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本日のイタリア語

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Non ci resta che piangere もう泣くしかない

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小学校教諭のマーリオ(Roberto Begnini ロベルト・ベニーニ)と、用務員のサヴェリオ(Massim o Troisi マッシモ・トロイージ)。
車に乗っていたふたりは、いつまでも開かない踏切にしびれを切らし、抜け道へと進路を変更したところ、なぜだか過去へタイムスリップ。
気づけば、そこはおよそ1500年のイタリア。突き詰めてみると、1492年、トスカーナのフリットレという村でした。

とまどいながらも、そして、とりわけサヴェリオは嘆きながらも、どうにか2人はそこでの生活を楽しみはじめます。
ところがある日突然マーリオは、スペインに行ってコロンブスのアメリカ大陸発見を阻止する、と言い出します。
原住民インディアンを追いやったのは許し難い行為、コロンブスさえアメリカ大陸に行かなければ、インディアンは幸せに子孫繁栄しているはずだというのです。
サヴェリオはマーリオに説得され、渋々スペインへ向かうはめに。

けれども途中、2人はアストリアハという女の子に旅をじゃまされます。
アストリアハは、コロンブスを無事に出航させるためによそから来た人間の行く手をはばんでいたのです。
どうにか2人が、港町パロスにたどり着いてみると、コロンブスはもう出航したあと! 
2人はコロンブスの出航を阻止することもできず、20世紀に戻る術もわからず、「もう泣くしかない!」というわけです。

ロベルト・ベニーニは「La vita e' bella 」(邦題:ライフ イズ ビューティフル)で、マッシモ・トロイージは「Il postino」(邦題:イル ポスティーノ)で、共に日本でもよく知られたイタリアの俳優です。
もちろん2人は、イタリアでも大人気の俳優。と同時にイタリア映画を代表する監督でもあります。(ライフ イズ ビューティフルはベニーニの監督作品でもあるので、ベニーニが監督をすることは日本でも知られているかもしれませんが)

この作品は2人が一緒に監督、脚本、美術、主演を担当した作品。
1984年に上映され、大ヒットを飛ばしました。
上映から四半世紀が過ぎているというのに、未だにイタリアのコメディー映画を代表する一本です。
DVDには、映画館で上映されたものと異なる結末も入っていて、それもあってか今も大人気。
日本で知られているふたりの代表作よりも、売れているほどです。

ここひと月ほど、ベニーニ作品を少しずつ見直しています。
ベニーニの映画は、史実やイタリア文化をベースにしているので、実はとっても奥が深い。
笑いのがしているところも、けっこうあるかもしれません。
とはいえ、ほんとうにおなかを抱えて笑ってしまうほど、おもしろい!
この映画でも、涙が出るほど笑わせてもらいました。
なかでもふたりがスペイン人の振りをするシーンは、抱腹絶倒でした。

イタリア語とスペイン語で会話ができるか? という議論は良くなされるところですが、わたしの友人たちは「あれは絶対嘘」と断言する人が多かったです。
ただ「イタリア語の単語にsをつけて発音すると、スペイン語っぽくなって通じるんだよ〜」なんて、まことしやかに教えられたことが数度あります。
まさに映画の中のベニーニとトロイージが、それをやってみせるのです。
単語、単語にsをつけて、スペイン人の振りをするシーンの笑えること!
もちろん、すぐに嘘はばれるのですが、ひょっとしてこの映画のおかげで、イタリア語にsをつけるとスペイン語っぽくなる、っていわれはじめたのかもしれません。

トロイージは「イル ポスティーノ」の撮影後に逝去。それが1994年のこと。つまりこの映画の10年後です。
ポスティーノが公開されたとき、わたしはイタリアにいて、イタリアでそれを見たのですが、トロイージの偉大さや、ベニーニとの関係を理解していませんでした。
もちろんトロイージを亡くした悲しみに「イル ポスティーノ」が包まれていたことも、わかっていませんでした。
今、改めて2人の功績を知り、2人が共作、共演したこの映画がイタリア人に愛されて止まない理由がわかるような気がしています。
# by arinko-s | 2011-05-01 18:46 | 映画 イタリア

