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本日のイタリア語

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翻訳者のトークセッション

昨日、とある翻訳学校のトークセッションを拝聴してきました。
午前中は「実録・海外ドラマ翻訳ができるまで」。午後は「“ヤングアダルト作品の魅力”徹底解析」と2本立て。
午前中の「海外ドラマ」の方は、映像翻訳家お二方と制作会社のプロデューサーの対談で、午後は文芸翻訳家の代田亜香子さんと作家の角田光代さんとの対談でした。

いやいや、どちらもおもしろすぎて、あっという間の90分(それぞれ)でした。
以下、それぞれ興味深かった話の覚え書き。

「海外ドラマ」では、制作会社の方がざっくりとした制作過程を説明してくださいました。
字幕翻訳家のチオキ真理さんと、吹き替え翻訳家の菅佐千子さんがいらしていたのですが、お二人は、それぞれの行程の違い、そして要求されることの違いについて、とてもわかりやすくお話してくださいました。

へえーーー、って驚くこともあれば、ああさもありなん、と想像つくこもあり。
中でも印象的だったのは、「台詞にだまされてはいけない」という話。
映っているものと台詞の中身が、異なることが多々あるそうです。
それから、シリーズ物であるが故に(題材はテレビドラマ『CSI』シリーズ)、最初の方の回とつじつまが合わなくなっていることも、あったりするそうです。

そのあたり、わかる気がします。
日本のように律儀につじつま合わせて物語を作る国ってない、という気がします。
小説も同じです。ざっと読んでいる時には気づかないけれど、細かく訳すと月日がずれていたり、計算が合わなかったり、過去の経歴が変わっていたり。
イタリアの場合、ああイタリア! って思うのですが、アメリカでもあるんですね。
このドラマは、一般の方から送られてきた脚本を採用することもあるそうで(これにもびっくり)、そのためにこういったずれが時々生じるのだそうです。

それから同じ映像翻訳でも、まったく別の日本語の探し方をすることが、とても良くわかりました。
同じ台詞をお二人がどう訳されているか比べる資料もいただいたのですが、これがおもしろい!
短くまとめてつける字幕と、役者の口に合わせて作る台詞。
それぞれの難しさとおもしろさがあるんですね。

「これはやった!」と、我ながら上手くいったと思う訳は? という質問に対するチオキさんの答えも印象に残りました。

And if she is lying? She's the second best one we've had in here in the last 24 hours.
という5秒間の台詞。
「あれがウソなら デボラも彼女も大した役者だ」
という訳を当てたそうです。デボラとは登場人物の名前でsecond に対してfirstの人物。あえて名前を出すことで、彼女は2人目、つまりsecond の訳になっているということでした。
「大した役者」。これは使えそうです。メモしておかなくては、と思った次第。

プロデューサーの方が、「2秒間で、けっこうな量を話している」と言われていました。
イタリア語の映像を訳すと、だいたい2秒間でワンセンテンスです。
つまり一分間話し続けていると、30センテンスくらい言っている計算。
もちろん途中、間を空けたり、同じことを言ったりもするのですが、しゃべる人だと、ホントこのくらいたくさんのことを話します。
ちょっと一回口閉じて〜〜〜、って思うくらい、しゃべり続ける人も少なくなくて、泣きたくなることしばしば。
でもこれを字幕にすると、目が追いつかないんですよねぇ。
上のチオキさんの訳くらいに、すぱっと落とすところは落とす、と。
ふむふむ、でした。潔さが必要だ。

午後の『ヤングアダルトの魅力』も、午前中に負けず劣らず興味深かったです。
角田光代さんは、ひとときはまっていて、本当にたくさんの小説を読ませていただいているので、単純なミーハー気分もあり。
でもこの日は、やはり翻訳家、代田さんの話がおもしろかった。
中でも本を探しに行く話に共感。
20冊買っても、「これは絶対翻訳したい」と思える本は、1冊あるかないか。

