んでみたいと思います。
そして、次回イタリア旅行は、エルバ島を目指します(いつ実現するかまったく未定ではありますが)! 
[PR]
by arinko-s | 2011-02-20 16:58 | 映画 イタリア

L'ONORE E IL RISPETTO

イタリア語の冬学期が始まっています。
今回から、時事問題のコースをやめて映像のコースに変更。
毎回、映画やドキュメンタリーを見て、ディスカッションする、というクラスです。

最初の授業の日、その日のテーマではないDVDを4枚、先生に渡されました。
「これも時間のあるときに見てね」とのこと。
そのDVDが『L'ONORE E IL RISPETTO』。直訳すると「名誉と尊敬」ですが、それぞれUOMO(男性)にかかると、意味が変わります。
UOMO D' ONORE → 名誉ある男性 → 沈黙の掟を守るマフィアの一員
UOMO DI RISPETTO → 尊敬される男性 → マフィアの大物
そうなんです、バリバリのマフィア映画でした。
b0171200_15333172.jpg

なんでまた、以前に取り上げたDVDまで貸してもらえるのかしら?? と思いながらも、とりあえず3回目の授業までに3枚と4枚目の半分を見終えました。あと、少しで見終わると勝手に思い込んで、3回目の授業に行くと、なんとこの日から再びテーマは『L'ONORE E IL RISPETTO』!!
わたしが見終わったのは、シーズン1全6回のうち3回と半分で、この日の授業で見たのはシーズン2の第3回目!!
つまり、4回と半分分飛ばして授業に臨んだというわけです。
もちろん、先生がその都度ここまでの経緯を説明してくれるのですが、見ていないので説明されただけの登場人物の名前と、フィルムに登場する人物の顔が一致しません。
これは大変、とシーズン1の続きを借りて帰り、夜中までパソコンにかじりつき、やっとシーズン1を見終えました。
それでもって、次の授業で追いつけるよう、Wikipediaイタリア版で、シーズン2の1回目と2回目のあらすじも読みました。

そのあらすじは、というと……

戦後間もないシチリアの小さな町に暮らすフォルテブラッチ一家。
貧しい暮らしから抜け出そうと、母親の強い希望に押される形で、一家は北の工業都市トリノへと移住します。
すでに移住していた親戚や同郷のドン・ピッポの援助を受け、フォルテブラッチ家の父親は家電屋を開くことにします。
しかし、資金は充分ではなく、品物に保険をかけることができません。「今月のもうけで、保険に入ることに……」という甘い考えでお店を開こうとした矢先、品物がすべて盗まれてしまいました。
一文無しになってしまった父親は、首を吊って自殺。それを発見した母親は、気が触れてしまいます。

さて、フォルテブラッチ家には2人の兄弟がいます。2人は対照的な性格。兄トニオは物怖じひとつしない強気な性格。一方、弟のサンティは内向的で勤勉、努力型の人です。
トニオはトリノへやってきて間もなく、2人組と一緒につるむようになり、悪さをくり返します。
サンティはそんな兄をよそ目に、ひたすら勉強に励みます。

ある日、トニオは、父親の店の泥棒騒ぎは、すべてドン・ピッポが仕組んだことだったと知ります。トニオはドン・ピッポへの復讐を誓い、ドン・ピッポのひとり娘メリーナに近づきます。

そのころ、弟のサンティは、大学の法学部に合格しますが、兵役が始まります。トリノで知り合ったオルガという女性と恋人になり、病院に残してきた母親のことが気がかりながらも、幸せな気持ちに満ちていました。
ところが、町の有力者エドワルドに見初められたオルガは、あっさりサンティを振って、エドワルドと婚約してしまいます。

うちひしがれるサンティの気持ちも知らずに、トニオの復讐劇は着々と進み、メリーナを妊娠させ、そして物のように捨てます。
メリーナの妊娠は、あっという間に町の人たちの知るところとなり、ドン・ピッポは自分の店を開けられない状況に。
メリーナを家から追い出し、自分も酔いつぶれた日々を過ごすようになります。

さらに、トニオは町の裏組織を牛耳るドン・ロザリオに取り入り、ドン・ピッポの店を買収。そこにスーパーマーケットをオープンします。しかし、オープニングセレモニーが行われていたその日、ドン・ピッポが店にやってきて、トニオを撃ちました。

幸いトニオは一命をとりとめるのですが、新たな船出にみそをつけられたドン・ロザリオは、ドン・ピッポを殺させます。
そして、トニオはマフィアの社会へとずぼずぼ足を踏み入れていくことになり……

と次から次へと人が出てきて、誰かが誰かを裏切り、誰かが誰かを殺させ、あるいは自発的に自分に逆らうものを殺すという、恐ろしいイタリア裏社会を描いたドラマです。

救いは正義に燃える弟のサンティです。
サンティは大学を優秀な成績で卒業し、弁護士になります。しかし、最初の裁判の勝利が、実は事務所所長が裏で証人を買収した結果の勝利と知り、絶望し弁護士をやめて検事に転身。
マフィア組織をつぶすことを誓い、キャリアを積みはじめます。
しかし結局は、マフィアの手により、機関銃で撃たれて亡くなってしまいました。