終焉に向かう原子力

昨日、友人に教えてもらって「終焉に向かう原子力」と題された討論会+講演会に行ってきました。
どの方もとてもわかりやすく、原発の危うさを教えてくれました。
そして、いかにわたしは無知だったかを思い知らされました。

なかでも、京都大学の小出裕章先生の言葉には胸が苦しくなりました。
小出先生は、原子力の研究者でありながら、原発反対を掲げていらっしゃった方です。
先生は講演会の冒頭で、「40年間訴えつづけてきたけれど、結局(福島の)事故を止めることはできませんでした。ごめんなさい」と謝られたのです。

とんでもない! 謝るのはこちらの方です。
今まで原発のこと、人ごとのように思っていました。
無関心でいてごめんなさい、と何度も心のなかで謝りました。
ほんとうに、自分が無知だったことも無関心だったことも、情けなくなって帰ってきました。

帰りの電車、イタリアで語学学校に通っていたとき、学校の先生に「日本の原発」について聞かれたことがあったのを急に思いだしました。
「いつから日本では原発が動いているのか」
「日本には原発が何基あるのか」
「唯一の被爆国なのに、どうして原子力を受け入れたのか」
「そのことをどう思っているのか」

ほんとうにごめんなさい。
わたしは、なにひとつろくに答えられませんでした。
それから十数年経っているのに、今回の事故が起こるまで、原発のことを意識することはほとんどありませんでした。
もちろん事故が起こるとその時はニュースに釘付けになるけれど、自分から勉強することなんかありませんでした。
あのとき先生は、イタリアでわき起こっていた原発議論に反対していたのだと思います。
きっと「被爆国の日本人が、こんなに何もしらないなんて」って驚いたに違いありません。
ああ、ホント情けない。

小出先生が、最後に公害問題に尽力された田尻宗昭さんの言葉を借りて、話を締めくくりました。
現状を動かすのは、ひとりの力だ、と。
一人一人が動かなければ、何も変えることはできないということ。
わたしの訴えなんて非力だとわかっているけれど、声をあげることが大切なんだな、と思いました。
もう原発はいりません。
# by arinko-s | 2011-04-30 18:50 | 日々思うこと

cammina cammina  歩け歩けイタリア縦断ツアー

今年はイタリア統一150周年です。
その記念行事のひとつとして『Cammina Cammina」(歩け歩け イタリア縦断ツアー)というイベントが行われるそうです。
政治・経済と様々な問題が山積になり、州や町でばらばらになりかけたイタリアを、「もう一度まとめようではありませんか」というのが、もうひとつの開催目的のようです。

出発はミラノのカッシーナ・クッカーニャ。
出発日は5月20日の朝8時。
1日15〜35キロの道のりを歩くそうです。
ミラノを出発した後は、パヴィア、ピアチェンツァ、ルッカ、サン・ジミニャーノ、サン・クイリコ・ドルチャ、ヴィテルボ、ローマなどを経由して、ゴールは7月の1日、ナポリです!

参加希望者はサイトから申し込むだけ。
もちろんすべてのコースを歩く必要はなく、好きな場所から始めて、好きな場所で撤退することも可能だそうです。

え〜〜〜、楽しそう!
遠足気分で参加したい!

って、もちろんわたしは参加できそうもないので、そのころイタリア旅行を予定している方、ぜひトライしてみてください!
さっそくサルデーニャやナポリ以南の住人たちから「どうしてわたしたちの町は歩かないの?」という不満の声や、「なんて素敵なイベント!」なんていう声がたくさん上がっているので、
きっとわいわい楽しいお祭りになる気がします。
わたしも、一緒に歩きたかったなあ。

お勧めはやっぱりトスカーナの丘です。
cammina cammina  歩け歩けイタリア縦断ツアー_b0171200_22203062.jpg

(写真はこちらのサイトより転載)
あんなところひたすら歩いたら、気持ち良さそう。アップダウンがきついに違いありませんが…
でも実はコースの中、聞いたことのない名前もたくさんあります。
古い街道を歩くそうなので、中世の町なのでは? と想像が広がります。
宿泊は簡易宿泊所や修道院
これまたイタリアらしくて、うらやましい。