わかります、わかります。
先日、またまた大量にネット書店で本を購入したのですが、読んでみてがっかり、もしくはう〜んイマイチっていうのが半分はあった。
代田さんは「必ず現地の本屋で探す」そうですが、それでもそうなんだから、ネットだともっと探し当てるのは難しいはずです。
やっぱり「訳したい」本に出会うことが一番大切なんだなあ、と改めて思いました。
それから、あぁ現地に行かねば、と欲望がむくむく湧いてきましたよ〜〜。

あとみなさんがおっしゃっていたことですが、
「トータルのバランスが大切」ということ。
一語一語をあてはめようとすると、絶対に不格好な日本語になってしまうというお話。
全体を見て、オリジナルが言わんとしようとしていることを漏らさず伝えていれば、それでOKではないか、と。
これには「やっぱりそれでいいんだ」と、ひとり内心喜んでいました。

というのも、英語と違って、翻訳学校なんてないから「こういう場合はこうするもの」って教えてもらったことがない。
これでいいのだろうか、と自信のないまま進めている部分もあったりするのです。

ともかく結論としては、翻訳って奥が深いぞ、ってことです。
それでもって、翻訳ってやっぱりおもしろい、って思えるトークセッションでした。
また機会があったら、ぜひ参加したい!
英語も勉強しよっと。

追記
代田さんが、おっしゃっていたこと。どんなに疲れていても、1日に3文は必ず訳すということでした。
わたしも、まねしようと思います。
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by arinko-s | 2012-09-10 21:26 | 翻訳

翻訳勉強会

週末、翻訳勉強会というものに誘っていただき、足を運んでみました。
といっても、英語を勉強している方たちの会。
事前に課題が渡され、講師の方が講評してくれます。
もちろん、わたしは、そんな方たちに混ざって英語翻訳を発表するなんて畏れ多くてできません。
けれども、どんなことをしているのか興味津々。見学、という形で参加させてもらいました。

今回、課題として取り上げられたのは、バーバラ・カートランドの『It is Called Love』。
A4用紙3枚程度の短編です。
物語自体は、すっごくつまらないものでしたが、先生の話がとってもおもしろかった!

これは、「三人称多視点・作者の視点なし」の小説。客観小説というのだそうです。
つまり、文章によって、誰が思ったことか、見たことかが、コロコロ変わる。訳すときには、くどくならないように主語を省いたりしますが、こういった小説の場合はくどいくらいに主語を入れなくてはならないそうです。

その分、会話の訳で遊ぶ、んだそうです。
例えば、
「I have told you before」という台詞がありました。
みなさん、大多数の方が「言ったはずだぞ」とか「同じことを何度言わせるんだ」などと訳されていました。
これに対し、先生の訳は「しつこいぞ」。

なるほど、って頷いちゃいました。
ひと言で、簡潔。ちょっと感動しちゃいました。

また、この小説は、いきなり台詞から始まり、どんな場所で会話がなされているのか、いつの時代なのかという状況説明はありません。
読み進めていくと、馬車の中だったことがわかるのですが、そこの部分にたどりつくまで、それさえわかりません。

まず第一行め、「Papa」と、セリーナという女の子が継父に話しかけます。
先生の説明では、これが第一のヒント。
現代が舞台ならば「Daddy」「Dad」が使われるので、舞台は18世紀末から19世紀初頭だとわかるのだそうです。
しかも「パパ」と訳しては×。
読み進めていくうちに、それなりの身分の親子だとわかるので、「お父さま」が適語だということ。

へ〜〜〜、の連続でした。
イタリア語ではパパは「Papa'」(パパー↑と語尾が上がる)なので、何も考えずに読んでいました。確かに「Daddy」ですね、よく目にする英語は。

先生の話は、その他にもいろいろとおもしろくて、訳のことばかりでなく、小説の歴史や手法なども含め、興味深かったです。
何より、英語を勉強している人たちの熱意を感じたことが一番。
こんなふうに切磋琢磨できるなんてうらやましいな、と思ったり。
競争が激しい分、分かち合えることも多いんだな、と改めて感じました。

お〜〜〜い、イタリア語翻訳したい人たち〜〜〜〜、って呼びかけて、イタリア語の翻訳勉強会ができたらいいのになあ。
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by arinko-s | 2010-11-22 21:34 | 翻訳