まったく知りませんでしたが、このテレフィルム(日本でいうところの2時間ドラマ)、イタリアで爆発的な人気らしいです。
おそらく、シーズン1を制作したときには、ここまで人気が出るということは想定していなかったらしく、シーズン1の最終回で、トニオがマフィアのボスを殺し、自分も撃たれて倒れるところで終わります。
このシーンを見る限り、トニオは完全に息を止めたように見えるのですが、なんとシーズン2では復活。
実は、トニオは防弾ベストを着ていて、致命傷にはいたらならなかったとか!?。
弟のサンティがトニオを助け、隠れ家でこっそり看病を続けたらしい(この部分はWikipediaで読んだだけ)。
よほど、ドラマの続きを望む声が大きかったと見られます。
実際、シーズン2の視聴率は1回目から20%超え。最終回では27%を超えたそうで、今年すでにシーズン3の放送が決まっているのだとか。
トニオ役のGabriel Garko(ガブリエル・ガルコ)は、このドラマの大ヒットにより、今やイタリアで大人気の俳優さんだそうです(写真上と下の左側)。

しかし、どうしてイタリア人はかくもマフィア映画が好きなんでしょうか?
イタリアの負の部分と表向きはいいつつも、どこかマフィア社会を擁護しているような節もあります。
それとも、単なる怖いもの見たさ?? 
イタリア人はみんな口を揃えて「ミラノだってたくさんマフィアがいるじゃないの」といいますが、会わなかったなあ(わからなかったなあ)。
こんな社会が現実に身近にあるとしたら、いやあ怖くて町も歩けません、わたしは。
[PR]
by arinko-s | 2011-01-28 20:40 | 映画 イタリア

ひと足お先に BAARIA!

昨年のヴェネツィア映画祭で、オープニング上映され話題をさらった映画。
監督は、『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレです。
再びシチリアを舞台に撮ったというこの映画、観たくてうずうずしていました。
日本公開は12月ですが、ひと足お先に、イタリアで発売になったばかりのDVDを取り寄せ観賞。
2時間半の本編 + 特典映像2時間半。この3連休、どっぷりシチリアに浸っておりました。

邦題は『シチリア シチリア!』ということですが、原題は『BAARIA!』。
トルナトーレの故郷である、シチリアの小さな町「バゲリーア」のシチリア弁だそうです。

平たくいうと、主人公ペッピーノの人生を基軸に描いた、20世紀のシチリア歴史物語。
牛飼いの家に生まれたペッピーノは、勉強したくてもヤギに教科書を食べられてしまったり、それが原因で学校の先生におしおきをされたり。ヤギの放牧を手伝いに、二月も出稼ぎに行ったりします。
けっして豊かではないけれど、家族や町の人に愛されながら、明るく過ごしています。

やがて戦争が始まり、ファシストが台頭し、そしてアメリカ兵がシチリアに上陸。
ペッピーノも恋をし、そして結婚。やがて、政治運動に傾倒していき……。

30年代、まだペッピーノが子どもだったころのバゲリーアは、今よりもずっとずっと貧しくて、
ペッピーノが成長していくと共に、町もにぎやかに、そして整備されていきます。そこも見所のひとつです。

特典映像というのは、トルナトーレが本編に合わせて、各シーンを解説してくれているのですが、これが、とってもおもしろかった!
最初、本編を見ながら、「いったいどこで撮影したのだ?」とずっと疑問に思っていました。砂ぼこりがすごいのですが、シチリアにいまだに舗装されていない町があるのか、と。

正解はチュニジアでした。
チュニジアに、30年代からそれぞれの時代の、バゲリーアの町なみを再現し撮影したのだそうです。
教会や映画館、仕立て屋さんも、実際にチュニスにあるものだそうです。
もちろん、実際のバゲリーアでもロケは行われているそうですが、
そういったシーンでは、現代的な建物や、その当時決して存在しなかったものは、ひとつひとつデジタル処理しているそうです。
すごい技術! 驚きです。
一番驚いたのは、シロッコが吹き荒れるシーン。
観ているだけでも暑そうなのに、これがなんと真冬の撮影だったとか。寒さの中、下着一丁で、床に寝転んで涼をとっているように見せているそうです。

また、随所に実在した人物を散りばめているのだとか。
シチリアの画家、イグナツィオ・ブッティア、詩人であり政治活動家でもあったサルヴァトーレ・ジュリアーノ。また、イタリアを代表する作家レオナルド・シャーシャへのオマージュを込めたシーンなどなど。

トルナトーレといえば『ニュー・シネマ・パラダイス』。
今作でも映画は重要な鍵になっています。
ペッピーノの次男ピエトロも映画の魅力に取り付かれ、
友だちから映画のフィルムを譲ってもらい、宝物のように持ち歩いているのですが、
このピエトロが光にすかして眺めているフィルム、
トルナトーレが実際に宝物のようにしていたのと、同じ映画のフィルムを使っているそうです。

とイタリア好き、トルナトーレファン必見の一本。
とにかく、映像が美しい。シチリアに行きたい! と思わせます。

そうそう、大切なのはエンドロール。
村上春樹は「エンドロールを観るなんて時間の無駄」と語っておりますが、
この映画では、観るべきかもしれません。
トルナトーレが9歳の時に回した8mmがバックに流れます。
トルナトーレの幼少時代のバゲリーア。
少年時代の彼の視線のユニークさが際立っています。

(追記)
トルナトーレは、最後のピエトロのシーンが一番好きだそうです。
これから観る方、このシーンをお楽しみに。
[PR]
by arinko-s | 2010-10-11 22:52 | 映画 イタリア