そうそう、この時期、イタリアではかなりの日差しの強さが予想されるので、「帽子だけはお忘れなく」とのことですよ〜。
(4月26日付け La Repubblica ネット版より)
# by arinko-s | 2011-04-27 22:22 | 本日のイタリア語

IO E TE

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Nicolo' AMMANITI(ニコロ・アンマニーティ)の一番新しい小説。
昨年の出版以来、今もベストセラーのランキングを飾る一冊です。
ニコロ・アンマニーティの小説は、『ぼくは怖くない』(Io non ho paura)が邦訳されているし(早川書房)、ガブリエレ・サルヴァトーレス監督によって映画化され日本でも公開されたので、ご存知の方も多いかも知れません。

舞台は2000年、ローマ。
主人公のロレンツォは14歳。にぎやかなところが苦手な少年です。
つまり友人たちの輪の中になかなか入れない。でも、本人はむしろひとりでいることに安堵感を抱いています。
ところが、これが親にとっては心配の種。
カウンセラーの先生のところに通わされてしまいます。

ロレンツォは、どうすれば友人たちにからかわれずにすむか、親に心配をかけずにすむか、周囲の反応を見て学んで行きます。
そして表面的には、周囲の子どもたちと何ら変わらない振りをするようになっていきます。
保身術を覚えたのです。

ある日、クラスで一番の美人とその友だちの男子がなにやら相談をしていることにロレンツォは気づきます。
一週間のグループ旅行、スキーをしに、コルティナ(北イタリア、ヴェネト州の町)の別荘に行く計画を立てているのだと知ったロレンツォは、家に帰ると、思わず母親に「スキー旅行に誘われた」と嘘をついてしまいます。

それを聞いた母親は、大喜び。すぐさま父親に電話をし、報告する始末。
ロレンツォは、後に引けなくなってしまいました。

いよいよクラスメートたちがスキーに出発するその日、
ロレンツォは集合場所まで送って行こうとする母親を途中で帰し、そして自分はこっそり地下鉄に乗り、家に帰ります。
アパートの地下にある物置で、一週間隠れて過ごすためでした。
そのための用意は万端。毛布や食糧品をちゃくちゃくと運びこんでいました。

隠れ家で一人きりのヴァカンスを楽しんでいたロレンツォの元に、突然、父親と前妻の間に生まれた姉のオリヴィアがやってきます。
行き場がなく困っているオリヴィアを、最初ロレンツォは頑に拒否ます。
しかし母親に嘘がばれそうになり、オリヴィアに助けてもらう。
取引の形で、自分だけの隠れ家に入れてあげることにしました。

実は、オリヴィアはドラッグ中毒でした。
ロレンツォは詳しい話を聞かされていませんでしたが、彼女が深刻な状態に陥っていることを察します。
薬が切れ、もだえ苦しむオリヴィアを見て、ロレンツォは脅えると同時に、このまま死んでしまうのではないかと心配します。
そして、嘘がばれるかもしれないという危険を覚悟で、彼女を助けるために隠れ家を抜けだしました。
一緒に育ったわけではない姉弟ですが、結局このことがきっかけで、お互いの愛情が深まるのです。
そして物置で過ごす最後の夜、2人はツナの缶詰で乾杯し、再会を約束しました。

というのが、あらすじです。
明るく話し好き、というのが日本人のイメージするイタリア人のステレオタイプ。
実際、話し上手の人が多い、とわたしも思います。
でも、『素数たちの孤独』のマッティアもそうでしたが、実はそうではないイタリア人もたくさんいるんですね。
当たり前のことですが…

個人的にはロレンツォにすごく共感を覚えました。
わたしも、意味もなくつるむの苦手でした。
でも逆にあれこれ詮索されるのも面倒くさく、適当に合わせることも覚えていましたねぇ。
う〜ん、わかる、わかる、って何度も思いました。

ロレンツォが隠れ家にした物置は、cantina(カンティーナ)と呼ばれるもので、大抵のアパートの地下にあります。
各部屋それぞれに与えられたこのカンティーナは、なかなか広く、食糧貯蔵庫としても使われています。
大抵どの家も、ワインやらオリーブオイルやらトマトソースの瓶詰やらジャムやら、保存食をたくさん置いています。
その他、古くなって使わなくなった家具とか、がらくたとか、バイクとかいろんなものが詰めこまれていることも少なくありません。

ロレンツォのカンティーナには、以前の住人、伯爵夫人の遺品も数多く置かれていました。
ロレンツォはその家具をうまく使って、数日間滞在するのに不便なく過ごせるように部屋を整えておいたというわけです。

ここでひとつ学んだこと。
イタリアには nuda proprieta' という不動産の買い方があるのだそうです。
身内も財産もない老人が、生前に不動産を、自分の身柄と共に売る、ことだそうです。
買った方は、もちろん売り主が亡くなるまで、その売り主が共に暮らすことを認めなくてはなりません。
そして売り主が亡くなると、家の中にあるものすべてが、買い主の所有物になるとのこと。
ロレンツォの両親は、この方法で家を買っていたのでした。だから、カンティーナに伯爵夫人のものがたくさんあったのですね。
ただし、イタリアでは「nuda proprieta'で家を売ったら、死ぬことはない」といわれているのだとか。
嘘か誠か知りませんが、死にかけていた人が、この方法で家を売った途端、20年も生き延びたりするそうです。
つまり、買った方は20年間、他人と暮らすことを耐えなくてはならないということ。
安いかわりに、そういうリスクもあるという売買の方法ですね。

話は戻って、実はこの物語の最後は、すごく衝撃的です。
せっかく2人の間にシンパシーが生まれて、2人はそれぞれの生活に戻ったというのに!!

10年後、ロレンツォの元に警察からの呼び出しがあります。
それはオリヴィアの遺体の身元確認のためでした。
オリヴィアの財布の中に、別れるときに書いたロレンツォの連絡先のメモが残っていたのです。
ロレンツォと「もう二度とドラッグには手を出さない」と約束したのに、結局ドラッグが原因でした。

すごく心温まる結末かと思いきや、最後の2ページで奈落の底に突き落とされた気分でした。
悲しすぎる。

ニコロ・アンマニーティの本はどれも、読者のレビューが数えきれないほど。
さすが大人気の貫禄を感じさせます。
その内容も、これまた人気の作家らしく、賛否両論。
でもわたしはこの小説★★★★★でした。
早く次が読みたいぞ。

そうそう、原題を直訳すると「きみとわたし」です。
# by arinko-s | 2011-04-21 21:17 | 読書 イタリア語

Stop Nucleare!

イタリアでも原発の開発についての議論が盛んに行われています。
もちろん、日本の地震、津波、その後の福島第一原発の事故を受けてのこと。
「原発は安全」という神話は、世界中で崩壊したのだと思います。

そして今日、イタリア政府は原発の建設計画中断を決定しました。
6月の12〜13日に、今後の方針についての国民投票が行われることになっているそうです。

イタリアが原発を放棄したとしても、陸続きの各国に原発がある限り、危険を回避できるわけではない、という見方もあるようです。
単なる選挙対策に過ぎない、という意見もあります。
でも、いずれにせよ大きな前進であることに変わりありません。
国民投票でも、原発開発が否決されることを期待します。

とはいえ当の日本では、いまだ原発を「現状程度にとどめる」という意見が半数以上を占めた、という世論調査の結果が発表されました。
でもこう答えた人の内訳は、もちろん原発のない土地に住む人たちが圧倒的に多かったと聞きました。
遠く離れた土地に原発作って、その恩恵だけをちゃっかり受けたがっている、とも取れなくないこの答え。
じゃあ、あなたたちの土地に作ってね、って言われたら、みんなOKするのかなあ??
きっと「それは困る」って、断るんじゃないのかという気がします。
原発の近くに「喜んで住む」「住んでもよい」「住みたくない」「住めない」っていう設問を作ってもらいたかったなあ、って思いました。

(4月19日付け「CORRIERE DELLA SERA ネット版より)
# by arinko-s | 2011-04-20 20:39 | 本日のイタリア語